#6 『詳しい事は、詳しい者に』
この日、上坂隼人はバイトに勤しんでいた。
隼人のバイト先は、駅前にある個人経営の喫茶店だ。
親と離れて暮らす中で、有難い事に生活費は親から出して貰っている。なので、お小遣い位は自分で稼ごうと学校終わりや休日はここで働かせてもらっている。
ここの店主とは古い知り合いで、父親の高校時代の友人。この店にも幼い時に何度か連れてきて貰っていた。
時刻は昼を過ぎた所。
客足のピークは漸く終わり、ランチを食べに来た客達も殆ど帰り、店内も少し静かになり始めた。
この後は、友人の一人である上野結衣と会う用事がある。
本当ならばこの店で済ませれば楽なのだが、女子連れで店主に揶揄われるのも癪なので真向かいにあるファミレスを集合場所にした。
「じゃあおじさん、今日はこれで」
「おう、お疲れ隼人」
勤務時間が終わり、店主へと一言挨拶をしてから店を出て、目の前の横断歩道を渡って反対の歩道へと歩き、ファミレスの前で歩みを止める。
近くに結衣の姿はまだ無い。予定の時刻よりは早いので特に気にもせず待つ事に。
ジリジリと肌を焼く太陽に苦しめられ、先に店内に入るか悩み出した所で、『上坂』と誰かに呼ばれた。
声の先には、長い髪を後ろで纏めた少女が一人。
髪型がいつもとは違い、一瞬誰か分からなかった。なんならまだ、目の前の少女が上野結衣だという確証は無い。
「今日も、上坂は目が死んだ魚の様だね」
間違いなく上野結衣だ。
そして今日も相変わらず目は合わない。
だけれどそれはもう一年の付き合いで慣れた。
「早く入ろう。暑くて死にそうだ」
「いいよ、私も暑い」
そんなこんなで店内に入り、通された席に座って取り敢えずドリンクバーを二つ頼んだ。
各々が飲み物を取りに行き、結衣がアイスコーヒー 隼人がオレンジジュースを持って席に座る。
「オレンジジュースだなんて、上坂はまだまだお子ちゃまだね」
席に座るや否や、オレンジジュースを口にする隼人を見ながら結衣がそう零した。
「純真さを忘れない、少年心のある青年だと言って欲しいね」
隼人の反論に対し結衣は、『コイツ何を馬鹿な事を』と言いたげな表情で、持ってきていた小説を広げた。
それから無言の時間が続き、なんでこの場に居るのかを忘れて、隼人もスマホを弄る。
傍から見れば異様な光景。
ファミレスで真向かいに座っているのに、何の会話もなくそれぞれが、それぞれしたい事をしている。お互い席を間違えている事に気付いて無いんじゃないかという状況が暫く続いた後、結衣が視線を小説に向けたまま、沈黙を破った。
「上坂、私にしたい話があるんじゃないの?」
結衣の言葉に、隼人は『そうだった!』と言わんばかりにスマホを置いて、氷で薄まったオレンジジュースを飲み干す。
それから一度席を外して、直後にメロンソーダが入ったコップ片手に席へと戻ると、取り敢えず本題へと入った。
「あのさ、幽霊を見た。あと触った。」
隼人が放った言葉を聞き、結衣の小説を捲る手が止まる。
それから、結衣も読んでいた本を一度置き、アイスコーヒーに口を付けてから、
「上坂、暑さで頭おかしくなった?」
と、表情一つ変えないまま冷たく言い放つ。
「これがマジなんだ」
「話がある って言うから来たけど、失敗だったかも」
「あのな、人の話はちゃんと最後まで聞きなさいよ」
「その話をちゃんと聞いた所で、私は間違いなく同じ台詞を吐くよ。それでも?」
「ああ、それでもだ」
隼人は結衣に、この数日の出来事を話し始めた。
病院の屋上で幽霊に会ったこと。夢乃原駅でも似たような事があったこと。
一から全部説明を行う。話をしている途中で退屈そうに欠伸をしたのが気になったが、考えないことにした。
「で、どう思う?」
結衣からの意見を聞こうと、それなりに真剣な眼差しで結衣へと尋ねる。
話を聞き終わった結衣は、氷が溶けきったアイスコーヒーを一口飲んでから
「上坂、暑さで頭おかしくなってるよ」
と、さっきとほぼ同じ事を言った。
暑さで頭がおかしくなっただけで済むならば、隼人はそれでいいと思っている。
だが事実、隼人は春奈という幽霊と会話している。
「上坂はさ、人が言った事をそのまま信じるタイプ?」
「いや、取り敢えず疑うな」
「なのに、その女の人が幽霊を自称しててそれを信じるんだ」
「信じるに値するから信じてるだけだ。考えてみろ、屋上へと繋がる階段は一つ。辺りに身を隠せる遮蔽物は無い。そんな状況で誰にも見つからないまま、すれ違った事に気付かれず下に降りられると思うか?」
「その場所を見た事ないから一概には言えないけど、まぁ無理だろうね」
「だろ?」
「でも、あれだけ幽霊否定派だって言ってたのに、随分とあっさり幽霊信じるんだ」
「僕は自身が見たものは信じる事にしてるんだ。幽霊は見たから信じるが、超能力とやらはまだ信じない」
「私からすればどっちも非科学的な物で同じだけど。」
「心霊特集は見る癖に、お前も幽霊否定派か?」
「思想と思考は違う。で、結局何?『幽霊見える自慢』したい訳?」
「違うな、『見えないものが見える様になる現象』について知らないか?」
これこそが、結衣に隼人が聞きたかった事。
幽霊という見えない筈の物が見える様になる現象について聞きたかった。
「なんで私?」
「よく本読んでるから、あと頭いいだろお前」
「まぁ上坂よりかはね」
「ムカつくけど事実だから言い返せないの悔しいな」
「まぁそれは置いといて、心当たりならあるよ」
「うぉ!マジか!」
結衣の返答を聞いて、隼人は机の下でガッツポーズをした。
やはり結衣にダメ元で聞いてみて正解だった。
持つべき物は、本を読んでいて頭のいい友人だと思う。
「で、その心当たりってのは何だ?本か?それとも小難しい論文とかか?」
「いや、実体験」
「て事は知り合いにいるのか?」
「ん。」
隼人からの問い掛けに対して、結衣は、自らを指差す。
結衣のその行為の意図が、隼人にはすぐに理解出来なかった。だからこそ、『へ?』なんて素っ頓狂な声が漏れる。
「だから私は似たような事を経験してる。現在進行形でね」
「……お前も幽霊が見えるのか!?」
「違う、私のは幽霊じゃない。 ……まぁ、いつかは上坂に話そうと思ってたし丁度良いか。今の上坂なら信じてくれそうだし話す事にするよ」
「……何を?」
「上坂が地味に気になってそうな事。私が、誰とも目を合わせない理由。」