#5『海と砂浜と』
燦々と照りつける太陽。
何処までも広がる青い海。
足裏がこんがり焼けそうだと錯覚する程に、サンダル越しに熱気を感じる砂浜……。
この日、隼人は海水浴場に居た。
その隣には幼馴染の二人、冬葵と梨花が居る。
「なぁ、なんで今日なんだ」
「仕方ないだろ、三人とも暇な日が今日位なんだから」
夏季の長期休みが始まって二日目。
この日もバイトが休みだった隼人は、冬葵と梨花の二人に連れられ海に来ていた。
確かに、夏休み中に冬葵から海に行こうと言われていたが、もう少し後の心構えだった。
故に海水浴用の水着もないまま、学校の水着を着用し、上に白いシャツを着てここに居る。
辺りを見ても、隼人の格好は正直言って自分でも浮いていると思った。横を走り去る小学生と思わしき子供ですら海水浴用の派手な色の水着を着ている。
目の前の冬葵は恐らく海水浴用の奴。梨花の着ている黒のオフショルの水着は昨日買っていた奴だろう。随分と早いお披露目だ。
「さーて!今日は泳ぎまくるかな!」
「私もー!」
「がんばれよー……」
テンションMAXの二人とは違い、隼人のテンションはそうでも無い。
確かに海は好きだ。夢乃原高校を選んだ僅かな理由の一つに、校舎から海が見えるという理由があることはある。
けれど、あくまで海を見るのが好きなだけで、泳ぐのはそれ程好きではない。なんならカナズチ寄りまである。故にそこまでテンションは上がらない。
そんな中で、『海 海〜!』『おー!』なんて言いながら元気そうに波へと向かっていく幼馴染二人の背中を見送りながら、隼人はただ一人で砂浜を彷徨き始めた。
そのまま人で溢れかえる砂浜から少し離れ、赤い字で『この場での釣り禁止!』と書かれたコンクリの堤防へと腰掛け、ボーッと遥か遠くに見える水平線を眺める。
聞こえてくる波の音と楽しそうにはしゃぐ人々の声に耳を傾け、隼人は昨日の事を思い出した。
「春奈さんは幽霊なんですよね?」
茜色に染まる空の下、何故か春奈に後ろから抱き締められた状態の隼人は、そう尋ねた。
春奈から答えはすぐに返ってこなかった。
その理由も何となく分かる。人間、言い難い事を言い当てられると、返す言葉という物が無くなるように出来ているからだ。
沈黙はしばらく続き、その間、実は春奈は前みたいに消えたのではないかと思ったが、背中に確かに感触はあった。
……けれど、それは冷静に考えたらおかしな話だ。
基本幽霊というのは何でもすり抜ける物だというのが一般的な考えな筈。だとすれば、春奈に後ろから抱き締められて感触があるのはおかしな話。
正直な所、春奈が幽霊だというのも鎌掛けに近い。なんせ、隼人自身は幽霊否定派の立場。
だけれど、あの状況下で姿を消せるのは幽霊としか思えない。もしくは春奈こそが瞬間移動を使える超能力者か。
「いつから、そう思いました?」
長い沈黙を破り、春奈が口を開く。
「急に消えた事ですかね。あの状況下で神山さんにも気付かれずに姿消すなんて無理ですからね。まぁ超能力者か幽霊かの二択で後者を選びました。僕からしたらどっちも有り得ないですけど。で、どうなんですか?」
「……隼人君の想像の通りですよ、私は幽霊なんです。」
春奈は観念した様にそう言った。だが隼人にとってはまだ何となく信じられ無かった。
『なーんちゃって幽霊じゃないです!騙されましたね!』というネタバレを待っていたが、そんな事言いそうな様子では無い。
「……マジで幽霊なんですか?」
「えぇ、マジです。私は五歳の頃に既に亡くなってます。」
抱きしめていた力を抜いて、隼人から離れると、そのまま隼人の隣に並んで、同じ様に視線を景色へと向ける。
「心臓の病気だったんです。当時はまだ薬も、確立した治療法も無くて、結局亡くなっちゃいました。」
隼人から見て、そう語る春奈の横顔はとても儚く思えた。
同時に、憐れみも感じた。五歳なんて、親としても、また子としても出来ることが多くなっていく時期だ。そんな最中に命を落とすなんて……。
しかし本当に五歳で亡くなったのだとすれば、今こうして目の前にいる春奈が"大人の姿"なのが説明がつかなくなる。知らないだけで、幽霊というのは自由に成長したり、幼くなったりできるというのか。
「私はずっと夢だったんですよ。大人になるのが。今のこの姿は、幼い私が望んだモノ。きっと私がまだ生きていて改めて隼人君の前に現れたら、初恋を奪えたかもしれませんね」
「きっとそうだったと思います。春奈さん綺麗だから。というか、本当に幽霊なんですね」
「えぇ、こうして触れられるけれど幽霊です」
そう言って、春奈は隼人の頬を突く。
触られている感触はある。正直な所、まだ嘘じゃないのかと思う。けれど自分には幽霊が見えるんじゃないかと思う事象がもう一つあった。
それは昨日の昼間の事。駅で泣いていた少女を慰めていたら
『お兄ちゃんには私が見えるの?』
なんて、言葉を掛けられた事。
あの時は周囲の人間は冷たい人ばかりだ だと思っていたが、改めて冷静に考えると、本当に自分以外には見えていなかったのだろう。
それならば、泣いている少女を前にして素通りしていく人々の行動に説明が付く。
最初から、少女の泣き声なんて誰一人聞こえず、また誰も少女が泣いているなんて見えなかったのだ。
ただ一人、上坂隼人という人間を除いては。
小さい頃から幽霊なんて微塵も信じて居なかった。テレビでやっている心霊特集は全て作り物、単に見ている人を驚かせるための紛い物でしかない そう考えて生きてきた。
しかし今、自分はこうして幽霊を見る事ができるようになっている。
今までの人生で否定し続けて来たものが、見えるようになってしまったのだ。
堤防に腰を下ろしながら、潮風を感じている隼人の右頬に、突然冷たい感覚がピトリと当たる。
『うわああ!!』という驚いた声を上げると共に振り返った先には、ペットボトルを持ったままニヤニヤしている冬葵と梨花の姿がそこにはあった。
「いきなり消えたと思ったら、こんなとこで黄昏てたのかよ」
「隼人も一緒に泳ごうよ」
「……いや、僕はいい」
「はいはい行くぞ」
「れっつごー!」
抵抗も虚しく、幼馴染二人に(強制的に)手を引かれ、隼人は砂浜へと連れ戻されていく。
それからは一度 幽霊について考える事は辞め、幼馴染の言う事に従って遊ぶ事にした。
そんなこんなで時間は過ぎて行き、夕方になる。
昼間と比べ海で遊ぶ人々は目に見えて少なくなり、海水浴と言うよりかはサーフィンに勤しむ人の姿の方が多い。
水平線に太陽が吸い込まれてく様を見届けながら、三人は帰路についた。
電車に乗り、空いている席を見つけてそれに座れば、三人が同じタイミングで息をつく。
それなりに楽しかったとはいえ、とても疲れた。
ちらっと隼人が横を見ると、あの冬葵や梨花ですら顔に疲れが浮かんでいた。体力のない隼人はそんな二人が疲れる二時間前から既に疲れている。
「いやー疲れた!楽しかったけどさ!」
「ねー!私もへとへと……」
「僕はとっくの昔にへとへとだ」
「また行こうな、この三人で」
「お前は彼女と行け」
「彼女とも行くよ 来週。あとその次の週は部活のヤツらとも行くかな」
「次お前に会ったら、黒すぎて視認出来ないかもな」
そんな会話をしている内に、三人を乗せた電車は最寄りの夢乃原駅へと到着する。
そこで電車を降り、駅から家までの間も薬にも毒にもならない様な会話をしながら帰った。
家に着き、家に入ってからそのままリビングのソファへと横になると、一気に眠気が襲って来た。
やってくる睡魔に抗わずに寝ようとした時、ふとやるべき事を思い出す。
隼人は苦しそうな声を上げながら起き上がると、ポケットに入れていたスマホを取りだして、電話帳を開いた
それから上野結衣の名前をタップして、スマホを耳に当てた。
コール音が四回程鳴り、通話に切り替わる。
「もしもし僕だ」
『珍しいね、上坂が電話掛けてくるなんて』
「お前に聞きたい事があってさ、明日十四時以降に会えないか?」
隼人には色々と聞きたい事がある。
詳しい話は、詳しく知ってそうな友人に聞くとしよう。