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22/22

#22『僕は明日、未来の君と笑う為』

「皆さんこんにちはー!5☆STARSです!」


 ラジオ代わりにつけたテレビでは、この前のインチキ超能力アイドル、山下夏希が映っていた。

 売り出し中のアイドルなのか、ここ最近はテレビで見ない日の方が少ない。

 アイドル戦国時代と呼ばれる現代じゃ、人の心が読めるくらいの売り出し文句がないと売れないのかもしれない。そう考えると、キャラ作りとやらも大変だと隼人はパンを齧りながら思った。

 視線をテレビ斜め上の時計に移す。時刻は九時。

 十時に駅前で待ち合わせをしているので、九時半までには家を出たい。

 少し早食いをして朝食を胃に詰め込み、洗い物を済ませた。

 久しぶりの一人での家事は、やはり面倒。

 瑠香居た有り難さを痛感しながら、服を着替えた。


「後は、()()持ってくか」


 隼人はある物を手に取り、そっと懐に入れてから家を出た。


 天気は快晴。

 昨日に続き天候に恵まれ、良い外出日和だ。

 パーカーを着るには少し暑いくらい。けれど、オシャレは我慢する物だと昔梨花に言われた事を思い出してグッと堪えた。

 別に自分のコレがオシャレとは思わないが、それよりも今日はこの服の方が都合が良い。

 そうしてそのまま歩き続け、何事もなく駅へと辿り着く。

 いつもなら足止めを食らう信号も、今日は一度も止められる事なくここまで辿り着き、ちょっとした全能感に駆られる。

 時刻は九時五十分。約束の時間前ではあるが、待ち合わせの駅前にはもう、瑠香の姿があった。

 こちらへと気付くと、手を振りながら駆けてくる。


「おはようございます!先輩!」

「おはよう瑠香、早いな」

「遅刻したくなくて、大体約束時間前には来るんです!さ、行きましょうか!」


 瑠香と共に改札を抜け、隣町の朝陽市まで向かう電車を待つ。

 日曜ということもあり、ホームに並ぶ人達はいつも登校するときよりは少ない。


「あ、あの先輩?」

「どうした?」

「その…嫌じゃなければ、手、繋いでも良いですか?」

「いいよ、ほら」


 隼人は瑠香の手を取り、そして握る。

 瑠香も「…っ!」という反応と共に、それをゆっくりと握り返した。

 普段の隼人ならまずやらない行動。

 けれど、今日だけは何の躊躇いもなくそれをする。

 そして手を繋いだ二人の前へと、電車がやってきた。


「行こうか」

「…はい!」


 車内も少なくはないが、通勤時間ほどの人は居ない。

 何とか座る事が出来、少し気持ちが安らいだ。

 辺りの人からは初々しいカップルを見る様な視線が刺さる。けれど、隼人はそれを意に返さず。ただ反対側の車窓から映る景色をただ見ていた。


 電車が走り出して二十分程が経ち、ようやく目的地の朝陽市へと到着。

 隼人達が住む夢乃原市に比べて比較的に栄えているこの街の駅では、乗っていた人達の半分以上は降り、隼人達もその人の波に乗る様に電車を降りた。

 駅から海の方へと歩き続けると、目的地である水族館が見えてくる。

 テレビでは見た事あったが、こうして近くで見ると思ったより大きい。


 入口で瑠香が持っていたチケットを見せて中へと入ると、建物の中へと入ると、天井にぶら下がったクジラらしき巨大な骨格の標本が二人を出迎えた。

 大きさにして横になった隼人が十人以上。こんな物が平然と泳いでいるなんて海は心底恐ろしい。

 そこからエスカレーターで登り、川の生き物のコーナーに。

 多種多様の淡水の生き物や、これまた大きいサイズの魚であるピラルクの展示など、次々と出会う様々な魚に二人ではしゃぐ。

 少し歩けば海の生物の展示になり、アジや鯛などのスーパーなどでも見る魚が泳いでいたり、群れをなして泳ぐイワシや、ぷかぷかと漂うクラゲの展示などで更に楽しんだ。

 昼食は水族館に併設されていたレストランで取り、目の前をイルカが泳ぐのを見ながら二人で食事を食べた後、イルカショーのパフォーマンスを楽しんで、若干濡れながらもそれを種にお互い笑い合う。

 水族館を粗方楽しんでからは、近くの商業施設へと入り喫茶店で少し休憩をしたり、買う気もないのにただ色んな店に入ったりしている内にあっという間に夕方になった。


「なぁ、瑠香」

「何ですか、先輩?」

「帰る前に、海寄ってかないか?」

「…?良いですけど」


 商業施設を出て、水族館の方へと戻ってから、その近くの砂浜へと向かう。

 そこでは波のさざめく音と、水平線に向かって沈もうとしてる夕陽が見えた。

 ここへ瑠香を連れてきたのには理由がある。

 人気のない方が、話しやすいと思ったから。



「…先輩、どうかしました?」


 わざわざ海へと自分を連れてきて、何も言わずに海の方をずっと見守る隼人を見かね、瑠香が声をかける。

 その声色には、少しの動揺を感じた。


「なぁ、僕に嘘をついてる事があっただろ」


 隼人の言葉に瑠香の瞳が揺らぐ。

「…嘘、なんてついてません」

 なんて瑠香は言うが、その言葉自体が嘘だ。


「瑠香がまだ家に居た時、魘されてる瑠香に触れて、僕も()()()()。知らない街の知らない通りで、並んで歩く僕と瑠香が男に襲われる夢。僕はその夢の最後まで見れなかったけど、瑠香は見たんだろ。()()()()()()

「…」


 隼人の言葉に、瑠香からの返答はない。

 ただ下を向き、黙り込む。

 直後、突然降り出した雨の様に溢れた雫が、砂浜にシミを作る。


「知ってたんですね、私が違う夢(未来)を見た事…」

「ああ、何でか僕にも見えたんだ」

「…先輩は知らないと思ってたから、巻き込みたくなかった!だからなるべく明るく振る舞って!心配させたくなかったから!」


 叫ぶ様に、瑠香が声を上げる。

 涙を流しながら、声を振るわせ、叫ぶ。


「だからって、強がるなよ」

「だって… だって…!」


 零れ落ちる涙を拭いながら、瑠香は叫んだ


「だって…!このままじゃ!」


()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 瑠香の言葉は、隼人が想像していた最悪の未来だった。

 確かに上坂隼人との接触の果てに未来は変わった。

 神崎瑠香が死ぬ事はない、だがその代わりに上坂隼人が死ぬ。それは未来を変えた代償としてかはわからない。

 突然提示される、最悪の未来。しかも、きっとそれはもう目の前まで迫っている。

 けれど、隼人はまだ諦めていなかった。


「その未来、本当に僕が死んだか?」

「え?」

「僕は結末まで見ていない。だからこそ、()()()()()を知らない。」

「…私も先輩が刺された所までしか見てません。そこで夢は終わったから」

「そうか、じゃあまだ何とかなるか」


 未来は変わった。それは間違いない。

 それはつまり、ここからでも未来は変えられる。

 自分が死ぬとわかっていても、最悪の結末になるかもしれなくても、争う余地はある。


「…なんで、何で先輩はそこまでしてくれるんですか?会って数日しか経ってない私に」

「…ほっとけなかったんだよ、あの時の顔」

「顔…?」

「ああ、僕には心臓に病を患ってる妹がいてさ、昔からずっと定期的に入院しては退院してを繰り返してるんだ。ある日、僕が病室に入ろうとした時に言ってたんだ。『私は後どれだけ頑張ったらいい』って。今でもその時の未来を諦めた様な顔が忘れられない。」


 隼人を今日の日まで奮い立たせたのは、間違いなくそれが理由だった。

 あの日、由希が浮かべた未来に絶望をした表情。それが自分の未来を嘆いた瑠香の顔に重なったから。

 だからこそ救おうと思った。

 笑顔になってほしいと思った。

 自分に何が出来るか分からない、けれど出来ないと諦めたくない。


「だから僕は、瑠香に笑顔になってほしくて、未来を諦めてほしくないから『僕が助けてやる』って言ったんだ。勿論、あの日からそれが揺らいだことはない。だからさ、諦めるな。」

「うぅ…ズルい、ズルいですよ…先輩は!」


 瑠香は再び涙を流しながら、抱きつく様に身体を隼人へと預ける。

 流れた涙が、服の繊維を通して伝わり、胸の辺りが熱い。


「絶対に、最悪の未来とやらは変えてやる。明日も明後日も、瑠香に会える様に。またこうして二人で出掛けられる様に。だからさ、笑ってくれ。生きたいって思ってくれ。」

「…信じて、いいですか?」

「ああ、必ず。」


 結局のところ、未来を変える為に必要なのは不審者に抗おうとする力じゃない。

 本当に大切なのは、生きたいと思う事。未来を信じる事。

 それが揃えば、きっと未来は変わる。

 いや、()()()


「……私は」


 瑠香は溢れ出る涙を手で拭い、何かを決心した顔をしながら僕の方を向く。

 心を落ち着かせる為に、瑠香は深呼吸を一つして、心の奥底に眠っていた……いや、自分で無理やり閉じ込めていた本心を口にした。


「……生きたいです! 先輩とこうしてまた水族館に来たいし!上野先輩とも話したい事沢山あります!先輩にまた手料理を振る舞いたいし……

 "明日"も 先輩に会いたい!」


 瑠香は"本心"を言い切って、力が抜けたかのようにその場に座り込むと、まるで幼い子供のように泣き喚いた。


「……よく言えたな瑠香。 それでいいんだよ」

「せんぱぁぁぁい……」


 瑠香の本心は先程の言葉に詰まっている。

 "一緒にまた水族館に来たい"

 "上野結衣と話したい事が沢山ある"

 "明日も上坂隼人に会いたい"

 心の内に秘めていたであろう本心をさらけ出し、制御出来ない感情の波に翻弄されて、大号泣する瑠香の頭を隼人は何も言わずに優しく撫でた。


 "生きたい" 瑠香は確かにそう言った。


 ならば、次に覚悟するのは僕の番だ。


『神崎瑠香には未来がない』


 そんな事には絶対させない、瑠香を助けると決めてから、その信念は今日まで一度足りとも揺らいだ事は無い。

 決まった未来なんて、そんなものはクソ喰らえだ。

 僕は必ず、間近に迫った最悪の未来とやらを変えてみせる。



 ───まもなく 未来 は、僕らに牙を剥く


 ◇◆◇◆◇


 陽もすっかり落ちた頃。

 隼人と瑠香の二人は駅へと繋がる道を歩いていた。

 本当はこのまま何も知らないフリをして走って駅まで行けば良い。

 けれど、きっとそれでは何も解決しない。

 瑠香はきっと自分を責めるだろう。

 自分が未来を変えようとしたから、誰かが犠牲になったと。

 知ってしまった以上は、見て見ぬフリなど出来ない。

 未来を知るという事はそういう事なのだろう。

 だからこそ、向き合わないといけない。一度知ってしまった未来には。

 遠くに駅が見えてくる。

 目の前にゴールはあるはずなのに、遥か先にある様な感覚がした。


『きゃあああああ』


 背後で誰かの叫び声が聞こえた。

 何が起こっているかなんて、振り返るまでもなく分かる。なんせ自分たちは既に未来を予習しているのだから。


「瑠香、ここで待ってろ!絶対に動くなよ!」

「先輩!?」


 予習をしているからこそ、無視できない。

 隼人は繋いでいた手を振り解き、声の方へと走った。


「あぁくそ!腹立つ!未来なんてクソ喰らえ!」


 心臓の鼓動が高まる。

 今から自分がやろうとしていることを思ったら、緊張で口から内臓が出そうだ。

 けれどやるしかない、逃げるわけにはいかない。

 瑠香が明日に進む為にも、上坂隼人という自分自身の為にも。

 視線の先に、明日への障害はあった。

 全身黒ずくめのナイフを持った男。あの日夢で見た姿のままだ。

 街灯の灯りで、ナイフが光る。凶器も夢と同じ。

 ()()()()()()()()


「未来から逃げるのはもう辞めだ!」


 自分を鼓舞する様に、コレからする行動を肯定する様に声を上げ、男に迫る。

 男は逃げ惑う人々に逆らいやって来た隼人の存在に気づいたのか、まるでターゲットを捉えたかのように、包丁片手に隼人の元へと駆け寄る。

 その瞬間は、まるでスロー再生の様に感じた。

 包丁の大きさは、見る限りは大した物ではない、ペティナイフと呼ばれる比較的刃渡りが短いもの。それでも刺されば致命傷にはなるだろう。"刺されば"。

 隼人はその場に立ったまま。

 そして男の持つナイフの刃先は隼人の腹部を目掛けて



 ────突き刺さる。


「……」


 その瞬間、周囲は、まるで時が止まったかのように静かだった。

 音一つない不思議な世界。

 しかしその世界は、数秒後に、隼人の腹部へと突き刺さった包丁の刃先を目の当たりにした女性の悲鳴によって崩れ去る。

 自分の腹部をチラッと見た、全部ではないが、確かに着ているパーカーの繊維を易易と突き抜け刺さっている。

 だけれども、隼人の口から漏れたのは痛みに喘ぐ声ではなく───


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