#21『決戦の前の、もう一つの戦い』
体育祭当日。
隼人の雨でも降ればいいという想いとは裏腹に、空はとても青かった。
この世界に絶望した様な顔をする隼人の横で、幼馴染の冬葵は満面の笑みだった。
「いやー!ついに当日だな!」
「冬葵、僕は朝からお前のテンションと体育祭のせいで鬱だ」
「そんな事言うなよ、今日はお前の五日間の練習の成果を見せる時だぞ」
「本当に、僕をリレーの選手に任命した先輩を卒業まで恨むことにするよ」
よりにもよって、リレーは最終種目であり一番ポイントが高い。
そうなると、各チームの選りすぐりの選手達が相手となるに決まっている。そんな競技に、帰宅部の自分がいるのはおかしい。
「まぁ、俺がコーチをしてやったから大丈夫だ!」
「是非ともその自信を僕に分けてくれ」
「冬葵!隼人!」
名前を呼ばれて振り返った先には、同じく幼馴染の梨花の姿があった。いつもは幼馴染だが、今日は敵チーム。
「この前した約束覚えてる?」
「約束、ああ…」
そう言えば、勝った方の言う事を聞くとか何とか言っていたはずだ。この五日間は考える事が多過ぎて、頭からぽっかり抜けていた。
「私が勝ったら、今度荷物持ちお願いね!」
「…勝ったら、な?悪いが僕達のチームには冬葵が居る。」
「別に冬葵が居なくたって勝つから!」
「おーい俺の事何だと思ってるー?」
「悪いが今年の優勝は、僕達が頂く」
「私たちだから!」
「駄目だこいつら…」
そして、高校生活二回目の体育祭は幕を開けた。
◇◆◇◆◇
様々な種目が繰り広げられる中、次は借り物競走が始まった。
隼人と冬葵は出ないが梨花と結衣が出るので、それを二人で見守る。
競技が始まれば、色んなものを探す選手達が声を上げる。
眼鏡を求める者、今月誕生日の人等、様々なお題に沿って選手達が人を連れたり、物を持ってゴールしていく中、遂に我らが梨花の番が来た。
鳴り響くスタートの合図。パァンという乾いた音と共に梨花が駆ける。
他の選手を出し抜き、お題の書かれた紙がある場所へと一番乗り。お題を確認してから、辺りをキョロキョロと見回した。
「お題なんだろうな」
「僕達じゃないと良いが」
隼人の願いとは裏腹に、二人で競技を見守る冬葵と隼人を見つけると、一目散にこちらへと走ってくる。
「なぁ、梨花こっち来てね?」
「来てるな」
そうして、息を切らしながら二人の前で梨花が止まると、両手を二人に差し伸べた。
「隼人!冬葵!来て!」
「は?」
「お題は?」
「コレ!『親友』!ほら、立って!行くよ!」
冬葵は差し出された梨花の手を嬉しそうに掴み、嫌そうな表情を浮かべる隼人の手を梨花が強引に掴む。
『おっと!小宮選手、両手に男子生徒二人を掴んで今駆け出しました!』
校庭内響き渡るアナウンスを聴きながら、三人は走る。
「ほら!隼人!もっとちゃんと走ってよ!」
「何で僕が…!」
「いやー!青春って感じがして良いな!」
終始心底嫌そうに走る隼人とは真逆に、梨花と冬葵は笑顔を浮かべ、三人は一着でゴールした。
ゴール後、何でこんな事に…と嘆きながら、冬葵と二人で元いた場所へと戻る。
丁度その時、今度は結衣の出番になっていた。
さっきみたいな事が無いようにと祈りながら、スタートの合図で結衣が駆け出す。
「上野さんって意外と足速いのな」
「それは僕も今知った」
軽い身のこなしで颯爽と一位のままお題の元へと駆け、紙を拾う。
──結衣が、フリーズした。
「なぁ、固まってね?」
「固まってるな」
お題の書かれた紙を持ったまま、上野結衣はその場に立ち尽くす。
その間に、後続の選手が次々とお題の元へと辿り着き、お題に書かれた物を探しに行く。
「おいおい、大丈夫か」
しばらく固まったままが続き、何やら覚悟を決めた表情をした後、辺りをキョロキョロしだしたかと思えば、隼人と目が合う。
「なぁ、こっち来てね?」
「来ないで」
デジャブ。この感じはさっき味わった。
その間にも結衣はどんどん近づいてくる。
そして、体育座りの隼人の前で立ち止まり、手を差し伸べた。
「…上坂、来て」
「お題は?」
「言わない、絶対に。」
「はぁ?」
絶対に見られないように と、結衣は背中でお題の書かれた紙を隠す。
隼人からどう姿勢を変えても見えない、けれど冬葵はニヤニヤしながら隼人の手を無理やり掴み、結衣に渡した。
「上野さん、隼人を頼んだ」
「おい!冬葵!」
「…行こう、上坂」
見た目とは裏腹の少し強い力で掴まれ、隼人は結衣に引っ張られて再び走り出す。
そんな二人を、冬葵は随分と楽しそうに見送った。
「なぁ、お題は?」
「言わない」
「殴りたい奴か?」
「度々思ってはいるけど違う」
「じゃあ何だよ…」
二人は一着ではなかったがゴール。
ヘロヘロになりながら戻る時に、結衣が紙を返す際にチラッとお題が見えた。
『…な人』
疲れ果てた隼人にはそれが何だかを冷静に考える事は出来ず、それよりも自分を裏切った冬葵に対しての恨みの気持ちが勝った。
力無く歩いて冬葵の元へと向かうと『先輩!』と呼びかけられ、今度は瑠香と遭遇した。
「さっきの先輩、面白かったです!」
「僕は面白く無い…」
満面の笑みの瑠香と、疲れ切った隼人。
相反する二人は並んで歩き出す。
「お母さんには会った?」
「はい!今朝家を出る前に!…ええと先輩、それで聴きたい事が…」
「なに?」
「明日って、空いてますか?その別に、用事があるなら無理にとは言わないんですけど… 」
どこかモジモジした様子で瑠香が言う。
明日はバイトを入れている訳でもなく、用事という用事もない。強いて言うなら、妹の面会に行こうと思っていたくらい。
「いや、特には」
「じゃあ…その…先輩が良ければ、明日水族館に行きませんか!? 実は今朝お母さんからチケット貰って。何でも職場で貰ったらしくて!二枚あるからどうかなって!」
「いいよ、僕なんかで良ければ」
「本当ですか!?じゃ、じゃあ!明日、十時に駅前で!」
「ああ、分かった。明日な」
「ありがとうございます!楽しみにしてますね!」
そう言うと、瑠香は恥ずかしさを紛らわすかの様に、まるで嵐の如く去っていく。
その背中を見ながら、隼人には思う事が二つあった。
年頃の男女が二人で水族館、それはつまりデートと奴。本当ならば心が躍る。けれど隼人はその水族館の場所を知らない。知っているのは行った事がない隣町ということだけ。
──知らない街の、知らない通り。
脳裏に過ぎる、あの日見た夢。
「…覚悟はしといた方が良さそうだな」
昨日の時点で、何をすべきかの結論はついている。
であるならば、あとは迫り来るXデーとやらを待つのみ。
◇◆◇◆◇
競技も大体終わり、遂に最終競技となった。
遂にやって来る隼人の出番。本番を前にして、心臓の高まりは最高潮を迎える。
「あぁ、緊張してきた」
「大丈夫だ、五日間の事頑張ってたし、お前なら絶対行ける。俺がちゃんとバトン繋ぐから」
冬葵の後押しを受けながら、隼人は選手入場した。
対抗リレーは校庭のトラックを一周。
それを10人の各チームの代表がバトンで繋ぎ、一位を目指す。そしてバトンを渡す順番は冬葵→隼人。
今にでも逃げ出したい気持ちを抑えながら、第一走者がスタートした。
各チームから飛び交う応援の声。今年を締める最後の競技故にその熱気は凄まじい物だ。
ゆっくりと出番は近づき、遂に冬葵の番が回る。
チーム関係なく飛び交う冬葵は向けた黄色い声援。
流石はサッカー部のエースなだけにソレはかなりの熱量。
そして、それに応える様に劣勢だった戦況を優勢へとひっくり返す。
コースは終盤、遂に自分の番が回って来る。
大きく息を吸い、トラックへと出た。
視線の先には、バトンを差し出す冬葵の姿が映る。
ゆっくりと進みながら、それを受け取る。
「隼人!託した!」
「ああ!」
差し出されたバトンを握り、隼人は駆け出した。
冬葵がチャンスを作ってくれた、自分がやる事はこのまま逃げ切る事。
「先輩!」
「隼人!」
「上坂…!」
自分へと向けて飛んでくる、三人の声援。
声の方へと向かなくても、誰かは分かった。
「黄色い声援ってのは効果が本当にあるんだな!」
三人の声援を受けて、隼人は駆ける。
息は苦しい、足も少し痛い。けれど、期待を裏切りたくない。
応援してくれる人が居るから。
練習に付き合ってくれた友人が居たから。
無我夢中に走り続け、逃げ続け、そうして
──バトンは繋がれた。




