#20『はじまりがあれば』
朝からけたたましく鳴る目覚ましの音で目覚めた。
嫌々ながらもこのまま寝続ける訳にもいかず、目を開けてゆっくりと起き上がる。
それから少し伸びをして、カーテンを開けた。
そして洗面台に行き顔を洗ってリビングへと向かうと、瑠香が朝食を作っていた。
「おはよう、瑠香」
「おはようございます先輩」
かれこれ五回目になる一学年下の後輩との朝の挨拶。
けれどそれも今日で終わりを迎える。明日になればまた家に一人だ。
それが何だか寂しくて、名残惜しくて。かといって引き止める訳にもいかないので一旦忘れる事にして、瑠香と二人で朝食を食べた。
ラジオ代わりにつけたテレビではアイドルの特集をしている。
『じゃあ、私の特技披露しまーす!私、実は“人の心が読める“んです!』
『えーなら僕の考えている事当ててみてよ』
『いいですよー!うーん…見えました!田中さん、司会の谷口さんの事嫌いでしょ!』
「凄いですね、人の心が読めるなんて」
「どうせ台本か何かだろ」
「じゃあ私も先輩が何考えてるか当てますね!うーん…眠たい、とか?」
「正解。このままベッドに戻りたい」
「もう、ダメですよ!ちゃんとご飯食べて、支度して学校行きましょう!」
「鬼だ…」
「…」
急に瑠香が無言になる。気に触る様なことでも言ったのかと思い、隼人は少し狼狽える。
「瑠香?」
「いえ、こういうやり取りするのも今日で最後何だって思って。なんか、寂しいですね」
「別に二人で暮らすのが終わるだけで友達辞める訳じゃ無いだろ。明日以降も変わらず絡んでくれよ。」
「じゃあまた泊まってもいいですか?」
「それは要相談って事で…」
そんな会話を続け、家を出る時間になる。
電車の時間もあるので急いで支度を済ませて、二人は家を出た。
家を出る時、ドアノブに手を掛けたまま瑠香が固まる。
相当名残惜しいのだろうか。けれど、隼人はそれを指摘も笑いもしない。
どうせ夕方にはもう一度瑠香と共に帰ってくる。悲しくなるのはそれからで良い。
家を出てからは、珍しく横に並んで歩いた。
瑠香の家はこっちの方ではないので、家の近くの河川敷を見るのも、元気に駆けていく登校中の小学生を見るのもコレが最後になるかもしれない。
まるで、目に焼けつける様に、刻み込む様に辺りをキョロキョロしながら瑠香は歩いた。
「まぁ、なんだ。要相談とは言ったけど、別にまた泊まっても良いからな」
泊まっても良いが、由希が居ない時にして欲しい。
変な勘違いをされそうだし。
「はい、必ずまた泊まりに行きます!」
「おう。…それと聞きたい事が一個あるんだ」
「?、なんですか?」
「瑠香が見た未来の話。どんな感じなのかと思って。別に忘れたならそれで良いし、思い出したくないなら良いぞ」
「いえ、そう言えば言ってなかったですね。覚えてます、街の通りを歩いていたら、包丁を持った男の人に襲われたんです」
「…」
やはり、そうだ。
瑠香が見たのは二日前の夜、隼人が見たソレと大体一致するもの。違う点があるとすれば、隼人が居ない事のみ。
つまりそれが指し示す事は、上坂隼人は夢を介して未来を見た。
理由はわからない、考えられるものとしては瑠香に触れたから一点のみ。
「なぁ、あれから夢は見たか?」
「…いえ、見てないです」
「…見てない」
『おーい!瑠香ちゃーん!』
隼人が瑠香に更に質問をしようとした時、向こうのほうで瑠香を呼ぶ声がする。
視線の先には、手を振る女子生徒が二名。同じ制服なので友人だろう。
「じゃあ先輩、放課後また!」
「あ、瑠香!」
隼人の静止も聞かず、瑠香は友達の方へと駆けていく。
一人残された隼人は呆然と、その場に留まった。
夢を見ていない。
それが示す事は…
◇◆◇◆◇
それからあっという間に一日は過ぎ、気が付けば最寄駅から家の方へと歩いていた。
いつもと違うのは、帰宅する二人に加えて結衣も居る事。
「…ねぇ、私要る?」
「要ります!上野先輩にも色々動いてもらいましたから!」
「特別何かした訳ではないけど…」
「まぁ良いだろ」
「上坂は良くても…それに別にまだ解決した訳じゃないし…」
「まぁまぁ、コレは明日の前夜祭も含んでるから」
明日には体育祭の本番がある。
この五日間の間、瑠香の件と並行して冬葵特別コーチによる特訓もあった。
明日はその特訓の成果を見せる時でもある。
家に着き、瑠香が料理をしている間、隼人と結衣はリビングに座って小さな声で会話をする。
本当は手伝おうとしたが、止められた。
「で、何か進展した?」
「いや、それどころか謎が増えた。」
「なにそれ」
「瑠香は夢を見ていない。けれど、最初に見た夢はほぼほぼ一致してる」
「それが本当なら上坂が偶然それに近い夢を見たんじゃない?」
「だとすればあの日の僕は頭痛くて気絶しただけだぞ」
「じゃあ多分それだよ」
「できました!」
会話の途中で二人の座る場所へと、料理が運ばれてくる。
山の様に盛られた唐揚げ。今日の夕食は隼人リクエスト。一人でいる時はやらないからこそ、なんだか無性に食べたかった。
「それじゃあ、明日の体育祭の前祝いって事で」
「あんまり前祝いやる行事じゃないと思うけど」
「じゃあ先輩と私が過ごした五日間を想って」
「乾杯(〜!)」
それから、三人での宴は続いた。
五日間の出来事や、これまでのこと。
他愛のない、薬にも毒にもならない事ではあったが、それなりに盛り上がり、明日もあるので二十時前にはお開きになった。
同時にそれは、瑠香と過ごした五日間の終わりでもある。
「じゃあ、五日間本当にお世話になりました、先輩!」
「いやいや、家事とかやってもらったりしたし、世話になったのは僕の方だ。本当にありがとう」
結衣と共に瑠香を家まで送り、玄関前で別れる。
「じゃあまた明日、一応無闇に家出るなよ」
「はい、分かってます!…さよなら先輩。また明日!」
「ああ、また明日。頑張ろうな、瑠香。」
別れを言い、手を振る瑠香に見送られながら結衣と隼人は帰路に着く。
そんな二人の背中を見送って、瑠香は五日間振りの家に入った。
───ねぇ、先輩。
私は一つだけ、先輩に嘘をついたんです。
きっと先輩は怒るだろうけど、それが私が決めた道だから。




