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#2『不思議な女性』

 欠伸を噛み殺しながら聞いた、校長の無駄に長い有難いお話があった終業式が終わり、一学期最後のHRへ。

 担任から夏休みの心構えや『休みだからって余り羽目を外すなよ』などの忠告、そして直々に成績表の手渡しがあった。

『今学期は頑張ったな』と褒められる者や、『このままだと志望校落ちるぞ』と叱責をされる者。

 上坂隼人は後者で、『数学もう少し頑張らないとこのままじゃヤバいぞ』という脅しの一言を貰い、肩を落としながら席に戻る。今学期は少々サボりすぎたな……という今更遅い後悔をしながら成績表を鞄に仕舞った。

 そして教室内の全生徒に成績表が行き渡り、『じゃあまた二学期で』という言葉と共に一学期は締め括られた。

 待望の休みに入り、騒がしくなる教室内。

 教室内各所では『海に行こう』なんて話題で持ち切りなのだが、きっと呼ばれる筈ないと決め、隼人はさっさと帰る支度を済ませて足早に教室を出た。

 下校しようとする人で溢れかえる玄関へと向かい、靴を履き替えてから学校を出ると、帰りの電車に乗るために駅へ向かう。

 今日も妹が入院する病院へと向かう用事がある。

 学校の敷地内を出て、駅までの通学路を歩いていると夢乃原の海岸が見え、案の定、高校の生徒らしき人物が何人も海ではしゃいでいるのが見えた。

 海の方から聞こえてくるさざ波の音に耳を傾け、歩く事凡そ十分。数時間前にやってきた駅へとまたやってくると、改札を抜け、夢乃原市方面へと向かう電車がやってくるホームのベンチに腰を掛ける。

 電車がやってくるまで後十五分はあった。

 隼人はふと辺りを見回してみるが、いつもよりも明らかに駅に人は少ない。

 ここから見えるだけで、自分と同じ制服を着ている生徒が数人と、随分と腰が曲がったお婆さんだけ。

『夢乃原高校前駅』という名前の通り、この駅の主な利用者は学生なので『やけに海に行く人間が多いな』と思いながら、ポケットに入れていたスマホを取り出して弄っていると、誰かがこちらにやってくる足音が聞こえた後、座っている隼人の隣に腰掛けた。

 他にもベンチは空いている筈、何故わざわざ隣へと座ったのだろうか。隼人は距離感のバグった奴のご尊顔を拝もうと、ちらっと横を見てみると、隣に座っている人間は知った顔だった。


「なんだ結衣かよ」

「今日も目が死んでるね、上坂は」


 隼人の隣の少女は、冷たく言い放つ。

 ──上野結衣。

 この世に三人しか居ない友人No3。綺麗な黒髪をピンクのリボン二つで纏めたツーサイドアップの髪型をしており、小柄な背丈も合わさったその様を見て小学生だと勘違いした記憶が隼人にはある。

 また、同級生だろうが先輩だろうが、はたまた教師だろうが、理由は知らないが、絶対に人と目を合わせない為に、『上野結衣と目を合わせたら死ぬ』という誰が言い出したのか分からないくだらない噂を持つそんな人物だ。


「上坂は海行かないの?」


 結衣もここに来るまでの通学路の途中、海へと向かうクラスの同級生の姿を見たのだろう。それは随分と残酷で、答えなどとうに分かりきった質問をしてきた。


「僕が誘われる様な人間に見えるか? 自慢じゃないが、友人がこの世に三人しか居ない系男子だぞ?」

「だろうね」

「だろうねってお前ね……ま、冬葵には夏休み中に行こうって誘われたけど」

「ああ、あの上坂とは真反対の人間の 幼馴染とはいえ現実は非情だね」


 表情一つ変えることなく、結衣は淡々と毒を吐いてくる。最初は『なんでこの見た目で口が悪いんだ』と思ったが、一年以上の付き合いなのでもう慣れた。


「あの爽やか系男子と僕を比較するのはやめろ」

「上坂は爽やかの対極にいる存在だもんね」

「今日はいつも増して酷いなお前」

「上坂を揶揄うのが楽しいだけだよ」

「結衣が楽しそうで良かったよ。で、結衣はなんか夏休みに予定あるのか?」


 無理やり話を止めて、話題の転換を試みる。

 このままでは延々と結衣に口撃をされ続ける気がした。


「特に決めてない」

「だろうな」

「うん。……ふぁ〜」


 結衣が口を抑えながら可愛らしい声で欠伸をした。一年の付き合いでも聞いたことない声だ。

 その後、目に滲み出た涙を親指で拭う


「お前も寝不足か?」

「うんいつもは早く寝るんだけど、昨日ちょっとテレビ見ててね 心霊特集の」

「ああ、夏によくやる奴か」


 隼人は見ていないが、何度かCM中に番宣をしていたので昨日放送なのは知っていた。

 毎年恒例の夏によくやるアレだ、どういう理由があって幽霊を見ると涼む事になるのか誰か教えて欲しい。


「上坂は幽霊の存在を信じる?」

「僕は物心ついた時から幽霊の存在は否定派だ」

「随分と可愛げがない幼少期だね」


 とはいえ本当に否定派なので仕方がない。

 テレビの心霊特集は全て、見ている人間を驚かそうとするだけの紛い物で、この世に幽霊なんて存在しない。そもそも非科学的で馬鹿馬鹿しい。そう思って生き続けてきた。この目で幽霊を目撃しない限り、存在肯定派になることは無いだろう。

「上坂ってなんでも否定から入ってそうな感じがするし、ある意味納得」

「酷い言われようだな ま、大体あってるが」


 冬葵からもよく言われる。『取り敢えず否定から入るのが隼人の悪い癖だよなー』と。

 自分でも痛感はしているが、生まれてからずっとこの性格なので今更治しようがない。

 人は変われるとは言うが、結局の所、根本的なものはどうにもならないと思う。


「あっ、電車きた」


 隣でそう言った結衣の視線の先を追うと、こちらへと向かってくる、夢乃原市方面行きの電車が見えた。

 定刻通りに到着した電車へと乗り込み、夢乃原市駅へと到着するまで、二十分程電車に揺られた後、駅に着いてからは結衣とは別れた。


「じゃ、結衣も良い夏休みをな」

「上坂もね」


 多くは語らない、この感じが何とも友人らしい。

 夏休み中に結衣とは何処かで会う気もするが、一旦暫しの別れを告げ、隼人は目的地である病院へと向けて歩き出した。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 駅から歩く事凡そ二十五分。

 ただでさえ疲れきった身体を、更に追い込む様に続く長い坂を、道中コンビニで買ったミネラルウォーターを口にしながら登り歩く。

 時刻は十四時を回り、暑さはピークに。

 雲ひとつない青空故、遮るものがない事で太陽は容赦なく照りつけ、着ているシャツは汗で背中にピッタリと張り付いて何とも言えない不快感が襲う。

 あっという間に空になったペットボトルを振りながら、歩くこと更に五分。ようやく病院へと到着した。

 自動ドアを通り抜け、もはや顔馴染みとなった受付の人へと面会に来た旨を伝え、そこから幾つか階段を登った先にある妹の待つ病室へと向かう。


「由希、入るぞ」


 妹とはいえ由希は年頃の女の子だ。

 一応軽く扉を二回ノックしてから、入っていいかを尋ねた。その後、『どうぞ!』といういつもと変わらない元気そうな声が聞こえ、隼人は扉を開けて中へと入った。

 中に入ると、ベッドの上で本を読む妹の姿がまず目に入った。持っている本は『記憶のない王子様』という奴。由希が珍しく欲しがり、なけなしのバイト代で買ってあげた本。

 渡す前にチラッと読んだが、魔女に記憶を消された王子様が世界を旅して色んな人と出会いながら記憶を取り戻す冒険譚だった気がする。結局どうやって記憶を取り戻したかまでは知らないが。


「身体は大丈夫か?」


 隼人はベッド横の丸椅子に座り、持っていた鞄を一旦降ろしてから、ベッドの上に居る由希の頭を撫でた。


「お医者さんが、今の状態なら近い内に退院していいかもしれないだって」

「そうか、なら退院したらお祝いだな」

「うん!行きたいところ沢山ある!」

「財布が許す限りは連れて行ってやるよ」


 隼人は由希の頭を撫でながらそう告げる。頭を撫でられている由希も、何処か照れながらも満更ではなさそうな様子だった。


 それからは、兄妹二人で水入らずの時間を過ごし、あっという間にお別れの時間がやってきた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎる、名残惜しいが面会時間もまもなく終わるので今日はお暇する事にしよう。


「じゃあ僕は帰るから」

「うん!また来てね!」

「ああ、用事がなかったら絶対来る」


 ベッドの上から手を振る由希に見送られ、病室の扉を締め、隼人は廊下に出た。

 時刻はまもなく十七時になる。ふと、廊下から見える夕焼け空を見て、今朝見た夢を思い出した。


『君は、夕焼け空は好きですか?』


 脳裏に過ぎる、今朝見た夢に出てきた女性の声。

 この病院は、付近の住宅街とは比較的標高が高い立地にある。故に夏場に徒歩で来るには少しキツいのだが、ここの屋上からなら今朝見た夢の景色に近いモノが見れるかもしれない。

 そう思い立つと、隼人の足は病院の出口ではなく、屋上へと続く階段へと向かっていた。


 屋上まではエレベーターがない。

 なので、ただひたすらに長い螺旋状に繋がる階段を登らないと辿り着けない。そもそも患者が屋上へと立ち入る事を想定していないのだから当たり前だ。屋上までは階段で行ける事を、少し前に軽い探究心で行った事があるので知っていた。でもその時は立ち入ること無く、扉の前で後戻りしたので入ってはいない。だから実際に入るのは今日が初。

 屋上まで向かう事に決めたのを若干後悔しながら階段を登り続け、ようやく行き止まりと言わんばかりに静かに佇む鉄の扉の前へと到着。

 この扉を抜ければ屋上に繋がっていた筈だ。

 ドアが開かない可能性も考えたが、とりあえず開けてみる。丸いドアノブを左に回し、ギィィという扉の開く音がした。ドアはちゃんと生きている。そして屋上に出た。


 屋上からの景色に、思わず「おー」という感嘆の声が出た。

 来た時はあれだけ青かった空は茜色に染まりあげ、海はオレンジ色の太陽の光が反射して、一本の道の様な物になっている。

 普段何気なく見ていた夕方の空も、改めてちゃんと意識して見てみると感動するものなのだと思った。

 ここに辿り着くまでのちょっとした苦労も、この風景を見れたと思うと些細な事のように感じる程に。


「来てみて正解だったな」


 転落防止用の柵へと寄りかかり、隼人はそんな事を呟く。少なくとも長い階段を昇ってきた価値はあったと思う。

 ただボーッとしながら風景を見て黄昏れる。

 すると突然、背後に人の気配を感じた。

 先程までは人の気配など微塵も感じなかったから、本当に突然だ。そしてその気配は、段々とこちらに近づき、そして隼人の隣で止まる。

 恐る恐る隼人は横を見ると、その姿に言葉を失った。

 ……腰近くまで伸びた綺麗な黒髪に、白いワンピース。それだけでも、隼人が言葉を失うには充分な理由だった。何故なら、今朝見た夢に出てきた女性の姿とそっくりそのままだったからだ。

 そして、困惑する隼人を余所に、女性はこう口にした。


 「君は、夕焼け空は好きですか?」


 その言葉を聞いた時、正直、まだ夢を見ているのかと思った。

 なんせ、夢に出てきた女性が夢の中と同じ事を言っているのだ、取り敢えず自分の右頬を親指と人差し指で強く抓ってみる。

 ……普通に痛い。どうやらここは夢の世界では無いらしい。ちゃんと現実だ。


「……どうかしましたか?」


 一方の女性はと言うもの、隼人の方を首を小さく傾げながら不思議そうに見て、そう尋ねてくる。

 それはまぁそうだろうと隼人は思った、いきなり目の前の人間が頬を抓りだしたらそんな目で見る自信があるから。


「いや、今朝みた夢にそっくりで」

「それ、なんて言うか知ってます?」

「デジャブって奴ですよね」


 隼人の言葉に、女性は笑顔で頷いた。

 経験した事ない出来事や、行ったことない場所へと行った際に、まるでその事や場所について1度経験した・行ったことがあると言う風に感じる現象。

 原因は記憶の整理が云々やら、実は人間は前世の記憶があるとかスピリチュアル的な事が言われているが、今の自分の場合、デジャブというより予知夢を見たという方が正しいかもしれない。


()()()は私と会う夢でもみたんですね」

「あれ?僕の名前……」


 直後、女性はしまった!と言わんばかりの表情を浮かべた後、サッと隼人から顔を逸らした。

 行動としてはめちゃくちゃ怪しい。かなり。

 隼人は女性の名を知らぬのに、女性は隼人の名前を知っているのだ。隼人はそれに、謎の不公平感を感じた。


「僕達って何処かで会ってます?」

「……覚えてないですか?」

「ちょっと待ってください」


 顎に手を当て、考える素振り見せてから、隼人は記憶という記憶辿った。それでもやはり、これまでの記憶に、目の前の女性と出会った様な記憶は無い。そもそも、こんな綺麗な女性なら会ったらちゃんと覚えている気すらする。


「……すみません、覚えてないです」

「……そうですか」


 女性は隼人の言葉を聞いて少し残念そうな顔を浮かべた。その様子は若干の罪悪感に駆られる。


「では、改めて。私は春奈って言います」

「春奈、さん。了解です、覚えました。もう忘れません」

「ええ!それで、隼人君には()()()()()()()()()()()

「……え?今なんて」


 隼人が春奈の言葉の真意を問いただす前に、扉の開く音がした。

 突然の事に驚き、視線は春奈の方ではなく扉へと向く。そこには、見覚えのある鞄を片手に持ったナース服の女性の姿があった。


「あー!やっぱりここにいた!」


 女性は隼人を見て、そう言った。そうして、こちらへと近づいてくる。

 隼人は女性の名前を知っている。神山さんという由希のお世話をよくしてくれている若い看護婦さん。隼人自身もたまに話す上に、歳も他の看護婦に比べて近い方だ。実の所、前にこの屋上近くへと来た時も開ける前にこの神山さんに後ろから話し掛けられて逃げたのだ。行ってもいいけど、バレない様にねという言葉も掛けられたが。


「はい!隼人君。これ忘れ物」


 そんな神山さんの手に握られていたのは、正真正銘隼人の鞄。由希の病室に入って座る際に置いたままにしていたことに隼人は今気付いた。

 財布やら何やらが入っているので、危うく今日は晩飯抜きになるところだった。


「由希ちゃんが『お兄ちゃんが忘れてる!』って。受付の人もまだ見てないって言うから、ここに居るだろうと思って」

「すみません、由希にありがとうって伝えといてください」

「うん!それより、暗くなる前に早く帰ってね。院内の灯り落とすし。()()で黄昏れるのもいいけど」


 ……一人?そんな筈は無い。なぜなら、隣には春奈さんが居るはず。

 隼人が咄嗟に横を見ると、すでにそこには春奈さんの姿は無かった。辺りを見ても同じ。


「あの、ここに来るまでに女の人、見ませんでした?白いワンピースの!」

「女の人?すれ違ってないし、それに私がここ来た時から隼人君一人だったよ?」


 間違いなく春奈さんは隣に居た。会話をしたのだってちゃんと鮮明に覚えている。

 しかし、まるで最初から居なかったかのように、彼女は屋上からは忽然と姿消していた。

 ……背中に嫌な汗が流れる。隼人は先程の"私が見えているんですね"という言葉が改めて引っかかる。


「ん?大丈夫?」

「あ、はい。今日の所は帰ります。鞄わざわざありがとうございました」


 隼人は神山さんに丁寧に頭を下げ、鞄を受け取って屋上を後にする。

 病院を出るまでの長い階段を下る間、隼人は謎の女性の存在に頭を抱える事になるのだった。






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