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#19『そして、夜が明けて』

「先輩?どうしました?」


 机の真向かいで、食パンを持って固まったままの隼人を見て、瑠香は不思議そうな顔をしながらそう尋ねた。


「…あ!ごめん、ぼーっとしてた」


 瑠香の声かけで我に戻り、隼人は右手に持っていた食パンへと齧り付く。

 小麦の香ばしい匂いが鼻を抜け、直後にマーガリンの風味が口に広がる。

 いつもと変わらない朝。けれど、隼人の脳裏には昨晩の出来事がずっとこびりついていた。


 未来視。

 神崎瑠香の能力であり、夢を介してこれから起こる未来を見る力。

 魘されていた瑠香に触れ、共振する様に直後に隼人が見たソレは、おそらく瑠香も見ていたはずの物であり、これから起こるであろう未来。

 だとすれば、何故自分にも未来が見えたのだろうか。

 上坂隼人が見れるのは、幽霊な筈。

 だからこそ、幼くして亡くなりこの世に未練を残していた姉を見れた。


「先輩、やっぱり変です。もしかして、体調悪いですか?」


 再び考え込んで手が止まる隼人のおでこに、瑠香の手が触れる。少しひんやりした彼女の掌を感じて、隼人は再び思考の世界から現実へと戻された。


「うーん、熱はないですね」

「ごめんごめん、ちょっと色々考えててさ」


 誤魔化す様に再び食パンに齧りつく。

 本人に言うべきなのだろう、答え合わせも含めて。

 けれど、何故か言い出せないまま、二人は家を出る支度をして家を出た。


 家を出てからは、駅に着くまで特に大した会話も無かった。

 冬葵に瑠香との事がバレた以上、そこまで気にして歩く事はしなくてもよくなったが、自然と距離は開く。

 昨晩の事を言い出そうか言い出すまいか悩んでいる間に駅に着き、友人を見つけた瑠香とは「また放課後」という言葉を最後にまた離れ離れになる。


「何を悩んでるんだ、僕は」


 Xデーはこうしている間にも迫っている。

 悩む理由なんてないのに、何の遠慮をしているんだろう。

 けれど、少なくとも事態は少しは前進したのも確か。

 知らない街の知らない通り、あの場所が何処かは分からないが、あの場で瑠香は襲われる。

 それに、昨晩見た夢には上坂隼人の姿もあった。

 ソレが意味するのは一つ、やはり()()()()()()()()()()()()()()

 瑠香が最初に見た未来がどんな物かは知らないが、少なくとも上坂隼人という人間と出会い、未来は変わった。

 ソレは確かに希望を持てる事実。

 だとするならば、瑠香に尋ねにくいのも下手な事を言ってまた未来が変わる事を心の何処かで恐れているのかもしれない。


 ◆◇◆◇◆◇


 昼休み。

 いつもの様に弁当片手に図書室へと向かい、結衣と会う。そして本を読む彼女の前で、今日も弁当を食べた。

 四日目にもなればもう結衣は諦めたのか何も咎めてくる事はなかったが、鋭い視線だけは何となく感じた。


「昨日、未来を見た」


 弁当を食べ終わり、包に戻して、隼人は開口一番そう言い放つ。

 結衣は隼人の言葉を聞いて大きなリアクションはしなかったが、ページを捲る手が止まった。


「どうしてそう思ったの」

「昨晩、魘されてた瑠香に触れた。同時に頭が痛くなって気絶したと思ったら知らない街の知らない通りに居た。それから、ナイフを持った男が襲い掛かるどこで目覚めた。」


 隼人は結衣に昨晩見たモノを簡潔に話す。

 視線は相変わらず隼人には向かなかったが、話し終えた所で本を閉じる。


「一つ聞きたい」

「なんだ」

「魘されてたって、同じベッドで寝た訳?」


 今の話を聞いて、一番気になるポイントはそこだろうか。

 結衣の言葉にズッコケそうになりながらも冷静に言葉を返す。


「な訳、風呂上がりにリビング戻ったら瑠香がソファで寝てたんだ」

「ふーん、そう」


 聞いてきた割には、返答が素っ気ない。

 隼人は咳払い一つをしてから本題に戻る。


「ここで疑問が一つ、僕が見たのは本当に瑠香が見た未来なのかって事。」

「その質問に対して、私が言える事はない。大体、その答えを知りたいならそれを尋ねるのは私じゃなくて神崎さんでしょ」

「それはそうなんだけど、なんか聞きにくいっていうか」

「そう?」

「そう。それと昨晩見たその未来(?)の内容に、僕が居た。コレって、もしかしたら未来は僅かに変わったって事だよな?」

「そうかもね。神崎さんが見た最初の未来は分からないけど。」


 結衣の返答は、隼人が想像していた事と同じモノ。

 だとするなら間違いなく前進した。


「聞きにくいにしても、本人に最初にみた未来の内容くらいは確かめといたら?……私はそれよりも気になる事が一つある。」

「気になる事?」


 いつになく真剣な顔をしながら、結衣は何も言わずに頷く。


「神崎さんの未来を変える事は私も賛成の立場。私も、神崎さんには死んでほしく無い。けれど、()()()()()()()()が起こらないとも限らない」

「ツケってことか?」

「うん。私はそれが怖い」


 その事は、隼人の中でも心のどこかに置いていた事だった。

 神崎瑠香は死ぬ。

 コレは瑠香が見た未来。今やろうとしているのは、そんな未来を変える事。

 瑠香が本当に誰かに襲われるとして、仮に場所時間が分かっていた時、それを無視すれば瑠香は死なない。


 …じゃあ、誰か()()()()男に襲われる?


 近くを歩いていた人?それとも誰かが男を犠牲者が出る前に取り押さえる?

 見なかった事にすれば、自分は傷つかない。じゃあそれを許せるのか?

 自分が未来を変えたから、あとは誰かが犠牲になればそれでいいのか?


「未来を変えるってのはそういう事だよな」

「そう、神崎さんには死んでほしく無いけど、自分のせいで誰かが傷付いたって思ってほしく無い。上坂、私たちは思った以上にとんでもない事をしようとしてるんだよ」


 結衣の言葉聞いて、改めてそう感じる。

 あの時は瑠香の表情を変えてやりたくて、未来に希望を持たせてやりたくて「自分が未来を変えてやる」なんで言ったが、実際やろうとしている事は、そしてそれに伴って起きる事はいわば命の天秤に等しい。

 確かに物事は前進した。

 未来は僅かに変わった。

 けれど、その代償は誰が払う?

 進んだ様で、結果は何も変わっていない。

 ここから先は覚悟の話。

 結局その答えは出ないまま、昼休みは終わった。


 ◇◆◇◆◇


 放課後、駅で瑠香と合流して家路に着く。

 モヤモヤしたまま、歩いていると何か言いたそうにそわそわした表情を浮かべた瑠香に歩みを止められる。


「瑠香?」

「あの、先輩に言わないといけない事があって」


 手を後ろで組んで、どこかモジモジした瑠香が覚悟を決めた様な顔をしてスマホを見せる。

 そこに書かれていたのは、瑠香の母親からのメッセージ。「明後日帰る」そこにはそう書かれていた。


「お母さん、明後日家に帰ってくるんです。だから、先輩とこうして過ごせるのは明日が最後で… だから!上野先輩も誘ってパーティしませんか!?ほら!明後日は体育祭もあるからその前夜祭って事で!…いいですか?」

「あぁ、いいよ。結衣には伝えとく」

「本当ですか!じゃあ腕を奮ってご馳走作りますね!」


 そう言って、先ほどとは打って変わって楽しそうに瑠香は歩き出す。そんな彼女の背中を追って、隼人も歩き出した。

 瑠香と過ごす日常。突然訪れた終わりに隼人も少し寂しい気持ちになる。

 けれど、それで全てが終わるわけでは無い。

 訪れるXデー。それまでに、答えは出せるだろうか。


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