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#17 「一つ屋根の下で」

「瑠香の、残された時間を見てほしい」


 昼休みの図書室で、隼人は結衣へとそう頼み込んだ。

 実際の所、結衣に対してこの提案をするのは気が引けた。なんせ、結衣自身が嫌な思いをすると思ったからだ。

『人に残された時間が見える』

 それこそが、結衣の"見えるモノ"であり、その人間と目を合わせる という至って簡単な発動条件で、その人がこれから先の人生を生きる上でのタイムリミットが見えるという力。

 この力のせいで、結衣は人と目を合わせる行為をしなくなり、人と関わる事を止めた。人生を狂わせる様なその力を使って、見たくもないであろう瑠香のタイムリミットを見てもらうのは、隼人からすれば相当気が引けるモノだ。

 だけれど、今の隼人からすれば瑠香に訪れる最悪の未来(殺される事)を回避するには、もうこれくらいしか手が思いつかなかった。


「勿論、断られるのも覚悟してる。無理にとは言わない。もし、気が進んだらでいいからさ」

「それなら、とっくの昔に試した」

「……まじか?」


 驚いた様子を見せる隼人とは裏腹に、結衣は「うん」と言いながら、首を縦に振る。


「……まてよ、もしかしてだけどさ」

「多分、上坂の想像通りだよ。私は確かに神崎さんの目を見た。けど、やっぱり()()()()()()。」


 どうやら、隼人が知らない内に状況は悪い方に進んでいた。

 最後の頼みの綱である結衣の力は、どうやら隼人の時間を見れなかった時と同じく瑠香に対して効かなかったらしい。


「"見えないモノ"が見える人間には、私の力は効かないのかもね。もしくは……」

「もしくは?」

「これは仮定だけど、いまの神崎さんはある意味死と生が半々な状態なんじゃない?」

「なんだそれ、死んでるし生きてるって事か?」

現在()じゃなくて、未来の話。何も知らないままだったら神崎さんは殺される未来しか無かったけど、今は自分が殺される未来を知って、上坂隼人と出会った。それだけでも多少は未来が変わったでしょ?」

「まぁ、確かに」

「上坂と出会う前の神崎さんの残された時間を知らないからこれはタラレバだけれどね。でも、もしそれで生と死が半々なら見えない理由も納得が行く。いま神崎さんの未来は揺らいでるんだよ」

「じゃあ、家に泊めた甲斐はあったかもな」

「それは関係ないかもだけど、上坂隼人という人間が神崎さんの人生に関わったのは、未来が変わる理由の一つくらいには無かったかもね」


 だとすれば、瑠香の残された時間が見えなかった事も僅かに好意的に受け取れる。

 後は、その未来がいつ訪れるかというだけの事。


「結局、もう一度夢を見てもらうしかないか」

「現状はそうしかないね」

 

 頭を抱える二人の居る図書室にも、昼休みの終わりを知らせる予鈴が鳴った。

 状況はあまり変わらないが、僅かに希望は持てた。後は、訪れる最悪の未来へどう抗うかだ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆


 午後の練習も終わり、放課後になった。

 夢乃原駅に着いてからは同じ時間の別の車輌に居た瑠香と合流してから、夕食の買い物をしに、よく行くスーパーへと寄った。

 

「先輩、今日は何が食べたいですか?」

 

 カゴを乗せたカートを隼人が押しながら、その隣を歩く瑠香が問いかける。


「お互い 練習で疲れてるだろうし、簡単なのにしよう。野菜炒めくらいなら僕も作れる」

「じゃあそうしましょうか!」


 そう言って、瑠香が野菜のコーナーへと歩いていって、隼人がカートを押しながらその背中を追いかけた。

 いつもは一人で来るこのスーパーに二人で来るのは隼人にとっても新鮮な事だった。

 由希が家に帰ってきている時はそもそも親から頼まれ物以外でスーパーで買い物などしない事もあり、まず誰かと夕飯の買い物をするという事自体がある意味では初めての事。

 それに、その一緒に来ている相手が会って間もない同じ高校の後輩という事実。まさか、後輩と一つ屋根の下で暮らしながら買い物も二人でするなんて、一年前の自分に行っても信じてくれないと思う。


「まぁ、確かに新婚っぽいなぁ」


 隼人の視線の先では、瑠香が顎に手を当てながらどの野菜を買うかを吟味している。

 そんな様子と状況を思って、昼休みに結衣に言われた言葉をふと思い出し、意図せずに思考が口に出ていた。


「ふぇっ……!新婚……」

 

 隼人自身が思っているよりも声量があったらしく、半玉のキャベツを片手に瑠香が顔を真っ赤にして隼人を見る。

 そうして、近づいてきた瑠香は片手に持ったキャベツをカゴに入れると、


「私たち……新婚さんに、見えてますかね?」


 と、若干照れながらも僅かな上目遣いで隼人を見た。


「まぁ、見えてはいるんじゃない?制服じゃなかったら尚更」


 制服という服装がもたらす効果という物は甚大だ。顔さえ多少幼ければ、例え成人でも制服を着ておけば学生だと周りが錯覚する。


「じゃっ じゃあ!腕とか組んでも、変じゃ、ないですかね?」

「いや、変だろ」


 冷静な表情と声で、隼人がキッパリと言う。

 それを聞いた瑠香は驚きの表情をした後、見てわかる位にションボリと肩を落とした。


「年頃の女の子が、付き合っても無い男と腕を組もうとするんじゃありません」


 隼人が指先で、瑠香の眉間を軽く小突く。

「あでっ!」と言いながら、小突かれた眉間を抑えて、頬を膨らませながら瑠香が反抗するような目つきで隼人を見た。

 その様はまるで、小動物の威嚇の様だ。


「ほら、さっさと買い物終わらせるぞ」

「あー先輩〜!待って〜!」


 足早にカートを押して進んでいく隼人を、その後ろから瑠香が追いかける。

 ショッピングカート押しながら、隼人の心は騒いでいた。


「(おいおいおい!なんだ今の顔と表情と言動!長男だから我慢できたけど、次男だったら恋に落ちてたぞ!)」


 平常を装う傍ら、隼人の内心は瑠香の上目遣いと言動に翻弄されていた。

 本当に、(一応)長男で良かった。


 ◇◆◇◆◇


 買い物を終え、家に帰ると簡単に夕飯を作った。

 練習初日という事もあり、常日頃から運動不足の隼人からすればこれから本番までの数日は日々の疲れとの戦いとなる。

 しかも、とても嫌な事に最終種目のリレーへと参加させられる事になり、冬葵主導の元 走り込みをさせられて過労感はMAXだった。


「これが……あと、三日もあるのか……」


 本番は金曜日。それまではこんな日々が毎日続く。

 今週はバイトのシフトを予め入れていなくて本当に良かったと、隼人は過去の自分を褒めたかった。


 疲れもあり、時刻が二十二時を回る前には眠気に襲われて、隼人はリビングのソファへと横になると、あっという間に眠りに落ちかけた。

 あと少しで眠る……そう思った時に、隣に人の気配を感じて、眠気がすっ飛ぶ。


「……あのさ、一応聞いてもいい?」

「はい」

「なんで、隣で寝ようとしてるの?」


 隼人が視線を横へと向けた先では、瑠香が部屋から持ってきた枕を抱いて横になっている。

 そもそもそんなに大きくないソファへと二人。

 当然の如く、身体は密着して、背中で瑠香の女子の部分を感じ取って、変に脳と身体の一部が覚醒してしまう。僅かに香るいい匂いのシャンプーが、それを増長させた。


「あの、先輩。一緒に寝ても良いですか?」

「理由を聞こう」

「実は、昨日夢を見たんです」


 それはつまり、瑠香が"未来"を見た事を示す。

 "夢を介して、未来が見える"。それが、瑠香の持つ"見えないモノ"を見る力。


「いつ起こるか、分かった?」

「いえ…… 実は見えたのが一瞬で。それで、今日も見えるかもしれないから……」

「それと、一緒に寝る事がなんの関係が?」

「怖い夢、だから。誰かが隣に居て欲しいんです。」


 思っていたよりは真っ当な理由で、隼人は反撃の言葉を失った。

 確かに、夢で見た物が自分の未来として訪れるのだとしたら……しかもそれが、神崎瑠香が殺される未来だとして、そんな恐ろしい未来を見た後一人で居るのは確かに不安が勝るだろう。


「あー……分かった ただ、それならベッドでいいか? ソファは狭い」

「密着されるの、嫌ですか?」

「嫌とかじゃなくて、僕は一応年頃の高校生だからその辺察してくれ」

「……分かりました」


 隼人なりの折衷案を提示して、二人はリビングのソファから隼人の部屋のベッドへと移った。

 凡そ二日ぶりの自分のベッド。隼人はそのまま倒れ込むと、あっという間に眠気がやって来て、隣に瑠香が居ること等すっかり忘れて、瞬く間に深い眠りへと誘われた。

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