#16 「もう一つの戦い」
学校へと着いた隼人は、別クラスの結衣とは教室前で別れてから教室に入った。
視線は一度、教室の中へと入ってきた隼人に集まるも、別に誰かが「おはよう」と声を掛けることは無く、また自然と続けていた会話へと戻る。
クラスメイトによるこんな扱いにも、隼人はもうすっかり慣れていた。
思い出せば一年生の時、当時同じクラスだったとある女子生徒に何故か忌み嫌われていて、知らない間にある事ないこと吹き込まれて気が付けば孤立していた。
だからといって、今更それに関して悲観する事も無い。寧ろ、誰も話し掛けて来ないのは気が楽で良かった。 但し、一人を除いてはこのクラスにも隼人にまだ話しかける人間がいた。
「おはよう!隼人!」
軽くうつ伏せになりながら机でスマホを弄っていた隼人へと、梨花が後ろから声を掛ける。
「はい、おはようー」
わざわざ声の方へと顔を向ける事もせず、隼人は視線をスマホへと向けたまま挨拶を返した。
そんな隼人の態度に、梨花は不満気な顔を浮かべる。
「ちょっと、折角挨拶してるんだから顔を見てしてよ〜!」
隼人の机の前へと回り込み、スマホを取り上げる。
内心めんどくせ、と思いながらお望み通り顔を見てから
「おはよう梨花」
と、改めて挨拶を返した。
対する梨花も「よし!」と言いながら取り上げたスマホを返す。
周囲の視線は、隼人と梨花に突き刺さる。隣で会話をしていた女子グループも、その後ろのグループも、隼人と梨花へと視線を向けていた。
普段、空気のように扱われているからこそ、こんな風に注目される事が隼人にとっては逆にキツく感じる。対する梨花はなんて事無い表情でいつも通りに話しかけてきた。
「ねぇ、今年の体育祭勝負しない?」
「は?」
隼人には、瑠香に訪れる最悪な未来との戦いの他に、避けて通れないもう一つの戦いがある。
それが、一週間後に控えた体育祭の事だ。
学校ではなく生徒主導で行われる学校生活指折りの人気行事。特にこの学校の体育祭は少し変な事に、学年関係なくランダムで選出された五つのチームを組み、その五組で優勝目指すという物。
練習期間中は授業が二限になり、それ以降は練習になる為か生徒からの人気も高いのだが、正直な所、運動が嫌いな隼人からすれば嫌いな行事の一つでしか無い。
「もし、私たちが別チームだった時 勝った方がお互いの願い聞くとかどう?」
「いいけど、別に僕と梨花だけで争う訳じゃないだろ」
体育祭は個人での戦いではなく、団体で協力して戦うものだ。
勝敗なんて、その時のメンツ次第で大きく左右されるものだと、隼人は思う。
「それでもいいの!で、どうする?」
「勝負には乗ってやるが、負けても大層な事はしないぞ。逆立ちで学校一周するとかはナシな」
「別にそんな事させないって じゃ!組み分け楽しみにしとくね〜」
そう言い残すと、梨花は再び自分の席へと戻り、先程まで続けていたであろう会話へと戻った。後ろの席からは『えー梨花ちゃん上坂に何させるのー?』とか聞こえてくる。
───絶対に勝とう、冬葵をチームに引き入れて。
隼人は内心、そう思いながら同じチームに冬葵が入っている事を祈った。
◇◆◇◆◇◆
HRが終わり、次の授業が始まる間にチーム組み分けが発表された。
結局、梨花とは別組。梨花が白で、隼人が赤。
そして、同じ赤組には有難い事に冬葵と、結衣の名があった。今年は孤独な闘いを強いられなさそうで安堵する。
それからは二限しかない授業が終わり、そのあと各組で簡単な顔合わせと、出場する競技の話し合いがある。
「今年はお前が仲間で良かったよ」
冬葵の顔を見て開口一番、隼人はそう告げた。
お陰で、梨花との戦いの勝率がグッと上がる筈。
「珍しいな隼人がそんな事言うなんて」
「梨花と勝負する事になったんだ、勝った方が言う事を聞くらしい」
「それ、団体競技でする奴か?」
隼人が思っていた事を冬葵も同じ様に考えたらしく、苦笑いをする。団体競技に慣れている人間からすれば尚更そう思うだろうと隼人は思った。
「じゃあ、もし梨花に勝てた時は俺も隼人に言う事聞いてもらっていいってことか?」
「なんで梨花じゃなくて僕なんだ」
「少なくとも俺が同じメンバーだから勝てる算段があるって事は、俺のおかげって事だろ?」
「その場合、どっちに転んでも僕には不利益しかないだろ」
「安心しろ、変な事は頼まないから」
「ちなみにどんな?」
「そうだなぁ……、彼女に会ってもらおうかな。なんか、隼人に会いたがってんだよな」
「その時は防刃ベスト巻いていくからな」
冬葵の彼女にはどうにも恨まれている気がする。
原因は自分では無いにしろ、相手方から会いたいなんて言われる理由なんて、隼人には刺される以外に思いつかなかった。
「人の彼女に酷い言い様だな」
「そう思わせる位に、お前のせいで恨まれてそうなんだよ」
隼人の言葉を聞いて、冬葵がハハハと愉快そうに笑った。この前の花火大会の件も然り、カップルの喧嘩の原因に幼馴染の自分が要る限りはそうしか思えない。
◆◇◆
それから、なんやかんやでお昼になり、隼人はいつもの様に図書室へと向かった。
片手には、今朝 瑠香から貰ったお弁当が携えられている。
ドアを開け、中に入ると、これまたいつもの様に静寂に包まれた図書室の中で一人ポツンと結衣が小説を読んでいる。
「さて……」
何も言わずに、隼人は結衣の座っている席の真ん前へと腰掛けると、弁当を包んである風呂敷を解いてから蓋を開けた。
中には、弁当箱の半分を陣取る白米とウインナーと卵焼きと昨晩の余りの唐揚げが敷き詰められてある。
箸を取り出して、隼人は弁当の中身を口へ運んでいると、目の前の結衣の視線を感じた。
「……」
「なんだ、一口食べるか?」
「いや、別に要らないけど…… なんて言うか、新婚みたいだね」
結衣の発言を聞いて、隼人が咳込む。
口から飛んだ米粒を見て、結衣は「汚な」と言いながら持っていた本に掛からない様に上に上げる。
「……お前が変な事言うからだろ」
「だってそうでしょ、一つ屋根の下に男女が二人。それでいて、いつも買ったパンばっかり食べてる上坂がいきなり誰かが作った様な弁当なんて持って来て食べてたら誰だってそう思うと思うよ?」
「おかしいと思うなら、あの時止めてくれよ」
「あの時は、上坂が明らかに困った顔をしているのを見るのが楽しかったからね。それに、私が止めようとした所で、とどのつまり上坂は神崎さんを家に連れて行ってたと思うよ。」
「そうかぁ?」
「うん、私の知ってる上坂ならきっとそうする。嫌だ 面倒臭い とか言いながら、結局の所は動くのが上坂だからね」
「お前……よく僕の事見てるんだな」
結衣とは一年ちょっとの関係だが、まさか自分の性格をそこまで分析出来るほどに見ているとは、隼人自身思ってもいなかった。
「だって、毎回テストの度にそうでしょ?」
「そりゃ逃げようたって、テストは追いかけてくるからな」
「だからきっと今回も私が止めても結果は同じだったと思うよ」
「そうかなぁ…… ていうか、一個だけ思いついた事があるんだ」
その前に弁当を食べ終える事にして、隼人は弁当をかきこんだ。
食事を終えて、一息ついてから再び話題を戻す。
「今から頼む事は、正直頼みにくい事ではあるんだけどさ……」
「何?」
それは体育祭の練習中に思いついた妙案であり、いまの隼人に出来る唯一の打開策。
「瑠香の、残された時間を見てほしい。」