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#14 「神崎瑠香には未来がない」

 昼からの授業を終え、放課後になる。

 この後予定等で賑やかになる教室の中から、隼人足早に出た。

 掃除当番でもないので、居座る理由も無い。それに、この後はちょっとした予定がある。

 二年の教室がある二階から一階へと繋がる階段を降り、下駄箱で靴を履き替えてから学校を出る。

 そこからは少し歩き、駅まで繋がる海岸線沿いの道を歩く。

 もう九月になるが、相変わらずまだ暑い。

 道路を挟んで向こうにある海岸では、海水浴を楽しむ人間はすっかり減ったものの、サーフィンを楽しむサーファー達で賑わっていた。

 そんな光景を尻目に、隼人は駅に着くと彼を待つ二人が居た。上野結衣と、その隣には図書室で出会った後輩・神崎瑠香が居る。


「遅いね」

「文句なら、僕じゃなくてクラスの奴らに言ってくれ」


 クラスメイトのやらかしのせいで帰りのHRが遅くなった結果、結衣達を待たせていた。

 早く帰りたい隼人からすれば、いい迷惑だ。


「……じゃあ、とりあえず夢乃原まで戻るか」

「……はい」

「そうだね」


 駅で立ち話をするのもおかしく感じ、三人はやって来た夢乃原市街行きの電車に乗る。

 そこから十五分ほど電車に揺られ、三人は駅に着いてから、とりあえず話がしやすそうなファミレスへと入った。


 席に座り、流石に何も頼まないのは気が引けるのでドリンクバーを三つ頼む。それから、各々が飲み物を取ってきて席に戻ってから話を始めようとした。

 神崎瑠香は恐らく自分達と同じように『見えないものが見えている』筈だ。それが何なのかはまだ分からないが、『未来の自分を助けて欲しい』という事は……。嫌な予感が、脳裏に過ぎる。


「で、神崎さんは何が見えてるの?」

「……その、先輩達も本当に見えてるんですよね?」


 質問に質問で返された事に隼人は若干驚きながらも、「まぁ……」何処か曖昧に返す。


「一応、僕が『幽霊』。で、隣の図書室の番人 事、上野結衣が『人に残された時間』が見える。」


 自分と、隣に座りながら小説を読む結衣を指さしながら、隼人は瑠香へとそう説明した。

 しかし、結衣は隼人の説明が気に入らなかったようで、履いているローファーで隼人の左足を強めに踏みつけた。


「……あの、痛いんだが」

「上坂はこういう風にされるのが好きだと思ってた」

「僕はドMじゃない……」


 こうしている間にも、割と強い力でグリグリと踏みつけられている。結衣様、痛いです と、心の内で思いながら補足する様に付け加えた。


「まぁ、隣の奴が目を合わせないのは気にしないでくれ」

「上野先輩のことは知ってます その…色々と一年の間でも有名ですから……」

「はぁ……あの話、一年の間でも広まってんのかよ……」


 瑠香の言葉を聞き、隼人はため息をつく。

 正直呆れた、あんな小学生じみた都市伝説がまさか一年生の間でも広まっているなんて。

 人の噂も七十五日という言葉があるが、結衣の場合はその百倍は要りそうだ。本当に馬鹿馬鹿しい。


「それ、嘘だから気にしなくていいよ な、結衣」

「……」


 結衣の方は相変わらず目を合わせないように小説に視線を向けたまま。『目を合わせたら死ぬ』というのは嘘だが、目を合わせたら『残された時間』を見てしまうのは本当なので、どの道 神崎瑠香と目を合わせる事はないだろう。

 と……話が逸れてしまった。聞きたいのは神崎瑠香の事についてだった。結衣の噂じゃない。

 改めて隼人は瑠香に訊ねた。


「で、神崎さんは何が見えてんの?」

「私は……」


 言葉の途中で瑠香は下を向く。まだ『上野結衣と目を合わせたら死ぬ』という下らない噂を信じているのだろうか、結衣なら本を読んでて視線を合わせることすらしない、そもそも結衣は自ら進んで目を合わせることはしない。


「先輩達は…本当に信じてくれますか?」


 瑠香はまだ二人が自分の話を信じてくれるのか半信半疑の様子だ。

 とはいえ信じるも信じないもない、現に隼人達自身も見えない物が見えているのだから。


「信じるも信じないも、なぁ?」

「そうだね」


 隼人の問い掛けに、結衣は相変わらず視線を小説に向けたまま応える。

 瑠香は、何処か歯切れの悪い二人の反応に少し戸惑いを見せたが、ようやく自分が見えている物について口を開いた。


「実は… 私、"未来"が見えるんです」

「未来…?」

「…」


『未来が見える』という瑠香の一言に興味を覚えたのか、結衣のページを捲る手が止まった。

 本当に未来が見えているのならば、それはとてつもなく凄い力だと、隼人は思った。自分なんかと比べ物にならない程、そして心底羨ましい。なんなら自分の"幽霊が見える目"と今すぐ変えて欲しい位だと思う。


「それはいつから?」

「自分が『未来』を見ていると確信したのは中学生だったと思います。 それまでただ勘が鋭い…くらいにしか思ってなかったんですけど……」

「気づいたキッカケとかある?」

「ある日、『友達が怪我をする夢』を見たんです。体育の授業で、運悪く骨を折ってしまう夢……。とても嫌な夢だったので鮮明に覚えてたんです。その数日後に、夢で見た状況と全く同じ様に友達が怪我をしました。」

「成程……」

「それで、あれ以来たまに『予知夢』を見るようになりました。 夢で見たものと同じことが起きる… それがいい事の時もあれば悪い時もあって…… それから自分は『夢を介して未来が見える』ことに気づいたんです」


 予知夢…… 未来で起きることを夢で体験する物。分類するならば超能力とかそこら辺だろう。にわかに信じ難いが、話している瑠香の顔を見るに隼人には嘘をついているようには思えなかった。


「その予知夢で見れる未来ってのはいつ起こることか分かるの?」

「それが…分からないんです 数週間後の事もあれば短くて数時間後の時もありました。」

「未来が見えるとはいえ、好きな時間軸は見れないか…」


 だとしたら、とてつもなく不便だ。もし好きな様に未来が見えたら……自分なら競馬で一山当てたりしたかもしれない……。なんて邪な考えが過ぎる。

 すると、隣の結衣は突然小説を閉じると、マグカップに入ったコーヒーを神崎瑠香と目を合わせないように下を向いたまま器用にずずっと飲んでからようやく自分から口を開いた。


「神崎さんが言っていた『未来の自分を助けて欲しい』というのはどういう事ですか?」


『─────未来の自分を助けて欲しい。』


 恐らく、神崎瑠香は予知夢を介して自分に不都合な未来を見た…… と考えるのが妥当だろう。

 ただしその場合足枷になるのは、未来視で見た未来がいつ起こり得るのか分からないという物。


「神崎さんが見た未来がなんなのかを教えてください」


 結衣からの言葉に、瑠香は一瞬顔が曇ったが、その直後に何かを決意した様な顔をして、二人へと自分が見た未来について話し始めた。


「私は… 自分が殺される未来を見ました」


 瑠香の口から出たものは、大方隼人が想像していたものだった。

 それもそうだろう、怪我程度ならば『未来の自分を助けてください』なんて頼みはしない。未来が見えるなら尚更、見えた未来の通りの行動をしなければいいだけの話。

 しかし死ぬのは例外だ、神崎瑠香は『殺される未来』を見たと言った。瑠香の口振りから見るに、神崎瑠香が死ぬ原因は交通事故による死ではなく、誰かによって殺される未来。

 仮に神崎瑠香を殺そうとする者が向かってきたとして、非力な女子高生に抵抗できるだろうか?

 …恐らく無理だろう。自分の力を知っているならば、尚更の事『未来の自分を助けてくれ』と誰かに縋りたくもなる。

 そうなるとすると、本当に見た未来が訪れるのであれば、これから先 "神崎瑠香には未来がない"。


「その殺される未来ってのは、どこで殺されるのか分かってるの?」

「それが… その時は未来が見えたのが一瞬だったんです。気づいたら包丁で刺されてて、自分がどこにいるかも分からないまま意識が戻って…」

「そっか…」


『誰かに殺される未来』が何処で起こり得るのか分かっていれば最悪な未来は回避できるが、分からないと来ればお手上げだ。

 隼人は険しい表情を浮かべて思考を張り巡らせる。

 俯いたまま無言になった隼人を前に、瑠香は泣きそうな声で


「私は、このまま死ぬんでしょうか…?」


 と声を震わせ、俯きながら消え入りそうな声で呟く。

 そんな瑠香の様子を見て、隼人はいつの日かの由希を思い出した。

 由希に心臓の病気が見つかり、今よりも何度も入院と退院を繰り返してた時期の事。親は仕事で家を空けることが増え、お見舞いには今と同じ様、一人で行くようになった頃、ある日由希が病室で


『私は…後どれだけ頑張ったら良いんだろ…?』


 と病院のベッドの上で涙を流しながら呟いていた。

 あれ以来出来るだけ 悲しい思いはさせまい と、由希の面会には時間を見つけて出来るだけ向かうようになったのだが、今の瑠香はあの時の由希と同じ表情をしている。

 未来を諦めたそんな表情、だとすれば助けたくもなる。

 無意識の内に、隼人は胸の内にあった思いを口にしていた。


「……未来は僕が変えてやる」

「えっ…?」

「上坂…」


 勿論、どうすればいいかなんて分からない。

 神崎瑠香を助けられるかどうかも、迫り来る残酷な未来を変えれられるかどうかも。

 それでも、今は曇ったままの瑠香の表情を変えたい、もしかしたら未来が変わるかもしれないという希望をあげたい… その思いから出た言葉だった。

「……本当、ですか?」

「上坂、本気…?」

「僕らを信じて話してくれた後輩が死ぬかもしれないってのに助けない訳にはいかないだろ」

「それはそうだけど……」


 自分に何が出来るのかは分からないが、神崎瑠香が数週間後はたまた数日後か数時間後に殺されるかもしれないというのは見過ごす訳にはいかない。

 こうして話を聞いた以上は何か手助けをする必要があるはず、そもそも『助けて欲しい』と思ったから自分達へと頼んだはずなのだから。


「僕に出来ることなら何だってするよ」

「本当ですか!?」

「ああ、本当だ」


 隼人の言葉に多少は救われたのか、瑠香の顔はパァっと明るくなった。

 うん、やっぱり女の子には笑顔が似合うと思う。隣の奴にも是非ともこれくらい明るい笑顔をして貰いたい。と無言・無表情で再び小説を読み始めた結衣を横目に隼人は思った。

 

 ───だが次の瞬間、神崎瑠香は隼人の想像を超える事を口にした。


「じゃあ!今日から先輩のお家に泊めてください!」

「……」


「え、は?」


 聞き間違いだろうか?

 瑠香の放った、想像の斜め上を行く言葉を聞いて、思わず隼人の身体が固まる。


「一応聞くけど、なんで……?」

「私、母子家庭で……お母さんが昨日から出張で家を開けてるんです……あの夢を見てから一人で家に居るのが怖くて……」


 想像してたよりはまともな理由だった。とはいえ、『そうか… ならうちにおいで!』とは言えない。言えるはずもない。

 隼人は視線を隣に居た結衣へと向けるが、視線に気付いた結衣は『お前が助けると言ったんだろ』と言いたげな視線を返してきた。


「先輩のご両親にはちゃんと挨拶します!安心してください!それに家事もできますから!」

「上坂の両親なら同じく家に居ないよ ね、上坂」

「おぃぃぃい!結衣!?」


 突然の結衣の裏切りに、思わず大声を出しながら隼人は席を立つ。近くに座っていた学生や、談笑をしていた奥様方の怪訝な視線が一斉に突き刺さり、隼人は萎縮しながら席に座る。


「あの…駄目、ですか?」


 瑠香は瑠香で、女の最終兵器と名高い上目遣いを仕掛けて来た。

 ……はっきりいって、神崎瑠香はめちゃくちゃ可愛い。

 髪型はふんわりした感じのショートボブ、顔もテレビで見る様なアイドルに引けを取らない程に整っており、こんな可愛い後輩に上目遣いでお願いをされて断れる訳が無い。


(結衣様 お助け下さい)


 再び隼人は結衣の方へと視線を送るが、視線に気付き、こちらを見ると相変わらず『お前が助けるって言ったんだろ?』と言わんばかりの視線を返してくる。

 何でもするとは言った手前、まさかこんな事になるなんて……

 悩むに悩んだ結果、隼人が出した答えは……


「うん…… ご両親帰ってくるまでの間 家においで……」


 隼人は遂に折れ、今日から神崎瑠香との共同生活が始まる事になった、


「(大変な事になった…)」


 自分がまいた種とは言え、まさかこうなるとは…

 これからどうしよう…と頭を抱える隼人と、それを哀れそうに、そして何処か愉快そうに見つめる結衣。そして神崎瑠香は楽しそうに『まず荷物取りに帰りますね!』と語るのだった。


 ◇◆◇◆◇


 三人はファミレスを後にすると、隼人は瑠香と共に荷物を取りに行く事にした。

 神崎瑠香が殺される未来はいつ起こるか分からない。

 そう考えると、一人で荷物を取りに行かせる訳にはいかないので隼人もついて行くことにした。荷物を取りに帰らせている途中で襲われて死ぬなんて事になれば胸糞悪いと思ったからだ。

 そうして結衣と別れる前に少しだけ会話をした。


「上坂って、他人に関わるのが面倒くさい って私に言ってた癖に神崎さんは助けるんだ 可愛いから?」

「さすがにあんな表情されたら助けない訳にはいかないだろ」

「もしかして、神崎さんと妹さんが重なった?」


 結衣の放った一言に、隼人は図星と言わんばかりの無言になる。

 結衣の言う通り、隼人が瑠香を助けようと思ったのはあの日の由希とおなじ表情を浮かべたからだ。

 未来を諦めた様な悲しい顔…もうそんな顔見るのは沢山だ。


「男は誰でも、誰かを助けるヒーローに憧れるんだよ でもまあそれ以上に、誰かが辛い思いをしているのを知った上で見て見ぬふりはしたくないだけかもな」

「本当にお人好しだね、上坂は」

「そうだ、なんなら結衣も家に来ていいぞ」

「上坂の家に行ったら何されるか分からない…」


 結衣は汚らわしい物を見る目で隼人を見る。

 はっきり言ってめちゃくちゃ心外だ。


「結衣は僕の事をなんだと思ってるんだ…」

「私の、高校に1人しか居ない大事な友達。」

「もっと友達作れよ」

「上坂が言えたセリフじゃないでしょ」

「悪いな、僕は三人いる」

「一人も三人もそんなに変わらないよ」

「それもそっか… ま、とにかく頑張ってみるよ 神崎瑠香の秘密を共有した以上、結衣も力貸してくれよ」

「分かってる。私も神崎さんに死なれるのは後味悪いから。」

「だよなぁ…」


 隼人と結衣は目の前を楽しそうに歩く神崎瑠香の背中を見つめながら黙り込んだ


『神崎瑠香には未来がない』


 彼女を待つのは誰かに殺されるという残酷な未来。

 そんな未来は訪れさせない……


 未来は僕が(どうにか)変えてみせる。






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