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#13 『非日常は終わらない!』

 午前六時半。朝から嫌悪感を抱かせるアラームが鳴るよりも先に目が覚めた隼人の耳に入ってきたのは、フライパンで何かを焼いている様な音だった。

 これが一般家庭ならば、それは有り触れた日常だっただろう。だが、上坂隼人は親と離れて暮らす高校生。この家には、本来隼人以外の人間は居ない。

 最も、退院を前にした妹が一人居るが、それは再来週の話である。

 キッチンからは相変わらず、誰かが何かを調理する音が聞こえてくる。普通ならば、飛び起きてでも原因を探しに行くのだが、隼人にはその理由が寝起きで今が何曜日かも朧気な頭でも、理解出来ていた。

 とはいえ、流石にそろそろ起きようと思い、身体を起こす。

 それに気付いたかのように、身体を起こした隼人へと近付く存在があった。


()()()おはようございます」


 "リビングのソファ"で眠っていた隼人へと、"夢乃原高校の制服"を纏った少女は声を掛けた。


「おはよう、()()()()()


 欠伸を噛み殺しながら、隼人は少女の名前を呼ぶ。

『神崎瑠香』。夢乃原高校に通う高校一年生で、最近まで知らなかったが小学と中学の後輩でもあるらしい。


 何故隼人がこうして高校の後輩と一つ屋根の下で暮らしているのか。

 その答えは前日の昼にあった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「あのさ、隼人」


 九月一日の午前八時。夏休みが終わりいつもの様に通勤通学で賑わう電車内で、隼人と冬葵の二人は、今日も座席に座る事が叶わず、立ったままの状態でいつもの様に会話を交わす。


「なんだ?」

「隼人と上野さんってどういう関係?」

「…」

「あ、誤魔化しても無駄だからな 俺見たんだよ昨日夢乃原港の近くで二人が楽しそうに歩いてんの」


 惚けようとした瞬間に、隼人は冬葵に先手を打って釘を刺された。

 どうやら、言おうとしていた言い訳はもう通じないらしい。それにしても、まさか冬葵に見られてたなんて…… 失態だとも、一生の汚点だとも隼人は感じた。


「じゃあその前に聞かせろ」

「何だ?」

「お前も、結衣の"あの噂"信じてんのか?」

 

  上野結衣にはとある噂がある。

 それは『上野結衣と目を合わせたら死ぬ』という誰が言い出したのか分からない小学生地味た噂。

 それは、『誰とも目を合わせない』という結衣の行動が招いた噂ではあるが、隼人は何故、結衣が誰とも目を合わせないかを知っている為に『誰とも目を合わせられない』という本人の苦しみを知らないままに蔓延る噂が、何だか心の何処かで許せないでいた。


「あー、あの『噂』ね」


 そして当然、冬葵もそれを知っている筈。なんせ一年の頃は隼人と冬葵と結衣は同じクラスだった。

 一年間も同じクラスだったなら、嫌でも一度は結衣のふざけた噂を耳にしたことがあるはずだ。


「ばーか、信じるかよあんな小学生みたいな噂」

「……だよなぁ」


 冬葵の言葉を聞き、隼人は心底ほっとした。

 もしこれで冬葵が『目を合わせたら死ぬとか怖いよな!』なんて笑いながら言ってきたら付き合い方を考えていたが、その必要は無かった。


「お前が幼馴染で本当に良かったよマジで」

「なんだよそれ」


 考えが杞憂に終わり安堵した僕が放った言葉に、冬葵は笑いながら答えると更に続けた。


「で、結局 上野さんとはどういう関係?」

「ただの友人、お前が思ってる関係じゃない」

「本当かぁ?」


 冬葵は何処か疑心の籠った視線を隼人へ送る。

 しかしどう疑われても、隼人にとって、結衣は本当に『この世に三人しか居ない友人の一人』でしかない


 確かに不意に結衣を可愛いと思う事はあるし、一緒に話していて楽しい。

 とはいえ、今のところ隼人は恋愛の感情を抱いた事は無い。


「本当だって」

「神に誓うか?」

「ああ、ロマンスの神様に誓うよ」

「いや、でも安心したよ本当に。やっと"吹っ切れたんだな"」

「は?」


 冬葵の口から出た言葉に、隼人は何処か引っかかるものがあった。

 "吹っ切れた"? 一体何を?


「いや、だって『もう二度と梨花以外の女子とは喋らない』って言ってた隼人にこうして女子の友達が出来たんだからさ 」

「は??」


 冬葵の口から出てくる言葉に、隼人のクエスチョンマークが増えていく。

『もう二度と梨花以外の女子とは喋らない』なんて言った記憶は頭の片隅にもどこにも無い。そこまでの決心を語っているはずなら、例え物覚えのいい方ではない自分でも覚えているはずだと隼人は思った。

 何処か困惑する隼人を他所に、冬葵は更に続ける。


「それにしても隼人も変わってんな、あんだけ悲しんだ癖に、似たような名前の女子と仲良くなるとかさ」

「……あのさ、さっきから何のこと言ってんだ?」

「え?何って、『上野優衣』の事だよ お前の"初恋相手"の。まさか覚えてないのか? "優"しい に "衣"って書いて優衣。」

「…誰だそれ」


 隼人の口からでた言葉に、冬葵は驚き、目を見開く。

 しかし冬葵がいくら驚いたところで、隼人からすれば本当に知らない。寧ろ、誰だろうか。

 隼人が知っているのは『上野結衣』という暴言を吐いてくるがいざという時に頼りになる黒髪ツインテのみで、『二度と梨花以外の女子は喋らない』なんて決心をさせられた『上野優衣』なんて人物なんて記憶の何処にもない。

 春奈の時と同じ様に、実は幼い頃の記憶の事でした!とかではなく、中学生の頃の話。年月にして約二年前、忘れるには期間が近いが本当に隼人にはそんな記憶は微塵も無かった。


「マジで言ってんのか?」

「ああ、マジだ」

「梨花が言ってた、『隼人が嘘をつく時は右耳を触る』って つまりマジで覚えてないんだな…?」


 梨花は本当に自分の事をよく見ているらしい、そんな癖自分でも知らなかった。今度から気をつけようと思う。

 それにしても、"誰だろうか"。『上野優衣』って。


 ◆◇◆


 学校へと着くとまたいつもの様に授業があり、昼休みになった。

 教室が騒がしくなる中、隼人は教室を出てから別の棟に繋がる廊下を渡り、とある場所へ行く。

 人一人歩いていない別棟の三階。扉の前に立ち、スライド式の扉を開けて中に入ると、中には複数の本棚が置かれている。

 ここは図書室。この学校ではこの教室に滅多に人が居らず、昼寝したり昼飯を食べたりをするには静かで最高の環境。ただ、先客が既に座っていた。


「よ、結衣」


 隼人の視線の先には、椅子に座って本を読んでいる結衣が居た。

 一年前、この高校に入学してから一人の時間を潰せそうな誰も居ない場所を探して入った図書室で出会った人間こそ、上野結衣だった。

 それから図書室外でも話すようになり、三人目の友人に。

 結衣からすれば、誰も居らず目を合わせる必要がないこの空間が心地良いのだろうか。

 そんな事を考えながら、隼人は結衣の座る席の真向かいへと座って、ポケットから出したクリームパンの包装を破った。


「上坂」

「ん」

「図書室は食事をする場所じゃないって、小学生の時に習わなかった?」

「さぁ、習った事ないな」


惚けるように、隼人は返す。

 実の所、習った事は本当にない。何せ、それが当たり前なのだから習うまでもない。小学校という空間は、世間の一般常識は教えても、そういう細かい常識は教えてくれない。

 でも、常識なんて破る為にあると隼人は思う。


「じゃあ私が教えてあげるよ、ここは本を読む所で食事をする所じゃないよ」

「言われなくても知ってる、友人が少ない僕にはこういう所でしか飯が食えないんだ」

「……可哀想」


 ボソッと、結衣が呟く。その言葉の裏には哀れみが込められていた気がして、隼人の心にグサリと突き刺さった気がした。

 何だか食欲が落ち、隼人はクリームパンを半分に割って結衣に渡す。「別に欲しい訳じゃないからね」なんて言いながらも結衣はそれを受け取り、持っていた本を置いて頬張った。

 ──これで、同罪だ。二度と同じ事を言わせないと、隼人は心の内でほくそ笑む。


「あのさ上坂」

「なんだ、礼ならいいぞ」

「そうじゃなくて、上坂はあの後幽霊見たの?」

「え? いや、見てないけど」


 自分には幽霊が見える(らしい)。いつから発現したのか、少なくともこの夏休みから二回程幽霊を見た。

 一回目は亡くなった筈の自分の姉、二回目は出かけた際に出会った小さな女の子。

 しかし、花火大会の日に『春奈』との別れを経験して以降、幽霊らしき者と出会った覚えも、また見た覚えも思い返してみるとなかった。


「ま、僕のは結衣と違って『目の前の人間は幽霊』っていう情報が無ければ幽霊なのか生きてるのか分からないからなぁ」

「何だか、羨ましい」

「僕の目がか?」

 隼人の言葉を聞いて、結衣は静かに頷く。

「知らなくていいことを知ってしまうほど辛い事は無いから」

 そう語る結衣の顔は、何処か寂しげな表情をしていた。

「確かになぁ…… でも、知らなくていいことを知ったからこそできる事もあるだろ」

「例えば?」

「例えばって言われると難しいけど…… 医者とかどうだ?病気で先がない人に優しく寄り添える、そんな医者になるのもありなんじゃないか」

「医者なら治す方法が探る方が先でしょ」

「まぁ確かにな」


 二人でそんな会話をしながら、笑い合う。

 そして、二人しか居ない図書室にも午後の授業開始五分前の予鈴が鳴った。

 昼休みは終わり、あと二時間の授業を乗り越えれば下校になる。

 椅子を立つ前に大きな欠伸を一つして、立ち上がろうとしたその時だった、目の前に立っていた結衣が「あっ」と言いながら指を指す。

 その先を見ると、一人の少女が図書室の出入口に立っていた。夢乃原高校は女子はリボン 男子はネクタイの色によって学年が分かるようになっている、振り返った先に立っている女子生徒のリボンの色は青。つまり一年生。

「あ、あの!さっきのお二人の話……聞きました」

「あちゃー……」


 つまるところ、僕達二人は図書室に他の生徒が居るのに気付かずにペラペラと『見えないものが見えている』事について語ってしまっていたらしい、話に夢中で完全に気を抜いていた。

 とはいえ、聞かれた以上誤魔化しはもう効かない。


「"話"ってのは『見えないものが見える』事についてかな?」

「はい…… もしかして、先輩達も"見えるんですか?"」


 目の前の女子生徒の言葉に何処か引っかかりを覚えた隼人は、ちらっと結衣の方を見た。


「分かってる、あの子も私達と同じかもしれないって言いたんでしょ」

「目を見ただけで僕の考えてる事が分かるなんて、僕らはいい夫婦になれそうだな」

「変なこと言ってると蹴るよ」


 多分結衣の性格的に『自分で取れ』って言われそうだ。とまぁ、そんな妄想は置いといて……

 目の前の女子生徒は恐らく自分や結衣と同じ様に『見えないものが見えている』可能性があると感じた。だとすれば話を聞きたい、そう考えて椅子から立ち上がった隼人は意を決してこう尋ねた。


「もしかして、君も?」

「あの!助けて下さい!」


 目の前の女子生徒は何処か泣きそうな目をしたまま二人へと頭を下げた。

 助けて下さい どうにも訳ありらしい、まさかまた変な事に巻き込まれるのか?

 そして隼人はため息をつくと同時に、続けてこう尋ねる


「……何かあった?」

「……けてください」

「え?」


 よく聞こえなかったので聞き返す。

 すると、少女は再び、今度こそ聞こえるように大きな声で口にした。


「お願いします… "未来"の私を、助けて下さい!」


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