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89話 迷子のエルフと消える建国者

 現在から二年前、レイとエルミナは恋に落ちた。一目惚れだ。まるで魂が訴えるような衝動に動かされるように二人は愛を囁いた。

 翌日、ぶちギレたアルトに殴り飛ばされ、レイは反省し上等な地位を得てから迎えに来る、二年後を目安にと言い残してエルフの森から去っていった。


「母さん、みんな。私は待てないから行くね」

「エルミナ……まあ二日も二年も大した違いじゃないし、いいわ。いってらっしゃい」


 その二日後、エルミナは森を出た。千年という長い寿命を持つエルフたちは姫を送り出し、大した違いじゃないからとアロス国に連絡もしなかった。

 もちろん大問題である。書類に残せない口約束だとしても、約束を破るには相応の代価が発生する。すなわち信用の減少。外交はもちろん政治もなかった平和かつ田舎者なエルフたちは全く自覚していなかった。関係者は驚きのあまり全員ひっくり返るだろう。


 ともあれエルミナの話だ。エルフの里を出た彼女は街道を通らず森を歩いた。エルフである彼女にとっては森こそが道なのだ。


「ぎゃはは!男は殺して女は捉えろ!」

「ひぃぇえええ!!!!」


 その途中で、ある開拓村の近くを通りかかった。人口が増えすぎて溢れた都市の人が作った村だ。開拓という目的のため既存の村や道からは離れた場所に作るため山賊に襲われやすいらしい。

 独自の武力を有するはずなのだが賊はそれを上回る戦力だったのだろう。柵は壊れ、村民たちは逃げまどい、家屋は壊され、いくらかの屍が見える。


 それを見てエルミナは救援に入る……ことはなく、素通りした。

 エルフは森で生まれた人と精霊の中間の存在。精神性は植物に近い。


 土と太陽、風と水から命が生まれるように、命が土に帰ることもまた自然の営みだ。気にすることではなかった。


 しかし、と、視界の端で光ったものが気になった。


 太陽の光を反射し輝く、金属製の装備。槍と兜、転がっている死体は騎士と呼ばれていると、エルミナは知っていた。


『レイは騎士なの?』

『そうだよ。正式なものじゃないけど、困っている人を助けるのは俺の役目だ』


 それはレイと共に過ごした一夜。お互いに何が好きな、何を目指しているかを語った思い出。王様に貰った剣を俺の誇りの一つだと掲げ、カッコイイポーズと共に自慢気に見せてくれた。


 ここで見逃したら、レイに嫌われるかもしれない。

 再開したらまた思い出を語り合いたい。その中身は、レイに好かれる行動でありたい。


「ちょーーーーっと待ったぁ!狼藉は許せないわ!」


 ならばするべき行動は決まっている。エルミナは引き返し、賊を蹴散らした。

 風が大きな人を上空に投げ飛ばし、切り刻み、雷が焼いた。レイにやや劣るとはいえ同格のエルミナの手にかかれば賊の百人や二百人、敵ではない。


 積みあがった死体のそばで胸を張るエルミナにお礼を言う村長。エルミナは対価として道を尋ねた。

 不幸だったのは、村長も道を知らなかったことだろう。死体の山の傍で知らないとは言えなかった村長は出まかせをいい、それは本来の目的地であるレイがいるはずのアロス国とは直角に方向が違っていた。


 エルフの中でも特に実力が高い彼女の感知能力は非常に高く、同じような人助けを繰り返しているうちに気が付けば一年の時が過ぎ、グレイアス大陸で最も高い山にいた。


 そこは鳥人族の隠れ里がある山だった。山頂に住む鳥の亜神に毎年生贄を捧げる風習があり、今年は私の番だとある少女は泣いていた。

 エルミナは特に何も感じなかったが、これを見逃すとレイに嫌われるだろうと戦いを挑み、一年に渡る激戦の末に勝利した。


 勝利した瞬間、山脈を覆っていた風の結界が消滅。その反動で大嵐が起こり、エルミナは吹き飛ばされ、なんとか南の孤島に着陸したのだった。

 孤島には何もない。そもそも今自分がどこにいるのかは分からない。どうしたものかと途方に暮れた。


「まあいっか。そのうち会えるさ」


 二日も二年も二十年も大した違いではない。会いたいという気持ちがあればまた会えるだろう。

 レイも、きっと同じ気持ちのはずだ。


 ひと眠りした後、エルミナは氷の魔法で海を凍らせて脱出した。





「突然ですが聞いてください。やる気が無くなったのでこの国を去ります」


 貿易国家レグディの最高幹部たちが急遽集められた会議室で、レイの言葉が響いた。


「い、いま、なんと?」

「……」

「ふざけないでいただきたい!」


 ある者は耳を疑い、ある者はやはりかと顔を伏せ、ある者は激怒した。

 人数比で言えば一対七対二といったところだろうか。


「無責任にもほどがある!レイ様、あなたはご自身の立場をどのようにお考えなのですか!?」

「五大国が何故この国の後ろ盾になってくれたのか!何を信じて援助してくれていたのか分からないわけではないでしょう!?」

「この国はまだまだ発展している途中です!レイ様がいなくなっては誰が舵を取るのですか!?ただでさえ破滅と紙一重の成長をしているのですよ!?」


 怒号、もしくは悲鳴が飛び交う。

 この場に集めた幹部たちはレグディの内情をよく知っている。五大国からの援助、賢神の試練で手に入れた知識、そしてレイとユニリンの生み出すマジックアイテム。レイがいなくなるということはこの三つの内二つが……いや、一つと半分が消えるに等しいのだ。


 この先の成長は一気に鈍化するだろう。

 いやそもそも、アロス王から全面的に信用されているレイがいなくなれば他の五大国からの信用も減り、レグディが分裂してもおかしくない。優秀な政治家である彼らはよく分かっていた。


「そうですね。私もそう思います」


 もちろん、レイも理解している。


 冷静に言葉を返したレイを見て大声を上げた幹部たちが固まる。

 嫌な予感がする。平静を崩さないレイの態度に、何か見落としが無いかと思考を巡らせる。


 レグディは誰もが羨む知識と力と金を持っている。これからも発展するだろう。

 発展するにあたり問題は何か。何事も無ければ発展するならば、警戒するべきは何か問題が起こること。


 問題は外的要因と、内的要因。

 内的要因、つまり、反乱分子、言うことを聞かない部下。


 大声を上げた幹部たちの顔面が蒼白になる。まさか、これは粛清の前振りなのか。自分たちは処刑されるのか。

 ありえる。レイは貧者に子供を相手にするように慈悲を示すという美点を持っているが、一方で大人が相手ならば容赦なく斬る苛烈さも持ち合わせているのだから。


「…………誤解ですよ。私は嘘をつきません。単純に、去る前に引継ぎをするという話です」


 そういうとレイは右手を動かし虚空から腕輪をいくつか取り出した。


「まずは、ガーラン殿」

「はっ!はい!!」

「あなたには民政室室長の役職を与えます。主な役割は民たちの生活、治安、労働の監督。この腕輪はその権限を保証するもの。具体的には、この国において民たちの情報を集めたデータベースへのアクセス権です」


 一番の上座の椅子から立ち上がってガーランが座る席に近づき、右手首に腕輪をはめた。

 ガーランも嬉しいはずだ。小国から出向で来た部外者が内部で最高位の役職を授かるのだから、祖国に帰れば英雄だろう。


 しかし悲しそうだ。帰れないからだろうか。


「続いてビーオン殿。俺がこの国を作り始めた最初から補筆室の室長として手伝ってくれた功績を評価し、法務室室長を任せます」

「……謹んでお受けします」


 嫌そうな顔を何とか隠しながら、ビーオンは受け取って自分で装着する。

 ビーオンとの付き合いも長い。レイの尻拭いのための特別部署、通称補筆室が作られた時からの付き合いだ。六年くらいだろうか。


 信用できる。娘に会いたい、家族に会いたいと言っていたが、ここまで出世すれば家族をこちらに呼べるからつり合いは取れるだろう。


「グイオンさんは軍務室を。グレイスさんの一番弟子のあなたが適任でしょう」

「私は道場の当主代理であって軍の団長の経験はないのだが……信頼されるのは良い、任されよう」


 この国を作った時の初期メンバーの一人だ。レイの部下というわけではないが、エルナンド国にいた時から武力を任せていた。信用していいだろう。


「ミノーゾさんは財務室を任せます。ザザラザ商業連邦の一銭家で生まれたあなたの能力を評価します」

「…………謹んで受けよう」


 嫌な顔をして受け取る。ミノーゾは最近実家を勘当されたのでレイが拾った。商人としての実力は確かなので役に立つだろう。


「そしてグイキさんは審問室を任せます。レフロート聖王国は戒律に厳しいと聞いていますから、内部の監査を任せられます」

「光栄です」


 グイキはレフロート聖王国からやってきた神官だ。厳密にはレフロート聖王国の構成員ではなく、協力者という微妙な立ち位置である。

 その正体はフアナから借りた修道士だ。レムレスティ修道院から派遣された監視役である。


 彼を受け入れなければ出奔は許さないとフアナに怒られたので彼だけは替えが利かないのだ。


 腕輪を配り終えると、最後に席に戻り、王冠を取り出した。


「最後はこの王冠。私が配った腕輪の権限を剥奪し、違う人に与える機能があります。どうぞ、アンリム様」

「あら、私でいいのですか?」

「当たり前です。私が去る時はアロス国の方に譲る契約で陛下に援助してもらっていたので。ローレンティア様はアロス国を統治するでしょうから、これはアンリム様に」

「ふふっ、やっぱりレイ君は忠誠心が高いのですね」


 アンリムの元へ行き、王冠をかぶせた。それは誰の眼にも分かりやすい、レグディのトップの座の移譲だった。


「そしてローレンティア様にはこちらの指輪をどうぞ」

「これは?」

「アンリム様に私が王冠の機能を剥奪し、他の者に与える指輪です」

「あら、ありがとう。使う機会が無いといいわね」


 ローレンティアは国一つ分の価値がある指輪を嬉しそうに自分の指にはめた。


 予定調和のような光景を前に、幹部たちはこの国が生まれて最も得をしたのが誰かを理解した。





 その後レイは友人たちに挨拶をした。ユニリンは呆れながら笑い、再開したら成果を見せ合おうと誓った。シーは十年くらいしたら会いに来てね?と気にしてない様子で、奴隷たちは驚いたことに泣いた。

 やるべきことを終えるとレイはアヤメとアルトを連れて、アロス国に帰還した。

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