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87話 アルトの家族

「仕事やめよっかな」


 交易国家レグディの城にある部屋の一つで侍女の服装に身を包んだ少女、アルトは使用時期が終わった大量の礼服を箱にしまいながらつぶやいた。


「また唐突ね、アルトちゃん。レイ君と喧嘩でもした?」

「違うよ……ただ、私って必要とされていないんじゃないかなって……」

「うーん」


 同じ部屋で作業をしていたリエラは困った顔で言葉を返す。リエラはレイとアルトが初めて出会った時からアルトの上司をしている侍女だ。エルナンド国を再建する際にアロス国から連れてきた人材の一人でもある。

 上からの指令が無い時のアルトは侍女として働いているので、レイたちを除けば最も付き合いの長い人物だ。なにせレムレスティ修道院にいた時から一緒にいるのだ。姉貴分といってもいい。


「……最近思うの、私、レイの役に立ててないんじゃないかって」

「そんなことないと思うよ?」

「私の取りえと言えば武力と侍女としての腕だけ。もとよりレイは強いし、レイの回りには私以外にも強い人はいるし、そもそもレイは個人の武力よりも組織として兵力を重視してるからか、私じゃなきゃいけないってことも最近はめっきり無くなっちゃった。レイとの合体技も、使う機会は最近無いの」

「それは……いいことなんじゃない?こうして城の管理をしていることも立派なお仕事の一つだよ?」

「でもでも、私なんて、ユニリンちゃんみたいに便利なマジックアイテムを作ることもできないよ」

「ん、いや、まあ、ほら、それは方向性が違うってだけだから」


 あんまり納得していないようなので、リエルは言葉を重ねる。


「そうだ!姫様たちも言ってたよ、いざという時のこの国を丸ごと灰に出来る人物がいるのは心強いって。あんまりやりたくないでしょうけど、レイ君と対等の目線で会話できる人はそのくらい出来た方がいいって。レイ君も自分と同じくらいの怪物性がある相手の方が親しみやすいでしょうし」

「そんなのはアヤメでも出来るよ」

「……ほら、アルトちゃんってレイ君のお姉さんでしょ?レイ君はあんまり他者のマナーや礼儀作法に物言いも気にしないけど、それでも周りの人は気にする。お姉さんであるアルトちゃんから伝えてほしいってこともよくあるでしょ?」

「私の意思じゃない言葉を私の口から伝えるのは良くないことよ。レイが色眼鏡で考えちゃうもの。ならやっぱり私はいない方がいい」

「……レ、レイ君も家族が身近にいた方が精神が安定するんじゃないかな?」

「レイはまだ子供だけどもう大人よ。私は必要ないわ」

「……(困った)」


 アルトは服を仕舞った箱を傍にいたゴーレムに渡す。ゴーレムの大きさは一メートル程度だが、かなり力が強く小型でも大体百キロまでなら運んでくれる便利な存在だ。

 魔法使いギルドに所属する人が引退するからと売ってくれた秘術を解析して作ったものらしい。重量百キロというのはこの世界でレベルが高い人間なら一人でも運べるが、使用人たちにとっては非常に助かる存在だ。場所によっては重機のような使われ方をしているらしい。


 最近になってユニリンが秘術を再構築し、レイが実用化できる大きさのデザインを何段階か用意し、量産しているらしい。最近多い試験的に導入されたマジックアイテムの一つといっていいだろう。背面にある画面を操作すると自動で目的地まで運んでくれる。

 便利だ。便利だが、アルトによっては劣等感を刺激されてしまう存在でもある。


「侍女として城を管理するっていっても、フアナ院長に言われて初めて、その名残でやってるだけで好きじゃないし、そもそもレイの傍にいられない場所にばかり回されるのは不満なの。諜報員対策に警備してる方が楽しいし、それでもレイはすぐどっか行っちゃうし!」

「それはレイ君が放浪しているからじゃ……」

「私がレイといつも一緒じゃないのはおかしいのよ!家族なのに!どうしてレイの傍以外の場所で仕事してる時の方が多いの!?」

「それもレイ君が放浪しているからじゃ……。ギルバートさんも意地悪してるわけじゃないと思うよ?私が連絡とろうか?」

「ありがとう!でもそれじゃあ同じことも繰り返しになるに決まっているわ!」


 二人は次の箱に手を付け、粉末を取り出し調合を始めた。簡単なお香だ。ほとんどレイの専属であるアルトとその監視役であるリエラの仕事は城の管理とレイの世話。レイが好きなお香の調合もやっているのだった。


 アルトに家族はいない。胎児のころに両親を殺してしまい、叔父に引き取られ、管理できないからとフアナの修道院に送られ、成り行きで侍女になった。そのあとでレイに出会った。

 共に修道院で過ごし、レイと家族になった。アルトにとって家族とは世界でただ一人、レイのことであり、レイもまたアルトを唯一の家族だと認識している。


 しかし両者に温度差があるのも事実である。

 アルトにとって家族とはずっと一緒にいる存在。生まれる前から家族がいない反動なのか、結婚した後でも一緒の家に暮らすのが当然と考えるほどに強く一緒にいたいと思っている。理想を言えば大きな家を持って争いからも距離を取って家と畑のある庭で一生を過ごす日々が理想的と考えるほどだ。


 対してレイは全くの反対、家族とは真に心をつなげた相手の一種であり、物理的に遠く離れていても心が繋がっているのだから十分だと思っている。おそらくはなんだかんだ波乱万丈な人生を送っていてもいつも誰かに愛されているからなのだろう。生みの親たちはもちろんこと、魔族たちに親を殺されスラムに流れ着いた後も、その時の大人たちが世話をしてくれたし、レイもその愛を疑っていない。修道院に入ってからもすぐにアルトが姉を名乗り面倒を見てくれた。

 不幸が大きい人生だが、同時に幸福も大きい人生だとレイは自認している。同じ家で同じ時間を過ごす関係だけが家族ではないのだ。エルミナを嫁に迎え入れ、いずれアルトが誰かと結婚して遠く離れた場所で暮らす日が来ても、そんなことでアルトのことを姉と呼び家族と認識している思いが揺らぐことはない。

 ……アルトと温度差があることは、あまり認識していないが。


「……レイは、私に傍にいてほしいとは思っていないの。間違いなく。なら、侍女も惰性で続けているだけだし、どこか遠く離れてところにいきたいの」

「うーーーん……困った」


 リエルは眉を潜め、呆れたようにため息を吐く。レイとは関わりが薄いが、レムレスティ修道院にいたときに彼女も読心術は修めている。レイも事も多少は分かる。

 傍にいてほしくないとは思っていないだろう。

 傍にいてほしいと思っていない、なら、まあ事実だろう。


 しかし、出来ることなら一緒にいてほしいとは思ってもいるだろう。


 ちらりと腕時計を見る。まだ時間はあるようだ。


「ようするに、アルトはレイ君が構ってくれなくて寂しいのね?」

「うん……」

「喧嘩したとか嫌いになったわけではないのね?」

「うん……」

「なら、ちょっと距離を取るのはいいことだよ。貴方たちってもう十一歳でしょ。子供だけど、ずっとべたべたしているのは不健全。貴方の行動制限も解除するよう、フアナ院長に申請しておくから」

「本当!?」

「ええ。結局、貴方が権能を暴走させたのは胎児の時の一度だけ。特にレイ君を弟と呼び始めてからは安定しているしね。たぶん許可も降りる。そうなったら今度はあなたの意思でどこに行ってもいい。よく考えておきなさい」

「ありがとうリエル!」


 アルトは嬉しそうに飛び上がってリエルに抱き着く。リエルもポンポンとあやした。


「それでいつごろ出ていくの?許可は早くても一か月くらいだと思うけど、そのくらい?」

「えっそんなに早くは嫌よ。せめてレイが成人するまでは近くにいるつもりよ」

「…………ああ、そう。まあ、勝手にするといいわ。でもその日が来たら私も違う職場に行くだろうから、早めに言ってね」

「うん!」


 呆れたようにリエルは深く深くため息を吐く。

 ほぼ赤子のころから面倒を見ている少女のことは、娘のように思っていた。たとえアルトの方は母ではなく姉のようだと思っていても。

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