86話 完了した建国仕事
レイが開拓を開始してから約一年と半年。貿易国家レグディ、後の世で人類を救った国の一つと呼ばれる国は今日も順調に発展していた。
それこそ、もうレイが要らないほどに。
首都の中心に作った巨大な城の最も奥にある豪華絢爛な王の間……ではなく実用性を重視して一階の比較的外と近い位置にある執務室にいるレイに、ひっきりなしに文官たちが訪ねてきていた。
アロス国の補筆室という実質レイ専属の文官たちだ。全員スカウトしてきたが、今でも文官たちの中で最も優秀なので重用している。
「レイ様、報告です。移住希望者の数が先月よりも二割増加しています。発案人はフライテンの女王。実態としては留学生と呼ぶのが近いでしょう。ユニリン様のご加護を頂きたいようで」
「同時にフライテンの女王陛下より親書が届いております。使者によると、フライテンが誇る芸術家たちも送るとのこと。ご覧になりますか?」
「あのおばさん何考えてるんだ……?んーいや、アンリム様に渡して。アンリム様の方が俺より適任だから」
この世界では基本的に強いものが偉いため貴族は嗜みとして武術を学び若いころは魔境や戦場に赴く。もちろん王も武力的な意味で非常に強い。しかし芸術の国フライテンの女王はザザラザ商業連邦の一銭と同じく武力がほぼない国家君主としても有名だ。
そして個人の武力がないのに国家君主になったということは武力を補うほどの強大な何かがあるということ。フライテンの女王の場合は政治力だ。いざとなれば武力か逃げで解決しようとするレイとは思考パターンの相性が悪い。
同系統のアンリムの任せておけばいいだろう。
「都市の建築室から連絡です。賢神の試練で獲れた図面の分析は順調とのこと。三日後に止まっていた防衛システムの建設を再開するそうです」
「それに伴って使える魔力の量を増やして欲しいとのことです。具体的には先月の倍」
「この話はユニリン様より了承を頂いています。ご確認を」
「結論出てるのか。分かった、サインするよ」
そう言ってレイは机の上に置いておいたペン……ではなくハンコを取る。
盗まれたらレイの知らない許可証にも印を押されてしまう危険性があるため会議では非常に消極的な意見が多かったが、サインがめんどくさくなったためレイは強権を発動したのだ。現状ではレイしか使っていないが。
「レイ様、農業都市と工業都市からです。それぞれ生産物の種類が増加できそうだと」
「賢神の試練を確保していることも大きいですが、やはり大魔境の開拓による新種の魔物や動植物の発見こそ、レイ様の真の大偉業でしょう。この前発見した太陽の光で成長する鉱物のような植物のお陰で農産物の生産量は先月比で七倍、工業都市も材料の心配をしなくてよくなったおかげか生産量だけでなく職人たちものびのびと槌を振るい、新製品の開発も盛んです」
「いいことだね。俺も後で見ておくよ」
報告の内容には覚えがあった。二か月ほど前にイシュナとミレイシャが大魔境の調査中に変な場所があると報告してきたときの記憶だ。
レイの奴隷である彼らはあくまでレイの直轄の部下であると自分たちを位置付けている。レイも同意し定期的な報告を直接させているのだ。
魔境というのは共通してこの世界の常識が通用しない場所であるというのがこの世界の常識だが、しかして魔境には魔境の秩序がある。あくまで異世界の秩序に汚染されているだけなのだから。一年以上も大魔境に潜り続けた彼女たちが言うなら信用しよう。
そうして現地に向かったところ、植物が異常に活性化している異常な領域を場所を見つけた。調査に入り元凶がいるのであろう中心部まで向かうと、どこかシーに似た魔力を放つ不思議な樹木を見つけたのだ。
持ち帰って調べたところやはり植物が異常に成長している原因であった。性質もシーと同じく神域にあるようで畑にまけば作物は以上に成長し、しかも鉱物のように固く、都市の柱にも加工でき、アイテムに術式を書き込みマジックアイテム化するためのインクにもなるどころか並の武具より硬いという夢のような性質も持っていた。
会議の時は非常に多くの意見が飛び交ったしシーからも気持ち悪いと言われたのだが、賢神の試練を使って分析したところ危険性はなかったので導入することにしたのだ。
食料生産率が先月比の七倍。たしかに不気味で怪しいが、レイにとっては飢え死にする人が減るほうがよほど重要だ。
「レイ様!ザザラザ商業連邦のミノーゾ様より商談があるとのことです。いかがなさいますか?」
「んー……ノーナを向かわせて。連れてきたのに使わないと出資者に申し訳ないし。無理そうなら俺が行くよ」
ミノーゾ・一銭。ザザラザ商業連邦から来た商人だ。彼には南部を先導した嫌疑がかけられている。
証拠はないが、多分事実だ。レイとしては南部に思い入れはないため興味がないのだが、本人は非常に焦った様子なのでいい条件で商談は成立するだろう。たぶん。
「冒険者ギルドから報告です。死者数減少、平均的なレベル上昇、志望者も上昇。総じていえば非常に喜ばしい状況です。魔法と武技を配ってよかったですね」
「ただ少々怪しい人たちがいるようです。捕縛するなら偽の依頼をだすとのことです」
「やめるように言って。泳がせておいた方がいいこともあるから……この辺の話は全部まとめてコンボロス家の人たちに頼むか」
「冒険者と言えば、軽い怪我なら自分で治せるようになったからか、治療院から治療の難易度が上がったから給料を上げてほしいという声が」
「リーゼさんかな……?もっともな話だから、キリエさんも同席させて財務科の人たちを話し合わせて」
強いて言えば、この国がまだ完成していないと言える最大の点は、全ての部署の頂点にレイがいることだろうか。
専門ごとに【室】という部署を作り負担を減らしているが、国の巨大さに比べてまだまだ全く手が行き届いていない。冒険者ギルドや治療院などの一構成員からの声すら届いてしまう。
これももう少しで解消されるだろうが。
「財務室より、今月の収益です。主に召喚石ですね。これだけで二千億ジェリーになりました」
「何度聞いてもおかしい数字だよね。あんな簡単に作れるのが」
「……あんなものを簡単に作られるのは、南部の生まれとしては困るのですが」
「輸出入の額は共に先月比よりも五割上昇しています。まだまだ国が大きくなるでしょうからこのまま維持してよろしいですか?」
「うんそのままで。欲しいものは買って売れるものは売ろう」
とはいえ、レイでなければ解決できない書類もある。財務はそのうちの一つだ。
レグディは大魔境を開拓して作った国家。魔物の素材はもちろんだが、レグディ内で研究、加工の全てが行える。行えるだけの人材を雇った。特にレイの聖眼の分析力とユニリンの発想・開発力は飛びぬけている。思うがままに作りたいものを作っているだけで商品が出来る。
これを具体的に売るのは財務室に投げているし、そもそも売っていいのかはアンリムたちに投げているが。
運搬は飛行船だ。そのため軽くて小さい召喚石が主な商品である。
海運路が開通すれば、販売できるものは一気に膨れ上がるだろう。
「そうだ、一般市民から目安箱にお手紙が」
「なに問題があったの?」
「いえ、感謝の手紙です。学園が好評のようで」
「あれか、よかった~」
人が増えれば子供も増える。ならば教育機関も必要だ。
学園……青空教室の発展版ではなく、アロス国の王立学園をモデルにした本格的なものにした。移住してきた貴族向けの高名な魔法使いや冒険者、教師を雇ったのだ。特に教師はアロス国王立学園から引っ張ってきたのだ。ここは最も金より大切な信用を担保にした部分と言えるかもしれない。
もちろん冒険者や商人などの平民の子供を対象にした学園もある。おおむね好評のようだ。
学校があるから無理かな……と開拓の手伝いを断られてしまった友人たちも呼べるかもしれない。無理か。
「魔法隊の方々より報告です。北部と南部を繋ぐ大運河についてですが、レイ様に下賜していただいた術式と【魔道旅団】が師事してくださった共鳴魔法のお陰で順調、あと一か月もあれば北部とつながるとのことです」
「すごいな。あとで褒めておくよ。予定よりも五か月も早い。あとは南の海とつなげて、海水を流せば完成だ」
「そちらについてですが……以前【魔道旅団】が破壊したエルナンド国南部では、復旧と整備が始まりました」
「あの一件以来、南部の国家群のほぼ全てが我らに恭順しましたからね。人手という意味では今後困らないでしょう」
「しかし、あまり順調とは言えません。不服従ではなく、あまり統制が取れていないようです」
「うーん…………交易運河のメインは北部と南部を繋げることにあるから、南部への出入り口がぐちゃぐちゃしてるのは望ましくないな……。ゼナテナさんに投げるか。一か月後までにうまく進まなかったらララクマ帝国かレフロート聖王国に投げよう」
グレイアス大陸の北部と南部を繋ぐ大運河を作る。荒唐無稽な夢物語、思いあがった孤児の戯言と嗤うものはもういない、
山崩しすらレイは必要ではない。それよりも勝ち馬に乗ろうとしてくる貴族を捌く方が大変だ。
みんな受け入れればよくない?と言ったら、ローレンティアたちに部屋からたたき出されてしまったので、もうレイが担当しているわけではないが。
「最後になりますが、賢神の試練の攻略パーティーについてです。レイ様が攻略した低階層にも一般冒険者も入れていますが、そろそろ最前線も攻略したいとのことです」
「あー……たぶんあの人たちじゃ死んじゃうと思うんだよな。まあ何らかの基準は設けるか」
レイは優雅に急須を傾ける。これは献上されたものだ。
もう何もする必要はない。やりたいことはあっても、やらなければならないことは、ない。
最後に一人で秘匿性の高い纏まって地図と帳簿確認して、レイは工房に向かった。
「……」
そんなレイの姿を、誇らしくもあり、また寂しそうにアルトは見ていた。




