84話 大国の武威、アロス国国礎十五柱
グレイアス大陸に住む人類の生息圏は中部に広がる大魔境で南北に分断されている。レイが活動していた北部は五大国を始め非常に発展しているが、南部は未発達だ。国家は狭く、魔法使いの数は少なく、知識は乏しく、中小国家が生まれては滅んでいる。その光景は戦乱の世というより末法の世。
一言で表すなら、治安が悪い。今日の糧のために他者から略奪することなど当たり前。強い者は弱い者から奪い、弱い者はさらに弱い者から奪う。とても強い者が現れれば徒党を組んで倒し奪った獲物をさらに奪い合う。信じられるのは金と武力だけだ。
レイが再興したエルナンド国が標的になるのも当然のことだった。
「この山を越えたら到着だ」
「ようやくか、遠かったな。クソみたいな場所に国を建てやがって」
「全くだ。これで獲物がしょぼかったらタダじゃ済ましてやらねぇ」
エルナンド国の南側、かつて隣国に攻め込まれた際に使われた道を人相が悪い不吉な気配を身に纏った集団が移動している。彼らは傭兵だ。国や都市、貴族や商人から金を受け取り武力を振るう戦士たち。
しかし北部の人間が彼らを見れば傭兵ではなく野盗や山賊といった単語を思い浮かべるだろう。長期間野外で活動していると身だしなみは汚くなると言っても限度がある。身に着けた武具は返り血や油が綺麗に拭き取られておらず、負傷した体も治る前に動かしおかしな方向を向いたまま。
怪我をしたら清潔な布で拭く、という初歩的な知識も無い。知識が無いから疑問を抱かず、次の獲物だけを見ている。
「だが本当に勝てるのか?北の奴らは非常に強いと聞いているぞ」
「なに日酔ってんだよバーカ。この数を見ろ、負ける心配なんて必要ないって」
「そうだぞ、それにこの支給された新しい剣を見てみろ、魔法の剣だぞ!?それにすげえ綺麗だ!惹き込まれるってこういうことをいうんだな!」
傭兵の一人が腰に佩いた剣を抜き、うっとりとした顔で刀身を見つめる。剣そのものに特別な点はない。全長が約一メートルの一般的な長剣だ。強いて言えば、彼らが普段使っている物と比較して質が高すぎる点が奇妙というべきか。
一点、その刀身には黒い靄の様なものが掛かっていた。神秘で、美しい。事実として切れ味が異常に高く持ち主の身体能力を向上させる力があった。暴力に生きる彼らが剣に魅入られるのも当然だった。
もし魔法に長けたものがいれば、剣に掛かっている力が魔法ではなく呪法、外法の類だとすぐに気が付いただろうが。
そして、質と、値段。この人数の軍団の全員に配るなど、大国クラスの力が必要だということも。
しかし裏に潜む思惑はともかくとして、彼らが脅威なのは事実だ。外道、畜生と呼ばれるにふさわしい生き方をしている荒くれ者であっても、その人生で練り上げ続けた非常に高い野蛮性を持っているのだ。
野蛮とはなにか。人に躊躇いなく暴力を振るえることだ。
通常、人間には道徳と呼ばれるものが備わっている。己の良心に従い、善を行い、悪を行わない。貧すれば鈍し、飢えれば鬼になるといっても、基本的に善良な生き方が出来るならばそうする、それが人間という物だ。端的に言えば、社会性、と呼ぶべきものが生き物として根底にあるのだろう。
しかし野蛮性というものはこれと相いれない。意思の疎通に必要な共通の認識を持たず、教養が無く、粗野で荒々しい。常に他者を騙し奪うことを考えている。悪と呼ばれるものだ。罪人のように反省の見込みがある者とも異なる、人間社会において魔物の同類。首に懸賞金がかかることもある。
そんな者たち、今回の作戦に参加した全員、百万人に呪いの剣が行き届いていた。
「今回は南部の全戦力が参加しているんだぞ?負けるほうが無理って話だ」
「はっはっは。ちげぇねぇ!さあみんな、奪った後でどう分けるかの話をしようじゃないか」
南部の戦力、その全て。普段は争い合っている彼らが、もっと言えば彼らの雇い主たちが今回は争うことなく不思議なことに手を取り合い、邪魔し合うことも無く行軍を含めて全てが順調であった。
確かに脅威だ。連携が拙く、個々の質も武装を含めれば北部の一般兵士よりは高いという程度であっても、常識的に考えてこの数の野蛮人が地を埋め尽くして迫ってくる光景はこの世の終わりだ。民も為政者も逃げ出してもおかしくないだろう。
彼らも当然、そう考えている。相手は強大、しかしトップにいるのはまだ十歳の子供、つまり貴族のボンボンというやつなのだろう。一緒に敵兵の何割かは逃げるはずだ。多少は犠牲が出ても、自分たちは勝てる、と。
それに野蛮な精神性こそが脅威といっても、百万の軍勢の中には万人に一人の傑物が百人は混ざっている。彼らはB級冒険者相当の実力に到達している。北部であっても純粋に数値として脅威というべき水準にいるものたちだ。この世界では強力な個人は一騎当千の言葉を体現する怪物、この百人の存在は今回の軍団の中でも精神的な支柱だろう。
そんな彼らを、一人の老人がくだらないものを見る目で眺めていた。
アロス国は千年前に生まれた国だ。魔王を討伐した勇者パーティーの一つであり、勇者がアロス王家を建て、パーティーメンバーたちが後に四大公爵家と呼ばれる家を建てた。
彼らには同じ村で育ち、自然と役割が分かれた。伝説によると、勇者は空を眺めて明日の天気を予報する占術の達人だったという。西のアイビー家は村一番の豪農で金銭や物資の面で助け、南のアストラ家は作物や特産品を外に売りに行く商人、東のコンボロス家は勇者に匹敵する衛兵だったという。
そして北のオーレリユ家は魔法使いだった。村では一番頭がよく、魔王討伐後は知恵者として名声を轟かせた彼の下に多くの人が集まり、領地全体が魔法に長けた地になった。オーレリユ公爵家の傘下の貴族たちは全員が魔法の達人だ。
【魔導旅団】のユージーン・ユーンもそんな貴族の家に生まれた。といっても、非常に貧しい家だった。
一年中雪が解けない小さい領地を持った男爵家。収入はほとんどなく、貴族としての体面を整えるだけで精いっぱい。衰退している領地では人口も少なく、幼少期の彼には遊び相手はおらず、一日中お人形で遊んでいる大人しい少年だった。魔法使いの中でも【人形師】に分類される彼の生家では魔導書も多く独学で学び、魔法で人形を動かす【人形師】として才能を開花させた。
立地的に魔物が少ないため戦う事に縁が無く、平和に暮らしていた。
ある時、オーレリユ公爵が視察に来た。公爵はユージーンに対して魔法ではなく、優れた人形をプレゼントした。賢神の試練で収穫出来たというその魔法人形は強力な魔物の素材と希少な魔道金属を組み合わせて製造されており、まるで生きているようだった。魔法を使って動かせば生体機能まで人間そっくり。
本来であれば、魔法人形は戦闘用だ。【人形師】が複数の魔法使いや戦士の人形を操り戦うための道具だ。
しかし、彼は思った。人形と友達になりたい、と。
成長した彼は人形師として魔物と戦い、彼自身も優れた魔法使いだったためメキメキと戦果を挙げ、歳が三十を超えたころにはアロス王より国礎十五柱の席次を賜った。
お陰で権限が拡大したため多くの素材を手に入れることが可能になり、大量の魔法人形を創り出した。
人形を増やしたら、彼は人形の保管場所に困り、また人付き合いも苦手だったため、ちょうど領地の潰れた村を人形で運営することにした。人形が村で暮らし、人形で畑を耕し、人形が眠る、人形の村。常人であれば不気味というだろうが彼にとっては理想的な世界だった。
いつしか思うようになった。『自分も、あちらの世界に行きたい』、と。
その時、彼の魔装が発現した。
それは魂に干渉する奇跡の魔装。人形を友と呼び、人形になりたいと思い続けた執念が結んだ超権能。肉の体を捨て人形の体に乗り換えたいという心の具現だった。
かくして彼は【人形師】ではなく人形そのものになった。
一人前の魔法使いに匹敵する魔法人形が一個旅団並みの個数もあり、本体すら人形になったため極めて頑丈だ。加えてそもそもの話として、人形に生理機能を付けているのは彼個人のこだわりなので、仕事中は取り外すことで海中や高山での活動すら可能になった。
歳が五十を過ぎた頃、彼はふと疑問に思った。人形とは何だろうか。人型にこだわっている自分は二流ではないのか、孫が作った龍の人?形?なるものは素晴らしい性能だ、城型ゴーレムなるものを使う人?形?遣い?も最近は現れた。彼らこそ真の人形遣いと呼ぶべきではないのか。彼は十年ほど悩み、結論を出した。
人形は、人工物である。人型か、獣型か、魔物型か、龍型か。そんなことは些末な事である。そう、彼は世界の真理に辿り着いた。人形は人の手で作る人の代替品である。つまり代替可能であるならば、理論上この世界の全ては人形といっても過言ではないのだ、と。
つまり、人形を単一の存在と捉えることは間違いだったのだ。人形とは単一の存在であると同時に、自分の手で作って来た人形全てを指す概念だったのだ。
そんな人形の真理に気が付いたとき、彼はこの世界でも最上位の世界に足を踏み入れた。人形への憑依ではなく、人形群への憑依。
そう、【魔導旅団】とは一人の人形師が旅団クラスの数の人形を操っているのではない。個にして全、全にして個。旅団クラスの人形という群体そのものを指す称号だ。
「ん……?おい、空模様が怪しくないか?」
「空?……なんだ、あれ」
南部の軍勢が空を見上げると、空に穴が開いていた。比喩ではない。本当に、空に穴が開いているのだ。青空という名の天蓋に黒い画鋲を刺したように黒い丸が見える。
僅かな数の傑物だけが、それが攻撃であることに気が付いた。同時に、逃げられないことも理解した。
魔法とは魔力を消費して世界を作る技であるが、その発動方法にも種類がある。個人がその身一つで発動する方法を基本とし、口で呪文を唱えて発動する詠唱魔法、陣を書いて発動する魔法陣魔法、物品をあらかじめ用意し効果を上昇させる儀式魔法などなどがあるが、その中でも特に難易度が高いのが共鳴魔法だ。
使い手がほとんどおらず半ば伝説と化しているが、曰く、発動には複数人が完全に同期する必要があるのだという。完全に同じことを考え、同じ単語を聞けば同じ風景を思い浮かべ、同じ未来を見て、同じ解釈をする。聖典に記された『赤と黒が混ざる空』という記述を聞けば真夏の朝焼けの空を思い浮かべるほどに完璧な同期だ。
このきわめて不可能に近い前提をクリアした上で、魔法使いたちの力量も完全に同じでようやく発動するのだという。
記録はほとんどない。レフロート聖王国の聖騎士たち二十名による発動が上限だ。
「あの小僧め、たったこれだけの雑魚を儂に処理させるなど、増長が過ぎる。……しかし、久々にアロスの威光を見せておくのも良し、か」
口調は間違いなくユージーン、しかし姿は少女の物だ。おかしなことではない。彼は既に肉の体を捨て人形となった。その場その場で適当な人形を暫定的な本体として扱い活動している。今回は最も優れた性能の人形が少女型だったのだ。
そんなことよりも、異常なことがある。第七衛星都市、エルナンド国で最も南に、つまり迫りくる軍勢に最も近い都市で、全て人影たちが同じ方向を向いて、呪文を唱えている。そう、全員がユージーンの人形である。
一人一人から魔力が練り上げられ、天に昇っていく。複雑に絡み合い、一つの術式を描く。予兆だけで空に穴が開き、零れそうだ。
「おい見ろよ!何か落ちてくるぞ!?」
「あれは……水、か?いや、海が、浮かんでいる……?」
芸術の国フライテンでは魔法を音楽の一種とみなし共鳴魔法をオーケストラに例えるそうだが、それに倣うなら彼は千人の音楽家を一人で動かし、音色を奏でているに等しい。
衛兵型人形が、職人型人形が、町人型人形が、役人型人形が、技師型人形が、子供型人形が、町長型人形が。街に生きているらしい人間の代替品たちが魔法を使う。一人一人は使っている素材の違いから性能が違うが、各々が完璧に共鳴し、増幅し合い、ついに魔法が発動する。
「【天の渦よ、大地を洗え】」
最低でも一人前の魔法使いに匹敵する魔法人形千体による、完全同期の共鳴魔法。
それは現在の人類が使える魔法の頂点の一つ。現行の魔法区分では見習いの初級魔法、一人前の中級魔法、一流の上級魔法、さらに上の最上級魔法の中で、最上級魔法に分類されるもの。
レイが急ピッチで作っている新しい区分ではそれぞれの階梯は初級魔法は1~2、中級魔法は3~4、上級魔法は5~6、最上級魔法は7~に分類しているが、それに倣うならば、12階梯に属する神域の魔法。
最低でも直径が十キロはある、青空に空いた穴から海が逆さまの渦を巻いて落ちてくる。質量がどれほどのものか測れるものはいないが、全ての者が見た瞬間に思考を停止させ、何もできずに飲み込まれた。
大地に接触し大地は壊れた。揺れ、罅が入り、割れ、地割れになって形を失う。地表にいる全ての命が為す全ての行為が意味をなさない。城も、兵士も、騎士も、傭兵も、市民も貴人も区別なく、国土丸ごと、生きとし生ける全ての者に降り注ぐ、言葉通りの意味で必殺技。津波が砂の城を攫うように、エルナンド国から南の海まで、およそ国三つ分の範囲が大陸から木っ端みじんに消滅した。
「なんじゃ、もう終わりか」
【天の渦よ、大地を洗え】。空に穴をあけ、異界から海を召喚する、アロス国国礎十五柱第七席【魔導旅団】のユージーン・ユーンの必殺技。
A級冒険者相当……五大国が有する最高戦力に匹敵する強者に満たないものを丸ごと足切りする、対魔物・魔境での活動以外では基本的には使用されない禁術。
魔法一つで百万を優に超える命を国土と共に丸ごと消し飛ばす。圧倒的な力を南部に刻んだのだった。
「……………………予定変更だ。このまま南側から海水を引く」
予想通りの、しかし予想以上の惨状に様子を見に来たレイはただ一言そういうのだった。




