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81話 増殖する飛行船と設計図

 エルナンド国の復興を始めて約五か月目、エルナンド国王都の上空に飛行船が浮かんでいた。


 レイはもともと持っていた私物の飛行船を各国との人やモノのやり取りのために提供した。毎月のように資源や製品を輸出入し、開拓民になる選択をした市民や冒険者、役人や視察目的の王侯貴族たちなどを連れてきている。一応は北部と南部は右端の狭い隙間で繋がっているとはいえ紛争も多く道も整備されていないのでこの飛行船が唯一のエルナンド国への道だと言っていい。

 主な搭乗者は五大国の関係者たち、その中でも最大の出資者であり全面的に協力してくれているアロス国の面々が最も多い。次いで多いのは魔物の浄化を掲げる創星教会の総本山レフロート聖王国の聖騎士たちに、この世界で最も金が力を持つ国ササラザ商業連邦だ。芸術の国フライテン王国は最低限といったところか。


 そしてララクマ帝国からは、皇帝とその側近が直接足を運んできた。


「信じがたいな。まだ半年も経ってないのだろう?なのにこれほど早く形にするとは」

「レイ殿は大まかに形を整えただけの張りぼてとおっしゃってますけどね」

「ははっ、謙遜も過ぎれば嫌味だな。魔境を切り開いた開拓村と考えればありえないほどに上等だ。エルナンド国が復興したとは言い難いが……本来ここに住んでいた民ももうすぐ戻ってくるらしいじゃないか。ナランナ姫もお喜びだろうさ。

 ……いや、レイ君のことだから、きっと本気で言っているんだろうね。相変わらず理想が高すぎる子だ」


 ララクマ帝国皇帝、ガロリアス・ララクマ。そして武門十七衆第一席【氷鎖軍師】のレオン。ララクマ帝国が誇る最強の戦士たちだ。彼らがその気になればエルナンド国は壊滅するだろう。

 だが、今日は味方である。そもそも敵対している関係ではない。エルナンド国の空港員たちも貴人を相手にするように緊張しているが、脅威や敵としては見ていなかった。


「しかし不用心ですね。上空から街並みを観測させるとは。いざ攻め込まれた時を想定すると非常に不利なのでは?」

「そうでもないだろう。ほら、エルナンドは大魔境のそばにあるだけあって山岳地帯のような地形をしている。この立地なら必ずあの第七衛星都市を通る。なら俺くらいの猛者じゃないと突破は無理だろう」

「第七衛星都市?……ああ、本当だ。【魔道旅団】がいますね。なら心配は不要ですか」


 飛行船は高度落とし飛行場に着陸した。飛行場は適当な丘を平坦に切り裂いて作った簡易的なものだったが、担当の役人たちが必要に応じて改築を重ねた結果十分に空の港と呼べるものになっていた。

 ついでにレイからの要望でさらに多くの飛行船が発着陸出来るようにするらしい。緻密な計画性よりも早さを重視する国もどきに休息はない。


 係員に誘導され、貴人たちはそれぞれの建物に向かって歩き出す。歩いている時間も惜しむように、近づいて来た役人たちと交わす会話の中身は仕事と政治の話だ。


「飛行船の中で話は聞いていたが、税が他の国と比べて高いのではないか?その代わりに種類は少ないがこれでは粗が大きい」

「徴収した税は街並みの維持にも使用します。平民ではなく平民が作る街並みを評価していただきたい。美しい街並みを維持する清掃費用のようなものです」


「これからも都市は増やすと聞いているよ。都市を管理する役人は実力で採用するとは本当か?」

「ええ。レイ様は平民の生まれですので部下にも身分は求めていません。試験に合格すれば採用しますよ」

「その言葉が聞きたかった」


「サリオス殿、レイ様からお話は伺っております。優秀な奴隷商だとか」

「借金の返済の用意も出来ています。まずはこちらへどうぞ。レイ様は出かけていますが」

「……はは、やはり彼に投資したことは間違っていなかった。お話を伺いましょう」


「これはまだ噂だと思っているのだがね、賢神の試練を発見していると……」

「事実です。もうすぐ正式に発表するそうですよ」

「おおっ!!!」


 国籍も身分も事情も異なるが、誰も彼もが顔に希望を浮かべている。五つの大国、無数の中小国。勇者たちが魔王を倒した千年前から現在に至るまでの長い年月で発展したが同時に停滞も始まっていた。無くならない魔物被害、人間という種族の限界、身分による階層の固定もその一つだ。

 そんな中で人間界を駆け回った知らせは爆弾のような衝撃を持っていた。アロス王の私兵であるレイが南部に巨大な国を作ろうとし、さらに北部と南部を繋ぐ大運河まで開通させようという夢物語が実現しそうだという知らせは希望そのものだ。


 ララクマ帝国から来た彼らも同じだ。レイが前例のないほどに無軌道な動きで発展させているこの国は六番目の大国になりうる。少々……いやかなりの不安な要素も多いが、可能性があるだけで大国のトップが出向くほどの大事なのだ。

 出迎えとはする側もされる側も相応の格が求められる。当然、大国のトップの迎えもエルナンド国側のトップが担う。


「お待ちしていました、ガロリアス・ララクマ帝国陛下」

「持て成しの用意もまだまだですが、この国の現状をお見せしましょう」


 飛行場にやってきたのはエルナンド国の三人のトップ内の二人。ローレンティアとアンリムだ。


「おう!アロスの姫たちだな。世話になるよ……ところで、レイはどこだ?」

「……工房に籠っているはずです。そのうち来るでしょう」

「いえ、飛行船が来て気がつかないことはないでしょうから、手が離せないのでしょう。滞在中に時間を作らせます」

「助かるよ。ああそうだ、土産があったんだ。役人に任せるか」


 ガロリアスは連れてきた交渉役の役人たちに政務を任せ、姫様たちに案内されながらエルナンド国を睥睨する。


(……なんつー不気味な街だ。この魔力は第()界の怪物を相手にした時に近い。どっから連れてきたんだ?一流の権能使いでも憑依が限界のはずだが……?)


 ガロリアスの眼には、この王都の、いや、この国が異常さがはっきりと知覚で来ていた。





「ふんっ、ふん、ふーん。あっ、いい匂い! おじさん、その真っ赤なお肉が入った真っ赤なパンをくださいな!」

「あいよっ! 一つで……ナ、ナランナ姫様!?」

「ん?」


 シーはナランナの体で街で買い食いをしていた。見覚えのないで屋台があったのでよったら、店主たちはこの体の知り合いだったようだ。


「わ、わたしです!覚えていませんか?」

「んー?――――――ええ、もちろん覚えていますよ。よく城を抜け出した私をかくまってくれましたね」


 無邪気な笑顔を浮かべパンを食んでいたナランナから表情が抜け落ちたかと思えば、貴人として育てられた女性にふさわしい完璧な笑みを浮かんだ。完璧すぎてほっぺについたソースさえ化粧の一部に見えてくるほどだ。

 屋台のおじさんたちは涙ぐんでナランナに訴えるように囁く。


「私たちはあなたを助けに来ました。兄君ももうじきこの国に帰ってきます。ですから……むぐっ」

「……ごめんなさい。うかつなことは言わないで。全てばれていても、危ないことをしなければ怒られないから」

「しかし……」

「私は大丈夫、元気にやっているわ。この国も……もう地形の面影すらなくなりつつあるけど、レイ様ならみんなの居場所を作ってくれる。だからお願い、歯向かっちゃダメ。とても怖い人だけど、言うことを聞いていれば優しい人だから」

「ひ、姫様……」


 ナランナは悲壮感に満ちた表情で必死に訴える。かつてエルナンド国が滅ぼされ奴隷として売られ、レイに買われてから今日までの彼女に安息の日々はほとんどなかった。国の復興が望みだと語りながらも王と民がほとんど死んでいる事実から目を背け、大国の王の私兵とかいう怪しげな男、それも十歳に満たない少年に買われたときは絶望しかなかった。

 気持ちは今でもそう変わっていない。レイは間違いなく優秀で民が笑顔で暮らせる国を作るだろうが、もはやかつてのエルナンド国は見る影もないのだから。


 レイは創造神であり破壊神だ。人々を守るために木で小屋を作るが、そのためならば森を切り倒す。その特徴は表裏一体。暴走列車のような勢いを阻むものはひき殺されるだろう。


 ナランナはエルナンド国の王女である。今現在となっては見る影がなくとも、レイが復興しているこの国もエルナンド国である。ナランナの存在は……奴隷に落ちたナランナを助け保護しているという事実はレイがこの国を復興し統治する正統性の全てといってもいい。

 しかし、その程度の建て前は絶大な力の前には意味を持たないこともナランナは理解している。希少な効果を持つ魔装や、シーが憑りついてくれていることもナランナが大切にされている理由であっても、もし逃げ出そうとすれば手引きした者たちは皆殺しにされる。そんな確信がナランナにはあった。


「兄さまにも――――――ぷふぁ!ナラちゃん、もういいでしょ。おじさんもまたね。パン美味しかったよ!」

「あ、ああ……」


 再び表情が無邪気なものに戻る。肉体のある今を楽しむように、シーは再び街を駆けていった。


「い、急いで王子に報告しなければ……」


 ナランナはエルナンド国の王族の生き残りである。そんな彼女にレイの使い魔?が憑りついているという事実は非常に重い。これは完全にナランナ・エルナンドが、ひいてはエルナンド国の生き残りがレイより下である関係が出来上がっていた。

 しかし同時に、レイの、ひいてはアロス国の庇護下にあるという意味でもある。


 かつての栄光を取り戻すべきか。それとも大国の庇護という強力な傘に甘えるか。エルナンド国の生き残りたちは大急ぎで使者を走らせた。





 エルナンド国の王都の周辺には十五個の衛星都市がある。

 その中でも工業衛星都市と呼ばれる都市にレイとユニリンは工房を作った。


「これがシーとダンジョンコアを使った都市核か。ユニリン、悪いけどこの調子で国核まで作って。大至急」

「もちろんだよ。私は生態改造が本領だけど、シーちゃんと組み合わせれば何でも生物になるから作ってて面白いよ」


 そのさらに地下。大地を流れる龍脈を効率よく利用するために作った地下室に二人の姿はあった。


 ユニリンの手元には都市核の設計図がある。

 賢神の試練第二十層で宝箱から獲れた設計図だ。


「賢神の試練、ここまで直接的に知識が獲れるとは思ってなかった」

「俺もだよ。レフロート聖王国の健国王たちが知恵を手に入れたって話も、てっきり賢神が作った超高性能なマジックアイテムを分析したものだとばかり……」

「設計図が入っているとは驚きだよね。これ、賢神様が描いたのかな?」

「さぁー?とにかくこっちは任せたよ。俺は地上に出て飛行船の量産体制を進めるから」


 レイの手元には飛行船の設計図がある。既に複写して技術者たちに配布済み、素材も賢神の試練で大量に入手済みだ。


 この工業衛星都市では工業、もっと言えば工場による画一的な大量生産が特徴だ。

 他の衛星都市と違い都市全体が一つの工場として機能しており、区画ごとに専用の設備と技術者たちで材料を加工・組み立てを行い製品を製造する。全ての住人たちは技術者であり他の国々から引き抜いて来た精鋭ばかりだ。賢神の試練で手に入る知識を餌にしたら食いつくものが大量にいた。


 製品はもちろん飛行船。アストラ公爵から飛行船を奪った時点ですでに材料は分かった、技術も簡単なやつなら再現できそうだった。問題は材料がなかったことだ。希少金属はもちろんレイに知識にはない素材も大量に使われており廉価版すら作れなかった。

 しかし賢神の試練は極めて有力な、まさしく神のごとき触媒。魔力をあらゆる素材(魔物)に変えられる。レイの大海の如きと歌われる膨大な魔力を貴金属に変えたのだ。


 基本は徒歩、貴人であっても馬車で移動しているこの世界で飛行船の価値は計り知れない。レイは伝手を使ってこの簡易的な飛行船をグレイアス大陸中に売りさばく準備を始めていた。

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