79話 奇跡の国エルナンド、歴史が動いた日
レイが暮らすアロス国がある大地はグレイアス大陸と呼ばれている。いまだ正確な形は不明であるが文献によるとおおよそ横に長い長方形であり、人類の生存圏は真ん中の三分の一程度であるらしい。
しかし残念なことに真ん中にも人類が開拓できていない土地がある。人類の生存圏を大きな正方形と考え、さらに小さい正方形九つに分割したとき、中心とその左のマス目に大魔境がある。カタカナの『コ』の文字の線がある部分が人類の生存圏だ。小さい魔境や聖領は人類の生存圏にも点々と存在しているが、この大魔境は一つのシミのようにまとまっている。この大魔境が人類の生存圏を北部と南部に分けているのである。
全体の比率からすると非常に狭い右端の隙間を通り抜けて人々は北部と南部を行き来している。
その上空に、飛行船が飛んでいた。
「これに乗るなんて久々だ」
レイが保有する飛行船だ。
レイはエルナンド国に向かっている。乗っているのはレイを始めエルナンド国を復興するための人材。アロス王から借りた政務官と騎士・兵士、技術者はもちろんだが、募集したら集まった移住者たちにレイが帝国で購入した奴隷たちも乗っている。
そしてユニリンもだ。
「もう私が補助しなくても飛ばせるなんてちょっと寂しいな」
「宮廷魔導士たちにも信用できる人が増えたからね。でもユニリンにはこれからも頼らせてもらうよ」
「分かってる分かってる。魔装の汎用化は終わったし、また面白い研究テーマを持って来てね」
現在のアロス国で軽い内戦が起こっている。二百年前から王家と四大公爵家の合計五つの勢力を拮抗させて情勢を安定させていたが、現在のアロス王は方針を大きく変え公爵家たちの力を削ぎ始めた。南の公爵はレイに暗殺された。東の公爵は賛同を示し服従した。西の公爵は僅かに抵抗したが、順当に敗北し服従の道を選んだ。
残ったのは北のオーレリユ公爵家だけだ。同程度の勢力五つの内四つと一つに分かれたのだから戦争になれば勝敗は明らかだが、オーレリユ公爵家の娘だった王妃が謎の病で死んで以来関係が最悪であり、王家の行動を見て即座に防波堤を作成し孤立政策をとった。現在は王家に反意を持つ者を吸収しかなりの危険な勢力になっている。うかつには手が出せない。
しかし、本質的には味方なのだ。同じ国の住民として出来るだけ犠牲が少なく終わるように多くの人が奔走していてなかなか終わらない。レイも陛下から「今は余計なことをするな」と再び追放されてしまった。
そしてユニリンだが、彼女はオーレリユ公爵家の長女である。ユニリン自体はアロス王立学園に通いながらレイに協力する形で王家への忠誠を示していたが、やはり血の繋がりというのは非常に強力というのがこの世界の常識。いつオーレリユ公爵家の味方をするか、いつ敵になるかも分からない。
扱いに困った末、文政室の大臣や政務官たちはレイに押し付けた。レイも受け入れエルナンド国復興の旅に連れていくことにしたのだ。
もとよりユニリンはレイにとって最初にできた友達。最近はインドアな研究者とアウトドアの騎士という活動範囲の違いから別行動が増えていたが、一緒にいられるなら非常に喜ばしい。
このおおよそ中世のような世界の空は人類にとって未知の領域。魔境の空には魔物がいるが、人間の生存圏の空は野生の鳥がたまにいる程度。飛行船の屋上で悠々と風を受けるのは王侯貴族でもまずできない贅沢だ。
雲より高い空で日向ぼっこ。これって商売にすればどのくらい儲かるかなという邪念を放り投げてうとうとしていると、後方で扉が開く音がした。
「ここが飛行船の甲板ね!いい景色じゃない!」
「聞くと見るでは大違いですね」
「姫様たち、ここは危ないですよ。柵もないんだから落ちたらどうするおつもりですか」
「レイが助けてくれるでしょ?それより寒いわねここ!」
「地上から離れるほど気温が下がるらしいですよ、お姉さま。春の服のままでは危険です」
溌剌とした明るい声の持ち主はアロスの姫たち、ローレンティアとアンリムである。
五大国の一つとして名を馳せるアロス国の王族は現在だと国王と娘であるこの二人のみ。ローレンティアは将来的に玉座に座り、アンリムも最大の理解者として支える未来が確定している。その身の上の重要性はレイよりもはるかに高い。だというのにここにいるのは起きそうな内戦に巻き込まれないためだという。
しかし同時に、姫たちの護衛という名目でレイのエルナンド国復興事情に強大な戦力を送り込むためだと多くの貴族を始めとして有力者たちは理解していた。
「……【温暖】。どうぞ」
「あらありがとうユニリン!気が利くわね!」
「ありがとうございます、ユニリン」
「……」
「ユニリンありがとう。先に部屋に戻ってて」
「……ん」
少し不機嫌そうな顔でユニリンは船内に戻っていった。
「困らせちゃったかしら?心配ね」
「気にしなくていいですよ。あいつの問題ですから。それより頼りにしてますよ?」
「もちろん!」
「レイが治める国なら私たちの国も同じ!ちゃんと手伝って、ばっちり統治して見せるわ!」
「勉強の成果を見せるときですね」
姫たちの勇ましい宣言にレイはほほ笑む。
エルナンド国は既に滅びている。ちょっかいをかけてくるであろう何人かいるらしい王家の生き残りを追い払うには、レイが買った王女を擁立するだけでなく、アロス国の後ろ盾も必要なのだ。
人類の生存圏はグレイアス大陸を上下に両断する大魔境を基準に、北側と南側に分かれている。南側は一般的にはただ『南部』と呼ばれ、北側と比較して非常に未発達である。
人口は約半分。北部は五大国を筆頭に巨大な勢力がいくつもあるのに対して南部にはない。北側では中堅と言われるような貴族たちが王を名乗り、群雄割拠の戦争を繰り広げているらしい。都市単位、下手をすれば街単位で独自に活動しているのが実情だ。極稀に怪物が生まれるが人間社会そのものは未成熟である。
この世界の文明レベルはおおよそ中世だが、アロス国などでは高レベルの騎士たちが闇を切り開き、魔法使いたちが光をもたらしている。
しかし南部には魔法使いが非常に少なく、騎士も弱い。都市に行ってもようやく魔法使いが少しいる程度だ。北部の住民が見れば不便で原始的な暮らし、都会なのに田舎みたいだと評価するだろう。
そんな南部の中でエルナンド国は中央あたりにある、いや、あった国だ。
大魔境は山岳地帯であり、なだらかで出入りがしやすい場所がいくつかある。その一つを防ぐような立地だった。伝承によると強大な魔物が大魔境から降りてきたが、当時の英雄がこれを討伐。出入り口を塞ぐように国を作り魔物を相手に戦い人々を守れと言い残したという。子孫たちも使命に従い魔物と戦い続け、周辺諸国からも感謝と物資を送られていた。
悲劇は数年前に起こった。隣国に滅ぼされてしまったのだ。魔物の氾濫を対処し国力が低下した隙を狙われ、王家の者も捉えれ、姫は隣国の王子と結婚し国は併合されるはずだった。
しかし間を置かずに魔物の氾濫が再び発生。今まで対処していた兵士たちは殺してしまったので対策が打てない。占領に来ていた隣国の王子も貴族たちも多くが死に、土地を占領も出来なくなった。この時に多くの民が死に、捉えられた王族も使い道が無くなり奴隷として売られたのだ。
最終的にエルナンド国は魔物が住み着き、魔境の一部になった。民たちは生死不明、おそらくは死んでいるのだろう。
当時のエルナンド国は死んだが、王族は何人か生き残りさらに遠くの国に保護されているらしい。隣国の行いを非難しながら、いつか国を取り戻し、復興の日を夢見ているのだという。
「聞いていたほどじゃなかったな。魔物たち」
そんなトラウマと夢を向けられる魔境エルナンドの上空には飛行船が到着し、飛び降りた怪物たちの手で魔物たちは駆逐された。
大量の魔物の屍の傍につまらなそうな顔をしているのはレイ。そして、もう一人。
「当然じゃろう。大魔境といって外周部。雑魚じゃよ。儂らの敵ではないわ」
「協力感謝していますよ。ユージーンさん」
カカカと笑う老人。歳は八十程度。杖を持った魔法使い然とした姿をし、アロス国の宮廷魔導士のローブを身に着けた賢者。
国礎十五柱第七柱。【魔導旅団】のユージーン・ユーン。魔法を使える人形を使役する人形使いの魔法使い。人形たちは一体一体が一人前の魔法使いと同程度の性能を持ち、この人形たちを一個旅団並みの人数を一人で動かす怪物。
今回のエルナンド国復興事業に際してアロス王が助っ人として送り込んでくれた戦力の一つだ。
「ちょっとちょっとちょっと。私は!?私も頑張ったよ!?」
「……うん、ありがとね。シーも」
「えへん!!!!!!……エルちゃんうるさい!」
「ん?」
「ちょっとエルちゃんが……よし静かになった!!!」
残党がいないか見回りをしていた少女が家々を飛び越えて戻ってきた。
動きやすい軽装の少女。彼女はシー……ではあるが、肉体は違う。
エルナンド国の王女、ナランナ・エルナンドだ。精霊を自分に同化させ力を借りる魔装を持っていたが、シーに逆に肉体を乗っ取られ、今は二重人格のような精神状態なのだという。主人格はシーになり、美しい金髪に鋭い目が特徴だったが今では目尻が下がり活発で緩い空気を身に纏っている。
「レイ!レイ!この魔物でご飯作ってご飯!」
「あとでね。さっさと安全を確保して飛行船を着陸させてみんなを下したいから。もう一回見回りをお願いできる?シーなら建物に傷つけずに魔物を倒せるよね」
「任せて!あとなでなでして!」
「なでなで」
「ありがとうもう一回頑張ってくるー!!」
大地を蹴り家々を飛び越え再び見回りに行くシー。
彼女は長らく肉体がなかったためか、肉体がある今は非常に楽しんでいる。食事と肉体的な接触はその筆頭だ。
「じゃ、そろそろ飛行船を下ろしますか。どこかいい場所ありました?」
「向こうの丘がいいじゃろうな。確かエルナンドの王家が保有した丘じゃ。ちともったいないが平にすれば着陸できるじゃろう」
「じゃあそこで」
野生の獣が野山を走り回るように遊んでいる姿を見送ると、レイはユージーンと共に整地を始めた。
元エルナンド国にやってきたレイたち、通称アロス国エルナンド復興部隊は最初に臨時政府というなのベースキャンプを作った。
場所は王宮だ。獣系の魔物の占領されかなり荒れ果てていたが復興するなら拠点は象徴的な意味でも王宮がいい。土砂に雑草、排泄物などはシーが再利用し、瓦礫類はレイとユージーンの人形たち、そして兵士たちが撤去。最後に会議室だった部屋を整えた。
急ごしらえだがここはもはや人類の生存圏の外側なのだ。滅んだ国を再建し魔境を開拓するための最初の拠点と考えると非常に上等だろう。
そこから一か月は事前に立てていた計画通りに進めた。
レイは国内のインフラを整えた。具体的には道路と上下水道だ。エルナンド国は都市国家だった。王宮を中心に街が広がり、貴族街、平民街と続いている。隣国に攻め込まれた際の戦火と魔物に住み着かれたせいで荒れているが、ここに住むなら治した方がいい。
そして、画一的でいいならレイの膨大な魔力で力押しできる。シーに手伝ってもらって道路には太い枝を、上下水道には細い根を通してもらいその通りに整地した。ついでに壊れていた家々も補強した。
続いて行ったのは開拓だ。都市国家エルナンドを王都として衛星都市を作るために森と丘を切り開いたのだ。レイが土魔法で大地をごっそり移動させ、整地し、シーが減らした分の森を増やした。
衛星都市は全て円形。政府機関を中央に配置して画一的な住宅を作成。雨風を凌げる程度だが十分だろう。これを五つ作った。
レイたちが動き回っている間、飛行船はアルトとアヤメの指揮の下でアロス国に戻った。そして大量の住民を連れてきた。
彼らは希望した開拓者たちだ。もとよりアロス国やララクマ帝国では定期的に人口を開拓村に吐き出していた。人口が増えすぎて土地や就職先が不足した時によく使う手だ。
開拓村はいずれ街になり上手くいけば村長は領主、つまり貴族になれる。初期の開拓村の面々も重鎮になる。これが街を離れて何もないところで開拓村を起こす最大の旨味である。
今回のレイが呼びかけたエルナンドの復興の住民はそういった旨味がないため少なめに見積もっていたが、予想に反して想定以上の人数が移住を希望してきた。
レイとしては意外だったが、レイ以外はあまり驚いていなかった。もとよりレイは非常に有名だ。名声も悪名も非常に高い。その上アロス王から我が子のように可愛がられているというのも非常に重要な理由らしい。通常の開拓村のような旨味はないが、その代わりに非常に安定しているだろう。レイがいるなら魔物の被害は心配いらない。
そして何よりオーレリユ公爵家との内戦が起こりそうだという不安から非常に多くの人が集団で移住を決めた。一人一人ではなく繋がっているコミュニティ丸ごとで移住することにしたのだ。レイとしては運がいいなと心の中でつぶやき、領主たちはそんなにいなくなられては困る!とレイの視界の外側で争いが起こったらしい。
最終的に衛星都市は十五個作った。これ以上増えるようになら住民たちに自分たちで作らせたほうがいいだろう。
同時に王都と衛星都市を始めとする全ての領域にシーが森の化身、森の神の力を使ってネットワークを張り巡らせた。
シーの存在はレイが保有する切り札の一つだが、出し惜しみはしない。使い時も間違えない。理想の国作りはレイの夢、レイの人生の目的の一つだ。ビックな男になってエルミナを迎えに行くというのは今頑張っている理由の一つだが、スラムの時の親たちのような悲惨な最後を迎える人と減らしたいという思いも本物だ。
そのためにも今回の国作りには全力で挑む。妥協はしない。使えるものすべてを使うのだ。
約一か月の時はあっという間に過ぎた。多くの混乱に見舞われながらも姫様たちと優秀な政務官たちの頑張りのおかげで街としての形は出来上がってきた。
今日は久々に全員が集まる会議だ。
指示系統は大きく分けて二つ。姫様たちを頂点にした街の中で活動する人たちの系統、レイを中心にした街の外で活動する人たちの系統だ。そこからさらに細分化して普段は活動しているが、月に一度の集まりでは全員が集まることになっている。
「今日のお知らせは今度の方針についてです。この地図をご覧ください。エルナンド国から大魔境をまっすぐ突っ切って北上するとこの辺にぶつかりますね?
ここを全部切り開いて巨大な道を作ります」
案の定、今日の会議も悲鳴と怒声が飛び交った。
「不可能です!!!!!やるにしても何年かかることか!!!!!」
「地質を調査して、山を削って道を整えて……高名な魔法使いたちを雇っても、何十年……いえ、魔境なのですから大量の強力な魔物を襲ってくることを考えれば、何百年とかかりますよ!?いや、千年あっても時間が足りません!」
「前々から思っていましたがレイ殿は冗談が下手でいらっしゃる!!!!衛星都市を個人の力で丸ごと作るほどの大魔法はお見事ですが、これはスケールが違いすぎます!!!」
怒声を超えて罵声も聞こえてきた。仮にも上司に当たるレイに対して失礼だし、姫様たちもいるのにこの態度は無礼である。
しかし誰も止めることはなかった。内心では同じ気持ちだからだ。
「私も無茶だと思うわ、レイ。大魔境の浄化は将来的に人類が挑む課題だけど……たしか巨大な山岳地帯なのよね?人の往来が出来るようにするには現実的ではないわ。それより周辺諸国から使者が来ているからこっちの方が優先すべきじゃない?」
「……」
姫様たちも反対のようだ。当然だろう。レイも常識的に考えて無茶だとは思っている。反対されるのは予想の範疇だ。余裕の表情で告げる。
「まず、皆さんは勘違いしているようですが、これは提案でも議題でもありません。宣言です。このエルナンド国復興は俺が行うもの。皆さんはあくまで手伝い。全ての方針を決めるのは、俺です」
会議室が静寂で包まれる。あまりにも傲慢な言葉。あまりにも大言壮語。レイはまだ十歳でありながら英雄と呼ぶにふさわしい力と実績があるが、それでもなお不可能と一笑されるような話なのだから。
……それでも笑われずに沈黙が続くのは、ほんのわずかに、もしかしたら、本当に出来るのではないかという期待があるからだ。
レイは不敵に嗤い、告げる。
「俺が全てやる。二年でね。道は海路だ。西の海から水を持って来て、北部と南部を船で繋げる」
全員が絶句する。笑い飛ばそうとし、頬が引きつるだけで終わる。
「この中の誰が、俺の本気を見たことがあるのか?お前たちは歴史が変わる瞬間を見るのだ。誇りに思い語り継げ」
絶対的な自負と自信を感じさせる、英雄の、もしくは覇者の威圧感。会議室に集まった全員は空気に飲み込まれ、頷いた。
「それで出来るんですか?山脈を切り開くなんて」
「さぁ……?」
絶句。アンリムの息が止まる。
会議が終わりレイは姫様たちを連れて寝室に戻ってきた。ローレンティアは疲れたのか気絶してしまったので、アンリムと二人で話しているところだ。
「まあ出来るでしょ。見通しが甘いとはちょっと自分でも思うけど、不可能ということは待って待って蹴らないで殴らないで」
「殴るだけで許してあげようというんですよ。感謝しなさい」
普段よりも荒ぶっているアンリムが拳を握りポカポカとお腹を凹ませてくる。全く痛くはないが困ってしまう。
「…………ふう、落ち着きました。それで、どういうつもりですか?」
「俺は嘘は言ってませんよ。大魔境を突っ切って南部と北部を繋げる。そのためには山岳地帯を丸ごと削り取って、西の海とのつなげて海路を作ります」
「……………………出来るんですか?」
「多分いますよきっと――おぅ」
再び拳が飛んできた。
少し困る。しかしこれからも迷惑をかけるのだ。この程度何発でも甘んじて受け入れよう。
「勝算が無いわけではありません。この一か月で軽く行ってみた感じですけど、確かに強力な魔物は多いですが一番強い奴でも灼熱鬼のような真の化け物たちと比べるとはるかに弱い。俺一人でも倒せる魔物ばかりです。それにアルト姉さんにアヤメにシーに、国礎十五柱の方々の力も借りることが出来ます。それからこれは国策なので俺たちだけの力で何とかする必要はありません。他国の人間は避けたいですけど、優秀な冒険者には心当たりがあります。
だからまあ何とかなるでしょう。二年で何とかすると見栄を張ったことを言いましたが、延長したっていいんですし」
「…………むう」
レイの目的は理想の国家の樹立だ。そのために大きな力、権力が必要だ。未開の地を開拓するというのは最も分かりやすく、確実な功績。加えて既存の国家や出資者も参加できる事業につながるならより良い。
北部と南部の最大の壁は大魔境だが、もっと言えば物理的な行き来が困難だという点だ。ならば丸ごとくり抜いて海路でつなぎ、貿易を成立させ南部も北部と同程度にまで発展させる。
その中心にいることが出来れば、レイの影響力はこの上なく高まる。
もとより五大国という五つの国家の力は人類全体の半分程度だ。五大国に含まれない国家や南部の国々を丸ごと傘下に収めることが出来れば五大国の六番目を名乗ることも夢ではない。
「で、具体的になんか考えありませんか?アンリム様。がーっとひたすら掘り進めるつもりなんですけど」
「…………ダンジョンと違って、魔境は空間が歪むことはありません。魔境の外から……北部南部を繋ぐ東側を飛行船で観測し、大まかな長さを測ります。二年なら……二か月ほど余裕をもって、来月の頭に始めるとして……二十か月でやりましょう。全体の長さを二十分割して、レイは山を崩すことだけして下さい。移住してきた開拓者たちや魔法使いたちが土を撤去。間違いなく溢れてくる魔物は冒険者に任せます。この仕組みが出来上がるまではユージーンさんやレイのご友人たちが主力にします。ゆくゆくはこの事業を派生させて、大魔境を開拓することをそのものに拡大します」
「おお、さすがアンリム様です。俺の大まかな方針を具体的にしてくださいるとはさすがです」
「レイ、都合が悪くなった時だけ遜るのはやめなさい。気持ち悪いだけです。さあ、早く他の役人たちに連絡を」
「もう深夜です。また明日にしましょう」
「……そうですね、レイ。貴方はいつもマイペースです、うらやましい。ぐぅ」
知恵熱が出たのかのようにアンリムは頭を押さえ、気を失った。
レイもこれで次の行動が明確になったと安心して眠りについた。
一か月後、歴史が動いた最初の日がやってきた。
多くの人が見守るなか、レイは一人大魔境に向かう。大海の如き、大空の如きと称えられる膨大な魔力を全て燃やし、魔法を使う。
飛行船の上からその光景を見ている者たちは特に驚愕し、腰を抜かした。今日のためにやってきた五大国の王侯貴族たち。エルナンド国の近隣の有力者たち。標高が千を超える山岳地帯の手前側が、まるごとズレたのだ。そのあまりに壮大なスケールに、そのあまりにレイの強大な力に。北部と南部を繋ぐ海路を作るという妄言が、現実味を帯びてきた事実に。
山が崩れた。水を通すための地中の分も掘り起こした。この時点でレイは気絶し、アルトに回収された。
大魔境の山はもちろん瘴気に汚染されている。つまりは魔物が住み着いている。地中にもだ。
大量の魔物たちがまるで魔物の氾濫のようにあふれ出し、待ってましたと戦いが始まり、そして殲滅された。
これはグレイアス大陸の人類史に刻まれる大きな一歩である。




