76話 空を焦がす激戦
エルフは長命種という分類を受けることがある。事実としてその寿命は約五百年と人族と比較して非常に長い。おおよそ二十歳までは人族と同じように成長し、その後しばらくはそのまま。約四百五十歳になると老け始めるという。たいていの里では百歳で成人とみなされるらしい。
アロス国国礎十五柱顧問【湖水】のシュリアーナ、彼女は約二百年前に生まれた若いエルフだ。
エルフの中でも卓越した魔法の才能と里の外の世界への好奇心で知られ二十歳になる前に外の世界で外貨を稼ぐ遠征隊に参加、同時に冒険者になりB級クラン【森の茨】に加入した。その後は世界を旅しながら様々な名産や情報を里に届けていた。
現在からおよそ百年前、アロス国とララクマ帝国で戦争が起こった。現在のような疲弊し惰性で続いた戦場とは違う、憎悪にまみれたものだ。
まだ両国の国境線は接していなかったが、間にある小国同士で小競り合いが勃発。お互いに次々に援軍を送り、最終的にはお互いの最高戦力、国礎十五柱や武門十七衆が出撃するほどの大規模な会戦にまで発展したのだ。
ちょうど近くにいたシュリアーナたちも戦争に巻き込まれた。【森の獣】の面々は避難の方針を取ったが、ララクマ帝国側の非道な行為を見過ごせずアロス国側に参加。水と生命の回復魔法、光の攻撃魔法、空間の結界魔法で活躍し、結界は武門十七衆に匹敵するA級冒険者三名を同時に敵に回しても凌ぎきったという。
この時の功績を以てアロス国の名誉伯爵となる。シュリアーナも人族の身分的な階層で起こる悲劇に胸を痛め、改善するために承諾した。
それから約百年。アロス国王都の学園で理事長兼魔法の教員になったことで腕は多少落ちているが、国礎十五柱の顧問を任されるほどには優れている。内部への干渉を防ぐ結界と、内部への干渉を受け流す二つの効果がある切り札、【幻の泉】。これを使った以上、今暴れている三人以外が傷つくことはない。
……はずだ。
エルフの里エストールで気温が急激に上昇した。少し肌寒いくらいの気温が、まるでマグマがぐつぐつと音を立てている火口を思わせるほどにまで。
火元はアルトの持つ剣、緋龍の剣。普段は封印具に入れておかないと周囲を熱で溶かす特級の危険武装。アロス国の健国王に仕えた騎士が使っていた禁断の兵器。
素材となった龍の名は、赫灼緋龍。
「吼えろ、緋龍」
赤色と光色の中間の色の剣が輝くと、朝日のように美しい緋色の魔力が大地を覆う。剣を通して吹き出すアルトの膨大な魔力は龍のいななきのように響き渡り、エストールの森を超えオーレリユ公爵家とアイビー公爵家の領地、そして王都にまで届くほど。
龍は肉の体を持ちながら精霊や神にも匹敵するほど高位の魂を有しており、死んだ程度では死に尽くすことはない。武具の素材にすれば生前に有していた能力を使用でき、力を引き出すほどに緋色の剣からはまるで浸食してくるように右手に色が移り始めていた。
「私に従え」
目に移らずともアルトの知覚ははっきりとこちらを睨んでいる龍の魂の存在を捉えている。一般的な長剣と同じ大きさにまで貶められながらも感じる情報の大きさは大地の大きさを測っているかのように果てしない、およそ人間に制御できるものではない。
しかし強引に、力ずくで握りしめると、まるで首を垂れたかのように剣の熱は収束し、剣に収まった。
「レイ、あんたも早く銀龍の剣を抜きなさい。正面から叩きのめしてあげるわ」
「それは断るよ。あれは陛下にもらったものだけど、私用に使うべきじゃない。なにより……俺たちの真実の愛は、この逆境を覆すほどの力があるのさ! なあ、エルミナ」
「その通りよレイ。お義姉さん、私たちの愛の強さと大きさ、分かってください!」
「いい覚悟ね死ね!!!!」
アルトを中心に、一日の始まりを刻む朝日のような輝くが走る。
一瞬遅れて、地面を溶かすほどの高温の爆炎が津波のように二人に迫った。
炎。この世界で最も戦闘向きとされる攻撃の手段。高熱は皮膚を溶かし、肉を溶かし、骨を溶かす。温度を上げれば魔物でも武具でも溶かせる。有機物か無機物かを問わず人や魔物を殺すために最も用いられている事実がその危険性を示している。
もちろんレイにとっても天敵だ。レイの回復魔法は魔法であれ権能であれパッシブスキルではなくアクティブスキル。能動的に治すもの。通常であれば重度の後遺症が残るほど深刻な火傷でも一瞬で治せるが、火の海のようないくら治しても何度でも火傷状態にしてくる環境そのものは非常に苦手である。灼熱鬼にあれだけ苦戦し倒せなかった理由の一つでもある。
「さすが姉さんだ。でも、俺だって昔のままじゃない。いつか姉さんと戦うだろうと、備えはしているさ!」
レイはおよそ何でもできる万能性を評価されている騎士だ。
大空や大海を思わせる膨大な魔力。神聖属性を含めた全ての属性に適性を持ちいかなる魔法であれ一度見れば習得できる異常な習得速度、人体で可能な動きならば魔法同様に即座に再現できる武芸、フロート聖王国の聖女にも匹敵し欠損すら回復魔法、そして自分でも原理がよくわかっていない裏空間への移動に、この世界の最小単位を視認できる聖眼。将来は国礎十五柱に頂点に立つという評価も過言ではない。騎士ではなく研究者や治療師にも勧誘されるにも当然だろう。
しかし、なんでもできると言っても本人の性格により好んで使用する技に偏りが生じる。
例えば武芸百般といっても基本的には格闘技か剣技を、全ての魔法を使えると言っても水と土と聖属性を多用している。切り札の権能を全ての美徳と悪徳を使えても美徳を好み、裏空間は大きな倉庫としてしか使わない。
この偏りは修行という側面もあるが、やはり好みと言ってしまうのが適切だろう。
そんな中で今回使用する魔法は【結界】だ。無属性魔法に分類され、魔力を周囲に展開し攻撃を防ぐ魔法。魔法使いなら【魔力弾】と同じく誰でも使用でき、この魔法の練度で本人のレベルの指標になるくらいには使えて一般的なもの。
ただ、今回は【壁】ではなく【力場】として結界を展開した。
「――ちぃ!」
「おお! さすがレイ! 初めて見たけどこんな結界もあるんだね! 」
「【念動】の魔法の応用だよ。ふっ、ああでも、エルミナが傷がつくのは耐えられない。【水治膜】……これでもし焙られても大丈夫」
「ありがとう! ちゅ!」
エルミナの柔らかい唇がレイの頬に触れる。レイも蕩けたような幸せそうな笑みを浮かべた。
まるでここが太陽を思わせる火の海だということを忘れたかのようだ。
一度展開すればあとは維持するだけでいい通常の【結界】に比べ、【力場結界】は常に自身を中心に外方向に念動力を発動するため魔力消費量が非常に多い。その代わり力場に抵抗する力を常に鋭敏に感知する性質もある。
炎の津波を弾く力場結界を一瞬でぶち破られた。即座に他の方向に向いている力場を襲撃者の方向に変更。壁を展開する通常の結界と違い、力場結界はかなり柔軟性が高い。仮に力場を全方位六方向に展開した場合、一方向に通常の六倍の力で念動力を働かせることもできる。
効果があったようだ。わずかに遅くなったアルトの斬撃を辛うじてレイの剣が追いつく。
――ゴン!
アルトの赫灼緋龍の剣とレイの魔力鉄の剣が衝突する。衝撃波が炎を散らした。
シュリアーナの【幻の泉】が無ければ、既にエルフの里は壊滅しただろう。
展開されていると気が付いたから、気にせず街中で戦い続けているというのも事実だが。
「……そんな使い捨ての鈍らで戦うなんて、馬鹿にされたものねぇ!!!!!」
「――やべっ!」
散った炎がアルトの剣に収束。追加で溢れ出る炎も同じように収束。赫灼緋龍の剣が太陽のように輝き、熱も同じように上昇。
レイの魔力鉄の剣に切れ込みが入る。
魔力鉄はその名の通り鉄が魔力に晒され変質したものだ。魔力を注ぐほどに耐久性と切れ味が上昇するが、一定以上の魔力を注ぐと壊れてしまう。壊れることはまずないが、レイが全力で魔力を注ぐと壊れてしまう。
それは構わない。以前より権威ある霊銀山龍は普段使いできないので代わりの剣を探していたのだが、結局見つからず適当な店で買った剣を使い捨てていた。それが高じてたどり着いたのが魔力鉄の剣を使い捨てる戦法。全力を出せば壊れてしまうが、壊れてしまう代わりに通常の全力より二割り増しで剣技の威力が上がるのだ。
しかし、魔力鉄の剣はそれなりに高いのだ。まだまだ虚空庫に在庫はあるが……アルトとの戦いであと何本壊れるのか。その場合の損失はいくらになるのか。レイの頭が一瞬だけ普段のように冷静になる。
「私を忘れてもらって困りますよ! お義姉さん! 【雷の沼よ、空へ】!」
レイのほっぺにちゅーしてそのまま抱き着いていたエルミナが地面を踏みつけ、蹴り上げる。エルミナの唱えた呪文に応じてアルトの足元に沼が展開。沼は泥の代わりに雷が溜まっていて、蹴り上げに連動して上昇する。雷は一瞬で天空まで柱のように伸びた。巻き込まれた生き物は高レベルでも即死だろう。
巻き込まれたレイの魔力鉄の剣は切っ先が消滅。手が少し痺れた。
「くそがっ! 痛いじゃない!」
天空からアルトの声が聞こえる。それにしても昔より感情豊かに、それ以上に口汚くなったものだ。
「うそっ……私の【雷天】であの程度なんて……」
「赫灼緋龍の剣のスキル【灼熱膜】だろう。皮膚の少し上に炎を纏って防いだんだ」
見上げると少し焦げていたが、動きに陰りは見えない。『痛い』以上の効果はなかったとみていいだろう。
レイは虚空庫から魔力鉄の剣を取り出す。エルミナも杖を空に向け、【風神】と【雷神】を放つ。まだ大してダメージを与えられていないのに、表情に陰りはない。
その意図は運命の赤い糸で結ばれた運命の相手と出会い真実の愛を獲得した自分たちならだれであろうと勝てるという寝ぼけたものだが……同時にレイは冷静に計算して勝利も見えていた。
空から火炎が落ちてくる。赫灼緋龍の剣を通してアルトの膨大な魔力が解き放たれたのだ。豪雨のように高温の炎が落ちてくる。まるで拡散した赫灼緋龍の息吹。あの炎の雨粒一つ一つが並の兵士を武装ごと溶かすだろう。
続けて宙に浮かんだまま剣を振るう。同じように火炎の津波が地上に落下。さらに剣を振ると収束した火炎がレーザーのように焼き切りに飛来する。
エルミナの放った【風神】と【雷神】と接近する。こちらが勝つ未来は全く見えない。レイが追加で土魔法で【巨岩生成】を発動。超膨大な魔力で作った土の塊を天に向け【加速脚】で蹴り放つ。高エネルギーと高質量。太陽よりも明るい光が土を破り、レイがさらに追加で放った【土層網】で何とか防ぐことが出来た。
「すっごい! さすがレイに、レイと私のお義姉さんだ! なら私だって……!」
エルミナは腰に下げた杖を構え、先端に風と雷を作り出しぶつけ合う。膨大な魔力から生み出される風と雷はお互いに喰い合うように激しく轟音を立てた。【爆嵐響霆】。発動には高レベルの魔法使いが数十人、いや数百人は必要な魔法を一人で構築したエルミナは少しだけ辛そうだが、ためにため、天空に向けて解放。
上方向に【幻の泉】は展開されていないようだ。雷が鳴り響く台風のような風は雲を破り天候を書き換えた。
「……ぐっ、ぎっ……この程度は私に認めるとでも!?」
再びアルトは【灼熱膜】を展開して防いだ。また大したダメージではない。しかしこの瞬間はアルトからの攻撃がやむ。
このままなら勝てる。レイは浮かれてながらも冷静に計算する。
それぞれの戦闘能力はエルミナを100とすれば、レイは150、アルトは130~180といったところかだ。最大値はアルトの方が高いがその時の調子やテンションで振れ幅が大きい。今は最大値だが、そのうち下がるだろう。
しかし、レイは安定している。もしこの場で突然謎の邪神が現れアルトとエルミナを殺害したとしても、レイの戦闘能力は全く損なわれることなく同じパフォーマンスを発揮する。
いかなる時でも実力通りに戦える。万能性以上のその絶対的な安定性こそがレイの強みだ。
「お姉ちゃんを舐めないことね! 私だって、いつかレイと戦う日が来るくらい想定していたのよ!!!」
上空でアルトが自分の心臓に剣を突き立てた。
……心臓に剣を突き立てた?
「えっ……いやまさか!?」
アルトは剣に魔力を流している。
この世界において、武具を鍛える技術は大きく分けて二つの目的がある。素材の形を変えることと、素材の力を引き出すことだ。
素材の形を変えるのは通常の冶金技術と似ているが、素材の力を引き出すとは、その素材の元が生前に使った技を再現することだ。赫灼緋龍の剣のスキル【灼熱膜】もそうだが、剣に魔力を流し、流した魔力を回収して赫灼緋龍が生前に使っていた身体強化を再現するのも基本的な能力である。
アロス国の健国王の側近がかつて使った伝説の剣、赫灼緋龍の剣は当時最も鍛冶の腕が立つドワーフと当時最も腕が立つエルフが共同で作ったもの。特徴的な能力のほかに、さらに上にのスキルがある。
伝説によれば、赫灼緋龍はその体を炎に変え、大地のマグマを始め、他者の炎を取り込んだという。
「大地すら燃やせ、灼熱鬼の心臓!!」
体が発光する。これは炎だ。炎に変状したアルトの肉体と赫灼緋龍の剣が温度が急激に上げ人族の眼には視認できないほどの高温にまで上昇。レイは魔族だが、聖眼が無ければ見えないだろう。
天空で魔力が混ざる。アルトがアロス王から与えられたマジックポーチから取り出したものと混ざった。一度しか見たことがないが、忘れることはない。
アルトはレイに勝つために、レイですらシーを召喚する反則技を使わなければ勝てなかった魔物、灼熱鬼の心臓を移植した。




