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75話 エルフの里と初恋

幼少期編最後の章です

 帝国への留学が終わり、さらに一年が過ぎた。レイももう十歳。まだ子供だが大人見習い程度には重要な仕事を回されるようになった。

 治療師として貴族や上級冒険者を相手に治療し、秘匿騎士団の一員として不穏な動きを見せた貴族を調べ報告し、アロス王の先兵として馬車なら十日かかる距離を一日で踏破し北のオーレリユ公爵家と繋がろうとする勢力を牽制した。その間に学生として勉学に励み、アロス王や姫様たちに同行し王家直轄領を視察することもあった。


 最も大きい変化点は今まで指示を受け実行するだけだったが、命令する側になる機会を得たことだろうか。

 最初は「俺が直接出向いた方が早くない?」と思うことも多かったが、一つの出来事に捕らわれず他の出来事も包括した広い範囲で対応するなら部下を使うことも大切だと分かった。


 具体的には学生として勉学に励みながら放課後にアイビー公爵家で収穫できる上質な農作物を取引し日が暮れたら姫様たちと食事することが出来るようになった。これには姫様たちも大層お喜びだった。

 レイとしても昔交わした「食事は出来るだけ一緒に取りましょう」という約束をようやく果たすことが出来て満足だ。他に優先するべきことがあったから破っていたが、破りたかったわけではないので。


 こうした任務の数々でレイは非常に多くの功績を立てることが出来た。アロス国とララクマ帝国の間でダラダラと続いていた戦争の終結、アストラ公爵の暗殺、ララクマ皇帝の護送や灼熱鬼の討伐、アイビー公爵家の服従、ララクマ帝国における舞踏祭の優勝などと比較すれば地味だが……その分、数が多かった。

 現場に出ずに借りた執務室から命令しているだけなのに功績を立てるとは妙な話だとレイは懐疑的だったが、事実としてアロス国内におけるレイの発言力は確かに増した。この調子でアロス王と姫様たちを立てながら功績を積み続ければレイの目的も達成できるだろう。夢が叶う未来が着実に近づいていることにレイは秘かに歓喜していた。


 そんな日々の中、非常に重大な任務が下された。


「レイ、ここ百年間没交渉だったエルフの里から手紙が届いた。お前が直接出向いて平和的な関係を築いて来るのだ」

「かしこまりました、陛下」


 レイはエルフの里に向かうことになった。





「エルフの里ってどんなところなんだろうね。木を繰り抜いて家を作る文化があるって本当かな」

「今日向かっている里はそうらしいわね。神話的にエルフは風と水に親しむ種族だけど、長年森で暮らしているためか樹々と一体化したとかなんとか」


 アロス国の北西、アイビー公爵領とオーレリユ公爵家の境目をさらに進んだ大森林を疾走する影がおよそ二十。

 先頭を進むのはレイとアルトだ。


「……あははは。エルフは妖精に近いだけで、肉も骨もあって、食事しなきゃ死んでしまう生物ですから、あんまり幻想的なイメージを持っていると失望してしまうかもしれませんね」

「そうなんですか?シュリアーナさん」

「はい。まあ、私も故郷に帰るのは百年ぶりだから、主観が入ってるかもしれませんが」


 右後ろで困ったように笑うのはシュリアーナ・エストール。アロス国王立学園の学園長にして、国礎十五柱顧問、【湖光】のシュリアーナ。百年前の戦争の際にアロス国に協力して爵位を得たエルフだ。

 その武勇は非常に高く、また魔法使いであるため汎用性にも秀でている。今回のエルフの里との交渉も彼女がある程度はやってくれるらしい。


「失望してもなんでもいいが、頼むから余計なことはしないでくれよ、レイ。エルフの里からの手紙には友好的な関係を望む内容が書いてあったんだ。余計なことをしなければ恙なく上手くいくだろう。分かっているな?」

「もちろんですよ、ガレアさん」


 反対側から声をかけてきたのはガレア。国礎十五柱第四席【陽光】のガレアだ。彼は今回の交渉においてレイの補佐という名の代理としてエルフの里長と交渉し、万が一武力衝突が起きた場合に全てを灰燼に帰すための戦力。他のメンバーも彼が率いる陽光騎士団の団員たちだ。

 最近になってオーレリユ公爵家の動きが再び活性化している。王家にとって友好的な関係の勢力は多いほうがいいが、中途半端な関係のまま長引くくらいなら関係が決裂した方がマシだという判断をしたようだ。


 高レベルの高ステータスに任せ高速で移動し、王都を出て二日後、エルフの里に到着した。





 伝説によると、エルフの里はエストールの森の奥深くにあるという。

 小動物が生息している外周を抜け、大型動物が暮らす中腹を抜け、奥深くへ。非常に大きな大木が空を隠しているため昼でも薄暗く、地面には苔がびっしりと生え足音さえ吸い込まれる領域。まるで森が生きているように静かで、精霊に導かれたものだけがそのさらに奥へたどり着く。


 エルフの里の中心には森で最も古い大樹が立っている。

 内部は中空で透けている天井からは美しい日差しが差し込み、ここにいるだけで生命力が増しているような感覚が沸き上がるほどだ。内壁には遠い昔の神話を描いた壁画が彫られていて歴史を感じさせる。


 そのさらに中央にある玉座には美しいエルフがいた。

 

「ようこそ、アロス王の使者たち。私はこのエストールの氏族の女王、ティリアーナ・エストール。歓迎しましょう。よく迷わず来れましたね」

「私が案内しましたからね、お久しぶりです、ティリアーナ様」

「ええ、百年ぶりですね。シュリアーナ」


 日差しのように美しい金髪に森のように美しい碧眼のエルフだ。百年前に喧嘩別れしたというシュリアーナとも友好的な態度を取っている。レイの眼にも偽りはないように見える。


「お初お目にかかります、エストールの森と共に生きるエルフの女王。私はレイ、我らアロス国とエルフの里の友好的な未来のため、今回はアロス王よりお手紙を持ってまいりました」

「あら……子供?ええと、あなたが代表なのね、分かった。人間の世界は百年ですごく変わるのね。理解したわ」


「お待ちを、ティリアーナ殿。同じく、ガレアという。レイの補佐だ。交渉事は主に私が担当しよう」

「……そう、なの?分かったわ。シュリアーナ、その時はあなたも同じ席にいて頂戴ね」

「もちろんですよ」


 レイの見てくれ、外見年齢を見て困惑した様子だったが、最終的に受け入れてくれたようだ。

 シュリアーナは一つ咳ばらいをして調子を整え、軽やかな調子で告げる。


「早速本題に入りたいところだけど……長旅で疲れているでしょうし、ちょうど今日はお祭りの日だから、あなたたちも楽しんで頂戴」





 エルフ。神話において人間と同時期に作られた種族。風と水に親しみ海や川、もしくは森で暮らすという。

 また人間が無数の国に分かれているようにエルフも無数の森で氏族に分かれて暮らしている。今回レイたちが訪れたのはエストールの森に暮らすエストールの氏族だ。

 文化もまた多少異なるが、森で暮らすエルフは大樹の中身を繰り抜いて住居に作り替え、日々の糧は森の獣や果物を摂取し、極まれに人間社会に下り既製品を購入している。同時にこういった外に出るエルフの中には外貨を稼ぐために人間社会に定住し、商人や冒険者として活動しているという。


 夜。エルフの里はお祭りが開かれていた。一年に一度、これまでとこれからの恵みに感謝するのらしい。

 その趣旨を聞いて時は厳かな雰囲気で静かに祈るのだと思ったが、予想に反して非常ににぎやかだ。


 大通りの両脇にはエルフたちがそれぞれの職能に合わせて自慢の彫り物や縫物、工芸品や植物を持ち込んでいる。当然食べ物もあり、空気中を漂う光は蛍のよう。これで花火でも上がれば夏祭りのようだ。


「綺麗ねぇ」

「光苔が星みたいだ」


 そんな中でレイとアルトは祭りを楽しんでいた。このエルフの里にも貨幣のようなものがあり、持ってきた貢物の代わりにティリアーナがくれたものだ。祭りがあると聞いてレイは喜んで遊びに行くことにした。

 ちなみに傍にいるのはアルトだけで、ガレアもシュリアーナも、ガレアの陽光騎士団の騎士たちもいない。


 多分今頃はエルフの里の重鎮を交えて会談を行っているのだと思う。最近は迷惑をかけていないつもりなのだが、どうにもレイは問題児として認識されていて、祭りで遊んできていいというのも体のいい厄介払いなのだろう。

 理解できないわけではないが、不満だ。まあ、それだけ今回の会談は失敗できないということなのだろう。国礎十五柱第四席と顧問の二人も、つまりは小国なら単独で滅ぼせる最高戦力が二人も参加しているのだ。加えて二人とも非常に知性が高く陛下からの命令を忠実に遂行する。これほどの力の入れようは非常に珍しい。


 表向きの手柄がレイのものになるだけ良しとしよう。というかカモフラージュとして手柄を押し付けられたのだろうか。


「ねえねえ、君たち人間なんでしょ!?外のお話聞かせて!?」

「人族は黄金が好きって本当?なら金が取れる山を教えてあげるから、代わりに人間の流行りものを教えて!?」

「――ほう。任せて」

「ちょ、レイ……っ」

「アルト姉も適当に楽しんでね」


 気分を切り替えて寄ってきたエルフについていく。アルトは置き去りにしたがまあ気にしなくていいだろう。

 ついていった先は大樹がよく見える丘だった。そこでレイは虚空庫から人間社会で最近流行のおもちゃや食べ物を取り出し、続けて最近流行の演劇の歌や踊りを披露する。

 エルフたちも楽しそうにテンションを上げていき、様々なことを教えてくれた。


 エストールの森にある鉱脈を教えてくれた。

 エルフは水と風に親しむが、同時に火と土は嫌う傾向にある。貴金属に価値を見出しにくいらしい。


 そして、最近は魔物の数が増えているのだということも教えてくれた。

 この森は瘴気が薄く魔物が好まない環境だ。当然魔物の数も少なく質も低いのだが、最近になって数が増え質も上がり、謎の死体も発見されたという。

 あくまで確証がない推測の段階だが、これも百年も没交渉だった人間社会と接触してきた理由だろう。アロス国を選んだのはこの里の出身のリュミエールいるからだろうか。


 ひとまずの成果に満足し、レイはエルフたちに別れを告げ次に向かう。今のエルフたちは若い……レイにはなかなか見分けるのが難しいが、エルフの中では五十年程度しか生きていない若めのエルフらしい。人間への偏見が薄く喋りやすいが、同時にまだ知見に乏しい。女王や重鎮ほどでなくとも長生きしているエルフの見解も聞いて見たいのだ。

 そうして歩いていると、


「……わ」

「……ひゃ」


 レイたちは恋に落ちた。





(レイのやつ、どこ行ったのかしら)


 レイに置いていかれたアルトはレイと同じような手法でエルフたちから情報を仕入れていた。ただこちらは情勢ではなく技術を中心に、だ。宙を漂う光や工芸品を中心に。故郷への土産物にするという名目で会話をしていたのだ。

 様々な情報を仕入れもう十分だと判断したアルトはレイを探していた。この里はアロス国の王都よりは狭いが、人一人を探すとなると非常に広い。どうしたものかと考えていると、見覚えのある背中が、見覚えのない背中と共に前を横切った。


「……レイ?」


 その後ろ姿を、アルトは見つけてしまった。いつものレイならすぐに自分に気が付くはずだが、なぜか気が付いた様子がない。見間違いだろうか。いや、自分が弟を見間違えるはずがない。

 見られていることに気が付かず、二人は夜の森を進む。


「……」


 大切な弟と、知らない少女。心臓が冷たくなるように嫌な予感がしつつも、気が付かれないように後を追った。

 二人は小さな木の洞、エルフの住宅に入っていった。


 どうか考えすぎであってほしい。そう祈りながら、錯乱したように地をかける。

 木製の窓に耳を付け、内部の音を拾う。そして拾えてしまった。


「エルノア……」

「……レイ」


 そして聞こえてしまった。愛しあう二人の音が。





「はーっ。まじかよ。あいつがなぁ……」

「……………………」


 アロス国の騎士に与えられた来客用の宿舎でアルトが死体のような顔色で死んだように倒れている。

 ガレアはそんなに気にすることかと首を傾げ、自分に女の兄弟はいないし、十歳の少女の内心なんてわかるわけがないかと諦めた。


「エルノアって……ちょ、ちょとティリアーナ様のところに行ってくるわ!」

「おい!待て心当たりがあるなら説明を……たくっ」


 シュリアーナは顔を真っ青にしてどこかに行ってしまった。なんとなく嫌な予感する。

 耳を澄ませる。背後で部下の騎士たちは「まさかあいつがな」「帰ったらいいとこに連れて行ってやるか」と盛り上がっている。ぶっ飛ばすぞ。


 騎士や傭兵、冒険者を問わず職業軍人は基本的に男社会だ。女を抱いて一人前。下品な話だがそういう文化がある。ずっとそうだったし、部下たちの気持ちもわかる。レイは優秀だからアドバイスできることが少なく、アドバイス欲が溜まっていたのだろうと共感できる。

 しかし、今は仕事中なのである。


「どうすっかなぁ……」

「?どうもなにも、帰ってきたら一発殴って、便所掃除でも……あ」

「……そ、あいつ、俺の部下じゃないし、騎士でも兵士でもなくて、治療師だからな。しかもバックにいるのは国王陛下だ。どうするよ」

「…………起きたことをそのまま報告してはいかがでしょうか。陛下に虚偽の報告するわけにいきませんし」

「……やだなぁ。何か俺が恨みでも買っちまったか?余計な事するなっていっただろう、レイのやろぉ……」


 ガレアは陽光騎士団副団長のエリックを相手に嘆くように愚痴る。頭を抱えて弱弱しく悲鳴を上げる。

 もし今入ってきた情報が全て正しいとして、あまりレイを責めるつもりはなかった。人間はおよそ十歳ごろに思春期に入り、大人と子供の中間で様々な葛藤に襲われる。異性への興味関心もその一つ。

 十歳というのは少々は早いと思うが、十人の兄弟と十五人の息子を持つガレアにとっては誤差の範疇だ。それに祭りは気分を高揚させる効果があり、気分が盛り上がってしまうものだとあまり否定的な気持ちにはならなかった。


 しかし、今は、仕事中なのである。


 そっと視線をまだ死体のようにうずくまっているアルトに向ける。うわごとのようにレイの名前を呼んでいる。


「んー……今からでも乗り込みます?」

「馬鹿を言うな。これが人間の街で相手が商売女ならまだしも、ナンパしてひっかけた女だろ?身分が分からん。もしいいとこのお嬢さんだったらどうするんだ。俺たちは友好的な関係を築きに来たんだぞ」

「よし、聞かなかったことにしましょうよ」

「俺もそうしたいよ」


 今回の任務は非常に重要だ。エルフは見てくれの美しさで有名だが、それ以上に魔法的な素質と森で生きていく術に長けている。友好的な関係を築ければ、魔法技術に優れているオーレリユ公爵家の強みを一つ潰せるのだ。

 何らかの問題が発生するだろうとは覚悟していた。しかしそれが内側から発生するのは勘弁してほしい。


「……そうだ、これは何かの陰謀という可能性はないか?」

「は?何を言いですんですか?団長」

「これまでのレイの行動を振り返ってみろ。あの小僧はまだ十歳なのに陛下や公爵を相手に対等に張り合う陰謀家だぞ?今回もそうでないとは言い切れない」

「……何かをする布石としてエルフの少女をナンパしたと?私が今持っている情報でそれを否定することは出来ませんが……」


 エリックは否定的だ。

 実はガレアも言い出して何だがそれはないだろうなと思っている。レイは考えが読めないが、基本的に誠実で善良な奴だ。

 それにアルトは弟がエッチなことをしていたと泣いていたが、十歳ならぎゅーしてちゅーしたとかそんなとこだろう。騒ぐことでは無い。騒ぐことは今が仕事中で、自分が責任者だということだ


「……だがよ、何の裏の事情もないとすれば、あのアホガキが一目ぼれしてふらっと女と宿に消えたことになるぞ?」

「……たしか、レイ君は十歳でしたっけ?まあ、大人びてはいますがまだ子供ですし、衝動的な失敗をすることも……」


 エリックの声が尻すぼみになって消えた。

 気持ちは分かる。受け入れ難い。このきわめて重大な仕事中に女の尻を追いかけて集合時間に戻ってこないとか呆れて物も言えん。


 背後ではまだ部下の騎士たちがあーだこーだと盛り上がっている。酒は半数しか飲ませていないはずだが、そんなに万年の一人の天才少年にアドバイスできそうなのが嬉しいのか。

 責任を取らなくていい立場だからと無責任に騒ぎやがって。


 苛立ち八つ当たりしそうな荒ぶる心を何とか収め、楽観的な未来を思い描く。


(…………そうだ、落ち着け、落ち着くんだ俺よ。まだ致命的な問題は起きていない。俺たちは今回、友好的な関係を築きに来たんだ。もし何らかの陰謀だったとしても、もう少し上品な方が望ましいが……友好的な関係を築くという目標に差し支えはない。まだ取り返しがつくはずだ)


 ガレアは自分に言い聞かせるように内心でつぶやいたが、不安は晴れなかった。


「レイ……レイぃ……」


 そして日が明けるまでレイは帰ってくることはなく、アルトは毛布にくるまりうわごとのようにレイの名前を呼び続けた。





 翌朝。嫌な予感が的中した。

 宿舎にレイが帰ってきた。事情聴取してお説教をしようと考えていたが、隣に知らないエルフがいて、しかも恋人繋ぎをしているのが見えて眩暈がした。


 加えて、レイの顔がおかしい。普段は笑みを浮かべならもどこか考え事をしているような、笑みの下で計算し陰謀を巡らせているような、そんな政府の中枢にいる貴族のような顔だったはずだ。

 しかし今は非常に張りのある笑みを浮かべ、まっすぐで年相応な、悪く言えばアホっぽい笑みを浮かべている。


 嫌な予感が急速に肥大化する。この仕事を引き受けたことを後悔してきた。


「アルト姉さん、ガレア団長、シュリアーナさん、そしてみんな。俺……この娘と駆け落ちします!」

「エルミナといいます!よろしくね、みなさん、そして、お義姉さん!」


 青い髪色の、新芽のように活発で笑顔が可愛らしいエルフだ。歳は十歳くらい……エルフは見た目で年が分かりにくいが、レイと同い年くらいに見える。エルミナというらしい。

 彼女の言葉にアルトは白目を剥いた。ガレアは意識が半分飛んだ。もちろんレイの宣言でも半分飛んだ。

 消えゆく意識を国礎十五柱第四席として維持で縫い留める。そう、自分はアロス国の最高戦力。しかも今回は国王陛下直々の命令。何があろうとも投げ出すわけにはいかない。


「待った!待ちなさいエルミナ!目を離した隙になんてことをしてくれたの!?」

「ティリアーナお母様?報告を後にしてごめんなさい、でもいい機会だから聞いて。私……レイ君と森を出る!」

「――」


 レイとエルミナを挟んだ反対側にエルフの大群が駆けつけた。お母様?エルミナという少女はティリアーナ女王の娘なのだろうか。

 そのティリアーナもエルミナの宣言に気絶しそうになっている。どうやらこれはエルフ側の陰謀というわけではなさそうだ。一安心だ/本当に?


 ガレア側から見て、ガレアたち、レイとエルノア、ティリアーナ女王たちの順番で集団がにらみ合っている。朝っぱらから頭が割れそうなほど頭痛がする。無責任に気絶すればどれだけ楽だろうか。

 にらみ合う間にアルトが足を運び、レイを説得してくれるのだろうか。


「レイ……お願い、冷静になってもう一度よく考えて!?駆け落ちなんて馬鹿なことを言わないで!?何か困ったことがあるなら私も一緒に考えるから!!」


 アルトの悲痛な叫びが、嘆きがエルフの里に響きわたる。しかし罪悪感を刺激する慟哭も今のレイには響かない。


「アルト姉さん……ごめん。でも俺たちの仲を認めてくれる人はいないと思うんだ。陛下も、姫様たちも、公爵たちも、フアナさんも……」

「そんなことないわ!?きっとみんな妥協して落としどころを探してくれるはずよ!!だから一旦、その女から離れて!!あなたには冷静になる時間が必要よ!!それに……あなた言っていたじゃない!

 みんなが笑顔で生きられる国を作りたいって!」


 その言葉に、周囲の人たちは思わずレイの顔を見る。

 その中にはガレアたちアロス国の騎士たちもいる。レイの夢、レイの目的を、彼らも知らなかったのだ。


「……そうだ。俺は、ずっと平和な国が欲しかった。人々が己の良心に従って生きられる国が欲しかった。

 そんな国があれば、俺の親も死なずに死んだだろうから」


 自分の思いを振り返るように、レイも自分が功績を欲し続けた目的を話す。




 俺の第二の親たちは、碌でもない人たちだった。みんなやってるからと諦めて放置されてるチンケな犯罪者たちだ。盗み、密輸、暴力、身売り、そんな手段でしかお金を稼ぐ方法がないから、そうやって悪事に手を染め続けて……その末に、王女誘拐事件に巻き込まれて殺された!!!


 貧民街に住む父さんたちがスラムから抜け出せるほどの金を稼ぐには、悪事に手を染めるしかなかった! 真っ当に稼げるなら、あんな危ないことをする必要はなかった!


 でも、俺にしたってそうさ!

 スラムにいたころ、赤子だった俺の飯は父さんたちが持ってきてくれた。俺は運よく手紙を運ぶ仕事に着けたから盗みをしたことはないけど……俺が寝ていると思って、父さんたちが傍でしていた会話は覚えているよ。盗みをしたって。俺の代わりに盗みをしてくれただけで、盗みで手に入れたパンが俺の腹に収まっているんだ。



 だから俺はっ! 全ての人が! 前を向いて生きていける世界を作りたい!! 人々が何度でも挑戦して、何度失敗しても! やり直せる世界を作りたい!! 努力すれば報われる世界を作りたい。誰であれ、どれだけ落ちぶれても、自分に誇りを持って生きていける世界を! 自分の良心に反しない生き方ができる世界を作りたいんだ!!!!




 レイは叫ぶ。自分が功績を求め続ける理由を。アロス国で出世して、いずれ国政に介入できる地位を求める理由を。

 いまだに忘れることが出来ない。生涯忘れることはない。親をもう一度失った、尽きることがない悲しみを薪に燃やして走る目的地を。


 今までアルトにしか打ち明けていない、自分の夢を。


「レイ……そうよ。その通りよ、レイ。貴方には立派な夢があって、そのために功績と名声を求めていたんじゃない。だから――」


「でも……俺は落ちてしまったんだ。恋というそのなしの沼に」

「………………」


 感動で泣いていたアルトの涙が途切れた。泣いているように笑っている。笑っているようで泣いている。

 崩れ落ち、片膝をついた。


 いいや、まだだ。アルトはレイの姉だ。レイはアルトの弟だ。生まれる前に肉親を失ったアルトにとって、レイは世界でたった一人の家族で、最愛の弟だ。恋は盲目というなら、目を覚まさせてあげるのが自分の使命なのだ。


「レ、レイっ! 貴方は間違ってるわ!? あなたのためを思ってやめなさいって言っているのよ!? どうしてわからないの!?」

「姉さん、余計なお世話だよ。愛に時間は関係ないんだ。それをエルミナが教えてくれんだ」

「そうですよアルトさん! いや、お義姉さん!!」

「黙りなさい馬鹿!!!!!!!!!!!!」


「わ、わかった!レイ、あなた、洗脳されているのね!?エルフは魔法に長けた種族、いくらレイが魔法に秀でていても……」

「姉さん、馬鹿にしないで。洗脳されているかくらいわかる。これは闘技祭の時にサキュバスに喰らった魅了や洗脳とは違う、間違いなく俺の心だ。

 ……アルト姉さん、俺は分かったんだ。今まで積み上げたもの、これから積み上げたかったもの。全てを捨ててもいいと思えるほどの、この胸の高鳴りこそ、真実の愛なんだ」

「……う、うぅ」


 立ち上げりかけたアルトの心が再び折れる。今度は両膝をついた。




「レイ君、昔の団長みたいなこと言ってますね」

「……余計なことを言うんじゃない。それに、俺はあそこまでひどくはなかった」


 そんなアルトの後ろで、ガレアとエリックが呆れて他人事のように小声でつぶやいた。


 ガレアも昔、今のレイと似たようなことをした覚えがある。

 いや、似たようなことといっても、本当によくある若者の失敗話だ。


 ガレアは今四十代の半ばだが、当時は十代が終わるころ、兄貴と次期当主の座を争ってよく殴り合っていた頃だ。

 何らかの任務の帰りだったか。金銭に頼らず女をひっかけることに成功して舞い上がり、今日は重大な話があるから早く帰って来いという父親の言いつけを破ったことがある。


 そのせいで父親……コンボロス公爵家の当主が水面下で進めていた婚約話を台無しにしてしまったことがあるのだ。


 今でも親戚の集まりはもちろん、夫婦で酒を飲むときは大体弄られる鉄板ネタだ。

 笑い話に軟着陸出来たのは、きっと自分の力ではないのだろう。


 今になって振り返れば、だが、きっと自分はあの時、転んで正解だった。


「これがもう少し小さい仕事なら笑って背中を押したんだがな……今回は陛下直々の命令だ。しょうがない、エリック、待機させている奴らに結界を起動させろ。シュリアーナさんにも手伝ってもらおう。俺が――」

「……いいえ、私が……私が、やります」

「アルトちゃん?」


 年長者として転ばせてやるか。そう考えて剣を半分引き抜いたが……ガレアを押しのけて、アルトが前に出た。


「身内の恥は私の恥……!!!! 私が、けじめを付けさせる!!!!!!!!!! 」


 アルトは激怒していた。必ずやあの初めてのえっちで頭が惚けている馬鹿野郎の眼を覚まさせてみせると剣を抜いた。


 その赤色の剣に、ガレアは恐怖した。


「やべえ、シュリアーナ、今すぐ結界を張れ!エルフたちも逃がせ!切り札を切らなきゃ全員死ぬぞ!」

「もうやってるわよ!世界を隠れよ、【幻の泉】!」


 シュリアーナの空間魔法が世界を覆い、レイたち三人を除いた全員を誰にも干渉できないずれた場所にある結界に隔離した。


 その間、レイたちは一切視線をずらさなかった。


「アルト姉さん、分かってくれないなら、俺も本気でやるよ。ねっ、エルミナ」

「もちろんだよ、レイ。私たちの真実の愛の力を、アルトお義姉さんに見せつけてあげよう」


 二人も武器を取り出す。レイはここ最近愛用している剣を。

 エルミナは大樹から作った杖を。


「私の方が強いってこと、思い出させてあげる”わ”!!!!!! 」


 そしてアルトは、かつて灼熱鬼を倒した際に陛下から与えられた宝剣、緋龍の剣を構えた。

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