73話 皇帝陛下の紹介状
奴隷都市サリオスは奴隷売買で発展した商業都市である。略奪や身売りで奴隷に落ちた人たちは性別に体格、種族などといった大まかな要素で値札を付けられるが、稀にいるユニークスキル持ちや王侯貴族といった高値が付きそうなものたちはこの都市に持ち込まれるのだ。
そのためサリオスには巨大な商会に冒険者のクラン、貴族に傭兵団といった金持ちや富裕層が集まる。ならばそういうものたちの持つ大金を狙ったサービスが発達するのも当然だ。
「僕、迷子かい?ここは……」
「買い物に着ました。こちらは陛下からの紹介状です」
「はい?……はい、確かに確認しました。少々お待ちを」
レイが足を運んだ場所もそういった富裕層向けのサービスの一つ。大まかにいえばサロンというものだ。
サリオスを統治する貴族の屋敷の近くに作られた建物の中にある広間であり、金持ち同士の社交場の役割を担っている。貴族や商人、地主が集まって出資や取引の話をするのが主だ。部屋の壁や天井は大理石のように美しい模様と輝きを放ち、光源とインテリアの位置を調整しグループごとの会話と顔が分からないようになっている。レイでなくとも魔力に敏感な人なら消音や認識阻害のマジックアイテムが配置されているのが分かるだろう。
レイの目的地はこの一つ隣、もう少し人々の距離が近い部屋だ。
もとよりサロンで交わされる商談は具体的な内容には踏み込まず、自分の欲しいものを発信し、他者の欲しいものを調査する役割がある。今回の場合は目的はライバルの調査だ。ここは奴隷都市サリオス。様々な事情はあれど奴隷と買いに来たという目的は同じだ。事前に何を買うのかを遠回しに話し合い、お互いの利益が衝突しないようにするのだ。
今回は譲るから次回は譲ってくれ。今回は自分が買う、だがその分かりに……とこの場で結論を出し、実際のオークションの場ではシナリオ通りに事を運べるように打ち合わせをするのが貴族の競売だ。例外や予想外の事態も多いが、大まかにはいつも出来レースである。
シーが欲しがっていた奴隷は元王族らしい。
ララクマ帝国から遥か南に大魔境と接する小国があった。大魔境からはかなりの頻度で魔物が氾濫し被害が大きく少しづつ衰退、最近になって隣国に滅ぼされたらしい。捕縛され元の王家を相手に交渉するのではなく、奴隷都市にまで流れてきてる時点で政治的には大した価値はないだろうから購入する人たちも嗜好品としてだろう。楽に購入できる……はず。
レイは個人としてはお金持ちだが、さすがに大貴族を相手に財力で戦えば間違いなく負ける。財源の大きさが違いすぎるのだ。
もし負けたら襲撃か暗殺、もしくはアロス国の王であるゲオルグ国王陛下に無断で金と名前を借りる必要がある。
後者の手を使えば今度こそ本当に殺されるだろうから、やはり無難な手は襲撃、闇討ち、暗闘だろうか。シーが本当に受肉できるなら出来ることが増えるのでどうしても確保したい。
この場に集まっている権力者たちを相手に借りを作らず、金銭で解決できれば上々だろう。
キョロキョロと混ざるグループを探す。こちらのサロンは面識の乏しいものたちが集まり関係を作るのだ目的だ。レイと同じくらいの歳の人は少ないが、その辺の大人を目当てに会話に混ざればいい。
オークションまでは約一か月、アロス国へ帰国するまでにギリギリで間に合う。今回は自分が元王女を買おうとしている情報を流し、人伝に同じように王女を買おうとしている人と会って話がしたい。情報通の人とかいないだろうか。
そんなことを考えていると、建物の奥から上等な衣服を身に纏った老人が従者を連れて近づいて来た。
表情は笑顔だがその裏にはすさまじい焦りが見える。
「失礼、皇帝陛下直筆の紹介状をお持ちでいらっしゃったと聞いています。レイ様でいらっしゃいますね。お噂はかねがね。私はサリオスで行われる全てのオークションの支配人であり、サリオスを統治しているサリオス家の当主、モルダン申します」
「どうも。レイです。今日はただの客として買い物に来ただけですから、そうかしこまらないでください。アロスのゲオルグ陛下もララクマのガロリアス陛下も関係ありませんから」
「……はは。お気遣い感謝します。しかし、皇帝陛下からの紹介状を持参した方を無下には出来ません。ひとまず奥へどうぞ。歓迎させていただけませんか?」
「客同時でも交流したいのですが……では、ひとまず今日は持て成されましょう」
通常の貴族ではなく、上級貴族や皇帝の血族が入室できる特別な部屋があるという噂を聞いたことがある。おそらくそういう部屋だろう。フランクな態度を崩さずに奥の部屋についていった。
その間、支配人はずっと緊張したままだった。
案内された部屋は先ほどまでの部屋と比較して格段に質が上がっていた。部屋の材質に内容、調度品、室内の空気も心地よく空調まで完璧。
大体王城や帝城と同じくらいだ。見慣れたものである。
ふかふかなソファーに座ると足が床に届かなかった。子供用の椅子はないのだろうか。ないのだろう。もしくは皇子が使うようなものしかなく、一応の身分は平民であるレイに使わせるか迷っているのだろうか。
少し待つと支配人が戻ってきた。
テーブルをはさんだ体面に座る。まだ緊張しているようだ。
こちらはただの客で、あちらはこの都市の領主兼オークションの支配人。緊張するなら逆では?レイはもう慣れたので高揚しても緊張はしないが。
「まず、お礼を申し上げます。皇帝陛下から『レイ君が来ると思うからその時はよろしく』と言われていましたが、それから一年、いろいろな騒ぎがあったため話は流れたものと考えておりました。お越しいただき感謝します」
「そうでしたか。喜んでいただきなによりです。私も皇帝陛下からのご厚意を無下には出来ないと考えていたので、紹介状をいたせるタイミングが来た嬉しいです。
しかし再三申し上げますが、今回はアロス国外交使節団もララクマ帝国の役人も関係ない、極めて個人的な理由で来たので。あまり緊張しないで結構ですよ。だいぶ顔色も悪そうに見えます。俺が治療しましょうか?」
「は、ははは……ご厚意は感謝しますが、こちらにも専属の治療師がいますので、レフロート聖王国の聖女にも匹敵するという回復魔法にも興味はありますが……また後日ということで」
支配人はまだ緊張している。レイが腹芸をしていると思っているのだろうか。
今回は本当に買い物に来ただけなのだが、今までの評判と行動と言動のせいだろうか。
レイとしては要件はないのだが、支配人にはあるようで、水を飲んで緊張を飲み込むと重々しく口を開いた。
「……有名な話であるためご存じかと存じますが、我々はサリオスの維持と発展を先祖から受け継ぐ使命と捉えており、ララクマ帝国の玉座に君臨するものが誰であろうと関与は致しません」
「分かってます。今の皇帝陛下も税を納めるなら内心には頓着しない方ですし、そう重く考えないでください。機会があれば陛下にもそうお伝えしておきます」
「感謝します……!!」
今更気が付いたのだが、レイはガロリアス皇帝陛下と親しい仲だと思われているのかもしれない。
確かにガロリアスは強者を尊ぶ一方で公私混同しない人物としても評判だ。娘であるリリア皇女と仲が良いレイは通常の身分や役職とは別の評価軸で高い……と思われているのかもしれない。
実際は大して影響力なんてないと思うのだが、まだレイが幼いから分からないのだろうか。
というかガロリアス皇帝陛下は仕事以外だと気のいいおっちゃんなのでそんなに怖がることはなと思うのだが、怖がりすぎではないだろうか。
確かに先代皇帝を正面から殺害し玉座を簒奪し、今でも普段は温厚だがその分苛烈な時は先代皇帝以上に血を悲鳴を広げる苛烈な覇者の一面もあると聞くが。
まあいい。これはチャンスであることは確かだ。
「では、変わりというわけではないのですが、今回は奴隷を買いに来ましたので少々便宜を図っていただいてもよろしいですか?」
「もちろんです!何なら何人かは無償で提供いたしましょう!」
「いやいや、そういうわけには……」
「皇帝陛下からの紹介状にはそれだけの価値があるのだと認識しております。もちろん今サリオスが所有している全ての奴隷を寄こせと言われると困ってしまいますが、それでも一笑しないほどの価値があるのです。もちろん、皇帝陛下の招待状を持参したあなたにも」
「むぅ……」
大変都合がいいが、予想とは違う展開に困惑する。これは媚を売られているというやつなのだろうか。
難しい話だ。この超好待遇が皇帝陛下の後ろ盾のおかげというなら、受けた方がいい。身分が上の人間に起因する厚意や慈悲、寵愛を断るのは相手の面子をつぶす行為だからだ。
しかし全て受けるのは相手を甘く見る、軽んじるという見方も出来る。バランスが難しい。
「では、どうしても欲しい奴隷が一人いますので、そいつをください」
「お任せを!どなたでしょうか。既に買い手が決まっている場合は少々お時間をいただくことになるでしょうが……」
「最近滅んで国の王女です。先ほどの大通りで見かけました」
「なんと」
支配人の反応が少し鈍くなる。ようやく緊張を解いてくれたと思ったのに。
「まずいですか?」
「いえいえ!そんなことはありません。彼女のことは私も把握しています。今回のオークションの目玉商品ですからね。サリオスで行われる大型のオークションでは、全てひとまずはサリオスが買い取り、サリオスと繋がりが深い方々が優先的に購入し、次にオークションに流れます。なので現時点ではまだ彼女の買い手は決まっていませんので問題なくお引き渡しが可能です。
しかし……少々良くない噂も聞こえていております。過激な手段で彼女を手にしようとする者たちいるかもしれません」
「ああ、そういう話ならご心配なく。誰が来ようとも私が返り討ちにします。それに襲撃されて死んだなら皇帝陛下も私の不手際だと言いますよ」
「……そうですか。重ね重ねお気遣い感謝します。では……お引き渡しはいつにしますか?」
「実は他にも買いたい奴隷がいるので、そいつと同時で」
「かしこまりました。では、そのように」
支配人は恭しく頭を下げる。
その顔からは今年一番の仕事を終えたように緊張が抜けていた。
奥の部屋から表の部屋に戻る。
部屋にいる貴族や豪商たちがレイを見て、話しかけたそうな顔をしている。奥の部屋に案内されるものは皇帝の血縁か、それに準ずるほどに重要な人だと知っているからだろう。優越感でも抱けばいいのかもしれないが、レイの顔色はあまりすぐれなかった。
(レイ、レイ。あんまり楽しそうじゃないね。なにか予想通りにいかなかったの?あの奴隷ちゃんは手に入るんでしょう?)
(そうなんだけど……今考えているのはユニリンの方だよ。ユニリンの研究、人体のマジックアイテム化。あっちも博覧会の時あんまり望ましいことにはならなかっただろ?ここサリオスは貿易や商業も活発だからいい一手を打つためのなにかないかなーって考えてたんだけど、支配人からもう少しそっちでなんか引き出せなかったかなって……いやまあ、基本秘密裏の研究だから公に出来ないから、しょうがないんだけどさ)
博覧会の際、レイが発表した経験値ポーションがあまりウケが良くなかった。一方でユニリンが発表した人体のマジックアイテム化はウケが良かった。レイやユニリンは何の障害もなく習得、行使しているが、基本的に魔法は習得が難しいのだ。貴族や金持ちでも才能あるもの以外は魔法使いは少ない。
なので種類は限られるとはいえ簡単に魔法を付けるようになるというのは非常に喜ばしい研究だ。実用化も可能というならいくらでも金を払うだろう。ユニリンは公爵家の娘であるためあまり惹かれないが、もし平民だったなら貴族に取り上げられるほどの功績、隠居して一生遊べるほどの金が手に入るだろう。
しかし、そもそもユニリンは貴族の責務として、一般人の力になりたくて研究していたのだ。
今の研究成果では素材や施術の観点から非常に金がかかる。金持ちなら払えるが、ユニリンが授けたい平民や冒険者などはこの研究成果を享受できないだろう。ユニリンにはそれが非常に不満そうだった。加えて好反応を示した貴族たちは必要な金が増えてもいいからもっと種類と効果を増やしてくれという方向で要請を出した来たのもユニリンにとっては逆風だ。
友人としてこれをなんとかしてやりたいとレイは考えているのだが、まだどうしようもない。
いや、手がないわけではないのだが、そのための権力が足りないのだ。
案はある。ユニリンが共有してくれた研究成果は完璧だ。あとはレイに王様級の権力があればユニリンの夢をかなえられるかもしれない。
しかしこれは貴族たちが望む者ではないため邪魔が入るだろう。どうしたものか。
(どうしたものかな……)
(権力?が欲しいの?今も偉いんじゃないの?)
(うーん……今の俺はあくまで陛下の部下だからね。いうほど好き勝手出来るわけじゃないんだ)
レイの関係者すべてが聞けば目をむいて倒れそうなことを言っているが、レイとしては真実だ。
暴れることは出来るが流れを望み通りに持っていけることは少ない。
(ふうん……?まあいいか。レイ、私の力が欲しかったらいつでも言ってね?私の子供たちもいつでも貸すからね?)
(子供たち……?ああ、あの鳥や熊みたいな精霊ね。うん、ありがと、頼りにしているよ)
(えへへ!)
久々の会話に心を落ち着けながら、サロンを歩いて行った。




