70話 月煌流の剣士
黒いローブが解除されたおかげで目の前の魔族のステータスが視認できるようになった。
名前はヴァネカ・ネレス。年齢は三百歳。レベルは70。『格闘技』スキルのレベルは13。他にも細々として情報があるが、後手に回って勝てる相手ではないのは間違いない。
先手必勝。魔族も魔物と同じく聖属性の魔力に弱いことには変わりない。剣に聖なる魔力を纏わせ、刀身を一気に拡大。そのまま前方向に飛ばす。
リュミエールが独自に開発し発展させた流派、月煌流。柔と鋭の二種類の型の使い分けるのだが、レイは攻撃的な鋭の型の方が向いていた。月夜に佇む月光のように静かな状態から瞬きよりも早く闇を喰い破る俊博性が特徴、本来は守るための剣で相手の攻撃を耐え隙を見て攻撃するらしいが、レイには攻撃し続ける方が性に合っていた。
月煌流にも当然魔力を消費して発動する武技ある。中でも代表的なものは光魔法と同時に発動する飛ぶ斬撃『光断』。レイは独自に改良し聖属性でも発動できるようにしたのだ。
この聖属性の攻撃は非常に強力で、かつてコンボロス公爵領の魔物災害岩投げの時に戦った影浮虎を一撃で葬った時の聖剣技にも匹敵するだろう。目の前の謎の魔族が相手でもまともに当てることが出来れば大きなダメージになるはずだ。
そしてサキュバスというのは一般的には近接戦闘が不得意な種族である。魔族である以上身体能力は非常に高いのは確かだが、精神干渉に特化しており吸血鬼や鬼族、悪魔のような力はない、はずである。
「すごいすごい!まだ十歳にもなってないんでしょう?将来は負けちゃうかも?」
「ぐっ……、こ、のっ!!」
ヴァネカは飛んでくる斬撃と入れ替わるように素早く距離を詰め、掌底を叩き込んできた。高速で繰り出される掌。空気の壁を破りながら接近する凶掌を相手に、レイは間一髪で剣を合わせた。月煌流は柔と鋭、静と動を一瞬で切り替える守りの流派。得意不得意はあっても出来ないということはない。
信じがたいことに、レイの刃とヴァネカの皮膚が拮抗していた。仮に相手のレベルが100でも鉄の剣で皮膚一枚切れないということはないはずだ。ましてやレイは既に一人前以上の剣技を収めているというのに。
斬れていない。魔族に優位を取れる聖属性の魔力を使っていてなお。
いかなる技か。恐ろしい。
「重いなぁああ!!?こんな強いサキュバスがいたのかよ!!」
「へっへーん!私も里のみんなと同じでエッチなことが好きなんだけど、むかーし姉貴に言われたのよ。勝てない相手をエッチな技で倒してこそサキュバスらしさだって。だからまずは拳で勝てない相手を探したんだけど、勝てない相手なんていなかったのよね?」
「ぐっ――おおおおおお!!!!!!」
刃と掌で行われる鍔迫り合い。理屈で考えれば勝者がどちらかなどすぐにわかるが、目の前の現実は理屈に反するものだ。
相手を抜き切り裂いてやろうとわずかに動かすが、ヴァネカは掌を覆う指先の動きで完封してくる。信じがたいが、彼女の『格闘技』のスキルレベル13は確かだ。
まるで空気の塊に刃を当てているように不思議な手ごたえが消えたかと思えば、押し出されるように後方に吹き飛ばされた。防御の足技が紙一重で間に合ったが、あまり効果がない。地面を転がるように宙を舞い、スタジアムの壁に……司会のカリナが張っている結界にぶつかりようやく止まった。立ち上がろうと足に力を籠め……挫けた。想像以上にダメージが大きい。
攻撃に回していた力を十の内二つを回復に回す。さらにもう一つをマジックアイテムに回す。この前ダンジョンで獲れた指輪型のマジックアイテムで、効果は腕力の上昇。効果は微々たるものだがないよりはマシだ。これを全ての指に装備に十個全部を起動させた。これでも大体上昇した数値は一割くらいか。
「あれー?君って召喚系の能力を持っているんじゃないの?剣が得意なんだっけ?」
「召喚!?何の話か分かんないな!」
「んんんー?」
不思議そうに首をかしげながら、ヴァネカは掌に桃色の火球を出現させた。接近して斬ろうと思ったが、足のダメージが何故かまだ治らず、見たことがない色だったため警戒を高める。守りを重視し取ったのは月輪返しの構え。左足が動かず下がった腰を流用してカウンターを狙うのだ。
飛んできた火球を切り裂いて距離を詰める。聖眼を使っているレイにはあの魔法がそこそこの魔力を込められた魔法であることを見抜くことなど容易い、強力な技はピンチであると同時に反撃の――チャン、ス――
「……ぁ……?」
「やーい引っかかった!これは誘火って言ってね、見ていると心が私に囚われちゃう魔法なんだー」
視界が揺れる。意識がまどろむ。眠いようだが眠くはない。まだ飲んだことはないがおそらく酒に酔っている状態に近いのだろうか。そんなことよりもヴァネカの事を見ていたい。ずっと見ていたい。手を握ってほっぺにチューして抱きしめ合いたい。
そんな甘く重く温かい思考に潰されそうな中で、ヴァネカの横の奥、観客席がパニックになっているのが見えた。レイと同じようにぼんやりふらふらとし、バタバタと倒れ始めた。
(ゆうび……かんせんでも、うわがきでもなく、たぶんみたひとのこころをうごかしてる?……なら)
レイは発動しっぱなしの聖眼をさらに強化。揺らめく誘惑の灯を注視し、どの動作で自分の心が動いているのかを見る。
そして右手に持った剣を熱し、自分の左足を切り落とした。
「あ”っ……つ”ぅぅぅぅぅっっっつぁ!??????」
「えっ?……ちょ、ちょっと何やってんの!?死んじゃうわよ!?」
死にかねない熱さで脳の靄が吹き飛んだ。即座に新しく足を生やして、切り落とされた古い足を薪に桃色の炎の発動する。
「やっぱ足に妙な毒を仕込んだな!?治らないわけだよ!同じ技を喰らえ!」
誘火。見ることで落ちる罠。おそらく排泄物や不快害虫を見てしまった時に精神が乱れるのと原理的には同じなのだろう。心が熱くなり精神が恋愛モードに切り替わる恐ろしい技。サキュバスらしいと言えばサキュバスらしい技だ。
しかしこの世のあらゆるものに再現できないものなどない。サキュバスが開発した魔法だろうとレイに習得できない道理はない。
さっき斬り落とした足が盛大に燃え上がる。桃色が濃くなり闘技場を覆う結界の内部を埋め尽くすほどに光が強い。視界の外側で司会のカリナが慌てているがまあ何とかするだろう。
「おおっ!?よく見ると君?すっごくかっこいいような?……じゅる?」
月煌流の歩法には月影踏破という技がある。こちらは月が作る影に紛れて敵に接近する技だ。
今回はレイが使ったのは月煌流・裏、月光踏破。月が作る光に紛れる技だ。奇しくも相手を魅了する桃色の光に紛れて接近に成功した。
「死ね!月煌流聖剣技、【聖流・銀光一閃】!!」
月煌流奥義入門、銀光一閃。レイが使える中で一番強い剣技をさらに対魔族用に改良した。
スキルは同時に複数使用するとより強力になる。【剣技】と【剛力】。【魔法】と【魔力強化】あたりのスキルが分かりやすいだろう。しかし【格闘技】と【剣技】という組み合わせもある。巨人すら葬る格闘技【巨孔滅撃】を右手で発動、その勢いを丸ごと剣技に転用するのだ。与えられた名前に反して巨人すら屠る剛剣、それが月煌流の奥義、【銀光一閃】だ。聖剣技も混ざったこの一撃はかつての魔王にすら傷をつけるだろう。
刀身は音を置き去りに、空間を切り裂いて刻まれる一筋の傷跡はまるで太陽の世界に差し込まれる闇色の月光。空気の壁をぶち抜いてヴァネカの胴体を裂く。
皮膚を裂き、肉を裂き、臓器を裂き、背骨を――。
「いてて、おなかが切れちゃった。ひどーい」
「うそ……固すぎだろ」
脇腹が裂け、背骨にも届く手前で、剣が停止した。
全力なのに。
とはいえ、ヴァネカも無傷ではない。魔物は聖属性の魔力を苦手であり、魔族もまた同様。その性質通りに体が焼かれている。明るい声の調子と裏腹に肉体が溶けるように湯気を立て、レイの聖眼でもレイの消費している魔力の数百倍の魔力が急速に消えて行っているのが見える。
だが、この距離はまずい。剣を手放してでも離れるべき、そうでなければ殺される。いや、目の前の魔族はレイを殺す気はないのだったか。
「ふっ!!!!」
ヴァネカから感じられる力が急速に肥大化する。これは魔力ではない。しかしレイもよく知っている力。
闘気だ。
闘気は生命力を変換した力。基本的に肉体を強化し、洗練しても刃に纏わせるくらいしか使いみちがないはずだが、確かに闘気が風のようにヴァネカを中心に外方向の力を発生させ、レイを吹き飛ばした。
何度も回転した。剣を手放してしまった。少し……いやかなりまずい。
ヴァネカは胴体に刺さったままの剣を強引に抜き放り投げた。こちらに踏み出そうとし……ふらついた。
「いたたたた……さすがはドルグリムとオルディアークの混血だね。うーん想定以上だよ。嬉しいけど」
「?……ああ、父さんと母さんの氏族だっけ?」
「ありゃま知ってたんだ」
「三つまでは一緒だったからな。ずっと一緒にいたし、俺の近くで会話してたから」
グロウザン・ドルグリムとメリシア・オルディアーク。レイの生みの親だ。謎の魔族たちに殺されてレイを川に流して逃がすまでの生まれてからの三年間は一緒に森で暮らしていた。赤子であるレイは放置できないのでずっと一緒にいたし、その時に故郷の話をすることもある。
なんでもお互いの氏族の長の生まれらしく、ある時恋に落ちたが結ばれず、駆け落ちして人間界に来たらしい。
そういえば、父さんは氏族の長の長男だったが弟に長の座を引き受けてもらったとか言っていた覚えがあるな。
「……なんだ、なら話は早い。こっちに来ない?魔界も楽しいよ?君も自分の血族に会いたいでしょう?」
「興味ないな。父さんと母さんは駆け落ちしたし、その際に家族との縁も切ったと聞いてる。だから俺の血族は両親まで。氏族とかは知らないよ。
……そして、お前はここで死ぬ。その方法を今思いついた」
月煌流。リュミエールが廃屋に差し込む月光を見て思いついたという始まりを持つ剣技の流派。
むろん、月は一つでも月光は無数にあるように、攻撃の数も無数。リュミエールが剣を振るうとき、リュミエールの腕は最低十本に増えるという冗談があるほどだ。レイもそう思う。
今のレイに理は見えてもそんな真似は出来ない。しかし今思いついたのだが、レイはリュミエールと違って魔法が得意なのだから、過程は違っても同じ結果を出すことは出来る気がするのだ。
「【十腕装】」
多腕化。地面の土を操り義腕を作成、レイの肩を起点に装着し、合計十本の腕が生えた。虚空庫から出した指輪のマジックアイテムを全ての指に着けることで全ての効果を加算。
そう、指輪型のマジックアイテムはつければつけるほど効果がある。ただ人間の指は十本しかないから十個しか付けられないだけ。なら手を増やせばいいのだ。先ほどと比べて全ての能力値が五割は上昇している。
竜倒祭のルールとしては事前に申請したもの以外の装備品は禁止だが、これは現地で応用しているからセーフだろう。
「【聖腕化】……【聖体】……【剣作成】……【聖剣化】……そうだ。最初からこうすればよかったんだ。さあ続きだ。勝つのは俺だ」
レイの魔力に底はない。いずれ蘇る魔王の依り代を作るために自分たちを品種改良し続けた魔族たち、その中の氏族二つの最後の結論を兼ねて生まれたレイの魔力はフアナに匹敵する。
いかに相手が同じ魔王の依り代であろうとも、肉体派が純粋な魔力量がレイを上回ることは出来ない。
「うーん、これ以上は生け捕りは無理だなぁ……よし。今日は帰る!君の眼が分かっただけ良しとしよう!またね!!」
『ちょっとー!!!!私の結界がー!?』
ヴァネカは困ったように頭を掻き、気分を切り替えたようで結界を破壊して逃走した。
わずかにそちらが騒がしくなる。耳に届く情報からして衛兵や騎士団が出ているようだ。
捕らえられるだろうか。無理だろう。帝都を更地にしてもいいなら可能かもしれないが。
「……あれ……逃げた……?あれ……戦わないの……?」
対するレイは消化不良を起こしたように目をぱちぱちしている。テンション爆上げの全身にフルでバフをかけた戦闘モード。
どちらかが死ぬまでの殺し合い。しないのだろうか。
しないようだ。
『えー……、素晴らしい激闘でしたね!今年の竜倒祭優勝は、アロス国からやってきて留学生、王家の狂犬、リュミエールの弟子、暴れん坊の暴風雨、レイ!!!!皆さん盛大な拍手で祝福を!!!!!』
司会の女性がまとめるように宣言し、観客からの拍手が鳴り響く。
その音で、ようやくレイは意識を手放した。




