69話 竜倒祭決勝
レイは闘技祭で勝ち続け、何の予想外の事態も起こらず決勝まで進んだ。
竜倒祭はララクマ帝国最大の闘技祭、出場している選手たちはみな強大。しかしレイの敵ではない。ステータスによる能力値の補正は乗算のため基礎数値の低い子供であるという不利な要素を考慮してなお、レベル30という高い数値に卓越した武術。そして何より異常なまでの回復魔法の前に敵は体力切れで倒れていった。
「素晴らしい!やはりレイ君は素晴らしい!栄誉ある竜倒祭で準優勝はもう確定、アロス国始まって以来の偉業と言っていいだろう!しかし、外様の人間が優勝までしてしまうとララクマ帝国の看板に傷をつけてしまう。どうだね?決勝では負けては――」
「しつこいですよ。相手に対して失礼です。俺は全力を出します」
「ぐっ……」
高いところにある専用の観客席で優雅に休んでいる。アルヴァンの小言がうるさいが、帝国側が用意してくれた料理人たちの栄養満点の間食をたらふく食べられるのがプラスの方が大きいからまあいいだろう。騎士に兵士、冒険者や傭兵を戦士というのか軍人というのかは知らないが、肉体労働に従事している者が多い国だけあって彼らが好む料理も発展している。
特に肉がおいしい。塩と胡椒のような簡単な味付けで肉本来の味を楽しむメニューがレイは好きだ。戦いで披露した肉体が急速に回復してくのを感じる。
「レイ、俺と稽古をしていた時よりもかなり強くなってないか?それもレベルアップの恩恵なのか?」
「そうらしいよ。ロベリアも30くらいならきっとすぐだよ」
「……レベル30というのは、一般的には天才でも二十歳くらいにようやく到達すると聞いているが、レイがそういうならそうなんだろう。俺も頑張るよ」
「がんばれ。俺もその時は手伝うよ」
隣でついでに一緒に食べているロベリアも嬉しそうだ。レイは今回、アロス国の看板を背負っている留学生でもある。その代表としてもロベリアも鼻が高いのだろう。
レイと違って責任感が強いから、レイとしてもロベリアの地位が高まるのは喜ばしい。
眼下で大きな歓声が上がる。新しい選手たちが入場したようだ。
闘技祭はトーナメント形式。レイとは反対のブロックの準決勝を始めるところだ。
「どっちが勝つのかな。レイの知り合いの人?」
「そうだと思うけど、あの全身真っ黒の人も強いぞ。何者だろうな」
「ヴァネカっていうらしいね。格闘家らしいよ。知ってる?」
「いや、知らないな。……ちっ、無名の強者が混ざっていたか」
「あははははは……悪い策謀もほどほどにね」
ユニリンと駄弁っていると試合が始まった。片方はヴァリオス・グレイン、レイと同じくリュミエールに師事している剣士だ。今回出場している戦士の中でも二十歳程度と若手だが、リュミエール一門の看板を背負って出場している事実が彼の実力を保証している。リュミエールの稽古をつけてもらっていた時にはレイも手合わせの相手をしてもらったことがあり、実力の高さは十分に理解している。優勝してもおかしくない。
対して相手は謎の黒ローブだ。ローブと言っても真っ当な衣服ではなく、大きな布を頭から被っているというのが性格だろう。ふざけた姿だが、表情も動作の前兆も全く見えないので対面すると極めて厄介だ。おそらく何らかのマジックアイテムで内側からは見えるのかもしれない。
「リュミエール一門剣将、ヴァリオス・グレインだ。まさか準決勝の相手が無名だとは思わなかった。この試合でローブを剥ぎ取って見せるよ」
「……」
「俺が相手でも返事は無し、か。結構、月煌流の剣士の力を思い知らせてあげよう」
『方や月煌流の上級剣士、方や全くの無名、謎の格闘家!一体どちらが勝つのが一瞬たりとも目が離せない!』
拡声器の似せて観客に自分をアピールするヴァリオスとは対照的に謎の黒ローブは無言で一礼してスタート地点に下がる。マナーに沿っていないが準決勝にまで勝ち残っているという実績に観客たちは強者の風格を感じ盛り上がっている。
司会の女性が手を向けると高いところにある専用の観客席と同じ高さの無地の壁に文字と数字が浮かび上がる。文字は今回の選手たちの名前、数字は掛け金の倍率だ。ヴァリオスが1.5倍でヴァネカは4倍。打倒な所だろう。トーナメントの並み居る猛者たちを徒手空拳でなぎ倒した謎の黒ローブは非常に闘技祭を盛り上げるが、賭け金を投じるのはそれまでの実績を考慮して当然だ。
もちろんレイもヴァリオスに賭けている。面白みに欠ける無難な選択だが、今回の大騒動への補填、見舞金でどれだけ金が飛ぶのか分かったものではないため仕方がない。
とはいえ、ここまでまともに注目していなかったので黒ローブを実際に見るのは初めてだ。念のため聖眼で使用して――。
「レイ、私もお金増やしたいからお金貸してくれない?剣士の方なら増えるんでしょ?」
「……アヤメ、大至急全額を黒ローブの方に賭けて。俺の金も全部」
「えっ急にどうしたの?何か見えたの?」
「いいから急いで。試合が始まったら賭け先を変えられないから。急いで」
「う、うん」
疑問も反論も許さないレイの態度に押されて急いで胴元へ向かっていく。ユニリンたちも続くのが見えた。
しかし反応している余裕はない。余裕はなくなった。
(……視えない。そんな馬鹿な)
レイの聖眼は世界の全てを見通し全てを明らかにする、魔王の血を引くものに発現するこの世界でも最上級のユニークスキル。情報の隠滅のためとフアナの教育方針に賛同しているため普段は使わないが、一度使用すれば目で見える範囲全ての情報を明らかにする。出来なかったものなど本当にごく少数。
例えばフアナに灼熱鬼を召喚した誰か、一度見せてもらったアロス王家の秘宝など。あの謎の黒ローブはそれに匹敵する……かもしれない。
(俺の知らない情報隠滅魔法やマジックアイテムを使えるだけで本人は大したことないのかも……いや、そんなものを使えるやつが弱いとは考えにくい。それに準決勝まで進んでいるのだし、出来るだけ強く想定しておくべきだ。詳細が見えないと言っても、空間の魔力への負荷を見ればおおよその魔力量とレベルは分かる……人族換算で魔法特化でも、レベル100はありそうなんだけど……くそっ!こういう奴が来ないようにもっとデカい騒ぎを起こしたのに!)
悲観的な考えが止まらず思考が嫌な方へ嫌な方へと流れていく。
そんなレイを置き去りに、トーナメント反対側の準決勝戦が始まった。
『えっ、えっ……しょ、勝者、ヴァネス……?』
勝敗は一瞬で着いた。
試合開始の合図と共に膨大な魔力が迸り、轟音と共にヴァリオスが壁にめり込んでいた。
一瞬遅れて観客たちも脚りが炸裂したのだと理解し、その圧倒的な実力に大きな歓声を上げた。
『それでは決勝戦ッ!!! アロス国の留学生代表のレイと、格闘家ヴァネカの戦いを始めまァすッッッ!!!!!!!!! 両者位置についてください!』
闘技祭の盛り上がりは最高潮に達している。
竜倒祭はララクマ帝国を代表する闘技祭であり出場選手も帝国中から猛者が集まり優勝者は必ず帝国の出身者。それを誇りに思っていたがいざ崩されるとそれはそれで盛り上がるらしい。
整備された闘技場の真ん中でレイとヴァネスは向かい合う。レイも今まで身に着けていたド派手な深紅のマントを外した本気モードだ。
(重いッ……)
対面しただけで感じる重圧。まるで目の前の空間に大穴が空いているかのようだ。重力魔法を使っているわけでもないのにこの吸引力。これほどの強者が無名とは信じがたい。
「初めまして、レイ君。貴方に会いに来たの」
「…………えっ」
耳に届く美しい音。今まで一言も喋っていなかったヴァネスが口を開いた。続いてローブを脱いだ。露出する肌、露になる爪、豊満な胸、金色の長い髪、夜空色の瞳に全身に走る呪いのような紋様。
そして何より、岩を切り抜いたような角。
「……お前、魔族か!」
「ううん。魔人族だよ。君と同じ、ね」
にんまりと頬の緩めて笑みを浮かべる。まるで聖母のように優しそうで、友好的な意思が込められているのが伝わってくる。レイが習得している読心術が相違なく相手の意思を読み取ることが出来る。
しかし、本人の意思以外の全てが警戒する要素しかない。
魔族。魔物でありながら人に匹敵する知性を持つ、魔物の中でも特に危険な魔物。その発生経緯から定義が曖昧な種族だが、千年前に魔王が勇者たちに討たれて以来、魔王の意思を継ぎ人類を滅ぼそうと活動しているというのが一般常識だ。
最近でも人間の街が魔族に襲撃された事例は無くなっていない。発見されれば国家が動く程の超重大事件だ。
「今回は君を勧誘に来たんだよ。同じ魔人族として、私たちと一緒に生きる気はない?魔人族のみんなもいい人が多いよ」
「……戯言を。受けるはずがないだろう。魔族なんて俺は自分の親と知らない襲撃犯しか知らない。早く失せろ」
「ひどーい。私は君と喧嘩したいわけじゃないのにー」
喋り方はほんわかとしている。親しみやすい言動を意図的にしている……というわけではないく、おそらくは素でこうなのだろう。見た目も人族なら二十代前半だろうか。優しそうなお姉さんにも見える。
しかし、やはり信用する理由がなさすぎる。伝説によると千年前の勇者たちにより魔王は討たれたが生き残った魔族は世界の最果ての向こう側に逃げ延び、独自の社会を形成しているという伝説がある。魔族のコミュニティなんとそこしかない。
「仕方ないなぁ。じゃあ力づくで連れて行こう。司会のお姉さん!試合開始の宣言をして!」
『……えっ!?』
「……どういうつもりだ?」
「言ったでしょ。貴方と喧嘩したいわけじゃないの。貴方と仲良くしたいの。だから貴方のルールに付き合ってあげるって言ってるの。私が勝ったら一日頂戴?エッチなことで説得してあげるよ。私、サキュバスだから」
誘惑するように妖艶な仕草で魅了してくる。レイがもう少し歳を取っていたら腹を見せていたかもしれない。
レイは少し考える。皇帝のいる席を見て顔色をうかがいたいが、一瞬たりとも目を離せないのでそれは出来ない。
(……いや、悩む必要はないな。状況は分かりやすい。勝てばいいんだ。俺の勧誘が目的なら、殺されはしないだろう。ならやりようは十分にある)
レイは即座に決断した。
「審判、試合開始の宣言を!」
『えぇぇ……ああ、もう、いいでしょう!皆さん!試合が終わるまで手出しは無用、ひとまずは私、カリナ・ララクマが預かります!!
アロス国の留学生代表! 【大嵐】のレイ!!!! 格闘家、ヴァネカ!!!!!!!!! 試合開始ぃ!!!!』




