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67話 武門十七衆

 ララクマ帝国は侵略型の軍事国家である。


 かつては国土が狭く土地も痩せ産業に乏しかったらしい。

 魔物の勢力が強く国と国も簡単には行き来出来ない時代、助けを求めることは出来ず、少数で細々と慎ましく生きていく弱い生き物の群れ。それがララクマ帝国の一番最初の姿だった。


 ある時、魔物が食べられることに気が付いた者がいた。ゴブリンやコボルトのような亜人型の魔物は厳しいだろう。しかしマッドボアやオークといった獣がベースとなった魔物、通称魔獣なら、喰える。

 その瞬間、魔物は災害から獲物になり、人々は体を鍛え罠を仕掛け、魔物と戦い、仕舞には魔熊を素手で倒したという。

 武勇を以て魔境を切り開き、周辺の村と繋がり、千年前には魔王討伐にすら参加した。間違いなく英雄だろう。


 しかし魔王という脅威がいなくなったころ、国々は交流を持ち、交渉し、ララクマ国の最大の交渉カードは武力による略奪だと気が付いてしまった。

 武力よる略奪の対象は魔物から人里になり、多くの村を、街を、国を侵略したという。徹底的な略奪により物は奪われ人々は奴隷になった。

 いつしかララクマ国はララクマ帝国と呼ばれ、侵略がまた再開するのではないという不安に覚える日々だったという。


 侵略が再開されたのは二百年前、しかしこの時の皇帝は方針が今までと少し違った。


 今までは徹底的に奪いつくし、懐に入れた財や残骸や兵を集め次の侵略の先兵にしていた。そのため激しい抵抗や極めて強力な個人が現れれば釘付けになり徹底抗戦を貫いた。

 しかし、この時の皇帝は支配を強固にするのではなくララクマ帝国の支配領土をとにかく広げることを優先した。


 強力な個人やそれを有する国を好待遇で併合することにしたのだ。

 こうしてララクマ帝国には強力な組織や個人がそのまま、書類上は配下に加わった。


 後に、武門十七衆と呼ばれるものたちの始まりである。


 かつて国の君主や英雄だった、ララクマ帝国が力尽くでは配下に出来ないほど強力なものたちで構成される精鋭部隊。彼らは征服事業にも多大な功績をあげた。

 戦乱の時代がある程度収まると、彼らは皇帝に自分たちの地位の向上を要求した。

 皇帝もこれを承諾。当時の皇帝の身を守る精鋭部隊と決闘し、勝利。正式に武門十七衆という名が与えられた。


 こういった経緯から十七の椅子は同じく十七ある属国の君主たちが座り、席次は年に一度ある御前試合で決まる。これは忙しい時は代理の弟子が戦うとは言え予算や権限が変わるためみな本気であり国中が沸き立つほどのお祭りだ。

 武門十七衆に新しく加わるには、一対一の決闘で勝利する必要がある。あとは皇帝も変える権利があるが、使ったことはない。


 現在の武門十七衆は五年前に先代を殺害して属国と七番目の席を奪ったリュミエールくらいしか新しい名前はない。


 二百年前から武門十七衆に席を置いている家は貴族で言えば公爵級、もしくは大大臣とでも表現するほどの大きな権威を持っている。一番上には皇帝がいて、その下には武門十七衆がいる。そんな武勇と直結しているのがララクマ帝国の権威だ。


 そして武門十七衆の各々は己の武勇を後進に託し、育てることも役割の一つ。多くの兵士や騎士、冒険者に傭兵を輩出している。中には他国に傭兵として出稼ぎをしている武門十七衆もいるくらいだ。

 ララクマ帝国は強大な十七の国と弱小の無数の州を束ねる帝国であるといえる。アロス国と並ぶ五大国の一つの名は伊達ではない。


(ここの来るのも久々ね)


 そんな武門十七衆の第二席、ギルメ・エンギルを親に持つアヤメはレイの元を離れ久々に帰京していた。

 エンギル家の領地の街はいざというときの要塞も兼ねており、山一つを改造して作られている。雲を貫くほど大きい山を中心に無数の山があり、一つ一つが街。地上には畑を含めた村があり、空に近いほど街として地位も高いというジョークもあながち外れていない。


 一番大きい山の関所に向かう。このまま階段を上り山頂まで行けることが街に入る条件だ。

 誰でも挑めるが、山頂にたどり着く前に死ぬものをいるためそういったものを止めるための関所である。


「む?お嬢ちゃん迷子……おかえりなさいませっ!お嬢!!!」

「久しぶりね。楽にしなさい。父様はいる?」

「道場にいると聞いております!」

「ありがと」


 門番に軽く挨拶を済ませ階段を駆け上がる。

 雲を貫くほどの山、その山頂に人々は村を作った。一般的には隠れ里と呼ばれるだろう。ララクマ帝国と戦争をした際は山の上から隕石の如き矢を連射し、当時の皇帝を相手に侵略を諦めさせるほどの被害を出したという。


 現在の弟子入りを志願するものも多いが、九割以上がこの階段で挫ける。そういうものは基礎能力が足りないからついてこれないとはエンギル家……いや、エンギル道場の総意だ。

 もちろん、エンギル家の子供たちはアヤメを含めて全員が達成できる。


(相川らず大きいわね)


 山を登り雲を抜けると、そこには都があった。高度な技術で作られた街中の建物と紋様は静謐さと上品さを感じさせる。道場でもあるため門下生たちが下働きをしている姿も懐かしい。

 街の外周を囲う壁は強固な城壁であり、外敵の侵入はもちろん内側からの逃亡も許さない。まさに天然の要塞。元は竜の巣だっただけあって法則が少し歪み湧き出る泉と豊な土壌も見るものが見れば腰を抜かすほど魅力的だ。


 懐かしみながら街の中心に向かっていると、道場の一つの建物から誰かが出てきた。

 二十歳ほどの青年。アヤメと同じく髪は黒く目も黒い。なにより顔に非常に見覚えがあった。


「ガルメ兄さま!」

「ん?……アヤメ!?帰っていたのか!?」


 信じられないものを見たような目を向けてきたと思えば、慌てたように駆け寄って確かめるように顔に触る。


「兄さま、くすぐったいですよ」

「すまんすまん。しかし許してくれ。お前が誘拐されたと聞いてからずっと心配だったんだ」

「?父様から話は聞いていなんですか?」

「そりゃ聞いていたが……見ると聞くとでは、な。呼び止めて悪かった、父様は本殿にいるよ」

「はい。また食事の時にでも話しましょう」


 レイたちが見れば目を疑うほど上品な所作で会話をし駆けていった。

 生まれてからずっとこの山で暮らしているアヤメにとって街の建物は何の障害にもならない。体の間隔を思い出す様に屋根に上って本殿まで一直線。


「父様。お呼びと聞いて参上いたしました!」

「ん?おお、アヤメ!帰ってきたか!」


 偶然本殿の廊下を歩いていたギルメに大声で呼びかける。

 貴人の子としては少々はしたないが、武門の家でもあるため多少の強引さは文化や伝統のようなものだ。ギルメも部下たちを置いてこちらにやってきた。

 そして上空に放り投げた。


「久しぶりだなぁ!背が伸びたんじゃないか!?」

「父様、リリア皇女の護衛としてアロス国に来た時、何度かあったでしょう」

「それでもだ。お前はまだ八歳だろう。子供は三日合わないだけで見違えるほどに成長するというじゃないか。大きくなった大きくなった。それに母さんにますます似て綺麗になった!さすがは俺たちの娘だ。そうは思わないか?」


「そんなに愛しているなら、まず放り投げないことですよ」

「母様!お久しぶりです!」

「はい、久しぶりね。元気そうでよかったわ」


 空に放り投げられたアヤメを棒を使って回収した女性。名はウズメ・エンギル。アヤメの母親だ。

 朗らかにほほ笑みながら頭を撫でる姿は優しさを感じさせる。


「ところで……レイ君だったかしら?彼はどこにいるのかした?」

「?いませんよ?あいつは闘技大会に向けてリュミエールさんの元で剣を修行をすると聞きました」

「そう……あなた?」


 嫁の厳しい視線を向けられたギルメは慌てたように記憶をたどり、少ししてそっと目線を逸らした。


「そういや、『帰って来い』としか手紙には書かなかったような気がするな……」

「……全くもう、浮かれすぎですよ」


 てしてしと背中を叩かれている。

 慌てたように逃げ、降伏するように両手の平を前に出した。


「まあいいでしょう。アヤメ、久々にみんなでご飯を食べましょう。その時、沢山お話を聞かせてね」

「うん!」





 実家に帰ってからはずっと修行の日々。

 アヤメは弓使いである。ユニークスキルの【万物爆破】。走力や悪路走法、基礎鍛錬。そしていざというときの近接戦闘を鍛えるのが目的だ。


「さすがお嬢、百発百中だな」

「動かない的とは言え、将来は……いや、既に立派な戦士だ」

「あんな剛弓、俺たちでも引けないもんな」


 弓の訓練と言えば的当てだが、動かないなら出来て当然である。魔法が苦手なアヤメは全身の生命力を賦活させ、闘気を活性化。腕を集中的に強化し、小さく細い腕からは信じられないほどの剛力で剛弓を引く。

 これはアヤメが全力を出しても打つだけでも早くて一秒。命中精度を保証するならもっとかかる。それに実戦では動いている相手にこちらも移動しながら当てるのだ。先は長い。


(まだまだね。こんなんじゃレイに置いていていかれちゃう)


 アヤメは天才だ。親の贔屓目を抜きにしても、武門十七衆第二席のギルメが保証している。三つかの頃から弓に触れ、四つの頃には百発百中。五つのころには魔物を倒し六つの頃にはユニークスキルを獲得させた。神童という言葉に偽りはなく、エンギル家の次の当主は長男ではなくアヤメに継がせるべきだではないかと囁くものが現れたのも当然だろう。

 自分でもそう思った。兄たちは慕っているが、実力はいずれ間違いなく自分の方が強くなる、と。


 増長するのも仕方ないだろう。事実としてアヤメは天才で、同年代を見ると間違いなく最高峰の才能を持っている。まだ幼いが既に大人より強く、いずれはギルメを超えるというも冗談ではない。才能という曖昧なものであるが、歴代でも最高の者を間違いなく持っている。

 いずれは兄たちだけでなく、父も、そして初代様も。そんな思いを漠然と、しかし確信を胸に持っていた。


 そんな驕りは、あの日砕かれた。

 父親からいい勉強になると言われ連れていかれた、長年の敵国、アロス国との戦場。

 父親は自分と同格の治療師がいたと抑えに行った。自分は同年代の少年を倒す様に言われた。


 結果。自分は負けた。

 失態を取り戻そうと追撃しても負け、皇女様と一緒に虜囚の身になった。


 今思えば、自分は運がよかったのだろう。戦場で負けたのに生きているのだから。

 加えてその相手が一流を超えた治療師でもあったため傷は何も残らなかった。皇女様の傍仕えがいた方がいいという考えから侍女の服を与えられ、臭い飯を食べることもなかった。きっと人生で一番運がよかった瞬間かもしれない。


 それに、きっと一番の幸運は、自分は強いのだという増長が消え去ったことだろう。


 レイは強い。異常なほどに。通常は魔法を軸に体術と剣術を織り交ぜた高度な戦い方をしているが、それは彼にとって一番強い、もしくは好みだっただけ。権能という謎の力を使い、死んでいなければ四肢を切られ胴体を焼かれても完治させるという異常な回復魔法に、自分でも壊せなかった【断絶】のランシュの結界すら壊し、魔物が相手なら無敵に等しく、政治的な立ち回りまで出来る。およそ万能だ。

 政治的な立ち回りというのはアヤメにはよく分からないが、接する大人たちが全員褒めていたのだからすごいのだろう。多分。


 それにレイは武芸百般だ。剣と体術だけでなく槍も盾も、もちろん弓も使える。

 腕前は、業腹だが自分よりも上だろう。本人は「沢山の模範解答を丸暗記してるから問題の答えが分かるだけ。魔力の量も俺が極めて多いし同じ条件で戦えばきっと負ける。大したことじゃない」などと悔しそうに言っていたが、何が不満なのか全く分からなかった。

 応用力がないとも言っていたが、対応できなかった例をアヤメは知らない。


 事実なのは、レイが強いこと。自分が足手まといなこと。将来的には実力不足で置いて行かれるであろうこと。

 それが嫌だから、アヤメは実家で自分より強い人たちに教えを乞うのだ。


「アヤメ、ちょっといいか?」

「はい?」


 気が付けば日が高い。お昼ご飯の時間だ。その合図だろう。

 そう考えたが、兄の顔が少し曇って……いや、困惑の顔だった。


「ええと……魔物反乱が起きているらしいんだ」

「えっ大変じゃないですか!応援がかかったんですね」

「いやそうじゃなくて……」

「?」


 ガルメは自分でもうまく呑み込めていないような顔で悩みながら口を開く。

 きっと脳内ではああでもないこうでもないと言葉を選んでいるのだろう。


「場所はリュミエール様の領地とアロス国の間の魔境……いや、おそらくは聖領から魔物が来ている」

「ええっ!!??なのに応援がかかってないのですか!?」

「ああ。魔物反乱が起きてる、はずなんだが……なんでも、街には来ないで、魔境の中で何かを追いかけているらしいんだ」

「はあ?」

「偵察の報告によると、少年が白い獣人を背負っていて、魔物たちは彼らを引き寄せられているらしいんだ。これって――」

「レイですね。間違いない」

「やっぱりそうなのかい?報告にもそんなことが書いてあったんだが、信じがたくてね」


「多分その白い獣人に魔物をおびき寄せる特殊な能力があるんでしょう。あいつのことだから、いいレベリングになる、くらいの考えですね。間違いない」

「……ほ、本当なのかい?そんな危ないこと、にわかには信じられないけど」

「ええ。あいつならやります。……全く、私も誘ってくれればいいのに」

「アヤメ、ずいぶん変わったね」

「そうですか?」


 ガルメの言葉を聞き流しながら、レイに思いを寄せる。

 間違いない。またレイが派手にやっているのだろう。


 それは確信であり、嫉妬であり、焦りである。

 レイの大きな欠点はレベルが低いことだ。レベルは一生をかけてあげるものなので年齢を考えれば低くても当然だが、レイはきっと無茶な方法で改善するつもりなのは予想がつく。


 魔物の大群をおびき寄せるユニークスキルの持ち主を背負いながら暴れまわるとか自殺どころの話ではないが、あいつならやる。間違いなく。

 負けてらない。


「兄さま!もっと負荷の大きい修行を教えてください!」

「え!も、もっと!?今のままでも十分に順調だから――」

「レイが私より過酷な修行をしているなら、こんな甘い修行では距離が離れる一方です!負けてられません!」


 気合を入れなおしたアヤメはさらに技量を伸ばすべき心血を注ぎ、ついに闘技祭の日がやってきた。

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