66話 魔の呪い
リュミエールの稽古を受けるようになってから二か月が経過した。
最初の二週間はリュミエールを相手に水中で剣術の稽古、次の二週間は冒険者に混ざって魔境やダンジョンで実戦訓練。
次の一か月は街に戻ること無くダンジョンに潜り続ける修行だ。ダンジョンの内部は空間が歪んでいる異界であり、額縁という世界の終わりに囲まれた絵画のように極小の異世界が広がっている。これはSSS級ダンジョン【賢神の試練】に限らず飛び地を含めて全てのダンジョンに通用する常識である。
洞窟の様な通路を進むと水源が不明な滝、見えず触れない壁、いくら採取してもいつの間にか復活している鉱脈など外界とは隔絶した光景が広がっている。これに加えて魔物が高頻度で発生し襲ってくるのだ。魔物は人類の命を狙ってくるが素材は非常に有用なので倒せるなら歓迎すべきことである。こういった過酷な環境では死の危険が非常に多いが、生き残れれば絶大な力を手にすることが出来る。
代表的かつ分かりやすいのはレベルだろう。レベルとは学者たちによると魂の大きさや強度、位階を示す概念であるという説が一般的だ。
様々な行動や実績に応じて与えられる経験値が溜まると上昇するものであり、上がるほどに能力値が上昇する。経験値は日常生活でも微量に与えられるが、基本的には魔物や人間といった魂のあるものを倒すと多くなるらしい。
一般人は5くらい。兵士は10。騎士は20。
冒険者ならE級は5で、一人前であるD級が15くらい。
「いやー楽しかった。ダンジョン籠り」
「どれだけ斬っても燃やしても暴れても怒ってくる人がいないなんて夢みたいだったね」
レイとアルトは最近まで10だったが、今回のダンジョン遠征で魔物を大量に倒したおかげでレベルは20に到達した。
これはレイがまだ八歳ということを考えれば異常といいっていいほどに高い数字だ。アルトは九歳だが同じく異常に高い。そもそもこの世界の一般的な成人年齢は十五であり、英才教育を受けている子供も十歳になった記念に大人の護衛の元で魔境やダンジョンに見学するのがせいぜい。レベルで言えば高くても十歳で10もあれば将来有望な英雄の雛と言える。
ステータスによる補正は倍率でかかるため元となる数値が小さいと同じレベルでも小さくなり、子供である基礎的な能力値が低いことを考えればまだ不安だが、それでも闘技祭に向けた準備は最低限は出来たと言っていいだろう。
「……楽しそうで何より。お前たちが幼くして英雄と呼ばれる理由が分かった気がするよ」
洞窟型のダンジョンから出てきた二人の後ろから、二十歳程度の青年も出てきた。
ヴァリオス・グレイン。リュミエールの弟子の一人であり、若手の中では最も強いらしい。今回はレイたちの見張りとしてついてきていた人だ。
紹介されたときは精悍な顔つきだったが、今はまるで遭難者のようにげっそりとやつれている。
「普通はな、遭遇した魔物全部と戦ったりしないんだよ。どうにかやり過ごしたり、有利に戦える場所に誘導したり、緊張状態で十全に戦うための精神を培うための修行なんだよ……お前たちには、負荷が足りなかったみたいだな。それとも、俺が見抜けないほど高度に緊張状態を向き合っているのかな」
「緊張はしてたよ?ただフアナ院長から世の中を楽しく生きるコツは何事も楽しむことだと教えられたから、負担には思わなかったけど」
「あと、出てきた魔物もゴブリンやオークみたいな人型ばかりで奇抜な攻撃がなかったのもあるかも」
「俺がお前たちくらいの時はどうだったか……大したもんだ。俺もそのくらいしないと師匠に追いつけないんだろうな。
だが!レイ、次の闘技祭で勝つのは俺だ!決勝で会おう!俺もあと一か月でさらに鍛えておくからな!」
高らかに宣言すると、ヴァリオスはどこかに一人で走っていった。
「それで、レイ。あの人に勝てるの?かなり強そうだけど」
「んー難しい……無理よりも難しい、かな」
熱血気味のヴァリオスを半ば無視して、二人はゆっくりと歩きながらダンジョンで獲れた成果物を検分している。
ダンジョンでは魔物や環境にある素材のほかにも稀に宝箱が落ちていることもある。なんでも神話によると賢神がダンジョンを作った時の瘴気を浄化する機能の一つらしいが、学者でもない限り理屈は誰も気にしていないらしい。
今回の探索で獲れたのは指輪型のマジックアイテムだ。装備すると腕力が上がる。レイからすれば魔法で代用できるが、同時にこの指輪を装備すれば並行して使っている魔法の枠が一つ空くことも意味する。効果が弱いけど妥協して装備するべきか、それとも売ってしまうべきか。悩みどころだ。
十個も獲れたし売ってもいいかな。
「ヴァリオスさんを暗殺しろって目的なら、出来ないことはない。けど闘技祭では武術をメインにしなきゃいけない、てか観客席まで届くような武技や魔法を使えないから、どうしてもなぁ……ん?」
「どうしたの?聖眼まで使って」
「魔物だ、すごい沢山……それ以上に、なんかいる。すごいのが。魔物じゃない何か」
ララクマ帝国とコンボロス公爵領の間にある魔境にあるダンジョンからリュミエールの領地にとりあえず帰ろうとしていた。
けれどしばらく歩いていると、道から逸れた森の先に、大量の魔物の気配を捉えた。
その数は五千を超えている。
「ちょっと寄り道しよっか」
「ん……まあいいか。魔物退治ならリュミエールさんも文句は言わないだろうし」
むかしむかし、賢神が滅びかけた世界を再構築してこの第三世界を作ったという。
この時に世界に満ちていた瘴気という世界を汚染する力を集め、封じた。瘴気は放置すれば物理法則すら歪める危険なもの、しかしその力は非常に大きく、賢神の手にすら余るほど。そのため瘴気の性質を利用して魔物に変換し、人がこれを退治することで瘴気を浄化できるシステムを作り出した。
これをダンジョンという。
しかし長い時間の中で魔物はダンジョンの外に脱出してしまい、多くの魔物が住み着いた場所は瘴気に汚染され、魔物の住みやすい土地、魔境が増えてしまった。魔境は魔物を呼び、呼ばれた魔物は魔境を広げる。これが神話の時代から続く人と魔物の戦いだ。
厄介なことに、魔境は広がるほどに中心部では瘴気の密度が高まり強力な魔物が発生するらしい。強力な魔物は長生きし、力を蓄え、さらに魔境を広げ、魔物の数も増える。この世界には人の住んでいない場所は大量にあるため人知れず大量の魔物が発生し、一定の数を超え住処が狭くなると土地を求めて外に侵略に出る。
これをスタンピードといい、この世界で最も代表的な災害だ。
それでも、質にもよるが弱い魔物であっても数はおよそ千程度らしい。
五千となればどれだけ弱くとも歴史に残るほどの大災害だ。
「こいつら、自然に集まったわけじゃなさそうね。普通は人がたくさんいる場所を目指すはずだし。目的地は……村?かな?」
「うん。正確には、村にいる子供……?かな?なんだろ。生き物がたくさんいるから、そいつらが目的……?いや、引き寄せられているのかな」
そんな災害の中をレイとアルトは神聖魔法の魔力を纏いながら切り裂いて走り抜けていく。
神聖魔法は聖剣技と同じく瘴気に直接作用に作用し魔物を祓う特別とされる力だ。魔力に汚染された獣、通称魔獣程度は纏っているだけで退治できる。
樹々をすり抜けながら猛スピードで向かう先はレイが聖眼でとらえた謎の魔力。今までに見たことがない色と気配の魔力だ。
強いて言えばリムレスティ修道院にいたころに戦った魔族が近いのだろうか。まるでたった今羽化したかのように強烈な魔力を広範囲にまき散らしている。
明らかな異常事態だ。
間違いなくレアもの。確保しておけばどこかで役に立つかもしれない。
そう考えて魔物の群れを鎧袖一触で薙ぎ払いながら突き進むと、凡庸な村が見えてきた。
木製の柵、石材や木材で作られた家、畑と家畜。農具を構えて魔物に備えている農民らしき人々。レイの知識にはないが、おそらくは開拓村だろう。金と物資をもらって村を作る許可をもらい、うまくいけば街になり街の長にも成れる。よくある既存の仕事に就けなかった人たちの吐き出し先の一つだ。
「ひっ!?……ひ、人、か?君たちは……」
「失礼、助けてあげます。その代わりに会わせてほしい人が。その小屋にいるのは誰ですか?」
「なっ、あ、あの小屋は、その……き、金庫なんだ!入らせるわけにはいかない!」
「人がたくさんいるように見えますが」
「はあ!?なんで知っているんだ!?」
村人たちがレイたちに注視する。先ほどのまでは疑問はあっても助けを求めるような意図が見えたが、今は警戒や敵対の意図が見える。
その時、レイの頭に盗賊や山賊といった単語が浮かんだ。村が山賊化するのもそれなりによくあることだし、盗賊団が巨大化した末に勝手に人里離れた場所に集落を作るのも稀によくあることだ。この村もそうなのかもしれない。
「レイ、殺す?今なら魔物のせいに出来るし、時間をかけると魔物が集まってくるわ」
「んっ……」
レイたちにとっては容易く倒せる程度の魔物であっても、数が集まれば脅威だ。弱くとも雪崩のように向かってくると対処が難しいし、この数なら強力な個体もいるだろう。丸ごと相手取るならせめてもっと戦いやすい場所がいい。
しかし疑念で殺すのは良心……いや、倫理観に反する。どうするか。
直接聞くか。
「問います。貴方たちは盗賊や山賊の類ですか?答えによっては――」
「やっちまえ!所詮餓鬼二人だ!」
怪しい村人たちの行動は問いかけよりも早かった。リーダー格らしき人の号令に従って本性を現し、襲ってきた。
「私はあっちを――」
「いやいいよ。どのみちこの魔物の数からは逃げられないだろうし」
「そう?ならあの小屋ね」
一般構成員たちを嗾けてすぐに村の向こう側から逃亡する人たちがいるようだが、目的ではないためスルーすることにした。
さっさと斬り捨てて小屋に向かう。
小屋は凡庸なものだ。石材で作られた頑丈なもの、開拓村では農具や料理器具といった共有財産を保管しておくための倉庫として使われる。
当然、レイたちで破壊できないようなものではない。アヤメが熱した手で溶かして鍵を破壊してくれた。
「わっ!妙に多いと思ったら子供だったんだ」
「盗賊でも山賊でもなく、奴隷狩りの拠点だったのかもね」
小屋の中にはぎっしりと子供が敷き詰められていた。さほど広くない、家畜のいない納屋のような小屋にざっと百人近くも。
ほとんど人族だが、一部は違う。獣人やエルフ、ドワーフも混ざっている。
「だ、だめ!この子、おなかが痛いみたいなの!」
「ずれて。大丈夫、俺は治療師だ」
立ちふさがる子供たちを押しのけて、ずっとレイの聖眼がとらえている魔力の持ち主の元へと一目散に向かう。
「……だあれ?」
「…………すごいな、魔族と、なんのハーフだ?いや、先祖返り?」
「ううっ……!」
「レイ、何かするなら早くしないと。逃げられなくなる」
「あ、ごめん。今治す。……うん、魔力が暴走してるだけだね。治すよ」
そこにいたのは白い犬の獣人の少女だった。歳は一桁の前半……中ごろだろうか。いくら獣人でも親の庇護が必要な歳だ。
しかし、以前戦った灼熱鬼に匹敵する魔力量と、この劣悪な環境下にあっても一切輝きを失わない耳やしっぽといった体毛が異常性を伝えている。
魔力だけを見るなら魔族のようだが、見た目は天族が混ざっているようにも見える。
天族なんて天空の島にしかいないはずだが。
「……うん、原因はこの子だな。魔物を呼び寄せてる魔力はこの子が放っている。規模が異常だけど魔物寄せの呪いの類か?たしか――」
「レイ、分かったから早く次の指示を出して。ここで戦うの?それとも逃げる?逃げるならそう多くは連れていけないけど」
「ん……」
二人の会話に子供たちに緊張が走る。幼くとも自分たちが絶体絶命にあると理解しているのだ。首をかしげるレイに不安そうな視線が集まる。
しかし子供たちの言葉より早くレイは行動に出た。
「逃げる必要はないよ。魔物を集める方法があるなら、群れの真ん中に飛びこんで殲滅する。アルト姉はここで子供たちを守ってて」
そういうと白い獣人を背負子で背負い、魔物の群れに飛び込んだ。




