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65話 栄光のために

 ララクマ帝国第二騎士団団長にして帝国最強の精鋭部隊、武門十七衆の第七席、リュミエール・ララクマ。家名が示す通り彼女は前皇帝の娘の一人だ。世が世なら姫と呼ばれ蝶よ花よと育てられる道もあっただろう。そうならなかったのは幸せなのか不幸なのか。


 生まれた時、彼女には血筋以外には重要な点は無かった。絵に描いたような暴政を敷いた前皇帝が権力に任せて思うがままに振る舞い、孕ませた何人もの子供の一人に過ぎない。母親と共に市政で暮らし、近所の人たちからも優しくされあまり不自由せずに育った。

 愛されて育った彼女が他者のために尽くしたいと考えるのは当然だった。昔から冒険譚に憧れていたのも相まって騎士や冒険者を目指すのも当然だ。人々を守るために騎士や兵士を目指したが、表の身分はただの平民だったため最終的には冒険者を目指したのも当然と言えるだろう。


 そして当然でないことに、十歳の時に魔装を発現させた。


 魔装は血筋に大きく影響を受ける。特徴からリュミエールは皇帝の血筋だと発覚。彼女は帝城に連れていかれそうになったが……驚いたことに、当時の武門十七衆を返り討ちにし、そのまま冒険者として活動を続けた。

 その時を境に皇帝の娘ではなくリュミエールという個人として注目されるようになった。幼くして絶大な力を持ちながら、母親と周囲の大人たちに愛されて育って少女は己の良識に反すること無く力を振るい、人々を守り続けることが出来たのだ。


 現在は二十代の後半だったか。その若さで武門十七衆の七番目という地位を得ている彼女は前皇帝が死亡し勢力図が非常に荒れている今でも変わらず帝国の守護者として帝国中を回り魔物や賊を討伐し平和を守り続けている。

 ララクマ帝国の若きエースにして最強の剣士、それがリュミエール・ララクマだ。


「というわけで、レイ、お前を鍛えることになった。ついでにアルトちゃんもな。私は厳しいから気を引き締めるように」

「「はい」」


 そんな彼女はレイとアルトの前でワクワクした顔をしていた。

 場所は帝都から離れた霧の深い湖畔。彼女の領地の深部であり、修行場らしい。稽古をつけてやろうと言われそのまま連れてこられたので逃げるためのルートが分からない。少し緊張する。


「そう緊張するな。フィニスから話は聞いている。君たちは卓越した技量と稀有な能力を高い水準で両立している戦士だと。私は教えるだけでなく君たちからも教わるつもりだ。肩の力を抜いてくれ」

「お言葉に甘えて」

「……同じく」


 レイは軽く、アルトは警戒心を解かずに答える。

 一見すると人見知りのようだ。気にせずリュミエールは剣を掲げた。


「さて、君たちは私の剣術の特徴は知っているか?」

「そりゃあ、有名ですからね。守るための剣だと聞いています」

「具体的には、魔物を切り裂く速さと、罪人を生け捕りにする装備破壊を為すための技だと」

「その通りだ。加えて言えばいかなる状況でも十全に力を発揮するための精神修行も大切、という具合だな」


 湖畔に向かって歩き、そのまま水中に潜っていった。脚を入れるとトポン、と液体が重く揺れた。粘性が非常に高いのだろう。通った痕に液体はすぐには元の形に戻らず、湖に切れ込みが出来た。

 透明度も非常に高く、彼女が表情一つ変えずに水中を歩き、こちらに振り返っているのが見えた。


 もちろん、剣を抜いてこちらに振るう姿も。


「レイ、剣で防ぐのよ」

「分かってる」


 剣に魔力を纏わせ、魔力の刃を伸ばす。レイの刃と飛んできたリュミエールの刃が触れ合い、高い音が響く。衝撃は刃のように周囲に散り水面を切り裂いた。


(重い!なにより、速い!)


 今の一撃、最も驚愕すべきは速さだ。目の前に剣を振ったレイとここまで斬撃を飛ばして来たリュミエールが同時にだったのだ。フアナに教わった剣は速さを主体にしており当然だがレイも対人戦における剣術は速さを重視している。

 これはレイが魔法を得意としているため攻撃力は魔法を付与すれば十分であり、剣術は相手に充てることを重視せよという教えからだ。アルトもだいたい同じだ。そのため速さにはそれなり以上に自信がある。


 だというのに、リュミエールの剣はレイより早い。


(もう構えの姿勢に戻っている。『残月の構え』、だっけ。名前しか知らなかったけど、切れ目がほとんど分かんないな)


 『残月の構え』はリュミエールが使う流派の基礎にして上級技。上級者の証のような構えだ。なんでも肉体の動作より精神の作用が重視されるとか。権能か?

 しかし一見すると普通に構えているようにしか見えないため、名前以外はほとんど広まっていない技でもある。


(俺も早く覚えよう。目の前には完璧な手本があるんだから、出来ないはずがない)


 レイの今の強さは人間社会だと中の上といったところだろうか。能力の特殊性と多様さから格上が相手でも勝ち目はあるし、逃走の成功も勝ちに含めれば最上位の強さを持つ相手でも希望はあるだろう。死んでいなければ即座に全快する異常なまでの回復魔法と常軌を逸した膨大な魔力量はそれだけの可能性を秘めている。

 しかし闘技場の上で、審判の合図と共に一対一で戦いを始めるなら……あまり自信がない。


 絶対的な話として、レイは強い。しかし、試合にはレイよりも強い人が出てくる可能性高いのだ。

 一般人の強さを10とし、レイの強さを10万だったとしても、対戦相手が10万と1なら負けるのだ。競い合うとはそういう物。少しでも強く、安定して出力できるようにならなくては。


 この世のあらゆるものは、再現できないものなど無い。ただ難しいだけで。

 その信念に従って、レイは聖眼を開き、同じように湖の中に入った。





「本当に信用して大丈夫なのかしら……」


 湖への入水。

 一見すると自殺であり、事実としても自殺同然だろう。普通に呼吸が出来ないし。


 少し躊躇い、アルトもめいっぱい息を吸ってから入水した。




 修行が始まってから一か月が過ぎた。


 最初の二週間は湖の中で稽古だ。リュミエールを相手に水中で剣を振るった。粘性の高い水中は動きにくく、霧が濃い地上は息が吸いにくい。劣悪な環境下で最適な動きをしなければ首を刎ねられるくらいの速さで殺しに来るリュミエールを相手に剣を交え、たまに躱しきれず首を斬られ、半分はなんとか残すことで後で回復する。

 鍛錬とは肉体の調整ともいえる。目の前にリュミエールという答えがあり、聖眼で正確なデータを取り、再現する。言葉にすればそれだけだが肉体の差異から完璧な再現は不可能である。

 それでもおよそ七割がたは再現できるのだが……闘技祭に出て来るであろうリュミエール級の強者が相手では足りない。出てこないかもしれないが、そんな甘い考えで敗退するわけにはいかない。七割の再現度で妥協せず創意工夫を重ねなくては。


 レイは多くの功績がある。アロス国に利益をもたらしている。

 だから多くの独断専行と大失敗をやらかしてもまあいいだろうと許して貰えている。


 しかし、この前の独断専行の反乱鎮圧と奴隷確保の失敗は、少々失態の方に天秤が傾いてしまっているように思う。

 ここで功績を立てておけば後々どこかでやらかしてもつり合いが取れると考えての行動だったが、結果的に失敗してしまった。うまくいけば提案された通りに奴隷を採用するため皇帝への言い訳が可能になり、外交使節団の人手不足も解消され、反乱を即座に制圧したという名声が得られるはずだったのだが。


 やはり思い付きで行動するような浅慮は良くないか。


 次の武闘祭は失敗できない。優勝すれば得られるであろうララクマ帝国での多大な名誉と付随するアロス国博覧会の宣伝が出来なくなる。これは取り返しがつかない。

 ……本当に奴隷確保を失敗したのが痛い。もし優勝できなくてもつり合いが取れるように事務仕事が出来る奴隷を対象に確保しておきたかったのだが、魔族に変身されたせいでうっかり皆殺しにしてしまった。大失敗だ。

 しかし後悔しても時間は戻らないのだから今は修行をして優勝を目指すべきだろう。


 二週間の稽古が終わると次は実戦形式の訓練を行う。ダンジョン探索や人型の魔物、盗賊や山賊を相手に戦うのだ。


 一見すると稽古の相手の質が低下しているため中休みの期間にも思えるが、世の中の腕っ節で生計を立てている者たちに混ざることで自分の戦闘力を正確に把握するという目的がある。武闘祭は大勢で乱闘を行う予選とトーナメント形式で行う本選に分かれているが、どちらでも対戦相手が必ず強者であるとは限らない。平均的な相手もいるのだ。

 そういう時、普段戦っている強者と比べて遅すぎて反応がずれてしまうというのはよくあることだ。一度の負けが死に繋がる以上は対策しておかないといけない。


 ダンジョンに潜る際に冒険者登録をしておくと便利なためした。以前カイガキと作った冒険者カードは破棄だ。アルトと剣術の訓練とレベル上げのためにダンジョンや魔境に赴き、たまに一般的な水準を近くで見るために普通の冒険者やリュミエールの弟子たちともパーティーを組む。

 魔物や賞金首を相手に戦う日々は命を落とす危険性があるため一般的には過酷でつらいらしいが、レイにとっては楽しい日々だった。


「坊主、今日は日ごろのお礼に俺たちが街を案内してやろう」


 場所はリュミエールの所有する領地の街の一つ。帝都に比べると田舎だが十分に栄えている地方都市。

 冒険者ギルドで今日の稼ぎを精算したレイは、今日一緒に活動した冒険者のおじさん達に誘われて遊びにいくことにした。


「お前って年の割にかなり優秀だが、一つだけ俺たちに負けている点がある」

「それは遊びが下手なことだ。クク、金の使い方を教えてやるよ」

「まだ八歳だったけ?少し早いが、遊びの英才教育というやつだ」

「助かる、お願いするよ」


 人間は年齢を重ねるほど優秀になる傾向がある。レイは例外的に異常なまでに腕が立つので同年代ではなく中堅の冒険者パーティーに助っ人として参加していた。

 明日にはリュミエールの元に帰って修行を次の段階に進めるらしい。そう伝えたら遊びに誘ってくれたのだ。


「いやあ余計なお世話じゃなくてよかったよ。子供が好きなものなんて分からなくてな」

「加えて大人より優秀ときたもんだ。お前の回復魔法に助けられているが、こっちから何をしてやれるのか分からん」

「俺たちが教えられることなんて酒と女遊びぐらいなもんだ!」

「ははは」


 大声で下品な会話をしながら大通りを歩くおじさん達にレイもついて行く。

 作り笑いのようにも見えるが、本当に本心から楽しみにしている。


(久々に姉さんと別行動だ、新鮮で楽しいな)


 レイはいつもアルトと一緒にいる。これはフアナの教えで自分たちが正常かどうか判断するためという理由もあるが、基本的に仲が良くてお互いに大好きだからだ。しかし、いつも一緒にいるとうざいという感情が湧いてくるのも事実である。久々にアルトと別行動、テンションが爆上げだ。

 しばらく駄弁りながら歩いていると、目的地に着いた。そこはもう夕方なのに熱気があり、人に溢れ、人の欲と本質に満ちた場所。


 そう闘技場である。


「いけー!殺せー!」

「そこだ!潰せ!お前のハンマーは飾りか雑魚野郎!」

「あああああああ!余計な演出なんてするなとどめを刺せよ!いくら賭けたと思ってんだ!!」


 武勇を重視するララクマ帝国には全土に闘技場があり、一年中試合を開催している。ならば見学料と出店だけでなく、勝敗に対して賭けを行う者たちが出てくるのも当然だろう。ララクマ帝国では国が賭けの元締めも担っている。

 冒険者たちは今日の儲けを倍にしようと全額を突っ込み、闘士たちに罵声と声援を送っている。


「……今日の儲け、全部消えたんだけど」

「そういう日もあるさ」

「これが大人になるってことだ」

「タダで飯を食わせてくれる修道院を教えてやろう。週に一度そういう催しがあるんだ」

「勝った日には寄付しておくとこっちの良心の呵責も減るから普段はやっとけよな」


 今日の試合形式は一対一。どちらが勝つのか予想して賭ける一般的なものだ。

 残念だけレイの負けだった。悔しくなったので裏空間から追加の資金を取り出した。


「これでもう一試合遊んくるわ」

「待て!レイ、使っていい上限は今日の儲けまでだ!」

「それ以上だと破産して奴隷落ちするぞ!?そういうやつは何人もいるんだぞ!?」


「大丈夫だよ、次はちゃんとどっちが強いかよく観察するから」

「強い方が勝つとは限らない!お前と違って怪我をしてもすぐには治らないんだ!」

「偶然の一撃でも、斬られたら痛いし骨が折れたら動きも鈍る!強いから勝てるなんてのは間違っているんだ!」

「お前と同じことをやって破産したやつが何人いるか教えてやろうか!?」


 先輩冒険者たちの静止を振り切り、レイは再び賭け金を投入した。

 結果はまた敗北。どうやら賭博の世界は一筋縄ではいかないらしい。


 翌日、闘技場の最善席で何者かが暴れたという噂が流れた。





「賭博はいいよね。負けても金を失うだけだ」

「……また頷き難いことをいうやつだな。治療、助かるよ」


 翌朝、レイの姿は闘技場に在った。うっかりムキになって大金を失ったので金を稼ぎに来たのだ。

 具体的には治療師としての仕事である。闘技場に出場する際には殺しても罪にならないが、試合が終わった後に生きていたら殺さないのがマナーだ。結果死んでいないだけの重傷者がかなりの数生じる。


 そういう人たちを相手にレイは回復魔法を格安で使い金を稼いでいるのだ。

 やはり稼ぐなら賭け事よりも出場者たちに回復魔法を売った方がいい。間違いない。闘技場も治療師を雇っているがレイを上回る者は居ないので荒稼ぎし放題である。


(……金を失うだけ、か。俺も変わったな。スラムの頃は必死に金を稼いだのに)


 少しだけ過去を懐かしむ気分に襲われながら、リュミエールの元に戻っていった。

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