63話 パワフルパワー王女
昔、ザルダリア王国という国があった。山と鉱物資源が豊かなで魔物も少ない、平和な国だった。
他の国々と比べて特筆すべき点は、国内に大量のドワーフがいたことだろうか。ドワーフは土と火に親しみ鍛冶や細工、建築技能が非常に高いことで有名だ。国内の鉱山をドワーフに提供し、見返りに非常に高性能な武具な高度な装飾品を献上され、ザルダリア国は貿易で財を成したという。
しかし、五十年前、全てが終わった。
二百年前にララクマ帝国が突如として周辺諸国に侵略を開始したのだ。圧倒的な軍事力で領土を拡大し続け、ザルダリア王国もついに征服された。今ではザルダリア王国はザルダリア領というララクマ帝国の属州の一つになった。
国内の政治、経済は完全に支配され、外交も制限された。毎年多額の重税と資源を要求され、逆らえば滅ぼされる。それだけなら冬の時代と耐え忍ぶ道もあったが……飢饉や疫病が蔓延した時、帝国は何もしてくれなかったのは大きい。主と従者、上司と部下、王と家臣の関係ではなく、勝者と敗者の関係なのだと教えられた。
物が無くなった。人も居なくなった。心が荒廃した。宗教団体も重税を課され逃げ出した。
ドワーフたちも同じだ。同じ土地で暮らしていれば近しい人に好意を抱き、結ばれることもあったというのに、いつしか姿が見えなくなり、いつの間にか一人もいなくなっていた。
圧政に苦しむ中、十年前に少しだけ希望が見えた。重税と悪法を敷いた皇帝が討伐されたのだという。
しかし希望はすぐに消えた。新しい皇帝は悪法と重税を緩めてくれたが、それだけだ。強者が笑い弱者が泣く帝国の性質は何も変わらない。
「今こそ、失ったものを、取り戻す時だ」
こうして元ザルダリア王国の王は立ち上がった。
「いよいよ、後には戻れないか。長い戦いになるだろう。みな、覚悟は決まっているな」
「もちろんです、父上」
「我ら家臣一同も同じです」
どこかみすぼらしい宮殿の奥、玉座の間で歴史を感じさせる壮大な王冠を被った老けた男性が、同じような不健康な顔をした役人たちに囲まれていた。
顔色が悪い中で一際輝くぎょろぎょろとした眼球。希望を見ているような、もしくは一つの事しか考えられないほど追い詰められているような、追い詰められ狂信的な思いを抱いた宗教家のような熱意をその場のほとんどの者が放っている。
自分と同じ獰猛な表情を浮かべていることに満足そうに頷きながら、王はにやりと笑いながら、場の空気を高揚させるために将軍に視線を向けた。
「将軍よ、先の報告をもう一度」
「はっ!この国を見張っていた兵士団の砦は既に制圧しました!あの砦は元は我らの国が建造したもの。秘密の通路には気が付いていなかったようで。我らに被害はありません」
「うむうむ」
ザルダリア王は満足そうに笑う。微笑よりもきっと嘲笑というべき笑みだ。
敵はララクマ帝国。今では自分たちを属州の一つとして扱うほどの巨大な大国。長い戦いになるだろうが、最初の一歩を大勝利で飾れたのは喜ばしい。
しかし、不安な情報もある。
「他の国々はどうだ」
「……まだ、動きはありません」
「ちっ、勝ち目が明確にならないと動かない日和見なのろま共め。だが、それでもかまわない。我らが戦い続ければ、必ず他の国々も蜂起するだろう!」
いまのザルダリアは帝国に多くある州の一つ。かつては豊かな国だったが、征服されてからの五十年で力のほとんどを失ってしまった。単独では勝利できないいだろう。
だからこそ十の州で協力し同時に反乱を起こすはずだったのだ。そこまですれば勝機が生まれる。
しかし他の国々はまだ動きがない。
仕方のないことだ。現状、最も追い詰められているのがザルダリアだが、他の国……元は国だった属州はまだ余裕があるのだ。
「その通りです。ザルダリア【王】。貴方が【王の心】を失わずにいてくれたことは、多くの国々の【希望】になるでしょう」
「そうだろうそうだろう」
玉座の間のさらに奥、王に信頼されるものだけが入れる部屋から黒いローブを纏い仮面のような笑顔を張り付けた怪しげな男が、妙な抑揚で称えるように言葉を吐く。にこにことした表情は部屋にいる役人たちのように熱狂しているようにも見えるが、冷静な者なら一目で見下すような目をしていると気が付くだろう。
続いて部屋からは同じように黒いローブを着た者たちが荷台を使って杖のようなものを持ってきた。
「ザルダリア【王】よ、我らが開発した新作のマジックアイテムを多数持ち込みました。これは相手の罪の重さに応じて強力な呪いをかける杖、帝国の兵士が万を超えようと【必ず】勝利するでしょう」
「さすがだ!先の砦を取り戻す際も活躍していると聞いているぞ!お前たちがいれば、我らの勝利は確実だ!」
「いえいえ、【正しき人】に味方するのは当然のことです。きっと愛と豊穣の女神さまもお喜びでしょう」
黒いローブの男が跪いて差し出した杖を受け取り、部屋にいる役人たちに見せつけ、大声で宣言する。
「我らの勝利は確実だ!悪しきララクマ帝国を打ち倒す!王妃を取り戻す!ザルダリアの誇りを取り返す時だ!」
「「「おおおお!!!!!」」」
昔は貴族だった家に生まれた役人たちが熱に浮かされたように歓声を上げる。
目をぎらつかせ、歯をむき出しにして笑う。まるで妄執に取りつかれたいるように。
「どうした?アイリ」
「えっ、あっ……申し訳ありません。少し、疲れてしまったようです」
「はっはっは、仕方ないさ。先は長い、少し休むといい」
部屋の隅にいた王の子供たちの内、姫様が退室した。
気が付いたものもいたが、まだ十五歳の少女にはついてこれないのだろうと気にも留めなかった。
「ひ、姫様、本当に行くのですか?」
「……そうしなければ、多くの人が死にます。あいつらは……旧皇帝派の貴族たちは、この国の未来なんてどうでもいいと思っていますから」
部屋に戻った姫は従者の引き留めを拒絶して急いで着替える。
美しい動きにくいドレスから動きやすい地味な服へ。伝統だからと膨らませた髪型をほどき、一瞬だけ躊躇してから首あたりまで切り落とす。
少女の名はアイリ・ザルダリア。五十年前に当時の王は処刑された。その息子が現在の王。アイリはその娘に当たる。
(私なんかに何が出来るのか……でも、何とかしないと)
アイリには本当に何の力もない。この国は既に国と呼ぶには限界だ。お姫様といっても贅沢は出来ない。たまに来る周辺の領地との外交をこなすくらいで、象徴的な意味しかない。個人では何もできない。
だからこそ、彼らも警戒していなかったのだろう。
あれは一年前のこと。
真面目と評判のアイリが秘密のさぼり部屋で休んでいることを把握していなかったのだろう。少し前からこの州にやってきた謎のローブたちが、こそこそと秘密の計画を立てていたのを聞いてしまった。
『計画は順調だな。ザルダリア王も馬鹿なことだ。どうして助けが来ると思ったのか』
『このマジックアイテムを使わせれば、帝国の兵士たちはそれなりに削れるだろう』
『本命はそのあと。今の皇帝を殺すためには、今のうちに武門十七衆をいくらか削っておかなければな』
『魔族召喚の実験を続けよう。この領地の民を全て使えば、上級魔族を呼べるかもしれない』
その会話を聞いてしまったアイリは秘かに母親に報告した。
お父様とお兄様は騙されている、と。
翌日、王妃は失踪した。
なんでもお忍びで来ていた帝国の貴族に連れていかれたらしいが、嘘であることはすぐに分かった。
きっと死んでしまったのだろう。殺されたのだろう。
自分が無事なのは、お母様が口を割らなかったからなのだろう。
「見ていてください、お母様、一人でも多く、民たちの命を守って見せます」
「姫様……」
「あなたには心配をかけるわね。ちょっと待ってて。すぐに助けを呼んでくるから。旧皇帝派が裏にいるとなれば、帝国だってすぐに本気を出してくれるわ。お父様たちには悪いけど、きっとこれが一番多くの命を救える道だと信じてるから」
部屋で着替えを手伝ってくれている侍女が涙を潤ませる。
彼女はアイリが小さいころから姉妹のように仲が良いのだ。家族の次に信用している人だ。父親も兄も信用できない今となっては、一番信用しているといっていい。
「残念です。ごめんなさい」
「えっ――」
おなかが熱い。
それが痛みだと、ナイフを刺されたのだと、気が付くのに一瞬かかった。
「なっ――、どうし、て」
「王妃様が消されたとき、きっと姫様にも漏れているのだろうと、予想する人もいました。けれども、同時に二人も消えるのは不自然だから今はまだいいと……ごめんなさい。こうすれば、私たちは逃がしてもらえるのです。ごめんなさい」
侍女は、震える足で後ずさる。
よく見ると、手も震えていた。
知らなかった。そんな事情は。
しかし姉妹のように過ごした十五年から、きっと彼女もつらいのだろうと理解できた。この裏切りは勇気が必要だったのだろう。
しかし、
「ぐぅぅぅっっっ――、恨んでは上げないわよ!こんのぉ!!!!」
「きゃあああああ!」
アイリは布を噛んでから勢いよくナイフを抜き、侍女に投げつけた。
驚いて離れた隙を狙って、勢いよく窓から飛び降りる。
「え、えええ!?七階ですよ!?……いやそうか、姫様の回復魔法なら……お転婆な!」
侍女は急いで隠し持っていて笛を鳴らす。
城内があわただしくなる中、血の付いた服を脱ぎ棄て、折れた足を治しながら人影が走り出した。
「ここまでくれば、ひとまずは安心ね」
貧乏なせいで修繕が追いつかず放置された穴から城下町に脱出したアイリは民家の裏で休んでいた。
昔、よく遊びに来ていておばあさんの家だ。五年前に寿命で死んでしまったが、帝国を罵るアイリを諭し、いつか平和の暮らしが帰ってくると言い続けてくれた思い出の地だ。
少しだけ懐かしむ目をしてすぐに再び歩き出した。
(この近くに冒険者ギルドがあるはず。このザルダリア州を脱出して、帝都に行って旧皇帝派の陰謀と魔族の事を伝えるんだ。そうすれば、帝国も早く本気を出してくれるはず。この国の工芸品と冶金技術はまだ高い、少しは気にかけてくれるはず。どの道使い潰されるなら、少しでも生き残れる人を増やさないと)
アイリは回復魔法が得意なだけの凡庸な少女だ。
しかし、姫という身分は強力だ。人は権威に弱い。今は領地の一つに過ぎない、元国家の姫であっても、証言には信憑性を感じてくれるはずだ。
それが、ザルダリア王国を使い潰すつもりでいる旧皇帝派への唯一の反抗の策だった。
「嬢ちゃん、冒険者ギルドに何かようかい?」
本人なりにこっそり移動していたのに、後ろから男性に声をかけられた。おじさんというほどではないが、それなりに歳をとっていそうな人だ。軽装だが鎧と武器を身に着けている。
ただの冒険者だろう。警戒を解いて事情を話す。
「ふうん、国の外に行きたいのか。いいよ、俺が安く引き受けてあげよう」
「本当!?」
「ああ。お嬢ちゃんみたいな若い子が街の外に行こうってんだ。よほどの覚悟があるんだろう。任せない」
「ありがとう!いつかあなたにもいいことがあるわ!」
満開の笑顔を見せるアイリに少し気後れした様子だが、すぐに気を取り直して冒険者の男性は先導する。
方向は、冒険者ギルドとは違う。少し疑問に思いながらも後についていった。
「あの、街の外に行くんじゃないの……?」
「おいおい、歩いていくつもりかい?こっちに馬車があるんだよ……ここだ」
向かった先は街の隅だった。さらに言えば、奥まったところにある小さな小屋。
馬車を使うと言われてアイリは世間知らずを恥じる。この町から出たことがないため、帝都だって歩いて行けると軽く考えていたのだ。
先導された小屋に入る。壁は厚く、薄暗い。
「ええと、馬車はどこに……きゃあ!な、なにを!?」
「……まじかよ。こんなにうまくいくなんて。へへっ、悪いことの後にはいいことがあるもんだな」
背中に衝撃を受けて床に倒れこんだ。押し倒す様にのしかかってきた男性は力を籠め、平均的な少女にあらがう力はない。
冒険者の男性は下卑た本性をあらわにしたのだ。
「わ、私をだましたっていうの!?」
「おいおい、ひどいこと言うなよ。この国は反乱を起こしたんだぞ?もうすぐ戦場になるような場所から逃げようってやつを、格安で連れ出すなんてうまい話あるわけないだろ。悪いのは世間を知らないあんたさ」
「やめなさい!私はこの国の王女です!」
「まじで?はははっ!こりゃあ運がいい。あんたはきっと、俺に食べれるために育ったんだな。あっはっはっはっは!!」
「ぐうぅぅっっ!!!」
アイリは抵抗できない。
回復魔法に現状を突破する力はない。貴人の嗜みとしてレベルも多少上げているが、現役の冒険者を相手に腕力で勝てるほどではない。肉体のリミッターを外して壊れながら常時回復魔法で相殺するなんて狂気の術理も習得していない。
従者はいない。権力の庇護からは逃げた、そんな状況で姫という肩書は興奮を煽る材料にしかならない。
「こうなったら……奥の手よ!」
「えっ?――ぐあああああ!!!!!!」
アイリの額に魔法陣が浮かび上がる。魔法陣の外周から全身に魔力を帯びた線が走り、身体能力が一気に増幅した。
男が腰のベルトに手を伸ばすと同時に自分の背中を押さえつける腕をはねのけ、拳を振るう。腰の入っていない腕だけの力で振るわれる、素人のへっぴり腰。拳というより平手打ち。しかし込められた力はゴリラのごとし。
繰り出される威力は尋常ではない。
「はぁ……はぁ……くぅ、こんなところで、一つ使ってしまうなんて……」
額に浮かんだ魔法陣。それはずっと昔、この国がドワーフの大国と交流があった時に持ち込まれた秘術だ。魔法を術式の形で取り込み、本来は使えない魔法を使う王家の切り札。
王妃から継承したものだ。魔力を吸い上げ自動でストックが溜まるが、ストックできる数には上限があり、今は紋様が一つ欠けてしまっている。戻るには時間がかかる。
こんなところで使うつもりはなかった。
「……ああもう、急いで逃げないと、騒ぎを聞きつけた人が来るかもしれないのに……」
アイリは疲れたように倒れ来む。使命感を抱きながらも、まだ十代半ばの少女にとってはつらかった。
「っ!!」
小屋の扉が開く。逃げ道を探すが、間に合わない。
一体どうすれば、必死に考えるアイリに、少年は呆れたように問いかけた。
「……少し前から見ていましたが、すごく根性のあるお姉さんですね。
お姫様なら都合がいい。俺に助けられてくれませんか?」
そう言って、レイは手を伸ばした。




