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61話 帝国留学

 時は流れ新年度が始まった。レイはもう今年で八歳、アロス国王立学園の初等部の三年生。大人から見ればまだまだクソガキだが、一般的には学校や友人関係を通してルールを守ること、他者との協調性、役割意識といった社会性を獲得し集団生活へ適応し始め、自己を確立していく時期なのだ。


「久々の空は気持ちがいいな」

「……レイもちゃんと『見て』なさいよ。私が頑張ってるんだから」

「分かってる分かってるー」


 そんな時期のはずの少年と少女は常識を笑い飛ばす様に飛行船を制御しながら甲板で風を浴びていた。


 レイとユニリンだ。一年ほど帝国に留学という名の追放を言いつけられたレイは万全の準備を整え、今日が出立である。本来ならば馬車で移動の予定だったが費用の削減とインパクトの増大を狙って飛行船の使用をねじ込んだのだ。

 提案に対して渋い顔をした人たちもいたが、国王陛下の鶴の一声の前には誰も逆らうことなどできはしない。関係各所との調整にはレイも協力したがそれも国王陛下の威光ありきなので頭が上がらないとはこのことだ。


「ユニリン殿、リリア皇女がお呼びです」

「何かトラブルでもあった?」

「いえ、この飛行船の原理を詳しく知りたいと」

「んーどうする?」


「行ってきて。周囲の見張りは俺がしてるから」

「分かったわ。また後でね」

「助かるよ」

「ふふん!これくらいどうってことないわよ。学園長が手伝ってくれたのはレイのおかげだもの」


 中でも協力を取り付けるのに苦労したのはユニリンだ。


 レイの働きかけのおかげで王立学園に特待生制度が導入されることになり学園長は夢が叶ったお礼にとエルフの秘術、精霊契約の術式を開示してくれたのだ。これをユニリンに持っていくと大変喜んでくれた、ようやく人体に魔法の術式を刻む、人体のマジックアイテムが実現すると。レイとしても夢を現実にするための大きな要素だったため実現してほしかったので成功は非常に喜ばしい。

 しかし結果としては上手くいったのだが……最後の一歩に非常に時間がかかったのが問題だ。発表は来年度の夏、これを逃すと大きな発表の機会はない。


 そんな時間的な余裕が無い中で飛行船の調整もしてほしいとお願いするのは労力的に大きすぎてレイとしても心苦しかったが、ほかに信用できる人がいないからと頼み倒したら承諾してくれた。

 ありがたい限りだ。


「怪しい人影は無し。順調な旅でよかった」

「本当に無いのか?」

「ええ、あなたは怪しくない人影です」

「ふんっ、生意気な」


「……いや待てよ、やっぱり訂正します。ここに護衛対象の傍から離れるサボりがいますね」

「はっはっは。馬鹿を言え、俺の役目は外敵の排除であって身の回りの世話はフィニスだけだよ」


 背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 ギルメ・エンギル。船に乗っているリリア皇女の護衛だ。


「こちらは異常なしですが、そちらは何か見つけました?」

「いいや、俺の目にもなぁーんにも起こってない。暇なもんだ」

「いいことですね」

「ああ。こうしてさぼれるくらいにはな」


 へらへらと気の抜けた笑みを受けべるギルメ。彼がいうなら、本当に危険なものはないのだろう。


(装備もいいのに新調したし、早く使いたいな)


 衣服の下に仕込んだ武装に意識を向ける。

 今までは王国の兵士に支給される一般的な装備を身に着けていたが、多額の金銭が手に入ったのでより良いものを買ったのだ。青色に輝く特殊な金属で作られた全身鎧はよく見ると布であり、魔力を通すと鎧の強度を得る、日常生活と戦場のどちらでも使える優れモノだ。


 これで気が向いたらふらった迷宮に魔境に戦場にどこにでも行ける。

 騎士より冒険者が好む服だよとユニリンには呆れられたが、レイとしては大満足な買い物だった。


 ちなみに以前のやつは孤児院にあげた。

 きっと将来十倍ぐらいの価値になって帰ってくるだろう。


(帝国に着いたら、この船を押し付けれれないかな。レアものだから手に入れたけど、うまく運用できないし……何より整備すら大変だ)


 将来への投資も大切だが常にかかる維持費用の削減も考えなければならない。


 この飛行船は迷宮で獲れた古代の超高性能なマジックアイテム、アーティファクトである。アストラ公爵家が取り潰しになった時に確保したものだ。二百年もポイントを貯めて迷宮から購入した超激レア品であり、アストラ公爵家の権威の象徴。奪いたくなる理由は十分すぎる。

 しかし、完全にレイの独断で手に入れた物であり、レイの個人的な所有物にはなったが同時に維持費用もレイの個人負担である。


 大きすぎて置き場所にも困るし毎月の掃除とメンテナンスでも膨大な費用が飛ぶ。持て余しているというのが正直なところだ。レアものだという理由だけで手に入れたのは軽率だったかもしれない。数多くの功績を立てた際に陛下から……もしくは国からお金をもらっているが、それも有限だ。減らせるなら支出を減らしたいのは当然だろう。

 陛下に何とかしてもらいたかったが、さすがに無理だったのだ。財務大臣まで敵に回られたらレイでは覆しようがない。


 もとはアストラ公爵家の権威の象徴だったので売る相手を探すのすら難しいが、皇帝なら役不足なんてことはない。どうにかして売りつけられないだろうか。


「平和だなぁ」

「空には地上の喧騒も届きませんからねぇ……」


 未来のことを考える余裕すらある旅路。アロス国とララクマ帝国の中でも上位の面々を護衛にした飛行船は、魔物の襲来すらなく帝国に到着したのだった。





「ここが帝国か。でっかいなぁ」

「正確には帝都と呼ばれる街らしいわね」


 本来ならば馬車でかなりの時間をかけて到着するほどに距離があるが、空を移動する飛行艇にとっては大した距離ではない。レイによる動力の過剰活性とユニリンの制御力をもってすれば、やろうと思えば一日でも着く。

 今回はそこまではしなかったが、かなり早い時間で到着した。


「着陸は……どこだろうね」

「あれじゃない?」


 留学について来たアルトと空から帝都を見ていると、確かに大きな広場と多くの人影が見えた。

 よく見るとこちらに向かって手を振っている人影も大勢見える。帝国でも飛行船は珍しいのだろう。


 それはそうか。これほど大きい飛行船は今の時代だと迷宮でしか取れないはずだし。


 おそらくリリア皇女が指示を出してくれているのだろう。飛行船はゆっくりと広場に向かう。レイたちは街から攻撃魔法が飛んで来やしないかと目を光らせているが、とても良いことに何事も起こらず着陸できた。


「ようこそ帝国へ、歓迎しよう」

「――――――え”」


 飛行船から降りると帝国側の迎えが来た。

 先頭に立つのは妙に偉そうな人物。


 どこか、見覚えがるよう。

 特徴に、思い至る何かがあるような。


「……――お父様!?なぜこちらに!?」


 リリア皇女が悲鳴をしゃべり終わる前に即座に跪いた。


 今回の留学はあくまで副次的なものであり、主目的はアロス国の事を紹介する博覧会を帝国で開き、成功させること。これは長年戦争をしていた元敵国同士が今後は友好的な関係を維持できるのかを左右する。

 つまりはレイたちは留学生であると同時に外交使節でもあるのだ。一挙手一投足が個人ではなく国家の代表であり、万が一にも無礼な真似は避けねばならない。


 レイと同じく他の面々も跪く。唯一跪かないリリアだけが皇帝にたてつく。


「お父……こほん、ガロリアス皇帝陛下、御身が直接この場に赴くなどあってはならないことではありませんか?勝利と栄光に満ちたララクマ帝国の頂点に御座しますお方が門番の真似事など己の品位を傷つけるに等しいことです」

「俺に品位などいらないさ。もとより十年前に帝位についただけの元平民だよ。

 お前たち、表を上げろ。立ってよいぞ」


 指示が来たので顔を上げ、立ち上げる。

 まだ口は開かない。ララクマ帝国の皇帝は荒々しく寛容だと聞いているが、そのうえで用心に用心を重ねるのが政治というものだ。


 意図してルールや慣習を破るのは良いが、うっかり破ってしまうのは良くない。


「会いたかったぞ、未来の英雄、レイ。灼熱鬼の時は世話になったな。あの時馬車に乗っていたのは俺なんだ」

「――……いえ、お礼なぞ。皇帝陛下であれば、おそらく倒せたでしょう」

「はっはっは!どうだろうな、死なずとも傷一つでも負ってしまえば実質負けなのが王なのさ」


 銀色の髭が揺れるほど大口を開けて豪快に笑うガロリアス陛下。言葉を常識的に受け取れば勝てないと言っているようだが、実際は逆だ。

 十年前、まだ二十代にころに立ちふさがる実力者たちをなぎ倒し、先代皇帝の首を刎ねた英雄、ガロリアス。その実力は実力主義を標榜する帝国の頂点にふさわしいほど。


 間違いなく、ララクマ帝国最強の戦士だ。


「……陛下、立ち話を続けるつもりですか?早く城に行きましょう」

「分かってるよ。俺がいたらみな気が休まらないだろうしな。リリア、レイ。また後で」


 そういうと、皇帝陛下は去っていった。

 その足取りは非常に堂々としている。通常ならば護衛を付ける立場でも、自分以上に強い奴はいないという圧倒的な自負が目に見えるようだ。


(……あっちも強いな。たぶん、いや、間違いなく武門十七衆の上位……)


 軽い調子で皇帝陛下に声をかけた男性。青年に見えるが、おそらく実年齢はもう少し上だろう。

 去っていく背中は非常に遠く、高く見える。向こう一年の帝国生活が非常に波乱で、そして楽しいものになるだろう予感がした。





「………」

「なんだよ姉さんその目は」

「いやな予感がして……今の私たちは国の代表の一部なのよ?ちゃんと周りを意識しなさいよ?分かってる?」

「もちろん分かってるよ。暴れる時は功績で帳尻が取れるようにしてから、でしょ?」

「それは最後の手段、最後の言い訳だからね?」


 未来に思いを馳せながら楽しそうにしているレイに、アルトはますます嫌な予感を覚えるのだった。

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