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59話 王都動乱

 その日、アロス国王都はどこか逃げ出したくなるような浮足立った不穏な空気に包まれていた。


(変な空気、何かあったのかな)


 軍事区にある大衆食堂黄金亭の看板娘、タニアもそわそわと落ち着かない様子だ。いつものように母親が入れた竈の熱で目が覚め、いつものように店の前を箒で掃いていると、いつもと違って聞こえてくる声が少ないことに気が付いた。

 いつもなら隣の家のお姉さんがこっそりお菓子を分けてくれるのに、今日はない。いつもなら向かいの家のおじいさんが花壇の手入れをしているのに、今日はしていない。いつもならこの時間は配達のお兄さんが通るのに、今日は通らない。


 一つ一つはたまにあることだが、全て重なることは覚えがなかった。


(いつもより、みんな食べるのが速い、ような?)


 お昼の時間になった。お客さんの数が少ない気がする。

 タニアはまだレイと同い年の子供だが、厳しく躾けられたため能力が高い。魔力で強化された肉体で重い料理も配膳できる。

 途中で熱々の肉汁が指にかかったが、不思議なことにタニアには火傷一つない。


「おい聞いたか?西の方で火災が起こったらしいぞ。魔術師ギルドのやつらがなんかの実験に失敗したって」

「聞いた聞いた。それに帝国のやつらが作ったでかい建物でやばい病気が流行ってるらしいぞ。そいつらが王都に入ってきたって」

「まじかよ。くそっ、やっぱ追い出した方がいいだろあいつら……」


「なあ聞いたか?大広場で馬車が玉突き事故を起こして大変なことになっているらしいぞ。そのせいで居合わせた冒険者が怪我をして暴れたらしいんだ。そしたら馬車を壊しちゃって、中からご禁制の薬が出てきたって。おかげで衛兵たちが王都中の商会に乗り込んでもう大変だよ」

「そんなに沢山の騒ぎが起こっているのか!?だから上長が不機嫌だったのか」

「こっちの仕事も遅れたからな……なあ今から酒を飲んじまおうぜ。どうせ今日はもう仕事にならないって」


 食器の片づけをしていると周囲の人たちの会話が聞こえてくる。

 みな不安を吐き出しあっているせいで悲観的な考えばかり浮かんでいるようだ。


(そういえば、この前の男の子たちは無事かな?)


 ここは軍事区。兵舎に訓練場に冒険者ギルドが近くにあるためタニアも怪我人や不意の流血もそれなりに見慣れているが、どれも大人だ。歳が近い子供が怪我する光景はあまり見たことが無い。

 食器を運びながら、最近はよく食べに来る友人たちを案じていた。





 王都中で騒ぎが起こっている。ある場所では火災が起こり、ある場所では喧嘩が起こり、ある場所では道路が壊れ、ある場所ではデマが踊る。その数は三十以上。ここまでの騒ぎが同時に起これば衛兵たちは対抗しきれない。

 そんな中でさっそうとブルースター家の騎士たちが現れた。まるで事前に準備していたかのような迅速な対応に皆驚きながらも辛うじて平穏が保たれていた。


 騒ぎから少し離れ、三つの影が広場にあった。


(けが人はいても死者は出ていないようだな。おそらくレイを追放しないならこれ以上のことをする、という意思表示だろう)

(その予想、本当に合ってます?そんなことをすればアイビー公爵派も立場が悪くなりますが)

(死なば諸共という奴だろうな。レイのやつ、追い詰めすぎだ)


 彼らは木の葉の構成員だ。裏の騎士団である木の葉は水面下で行われること全般にかかわっている。暗殺や暗闘だけでなく街中で起こる暴動への秘密の対応も仕事の一つである。


(騒ぎは全部で三十七か所。半数は噂に踊らされているだけだが、衛兵たちは対応が追い付かなくなった。ブルースター卿が動かなければ死者が出ていただろうな)

(ずいぶんと丁寧だな。あくまで目的はレイの命だということか)

(あいつ、落としどころを設定せず引き抜きまくっているからな……危機感を覚えるのも当然だろう)


 レイがやっているような勧誘や他の勢力の破壊は良くあることだ。中には身内を誘拐して強引に勧誘したり非合法組織を動かして暴力的な破壊活動を行ったりする者もいると思えば、回復魔法を主軸に活動しているレイは穏便な方だろう。

 だが、交渉もなく限度もなく引き抜くことはまずない。まずは勧誘の意思を伝え、うまくいかなければ報酬や条件を釣り上げ、場合によっては暴力も交える。またうまくいく、うまくいかないという結論も曖昧だ。派閥の移動はせずとも緊急時には消極的に協力し合ったり、また万が一にもクーデターが起これば傍観を約束したりと、有権者の立ち位置を動かせれば成功ということもある。


 この一連の流れには最低でも一年、場合によっては十年以上かけることもあるのだ。一年もかけずに何人も引き抜き相手の立ち位置を動かしているレイがいかに性急なことか。

 アイビー公爵派が非常に強い危機感を覚えるのも当然だ。レイは国王派なので実質的には国王派に流れているが、まだ大丈夫。まだアイビー公爵派も十分に大きい。


 しかしいずれは限界が来る。

 そしてレイがブレーキがなく、いつか来る限界はいつか必ず訪れるならと早期に暗殺しにかかっているのだ。


(全く、仮にも見習いとはいえ木の葉の構成員なら節度を覚えてほしいものだな)

(しかも昨日ペペセルトさんにつかまって今は牢屋の中なんだろ?めちゃくちゃだな)

(お前たち、余計な思考をするな。俺たちは陛下の影、政治的な思惑に思いを寄せる必要はない。作戦通り侵入してくる敵の主力を撃破することだけ考えればいい)


 リーダー格の言葉に気を引き締める。

 そう。彼らの目的はもうすぐやってくるだろうレイを狙う暗殺者の撃退だ。


 レイはやりすぎたのだ。

 一年の王都での謹慎が終わるころに、ゲオルグ国王は説教と共にある程度の成果を取り上げて、同時に貴族たちとの間に入り仲介して軋轢を解消する形で収めるつもりだったが、レイの動きもアイビー公爵の動きも想定以上に早かったのだ。


 考えようによっては当然でもある。ゲオルグに限らないが集団を収めるものは常に自身の正統性を維持しながら集団を制御し適切な時に適切なだけ動き、また不要な時は動かないのが大切だ。

 失敗してもそれ以上に成功すればいいやという考えのもとで暴れまわるレイを暴力以外の方法で制御することは出来ない。


(陛下の秘密主義にも困ったものだ)


 木の葉の構成員たちにとって一番面倒なのは、この不満をどこにぶつければいいのかが分かりにくいことだ。

 一番目立っているのはレイだ。しかし目立っているだけだ。ここまで話が大きくなっているのは、レイから権限を取り上げない国王のせいでもある。権限を取り消す権利と義務を有する国王が放置しているということは、すなわちレイの行動は国王の意思に沿っていると解釈される。


 つまり文句は国家の所有者たる国王に言うべきなのだ。


 言えるはずもない。


 一構成員に過ぎない自分たちが上の意思を知る必要はないという理屈は分かるが、ここ最近は少し変だという不満を抱えていると、彼らの元に、木の葉の構成員がやってきる。伝令だ。

 何かあったのかと問うと、非常に険しいかとで答えた。


(……レイが脱獄した。おそらく自分で襲撃犯を倒したいんだろう)


 熟練の構成員たちですら思考を止める異常な報告。

 聞き間違えかと問いかけると、一瞬遅れて、王都の外からすさまじい魔力と爆音が鳴り響いた。





 王都の外。森の小屋。


「まさか作戦直前に標的が牢にぶち込まれるとはな……」

「国礎十五柱第三柱、【暗闇】のペペセルトか……誰が動かしたんでしょうね。このような手を打ってくるなんて」

「確かなのは襲撃作戦の直前で標的が牢に入ったということだけ。本人の意思か、それとも国王か国王の部下の思惑はは不明だ。このタイミングになったのはただの偶然っていう可能性だってある。そう過剰に怖がるな」


 小屋の中には三つの影がある。男性二人に女性一人。みな腰に剣を佩き一人一人が強者の気配を放っている。


 この世界では個人の能力の差が激しいのはもちろんだが、それ以上に一つのスキルを極めると絶大な力を手にすることもある。武術もその一つだ。例えば剣術スキルの場合、最初はただ刃が付いた棒きれのようにしか扱えないが、スキルを磨くうちに剣に魔力や闘気を載せ、岩や魔獣といった普通は斬れないものが斬れるようになる。

 さらに磨くと今度は間合いが剣の長さよりも長くなる。剣を振るえば樹々ごと魔獣を両断し、魔法使いの放った魔法すら斬り捨て、終いには空さえ切り裂いたという伝説すらある。そんな破壊的な技に人道を踏み外すほど魅了されたものたちが多くいる。


 【剣霊童】という暗殺者集団もその一つだ。伝説によると剣霊という剣に取りついた幽霊に剣術を教わり、当時悪政を振るっていた貴族の配下の騎士たち千人を相手に、十にも満たない歳で、魔力を使わない身のこなしと剣技のみで皆殺しにしたという。

 それだけで終われば庶民たちに称えられるタイプの美談だが、何の背景もない孤独な少年が千年続いた貴族家を皆殺しにした事実を危険視した周囲の貴族たちは抹殺することにした。しかしこれまた少年は返り討ちにした。屍山血河の中で人々首を垂れるものと、少年の剣技に魅入られ弟子入りを志願するものであふれたという。


 彼らはいつしか姿を消したが、同時にある伝説が生まれた。

 曰く、世界のどこかに剣に魅入られた者だけで構成される集団がいる。彼らは時折暗殺で外貨を稼ぎ、同じように剣に魅入られたものを仲間にしている、と。


 それが剣霊童。剣の煌めきに魅入られ、秩序と相容れない生き方に落ちた外道たち。この小屋にいる三人の剣士もそうだ。美しい剣を手にするために鍛冶屋を襲撃し、命と共に剣を奪うことで社会からはみ出し、同志たちに拾われ、剣の聖地とを行き来しながら暗殺業に従事している。

 仕事ぶりは良好。剣に惚れても才能が伴っているとは限らないため多くの者が死の恐れがある訓練を受けてそのまま死ぬ中でも生き延び、今では公爵から暗殺を依頼されるほど。


 中級上位の霊剣士が二人に上級下位の剣将が一人。冒険者で言えばC級が二人にB級が一人だ。平均的な軍隊が相手でも余裕をもって勝利できる。

 それも、殺人に一切の抵抗が無いのだ。危険で言えばさらに高い。


「仕方がない。撤退だな」

「いいのか?作戦の失敗は私たちの評判が低下につながるだろう」

「構わないさ。外貨は別の手段で稼げばいい。それに、国礎十五柱が出てくれば撤退していいと契約の際に取り決めてある。落ち目の公爵に付き合い必要はない」


 撤退のために立ち上がろうとする。

 その瞬間、虚空より光の奔流が襲い来る。

 続いて炎、土、水。災害のような衝撃。小屋の周囲一帯が消滅した。


「暗殺者に逃げられるのは困るんだよ。最近は王都に閉じ込められて、いいとこ無くてさ。功績が欲しんだ。他の人に倒されちゃうにも良くない」


 大嵐が過ぎ去ったように乱雑な森だった場所に舞い降りたレイが口を開く。


「死んだふりは無駄ですよ。生きているのは分かっています」


 物陰から無傷の三人が現れる。


 三人との殺意と闘志に溢れている。

 いや、これは剣気や斬欲とでもいうのだろうか。予想外の事態に対する怒りと不満、それらを上回るほどの斬りたいという欲求が顔に出ている。


「……信じれらんな。ここは王都の外だぞ。お前は、王命で王都から出るなと言われているはずだ」


 そう。展覧会場と違って増築したからここまではセーフなどどいう綱渡りですらない。

 明確な王命の無視だ。三人の中で最も立場が高く、己を律している剣士の信じられないものを見る目も納得だ。


 だが、レイは不敵に笑う。


「すぐ戻る。お前たちの首も持って帰れば、ぎりぎりで大丈夫だ」

「…………何が大丈夫なんだよ、クソガキめ」


 無茶苦茶だ。根拠が乏しい。大丈夫なわけがない。愕然とする。

 しかし、目の前の小僧が本気で言っているのは理解できた。


「戦うしかない、か」


 言葉とは裏腹に、表情は歓喜が染まる。暗殺任務の前後は騒ぎを起こさないために誰も切らないようにしているのだ。たまった斬欲をようやく発散できる。


「夜忍のクオラ」

「紅顔のジュグラ」

「幽形のロウゲツ」


「「「参る!」」」

「レイだ。死ね」


 レイも抜刀する。

 剣に命を捧げた三人は、思わず、その剣の美しさに目を奪われた。


 その美しさに、正体にも察しがついた。

 標的の少年は灼熱鬼を討伐した際に、健国王に仕えた騎士が使っていた剣を下賜されたと。


 素材となった龍の名は、霊銀山龍。


「吼えろ、銀龍」


 銀と紫の中間の色の剣が輝くと、銀のように美しい薄紫色の魔力が空を覆う。剣を通して吹き出すレイの膨大な魔力は龍のいななきのように響き渡り、王都と周囲にある衛星都市たちにまで届くほど。

 龍は肉の体を持ちながら精霊にも等しい魂を有しており、死んだ程度では死に尽くすことはない。武具の素材にすれば生前に有していた能力を使用でき、力を引き出すほどに薄紫色の剣からはまるで浸食してくるように右手に色が移り始めていた。


「まだ認めてくれないのか。まあいい、いずれ使いこなしてやる」


 レイの目にはこちらを睨んでいる龍の魂が見えている。剣に収まるほど小さいのに長く大きい、物理法則が通用しないような矛盾する情報を受け止めながらも龍の力を引き出し、剣を大地に突き刺す。レイを中心に地面から土の棘が大量に生え、三人を攻撃する。

 鉱物操作。生物よりも精霊に近い、魔力を食べる銀色の龍が有する能力の一つだ。生前は鋼やアダマンタイト、ミスリルやヒヒイロカネといった鉱物を混ぜ合わせて身に纏いあらゆる攻撃から身を守り、攻撃の際は大地全てを武器としたという。


 伝説に比べれば地味だがレイの攻撃も伝説を連想させるほどには大規模だ。無数の槍のような棘は勢いを落とさず拡大し、周囲の動植物を巻き込んで紫の花畑が咲き誇る。ところどころに混ざるの異色は血と泥だ。


「聞いていた以上に強いな!」


 しかし、大地が変化した程度で死ぬほど剣霊童の暗殺者たちは弱くない。霊剣士二人は脇腹と腕を負傷しながらも、棘を切り裂き先陣を切る無傷の剣将と共に保有する能力を引き出す。

 剣霊童の剣士たちは入団を認められると霊剣という特殊な魔装のようなマジックアイテムを与えられる。霊剣には小さな剣霊と呼ばれる特殊な精霊のようなものが宿っていて使い手と共に唯一無二の姿に成長するのだ。中級以上である彼らは当然、全員が特殊能力を有している。


「こんな開けた場所では、使いたくないんだけどなっ!」


 夜忍のクオラが剣に魔力を流すと刀身が黒く染まり、足元の影が急速に鉱物の棘を覆うほどに大きくなる。レイは嫌な予感がしてジャンプしながら後方に飛ぶが、悪手だったようだ。膨れ上がる影がレイの影に触れると、レイの体に不調が起こる。音が遠くなり目がかすむ。影は一定の範囲に広がると上方向に向かってドームを作り始めた。

 影域という能力だ。クオラの奥義であり触れたものに大量の負の付与魔法を多重にばらまく凶悪な能力。まだ中級剣士であるクオラが暗殺任務に参加している最大の理由でもある。


 もっとも、肥大化した影と重なっただけで効果を発揮するという手軽さと、五感を封じる力と相まって街中で使用する時に最も脅威を発揮する能力なのだが。


「魔族って聞いたけど本当みたいだね。そんなに固そうな肉は魔物でもそうそういないよ!」


 影域の内部では能力者に祝福されたものは負の付与魔法を受けない。

 紅顔のジュグラが剣に魔力を流すと、剣と唯一露出している顔が赤く染まる。これで角が生えていば赤鬼だ。身体能力が向上し、一足でレイの元へと到達する。


「ちっ、早いな」

「なんと、見えているのかい!?でも遅いんだよ!」


 一刀目を防がれた勢いを落とさずに捻じりこむように連撃を繋げ、首に迫る。しかし刃が届くことはない。レイはまだ剣の腕は達人たちには届かないが、魔力操作は既に上から数えた方がはやい。周囲の棘を射出して剣を防いだのだ。さらに追加で棘を生やして追い打ちをかける。

 しかし、一瞬だけ遅かった。赤く染まった剣が首にわずかに掠り、目には見えない紋章が刻まれた。


 紅呪標と呼ばれる呪印の一種だ。斬った相手に呪いを刻み、相手を呪殺する遅効性の呪い。死ぬまで時間がかかる反面効果は非常に強力で、彼女はかつてある国の騎士団長を呪い殺したこともある。

 彼女がまだ中級剣士なのに暗殺任務に参加している最大の理由だ。同時に対象には強力な呪毒を付与する。一定時間後に死ぬのではなく一定時間をかけて効果を増していき耐えられなくなって死ぬのだ。レイの体内で呪いが暴れまわり体温が上昇、熱で頭が重くなり意識が耄碌する。時間経過で幻覚まで見えてくるだろう。


「これで終わりだ」


 幽形のロウゲツが剣に魔力を流す、剣が溶けるように魔力に還元され、担い手の魔力と混ざり合い新しい剣に生まれ変わる。幽霊のように向こう側が見える半透明の刃に墓標のように黒い柄。不吉な見た目の剣を構えて迫りくる。

 対するレイはとっさに間に土の壁を製作する。分厚い壁は圧縮されており硬度が高い。早々切れるものではない。


 しかし、なんと、壁をすり抜けてレイに到達した。

 上級剣士である剣将は剣霊の力を顕現させた霊装という特殊な魔装を発動できる。能力は自分の異名でもある【幽形】。幽霊のように壁や床をすり抜ける。たいていの貴族の屋敷や砦は彼にとって守りが無いに等しい。


「【幽穿】」


 刀のような形状の剣より刺突が繰り出される。

 この技を防ぐにはどうすればいいのか。ただでさえ大量の負の付与魔法によって目は霞み、耳は遠く、頭は重い。それに加えて守りを幽霊のようにすり抜けてくる剣の達人を相手にどうすればいいというのか。


「【破邪顕聖】」

「むっ!」


 答えは簡単だ。幽霊を祓うときと同じことをすればいい。

 聖属性の魔力は神に従い世界を神の望む姿に変えるという。病めるものを癒し死を生に染め混沌を秩序に塗り替える。

 これは輪廻転生という理に反して地上に残る幽霊に対しても同様である。強力な聖属性の魔力を浴びせられたロウゲツは強烈なダメージを負い距離を取りながら霊装をとっさに解除する。


「今のを生き延びるか。恐ろしいものだ」

「私たちの能力、本当に効果があるの?あんなに動けるなんてありえない」

「……これは、判断を誤ったか」


 無感三殺。音、気配、姿を封じたまま確実に仕留める、上級上位の剣王に自分にも届くと称賛された連携奥義だ。人間は攻撃力に反して防御力はあまり鍛えられない傾向にある。毒や呪い、病などに関しても同様だ。

 だからこその彼ら三人が暗殺任務をよく割り振られるのだ。


 だが。


「最近うまくいかないと思っていたけど、これは思わぬ幸運だ。運の振り戻しって本当にあるのかも」


 並大抵の騎士や冒険者なら動けなくなるほどの毒と病と呪いに侵されながら、見えないはずの影域で三人の方を見つける。

 なんら不思議なことはない。レイの回復魔法と慈愛の権能と、聖眼は剣霊童の剣士たちの能力より上位の能力だというだけだ。


「もどきだけど、まあいいか。その剣たち、欲しい。寄こせ。魔装が使えないから当面の代わりにできそうだ」


 全てのダメージを癒し、付与魔法をかけ終わったレイが牙をむく。

 霊銀山龍の剣を通せばレイの魔力に龍の性質が加算される。他を優越し、万象を弾く龍の装備。もしも使いこなせれば剣霊童最上位の剣神とも戦える、この世界でも最上位の武装の一つ。

 加えて、本来ならまだうまく使いこなせず肉体を浸食されるが、レイの癒しの力は龍からの浸食すらはじく。何時間だろうと戦える。


 負ける理由は何一つない。


「剣を寄こせとは……お前は、俺たちの組織と相性がよさそうだな」


 珍しく本心から笑いながら、剣士たちは剣を握りなおす。

 彼らは人道を踏み外すほどに剣に魅入られている。剣を手に入れるほどなら、初対面の恨みのない鍛冶師を殺して強盗するほどに。


 剣が欲しいから殺す。彼らにとっては、物事の道理よりも優先するほど当たり前のことだった。





「…………さて、姉さんと陛下になんて言い訳するか」


 三つの死体から剣を剝ぎ取ったレイは、王都の方から押し寄せてくるアルトと近衛騎士団を見ながらつぶやいた。

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