56話 学園襲撃事件
アロス国の第一王女ローレンティア・アロスと第二王女アンリム・アロスの一日はレイに起こされるところから始まる。
「もう朝……?」
「う……んっ…………」
「はい、もう朝の四時ですよ。起きてください」
目を開けると見知った笑顔が見える。レイだ。二人にとっては使用人であり、治療師であり、誘拐から助けてくれた命の恩人である。なんでも周囲の大人がいうには居候でもあるという。
しかし、二人にとっては大切な友人で弟分だ。いつも自分たちの後ろをついてくる姿がかわいらしい。アンリムの提案で始まった朝食会は心の距離を縮める効果が確かにあったようだ。
ぼんやりした頭で手を伸ばすと、握ってくれた。ひょいと引き上げられ、手を引かれて着替えさせられる。
レイが持ってきた朝食を食べて、学園に行った。
初等部の講義は午前中で終わり帰宅となる。午後の予定は日によって様々だ。この日は家庭教師が教えに来る日。学園は午前で終わっても、上級貴族にもなれば他の家の子に後れを取ってはならないと自宅で勉強するのだ。貴種の頂点である王家ならばなおさらである。
家庭教師に教わる内容は様々で、例えば音楽の日は歌唱や舞踏、絵画に刺繍。礼儀作法の日は挨拶や立ち振る舞いに晩晩餐会での作法。国内の政治や外交への理解、宗教儀式を教わることもある。
もちろん普通の学園で教わるのと似た勉学もある。今日のように。
「あら、レイがいないわね」
「珍しいわけではないけど、今日は一緒にお勉強をするはずでは?」
「申し訳ありません。なんでも学園のほうで用事があるとか」
この家庭教師の授業にはレイも参加する場合と参加しない場合がある。今日は参加するはずだったのだ。
レイは一応の身分は姫様たち専属の使用人兼治療師だが、周囲からは心配されるほどの頻度で姫様たちの傍を離れて行動している。それはギルバートを始めとした裏の騎士団に従事するときやユニリンとの研究を進めるときなどだ。ゲオルグ国王からの許可を得ているため職務上は問題はないが、姫様たちは少し寂しそうな顔をしている。
「もっと一緒にいられないかしら」
「うーん……アララ、何か考えはない?」
「難しい話ですね」
話を振られた家庭教師の女性、アララは演技かかった様子で首を傾げた。
「私も何度かレイ君とはお話しましたが、あの子は万年に一人の天才です。あの年で大人に混ざって活動できるだけでも称賛に値するのに、部分的には大人以上の実力を持ち成果を叩きだしています。いずれは健国王の逸話を再現した劇で同時にレイ君をモチーフにした劇も見られる日が来るでしょう。賢神様に祝福された逸材かもしれませんね」
「そう……あなたがそこまで言うほどなのね」
「むぅ……」
アララの言うことは大袈裟ではない。お姫様たちの命を救ったこと、ララクマ帝国と続いていた戦争を終わらせたこと、アストラ公爵の反乱を未遂で終わらせたこと、建国神話に名高き灼熱鬼を倒したことなどなど。一部に欺瞞や政治的なプロパガンダを含んでいるが、それらを差し引いたとしても既にアロス国の歴史に名を刻むだけの膨大な功績である。
もっとも、レイは好き勝手にやらかしまくっているため減点も非常に多いのだが。
しかし歳の近い弟分が自分たちを遥かに超える量と質の功績をあげている事実に気後れしているのか、姫様たちは俯いてしまっている。
「そう悲観しないで下さい。私の見立てでは、姫様たちだって彼に負けていませんよ」
「ほんとう?」
「身に覚えがありません」
アララの言葉に疑わしそうに、しかして希望を抱くように顔を上げた。
「自覚出来ないのも仕方のないことですよ。武力というのは誰もが見て理解できる、分かりやすい力ですから。しかし世の中の力とは武力だけに限りません。政治や為政者としての能力など多岐にわたります。王立学園を首席で卒業した私が断言しましょう。姫様たちの才能は決してレイ君に引けを取りません。しかしレイ君とは方向性が違うためまだ目には見えないだけです」
「ほんとう?」
「ほんとうなの?」
「ええ、本当です。なので今大切なのは、いつか必ず来るレイ君と一緒に活躍できる未来のために、出来る限り勉強しておくことですよ」
「分かったわ!」
「分かりました!」
アララの言葉に背中を押され、やる気に満ちた顔で参考書を開く。
そう。まだ今日中に進める範囲に全く手を付けていないのだ。家庭教師の仕事は勉強を教えること。宮仕えにさぼりはもちろん遅れもありえない。
「ところでアララ、レイの学園での用事って何なのか聞いてる?」
「そうですね、私たちをほっといて別の場所に行くなんて失礼です。しかも私たちに何も言わないで。もしかして、とっても大変なことに巻き込まれているのでは?」
「たぶん大丈夫ですよ。それより今はお勉強です」
「……アンリムの言うとおりね。レイは抜けてるとこも多いけど、私たちとの約束を守れないときは必ず直接謝りに来ているわ。今回は人伝てでなんて……よっぽどの大事よ」
「でしょう!?」
「考えすぎだと思いますよ。それより今はお勉強ですよ」
「「むぅ……」」
平和な風が流れる王宮で、お姫様たちと家庭教師の戦いが続いていた。
「どこに消えた!?」
「探せ!必ず探し出して殺すんだ!!」
一方そのころ、学園地区の入口前で爆炎と怒号が響き渡っていた。突如降り注ぐ火の攻撃魔法。ちょうど一人しかいない瞬間を狙ってきたとはいえ、少し離れたところには多くの人がいるというのに大胆な襲撃だ。
襲撃者の数は多い。七人はいるだろうか。全員が剣を持ち、魔力を滾らせている。先ほどの魔法は魔法攻撃担当がいるというわけではなく、全員が近接戦闘用の武術と遠距離攻撃魔法をどちらも習得しているということだろうか。だとしたら相当な強者だ。
(誰の差し金だ?最近もめてるアイビー公爵派か?コンボロス公爵の息子が分断工作を仕掛けてきそうって話も聞いたな。それとも王家と敵対的なオーレリユ公爵家?それとも帝国の……だめだ、身に覚えがありすぎて絞り切れない)
熱気を避けるように建物の陰に隠れながら、レイは面倒くさそうな顔で暗殺者たちを観察していた。
つい先ほど、自室に戻る途中で学園長から特待生制度について進展があったから直接会って話したいという旨の手紙をもらったため、姫様たちと勉強する予定を破棄して学園に戻ってきた。今はその帰りだ。
襲撃者たちがどうやってレイの行動を掴んだのかが気になる。どうやって調べばいいのだろうか。
(……いや、考えるのはいったん止めだ。全てを俺一人で考えるとか無理。襲撃者たちも周りの子は傷つけないように気を使っているみたいだけど、事故が起きるとまずい。俺のせいにされるかもしれないし。
さっき支持を出していたやつがいたな。あいつがリーダーかな。さっさと倒してしまう。ギリギリ学園内で起きた事件といえるし、問題解決は学園長に丸投げする。それで問題が起こればギルバートさんとコンボロス公爵あたりが何とかしてくれるだろう)
「いたぞ!」
「【熱飛剣】!」
ひょいと路地から飛び出すと、即座に襲撃者たちが襲ってきた。
斬撃を飛ばす【飛剣】の派生上位武技、【熱飛剣】。剣術と火魔法の複合武技だが、炎を纏わせるのではなく圧縮して超高温の斬撃を飛ばす高度な技。焼き切るのは一緒だが周りに燃え広がらないため街中での戦闘ではこちらの方が望ましい。
剣速もかなりのものだ。常人であれば影すら視認できないほど速く、切れ味はオーク程度なら百匹でもまとめて胴体を切り落とすだろう。スキルレベルは6はありそうだ。冒険者ならB級に届く。だが、今のレイにとっては驚く点に特にない。剣の腕はレイやアルトも同じくらいはあるし、ギルバートなどの師匠や教官、戦ってきた敵にはさらに上の使い手もいた。しっかりと目で追えし、防げる。
強いて言えば、問題なのはどう防ぐかだろう。背後には建物がある。人もいるかもしれない。ここが街の外なら回避するが、ここは周囲の被害を抑えるために魔術で防い――。
「――あ”?」
飛んできた斬撃が、レイの胸を切り裂いた。
「なに!やったか!?」
「ま、まだだ!情報による回復魔法を使えるらしい。首を落として切り刻め!!」
胸が切り裂かれた。横薙ぎの斬撃は体を通り抜けた。心臓が切られ、ずれて、そこから上が落ちそうになる。
無意識に慈愛の権能を発動し回復しようとするが、いつもと比べて効果が弱い。
何故かは分からない。
もし冷静であれば、権能は感情を消費して発動するため、今の自は慈愛の心が弱まっているからうまく発動出来ないのだと、憤怒の権能を発現した村人が貴族を騎士団ごと皆殺しにしたあと力を失った過去の事例を交えて理解できただろう。
しかし、今は出来ない。それどころではない。
体からの流れ出た血を魔術で集め、硬質化し、剣の形に整える。武技の一つ、縮地で距離を詰め、喉を裂き、襲撃者の脊髄を破壊した。
「!?ちっ、化け物め!」
別の襲撃者の剣とレイの血の剣が激突。通常ならば体重が軽いレイは吹き飛ばされるだろう。
しかしレイの肉体は特別性だ。いつか蘇ると予言された魔王を降臨させるために品種改良を重ね、調整された肉体は血の一滴まで魔族の強さを凝縮している。レイの剣術の腕前と合わさり、襲撃者の剣を破壊した。
「なっ!――ぎゃ」
武器を失った襲撃者の首をはね、残りも同じようにした。
残った最後の一人、リーダーらしき人の元へ向かう。
「これほどとは……無念だ」
襲撃者はビクンと体を震わせ、倒れた。
しかしレイが触れると息を吹き返した。
「あ……?ぐあ!」
「毒ですか。躊躇なく自害するとは大したものですね。しかし俺は回復魔法が得意なんです。権能が使えなくても有名な毒くらい、魔法で解毒できます。
それより、聞きたいことがあるから答えてください。ねえ」
「ぐっ……話すことなど、ない」
「じゃあ勝手に聞きます」
珍しくレイは無表情に襲撃者の顔を殴る。
無表情。能面。何も感じていないとも、感情が閾値を超えたときの顔ともいわれる顔。
「俺がスラムにいたころ、親たちが謎の襲撃者に殺されたんですよ。で、そいつが使っていた剣と、あなたたちの剣に同じモチーフがあります。何か関係がありますか?たしか、【剣霊童】って組織でしたっけ?あってますよね?流れの暗殺者集団が、こんなところで何をしているんですか?」
言葉の内容に、襲撃者のリーダーはようやく理解した。
目の前の、胸のあたりが斬撃でずらされてなお平然としている怪物は、とても怒っているのだと。




