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55話 贅牛亭襲撃事件

 アロス国の王都にある貴族区、その一角に木々で囲まれた自然公園のような空間がある。

 木々は太く大きく壮大で、枝が空を覆い昼間でも夜のように暗い。道の太さ、高低差は途中で変化し道は入り組んでいる。場所によっては馬車で進めない道すらある。まるで迷宮のようだ。


 馬車で森の入口まで進み、降りて歩き、石造りの階段を上る。そこまでしてようやく、事前に知らなければたどり着けない会員制の料亭にたどり着いた。

 贅牛亭。ミルホルン伯爵家が運営する富裕層向けの飲食店だ。周囲を静かな森に囲まれ国王や公爵たちも重要な密談の際に用いている。


「美味い……」

「来てよかったね」

「お代わりください」


 そんな超高級料亭にレイの姿があった。

 右隣に座っているのはアルトとアヤメだ。レイと同じくバクバクと遠慮なく肉をかっ食らい腹を満たしながらも、身に着けた礼儀作法が鎧となり体面を保てている。


 いや、やっぱりすさまじい速さで食器を動かし皿を空にしている光景のせいでギリギリ品性を上品に保てていないかもしれない。


「喜んでくれて何よりだよ。若者が腹を満たしている光景こそ私の喜び、どんどん食べてくれたまえ」


 体面で微笑んでいるのはグスタフ・ミルホルン。先日にレイが救った老人だ、本日はお礼にと招待してくれたのだ。


「そういわれると俺も嬉しいですね。ほら、ロベリアも。レオネルも。もっと食べなよ」

「……無茶を言わないでほしい」

「――ッ」


 左隣に座っているのはロベリアとレオネル。招待状に「友人たちも是非ご一緒に。全部で五人くらい」と書いてあったから連れてきたのだ。


 ロベリアは代々天狼騎士団の団長を務めるブルースター家の長男で家を継ぐのだからそのうちこういう店にも来るだろう。ならば早いうちに来店して雰囲気に慣れておいた方がいい。

 レオネルは遅くなったときはレイにご飯を作ってくれている調理人の見習いだ。回復魔法でお礼をしているが、無茶苦茶なスケジュールで行動しているレイにとって非常にありがたい存在、本人は自分の練習も兼ねているから気にしないでと言っているが、いつか改めてお礼をと考えていた。そしてこの料亭の調理長はレオネルの祖父に当たるらしい。ならば客の立場から職場見学するのもいい経験だろう。


 そう思って連れてきたのだが、がちがちに緊張している。悪いことをしただろうか。

 こちらは招かれた側なのだから失礼があっても致命傷にはならないと思うのだが。


「お代わりをお持ちしました。そして、こちらは蜂蜜と羊乳の白チーズと香草パン、こちらは牛骨の黄金スープになります。どうぞお熱いうちにお召し上がりください」

「わーい!ありがとうおじいさん!」


 アヤメのリクエストに応えてお代わりの肉が運ばれてきた。薄くスライスされた霜降りの肉は油が滴り非常においしそうだ。ミルホルン領の山の葡萄から作った香り高いソースとの相性もいい。普段姫様たちから分けてもらっている王宮牛のステーキよりも格上と評していいだろう。

 運んできてくれたウェイターは老人だ。確か名前はコーン・モーアラー。レオネルの祖父らしい。先代国王の時代は宮廷料理長を務め、今でもこの国で一番の料理人と評判だ。確か【料理】スキルのレベルは8だったか。


 しかし、すごく厳しい目でレオネルを見ている。職場に孫が来たときは祖父の方が緊張するものだと思っていたが、孫の方が緊張している。レイの見識が狭かったのかもしれない。

 別に料理長の弱みというわけでもないだろうに。好意が裏目に出てしまったか。


「レイ、手が止まっているわよ。しゃんとね」

「……分かってるよ」


 食事を止めて頭を使っているとアルトが口出ししてきた。

 家族のように大切に思っているが、同時に家族のように口うるさい時もある。困ったものだ。


「そうよそうよ。今はご飯の時間なんだからレイももっと食べなさいよ。はい」

「……むごむご」


 アルトの頭上を乗り越え、アヤメがレイの口に肉を突っ込んできた。おいしい。しかし行儀が非常に悪い。アロス国とララクマ帝国では社会構造がかなり異なるとはいえ、このメンバーだと最も身分が高い家の生まれで姫のように育てられたはずなのだが。

 冒険者に混ざって活動しているうちに野性が目覚めたのだろうか。


(素晴らしい。今回の招待の裏の意図に気が付いているとは。ただの陛下の操り人形ではないようだな)


 そんな微笑ましい行動を見ながら、グスタフ伯爵は内心でレイを称える。


 今回の招待は純粋にお礼の気持ちであり、レイに対して邪な企みはない。レイに治療してもらってから全身が健康的で活力と生命に満ちている。今回のメニューもミルホルン家自慢の肉と魚と山菜、チーズにミルクとここ一年で最も豪勢な食事を大至急用意した。


 しかし、意図していなくとも意味は生まれる。


 具体的には、この場にゲオルグ国王がいないことと、復帰して最初の正式な会合に誘ったのがレイだということだ。

 これはアイビー公爵派からの……いや、アイビー公爵家を宗家とした主従関係からの完全撤退を意味する。同時に王家への忠誠もレイを経由してのものであるというアピールである。


 要するに、この食事会は正式にミルホルン伯爵家がアイビー公爵派から抜け、国王派へ鞍替えするという周囲への表明だ。

 そしてレイがこの場に来るのは、鞍替えの意思を認めることを意味する。


 もちろんレイも理解している。事前にゲオルグ陛下に許可をもらい、保証人としてエンギル家のアヤメとブルースター家のロベリアを、一人じゃ不安だからアルトを、個人的な恩返しとしてレオネルを連れてきた。

 この場に居合わせた子供たちはこの国にい続けるならば十年後も意味を持つだろう。


(公爵派の中にも複数の伯爵家や子爵家なんかの細かい派閥があるように、国王派にも細かい派閥がある。その中にレイ派とでもいうべき俺の派閥を作っておきたい。陛下が何を考えているのか分からない以上、いつかよく分からない理由で切られるかもしれない。ならこうして陛下以外の後ろ盾と横のつながりも作っておかないと。十年後に成果が実るといいな。

 この国で出世して、陛下から与えられたものじゃない、俺自身の権力を得て、そうすれば――)


 目の前で大きな音が鳴る。景色が変わる。テーブルを蹴り上げられた。

 やったのはアヤメだ。一瞬の驚き。即座に状況を理解する。裏空間に作った虚空庫から剣を取り出しアルトたちに投げた。


「なにをっ――」

「敵襲です。グスタフ殿、敵と味方の判別をお願いできますか?」


 贅牛亭の各地から、爆音と悲鳴が上がった。





「俺が打って出る。アルトとロベリアはこの部屋で護衛を頼む。アヤメはついてきて」


 指示を出す。部屋の中央にグスタフ伯爵とコーン男爵、そして近くにいた従業員たちを配置。

 これは失敗できない非常に重要な場面だ。戦場で自分の命がかかっているのではない、護衛対象を守らなければいらない不慣れな戦い。そう判断し、聖眼を起動する。


「爆発は四か所。マジックアイテム。遠い。おそらくは囮、陽動。こちらに近づいてきているのがいる。同時に離れている人がいる。店の周りに人影が。

 こっちは任せた。アヤメは追って。俺は救援と二の矢を排除する」


「「「分かった」」」


 三人の承諾を聞きレイは駆け出した。





「終わったっぽいね。無事?」

「もちろん!灼熱鬼と比べたらあんまり強くなかったわ。らくしょーね」

「久々の実戦は緊張したけど、それ以上に護衛対象がいるという点が大きかったかな。でもみんな無事だよ。敵も少なかったしね」


 救援と駆除を済ませて部屋に戻ると、暗殺者らしき人たちが三人転がっていた。小さな子供たちが成人を転がしている光景はどこか非現実的、愉快ですらある。

 聖眼で見る。確かにあまり強くない。というか、弱い。マジックアイテムで武装した一般人に見える。


「こいつらは……分からん。見たことが無い。コーン、お前は?」

「確か……つい先日、怪我で抜けた者たちの代理で入った者たちです。推薦したものを含めて確認しましょう」


 老人たちの言葉にレイは安堵し、同時に落胆する。

 経験豊富な老貴族なのだから当然だが、思ったよりも優秀だ。これ以上レイが出来ることがなさそうだ。


「捕まえたわ!」

「おっ!お手柄だよアヤメ」


 壊れたドアを乗り越えてアヤメが帰ってきた。半ば引きずるように担いで持ってきたのはこの料亭の従業員と似ているがより上等な衣服を身に纏った老人だ。

 体格的に仕方がないことだが、おそらく捕縛された時よりも引きずられたダメージの方が大きい気がする。


「スパイが紛れ込んでおったか。まさかお前がな、パーチョ」

「グスタフさん、暗殺者なんて薄汚い奴に近づくのか危険ですよ。きっとお金に目が眩んだとかでしょうし、たぶん」


 レイの挑発に老人ははじかれたように激高する。


「そんなわけがあるか!口を慎め下郎!私は忠義のために行動しているのだ!

 御屋形様!どうか、どうか正気にお戻りください!このような暴挙を宗家の方々はお許しになるはずがない!病の苦しみを取り除いてもらった恩が極めて大きいのは理解しています!ですが、その上で陳言に耳を傾けていただきたい!これは破滅への一手です!その悪魔の思い通りにさせてはいけません!」


 ボロボロの老人は必死の嘆願している。その言葉にレイは内心で頷く。レイとしては後ろ盾が増えることは望ましいし、そのために治療したのだが、一般的に考えて動きが急すぎるのは事実だ。

 都合がいいから無視しているが。


「そうか。パーチョ、パーチョ・ギークス子爵、貴様は全てを理解したうえで、レイ殿を暗殺しに来たのか」

「はっ!その通りであります!」

「では、望み通り、一族諸共死ぬがよい」

「えっ……」


 硬直した顔を上げ、老人の瞳を見る。

 そこにあるのは、歴戦の政治家の者ではなく、狂信者のような暗い光だった。


 パーチョ・ギークス子爵はミルホルン伯爵家の傘下の貴族だ。家をの存続のために行動し、意思を示す。それが最善の手だと知っているからだ。

 しかし最速で動いたうえで、全てが手遅れだと理解した。


「おしまいだ……もうおしまいだ……何もかもが……」

「連れていけ」


 遅れてやってきた警備の兵士に連行され退室した。


「早まったかな……?」

「逃げる?陛下に頼んで縁を切れば逃げられないこともないと思っているけど」

「…………いや、予想からはずれているけど、おおよそ俺の望み通りに進んだからまあいいでしょ」


 楽観的に自分に言い聞かせているレイに、またもアルトは不安になった。

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