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51話 治療院

 アロス国の政治は基本的に貴族が行っており、裁量は領地ごとに分けられている。


 例えばアロス国全体の国政は王城を中心に行われている。頂点には王様がいて、その下にそれぞれ専門の大臣がいて、大臣たちの下には部下がいる。レイがいるのも一応はここだ。王様や大臣たちは王城を拠点に活動し地方に出張する機会は少ないのが基本だ。

 対して貴族領の場合はその土地の領主の館が政治の中心となる。構造は国政の場合と同じだ。貴族家の当主がいて、その下に専門の担当官がいて、その下に部下がいる。


 大きな違いは、貴族たちは目上の存在である国王の居場所にして、同格の貴族たちが集まる王都へ常に人を派遣していることだろうか。派遣される人員はその時々によって変わり、大抵は決定権がそれなりに高くも絶対ではない、ピラミッド構造で言えば上から三番目くらいの立場の貴族が派遣される。


 しかし何事にも例外はある。

 例えば、ゲオルグ国王陛下に謁見する場合など。


「今日も陛下はいつもと変わらず、か。暗雲が晴れる見込みはないな」

「父様。ここは王都、誰が聞いているか分かったものではありませんよ」

「ふん。自分の大使館さえ安心できないなら、諦めて隠居するさ」


 アイビー公爵家当主、ヘラルド・アイビー。王家に次いで身分が高く、アロス国に四つしかない公爵家の当主。王家に最も忠義を尽くしてきた公爵家の当主である彼は、極めて珍しいことに王都に来て頭を悩ませていた。

 同じ部屋にはアイビー公爵家の長男、重鎮、諜報員たちが集まっている。分かりにくいが全員の顔がこわばっていた。


「私は成果無しだ。諸君らも正直に報告したまえ」


「は……再調査したところ、やはり王家の影響力が大幅に増しています。取り潰しになった元アストラ公爵領はそれまでの構造を維持したまま王家から派遣された王家派の貴族たちが各役職のトップに取って代わりつつあります。アストラ公爵家の生き残りの二名は権力を放棄しており、協力は見込めないでしょう」

「コンボロス公爵領も似たようなものです。コンボロス公爵の全面的な協力の元、領内の全土に補佐官という名目で王家の手の者が入り込みつつあります。この動きに反発しているものも大勢いますが、どれも力が弱く、勝ち目はないでしょう」

「最後に補佐官たちの動向ですが、やはり不安を抱えているものも多くおり、こちらとの繋がりを望んでいるものたちを発見しました。ただ、王家の力が強い状況なのは変わっていないので、勝ち目がない限りは彼らは寝返らないでしょう」

「同時に今まで我らアストラ公爵家が担っていた役職にも王家派が入り込む動きが見られます。正直、王家に全面的に協力していた我々は拒絶することが難しく、時間の問題かと」


「そうか、おおよそ予想通りだな。かなりまずい状況だ……」


 アイビー公爵は頭を抱えるように顔をしかめる。


 アロス国は長年に渡り貴族たちが強い力を持っていた国だ。王家と四つの公爵家を合わせた五つの派閥がそれぞれ同程度の力を持ち、拮抗状態が続いていた。強いて言えば全体のバランスを取っている王家がやや強かったが、かといって他の派閥に対して圧倒できるわけでもない。

 周囲は王家の顔を立て、王家もこれに応える。儀礼的な上下関係だった。


 しかし、近年はこの関係が崩れつつある。

 王家が権力の拡大に乗り出し、しかもかなりうまくいっている。アストラ公爵家は取り潰され王家に吸収された。コンボロス公爵家は長い歴史の中で失った王家への忠誠を取り戻し実質的に王家の力の一部になった。アイビー公爵家は元から王家の味方。


 オーレリユ公爵家の派閥が残ってはいるが、単純計算で規模の差は四倍ほど。反王家の戦力を吸収しているとはいえ、オーレリユ公爵家贔屓の甘い評価をしても三倍近い規模の差がある。力の偏りを見るにもはや対抗派閥とはいえないだろう。

 一騎当千の豪傑はそこそこオーレリユ公爵家にいるが、それは王家も同じだ。むしろ王家の方が質も数も多い。


「少し前からこの流れはあったが、やはり決定的になったのはあの少年だな」

「恐ろしい話ですね。たった一人加わるだけでここまでバランスが崩れるだなんて」

「そうだな。もとより、いつか破綻することは分かっていた拮抗状態だったが……ここまで早く事が進んでいるのはあの少年の力が大きいだろう。制約のない、強力かつ自由に使える駒が一つ増えたのだからな」


 アイビー公爵たちは忌々しそうにレイの名前を出さずにレイを罵倒する。


 基本的に、優れた人材というのは貴族や貴族に準ずる名家から生まれる。強力な血統、上等な環境、多くの財産を投じた英才教育、切磋琢磨する友人たち。長い時間をかけて成果が実り、その前に察知した他の貴族たちが声をかけて多くの繋がりを作る。

 敵を作らないように立ち回るのは貴族の基本だ。仮に千年の一人の天才が在野に生まれようとも、国中に張り巡らされた情報網で誰かが気が付く、その貴族の動きにまた別の貴族も察知するという流れで広まるはずだ。


 しかし、レイが生まれ育ったのは森とスラムという貴族からすれば掃き溜めにも等しい空白地帯。そんな場所で万年に一人の天才が生まれるとは思っておらず、王家の目に留まる功績をあげるとも予想できず、修道院に放り込まれた一年後に知識を身に着け出てくるとは誰一人考えていなかった。


「せめてあの少年に家族がいれば話は変わるのだがな……まだ七歳だったか?さすがに女をあてがっても意味がないだろうな」

「一応、木の葉に所属している少女を姉のように慕っているようですが、当然陛下も承知しているでしょうから、人質にするのは不可能でしょうね」

「……ちっ、これだから家無しは嫌いなんだ」


 アイビー公爵はため息をつくように悪態をつき、机のタバコに手を伸ばした。


 家無し。つまり迷惑をかけてしまうと配慮し人質に出来うる身内を持たない浮浪者。いつ死んでも個人の責任で収まるために貴族と比べて非常に身軽に動き回り、万の一つの勝ち目に平然と挑む狂人。

 家に誇りと責任を持っている貴族たちにとっては理解しがたい存在だ。


「しかし、何もしないわけにもいかない。この国を王家とそれ以外で分けるということは、アイビー公爵家の立場も相対的に低下する。王家も他の貴族たちとのバランスを保つために当家との繋がりを減らすだろう。

 これは非常にまずい流れた。当面は問題ないが、将来的には今までのような安定した立場ではなくなるだろう。……我々も、方針を変える時かもしれん」


 アイビー公爵の言葉に部屋にいる面々を同じように深刻そうな表情を浮かべる。


 アイビー公爵家は王家の側近にして懐刀、裏の仕事にも協力しているほどの王家に忠義を尽くし、王家も応えてきた。これほど忠義深いアイビー公爵家を切り捨てることはないだろう。そんなことをすれば他の貴族たちの不安を煽り無駄な争いを呼び起こしてしまう。

 しかし、今の王家が行っている大規模改革は建国以来の千年間で前例のないほど大規模なものだ。いくつも前例のないことが起きている。さらに前例のないことが行われることも考慮するべきだろう。


「陛下が真意を仰って下されば、我らの不安も多少は消えるのですがな」

「それは今日までに何度も試したことだ。そして何度言っても結果は同じだった。直接問い詰めるのはもう止めた方がいいだろう」


 重鎮や諜報員と言葉を交わし、意見を促す様に視線を息子にも向ける。


「では……あの少年を暗殺しますか?既にこの流れは一人殺して程度では止まらないでしょうが、率役者が死ねば効果は大きいでしょう」

「それが出来れば何よりだが……無理だろうな。既に名声を得ており殺すと王家と決定的に敵対することになる。出来れば避けたい。それに……あの少年は強すぎる。そもそも殺せないだろう」

「そうなのですか!?いえ、戦場で武勇を立てていると聞くので、強いのは理解しているのですが……そういう相手でも殺せる暗殺者もいるのでは」

「いないわけではない。しかし真に問題なのは回復魔法の方だ。あれのせいで殺すことが出来ない……だったな?」


「はっ。武術の腕前は年齢を考えれば異常なまでに天才的ですが、平均的な騎士と比較すれば常識外れではありません。しかしあのフアナにも匹敵するほどの膨大な魔力量、あらゆる属性の魔法を使用する多彩さ、そして何より即死でなければ全身を再生できると豪語するほどの回復魔法。戦闘時には剣に自分でも制御できないほどの膨大な魔法を付与し、自傷しながら絶大な力で敵をなぎ倒すという報告もあります」


「加えてこの前の人成りの儀でステータスを獲得したという話も聞こえてきます。なんのジョブについたのかは調べられませんでしたが、今の我々が保有している情報よりも弱くなったということはないでしょう」


「補足として、あの少年の使う回復魔法は慈愛の権能の一種であるという推測も上がっています。現に不治の病に侵された貴人を七人も治したという報告もあります。権能であれば技術ではなくユニークスキルや魔装のように個人の特殊能力に等しいため、あの少年が死ねば失われます。護衛を付けようと声を上げている貴族たちも確認できました。

 はっきり言いますと、今はなぜか町中を歩き回り学園の講義にも出席していますが、聖域に隠遁されると手出しするのは不可能になります。やはり、暗殺は避けた方がよろしいかと存じます」


「そうか……父上、やはり、一番の問題は回復魔法でしょうか。あれのせいで本人の経戦能力が極めて高くなっているうえに、いまだに権力を持つ老人たちをどんどん王家派に取り込んでいる。この戦いは長引くほど我々の不利になる。やはり、多少は無茶であっても今すぐ暗殺にした方が――」

「セグレウス、それは拙速が過ぎるぞ」

「え”、しかし――」

「我らの目的を見失うな。目的は家の維持と繁栄、誰かを敵と定める必要はないのだ」


 まだ未熟な後継者を叱咤しながらも、自分に言い聞かせるように言葉を重ねる。


 今この瞬間にも、あの異常な少年が何かとんでもないことをやらかしているのではないか。そんな根拠に乏しく、しかし否定できない嫌な予想から目を背けるように、再びタバコに手を伸ばした。





 レイは向こう一年は王都から出ないようにという姫様たちから善意の命令を受け、抵抗する理由もないかったので大人しく暮らしている。

 朝は姫様たちを起こして一緒に朝食を取り、共に学園に向かい勉学に励むのは共通しているが、その後はロベリアと教練に参加したりユニリンと錬金術の研究としたりと日によってスケジュールはまちまちだ。


「はい、治りました。一応、今日中は安静にしておいてくださいね」

「おお!本当に足が治っている!いやあ助かったよ坊ちゃん!これはほんの気持ちだ!姉ちゃんたちには内緒で仕舞っときな!」

「ご厚意に感謝します」


 例えば、今日は治療院にバイトに来ていた。


 治療院。それは治療行為を提供する施設であり、この世界では基本的には創星教会の行う事業の一つである。創星教会は賢神の教えと知識を広めることを目的とした組織であり、貧者への施しや病人、けが人の治療もその活動の一環だ。


 そのため理想としては信者や富める者たちからの喜捨で成り立つのが望ましいが、現実問題としてなかなかうまくいかない。理想と現実の距離は遠い。理想を目指すのは良いことだが現実と足元から目を逸らすのは悪いこと。

 治療院で対価を受け取ることも現実的に必要なことの一つだ。


 レイにとっては驚いたことに、治療院に所属している治療師たちは回復魔法が使えるだけの魔法使いであることがほとんどであり、修道院とはかなり事情が異なる。

 なんなら聖典の暗唱が出来る人もほとんどいないらしい。


 修道院と一言でいっても人里にあるか秘境にあるかで大きく異なるらしいが、ここまで別物なのかと驚いた覚えがある。ましてや支持母体が創星教会というだけで回復魔法でお金を稼いでいる者の集まりである治療院はもはや教会関係者っぽい服を着ているだけといって大して間違っていないようだ。


「真面目だねぇ。適当にピカーんって光らせて、表面を塞ぐくらいの回復魔法でいいのに」

「それはいけませんよ。皆日々の稼ぎから気持ちをお布施してくださっているですから、こちらも気持ちを返さなくては」

「いやあれっぽっちで感謝の気持ちっていっても……ねぇ」


 患者の波が収まると、話しかけてきたのは確か十代後半くらいのお姉さんだ。アリーゼという名前だったか。王都の治療院には大勢の治療師が所属しているが、やはり年齢が近い人同時で集まりを作り、年配の人よりは近いという理由でレイにも良く話しかけてくれる人だ。

 ただ若くして回復魔法の才能を開花させ膨大な金を稼いでいるだけあって、人格が少々ゆがんでいた。悪人だとは思わないが、金銭で人の価値を測る悪癖がある。


 個人的にあまり好きではない。

 しかしレイの周りの人が善良か悪性を隠す技量が高いだけで、大半の人間はこういうものなのだろうか。


「レイの方が正しいですよ、姉さん。袋に入った金額を確認するのは品のない行為です。ましてや額で治療の力の入れ方を変えるのは恥ずかしいこと。回復魔法が使える希少な人材であることに奢らず研鑽を積むべきです」

「うへえー真面目なちびちゃん達が揃っちゃったよ。私は休憩してるねー」

「全くもう」


「そっちも終わったの?うまくやれた?」

「もちろん!ばっちりだよ」


 朗らかに笑いながらピースピースとハイテンションな様子を見せてくる。

 アリーゼの奥に座っていた少女、名前はキリエ。歳はレイと近く、既に大人に混ざって治療師が出来る程度には回復魔法が使える天才だ。この子がいたからレイもこの歳でバイトを認められたといっていい。


 学園とは少し違うが、この治療院もまたレイにとっては学びの場だ。結構楽しい。


「……」

「ん?」


 そんな和やかな空気に混ざる邪悪な……いや邪悪とまでは言わないが、異質な気配。目で追い、力を籠める。

 魔族であるレイの魔力操作は人間社会の基準だと既に一流の域にある。ばれないように衝撃波を飛ばすくらいは出来る。


 しかし、隣に座っていた治療師のお兄さんに魔力を霧散させられた。


「こら、レイ。余計なことをするな」

「……不審者では?衛兵に突き出すか、木の葉に突き出すとは悩みますが」

「あれはお前を観察しているただのスパイだ。泳がせておけばいい。排除するとかえってのちのち敵を増やすことになるぞ」

「ふうん……?家の中までくれば排除するけど、庭までなら見逃す、みたいな話ですか」


 レイはもう一度隣のお兄さんの顔を見る。

 修道院で見かけた人だ。たしか、スパイをやっているんだったか。


 納得したレイは気にしないように視線を戻し、治療に戻った。

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