48話 褒美の剣
「いやー大変でした。しかしこの通り、私は五体満足で無事です。我ながら今回はよくやったと自負していますよ」
アロス国の王城、アンリム姉姫とローレンティア妹姫の私室で久々にレイも加えた三人でお茶会をしていた。
いつもなら近況を報告し合いながら遊ぶが、今日はいつもと事情が違うため緊張してしまう。
はっはっはとわざとらしく朗らかに笑うレイに、ついに姫様たちがキレた。
「もう春も半ばでしょ!?一月も寝込んで、本当にもう動いて大丈夫なの!?」
「いい加減ぼろぼろになりすぎではないでしょうか。国のために心身共に尽くすのは良いことですが、限界以上に無茶して動けなくなるのは良くないです」
「……はっはっは」
返す言葉もなく、レイは誤魔化すように笑う。
灼熱鬼との激戦のあと、さすがに無茶をしすぎたようで、迎えに来てくれた木の葉のメンバーを見た瞬間に気絶し、目覚めるまで一ヶ月もかかってしまった。
この間にアロス国とララクマ帝国の講和会談はうまくいったらしいが、その際の共同パレードも祝賀会も全て不参加だ。くやしい。学園の新学期もまた欠席。なんだか昨年度の今頃も魔族と戦って同じように気絶していた覚えがある。
(祝賀会に参加できなかったのは痛かったな。向こうの皇帝と顔合わせをする絶好の機会だったのに。あと一日早く起きられたら……)
灼熱鬼との激戦はアロス国とララクマ帝国の全範囲より広い場所で確認できたらしく、何が起こったのかは誰もが知りたがった。これに対し、若い騎士たちが討伐したというお触れを、灼熱鬼の首とともに王都の広場に飾ったという。
これによってレイとアルトは同列一番の功労者として認定されたらしい。褒章もたんまりだ。
しかし気絶していたせいでパレードの先頭に立つ権利も祝賀会で言いたいことを言う権利も行使できなかった。皆忙しいのだ。国を挙げて本心から開くお祝いでも、いつも起こる問題がなくなったわけではない。一か月はさすがに待てなかった。
皇帝もリリア皇女の留学などの話を詰める名目で残っていたがついに昨日帰ってしまったらしい。今からなら追いかければ間に合うとしても、礼儀に反している。また次回と約束を取り付けてくれたらしいので今回は我慢するしかないだろう。
嬉しい知らせを探すならレイの知名度が上がったことだろうか。祝賀会と同時に国中で講和を祝う祭りを開いたらしく、その際にレイの名を称えたという。直接的に関わりがない人でも好感度は稼いで損することはないので、いいことだが、本来手に入れられたものの大きさに比べれば些細なことだ。
本当に悔しい。他にいい知らせは飛行船が何も起こらず無事に帰ってきたことくらいだ。レイとアロス国の名を高めたが、具体的な形で利益になるのはまだまだ先だろう。
内心で反省会をしていると、アンリムが何やら書類を取り出した。
「これがなんだか分かりますか?」
「ええと?」
「レイさんが寝ている間に書いてもらいました、王都の滞在命令文です!」
「レイったら私たちの従者なのに、別行動ばかり!厳しい訓練を受けるのは分かるのよ?でも私たちと同い年なのに、お祭りにも参加できないで、傷つき寝込むなんておかしいわ!」
「なので、向こう一年は王都から出なくていいって許可をもらってきました!」
すごいでしょうと誇らしげだ。後ろで控えてる侍女のサラサも頷いている。
これは、寝ている間に話が付いているのか。
「最近は演奏も絵画の授業も出てないでしょ。遅れている分は私が教えてあげるわ!」
「レイさん。騎士というのは武力が必要なのはわかります。いろいろと肩書が多いことも知っています。でも私たちの従者でもあるんですから、恥ずかしくないよう文化的なことにも力を入れてくださいね」
「……ごもっともです。ご厚意、感謝します」
実はちょっと困るが、まだ七歳の子供が戦場にいるのはおかしいと言われるとその通りである。優秀な騎士たちが十分にいるのだから、まだ訓練生になったばかりの子供が優先的に最前線にいるのはおかしい。反論できない。
それに善意だ。無碍にするべきではない。
(陛下にも褒美の後にめちゃめちゃ怒られたからな……しばらくは大人しくしてるか)
今回のレイの仕事は帝国からやってくる要人を秘かに護衛することだ。突如現れた灼熱鬼という強敵をその場で討伐したのは大変称えられる功績だが、失点がないわけではなかった。
思い出すのは起きてすぐに呼び出され、陛下の執務室に行ったとき、陛下の側近であるレグルスの言われたことだ。
『まず、そもそもその場で戦ったのが間違いだ』
『え”』
『確かに放置すれば周囲の街が全滅しただろう。だがそれは許容できる被害だ。何千人何万人死のうとも、お前は指揮官としての自覚をもって行動するべきだった』
『えー……』
『危険な橋は渡るべきではない。今回で言えばある程度の、木の葉のメンバーを三人ほど捨て駒にすれば確実に撤退できた。周辺の街や村の犠牲も許容して、命礎十五柱を複数人動員し確実に倒すのが定石だ。お前なら分かるだろう?』
『まあ……分かりますが』
誰よりも前に出て最も強いやつと戦う。
英雄的だが、指揮官のすることではない。勝てたから良かったが負けていたら弁解の余地がなかったところだ。
陛下にシーのことを黙っていたのもまずかった。あのなんだかよく分からないレイにしか見えず聞こえず感知できない謎の存在だが、短時間でも具現化できるようになったときに報告するべきだった。
同じく陛下の側近のオーベムに怒られた。
『おそらくは精霊の類だろうな。レイの頼みを聞いて灼熱鬼と戦ってくれたのならば悪い存在ではないのだろう。精霊は独特の精神構造をしているため契約者意外と会話をしたがらない傾向も強いため、我々にできることはほとんどないだろう。
しかし、それほど強力な存在を使役しているのあらば報告するべきだった。暴走する可能性も捨てきれんのだからな』
『……ごもっともです』
かなり鋭い目で警告された。
もしかしたら、もし国と戦いになった際には切り札にしようと思っていたことを見抜かれたのかもしれない。
最後にゲオルグ陛下にも怒られた。これは政治的な視点からだ。
『レイ。まずはご苦労だった。灼熱鬼は神話にも語られる魔物、その恐ろしさは建国王の活躍と共に知られている。戦いの熱気はこの王都でも感じられた。大儀である。
しかし結果論だが、王国と帝国の共同作戦で討伐する案もあった』
『!?……た、確かに、その手もありましたか。長らく不仲だった両国が、共同で敵を倒すことで友好の証とするのですか』
『ああ』
そもそもあの謎の魔物たちは帝国の馬車を襲ってきたのだから、帝国のメンツのために手を借りたほうが良かったという考え方もある。
レイの功績になるということはレイ以外の誰かが功績を立てられなかったということでもあるのだ。一人に手柄が集中するのは不和と恨みが発生する可能性が高い。ある程度の調整が必要らしい。そのため多少の犠牲を出す、つまりはレイも失態を起こし、功績に傷をつけることで恨みや妬みを減らすというテクがあるのだ。
全く思いつかなかった。
犠牲を前提にした考えであるため採用はしなかっただろうが、思いつくことすらなかったのは失態だ。他の貴族の視点を持てば思いついたかもしれないのに。
『これらは改善点であっても失点ではない。しかしちゃんと覚えておきなさい。まだまだ覚えることはたくさんある』
『はい……ありがとうございました』
陛下の言葉でしめられ、レイは退室した。
そして即座に壁に耳を当てて内部の話を盗み聞きした。
『はぁ……指揮権を与えたのに最前線に出るとは。いい加減、王家の居候という認識を改めてほしいものですね。自分の命が他の人より重いのだと』
『少し武力を重視する仕事を与えすぎたかもしれん。アンリムたちが言うように、しばらくは王都の中で出来る文官の仕事を学ばせた方がいいか』
『……陛下、そもそもの話ですが、当分は仕事を与えない方がいいのでは?彼はまだ七歳です』
レグルスが言うが、ゲオルグは不思議そうに、ぴんと来ないように聞き返した。
『何か問題か?我もそのくらいには父上の仕事を手伝っていたが』
『陛下は飛びぬけて優秀ですので……レイも陛下に比肩するほどの才覚を有していると思いますが、戦場は予想外の相手と会敵して死ぬこともあるでしょう。どれだけ優秀な騎士を教官という名目の護衛として傍に置いていても、死ぬこともあるのです。今回の事はいい機会でしょう。オーベム殿はどのようにお考えで?』
『ふむ……陛下、私も賛成です。当初の予定では成人してから使う予定だったでしょう。あと八年は学園に通わせながら陛下のもとで国政を学ばせ、そのあとに文官的な視点を持った武官として運用すればいいのではないでしょうか。帝国との講和出来た今はいい機会です。灼熱鬼を召喚してきたという何者かは気になるところですが、今はまだレイに無理をさせる時期ではないでしょう』
『もっともだな。ではそうするか』
門番たちに頭を下げ、こそこそとレイはその場を離れた。
(俺って生き急いでるのかなぁ?無茶なんてして当たり前だと思うけど)
目の前でどや顔をしている姫様たちを見ながら、レイは内心で傾げた首が戻せなかった。
「いやー大変だっ……どうしたのみんな。顔がトマトみたいになってるけど」
「……おかえり。遅かったわね」
姫様たちの相手が終わったレイが向かったのは、ユニリンたちがいる研究棟だ。同じように入室したら、衝撃で言葉を失った。
死屍累々。同じタイミング目が覚め先にここに来たアルトにぼこぼこされたようだ。内出血が酷そうだ。拳に返り血が付いている。
そういえば、けじめをつけるとか言っていたな。死者は出ていないようで良かった。
「……よし、これお土産のケーキ。快気祝いに作ってくれたんだ。みんなで食べよ」
「「「わーい!」」」
考えを放棄して持ってきたお菓子を差し出す。これでごまかされてくれ。
ちなみにフルーツタルトだ。新鮮な季節の果物を甘いシロップで固める、この世界では一般的なもの。仲の良いシェフ見習いが作ってくれたのだ。
「レイ、聞いたわよ。私が作った精神治癒魔法が欠陥品だったんですって?ごめんなさい」
「そうよ反省しなさい」
「姉さん引っ込んでて。いいよいいよ。ユニリン、研究に失敗はつきものだからどんどん失敗して」
「そう?ごめんね」
「二人ともずるい!灼熱鬼ってのと私も戦いたかった!」
「アヤメに出来るの?かなり強かったけどどうやるのさ」
「うーん……マグマ?を爆破できるか試してみたいの!」
「マグマを爆破……?」
しばらく駄弁っていると珍しくリリア皇女が寄ってきた。
「レイさん、私からもお礼を」
「皇女様?皇帝陛下とお話しできましたか?」
「はい。元気そうでなによりでした」
言葉とは裏腹に嫌そうに眉を顰め頭に手を当てる。
なんだろう、抱きつかれて髭をじょりじょりでもされたのだろうか。
「今回の会談で両国は和平を結び、私も友好の証の一つとして正式に留学することになりました。期限は成人するまでだそうです。今後ともよろしくお願いいたします」
「ええ。よろしくお願いします」
「……世の中というのは本当に分からないものですね。あなたに誘拐されたときは、こんなことになるとは思っていませんでした」
「お互い様ですよ。私も驚いています」
「……」
疑念の目を向けてくるリリアを無視して儀礼的に頭を下げると、傍に控えていたフィニスが思い出したように口をはさんできた。
「そうだ、陛下から伝言だ。娘を任せる。だが変な気を起こすなよ、だそうだ」
「はあ、大体予想通りの伝言ですね、分かりました。ところで護衛は?」
「私一人で十分だ……といいたいが、次回までに連れてくるらしい。今回は襲撃の規模が大きかったからな」
「なるほど、まあそうでしょうね」
警戒しているのは灼熱鬼を送り込んだやつらだろう。何者かは分からないが、皇帝の安全に割くリソースを増やしたのは妥当だ。
要人を襲うものは古今東西どこにでもいるが、実際に実行に移し、かつあれほど強力な魔物を使役するものはそうそういない。皇女の護衛としてら連れてきた面々を連れ帰るのも当然だ。
「あと、王都に帝国の大使館を作るから、完成したらリリア様も引っ越すそうだ」
「わかりました。じゃあもうしばらく一緒ですね」
「ええ、よろしく――」
「で、お前も住んでいいと言っていたぞ」
フィニスの言葉を理解できず一瞬硬直する。
しかし一瞬だ。すぐにスカウトという意味だと理解した。
「使用人としての仕事もあるので、今の部屋で間に合ってます」
「そうか」
断ったらすぐに引き下がってくれた。何の布石なのだろうか。大国の皇帝の策を見抜けるとも思えないから聞かなかったととに出来ないだろうか。
「そうだ!あれ見せてよ!あれ!国王から今回の褒美でもらってったやつ!」
「ああ、あれな」
アヤメの言葉に裏空間を開く。
取り出したのは大きな袋だ、大量の金貨が入っている。
「見てくれ!今回の功績を称えてくれた金だ。しばらく遊んで暮らせるらしいぞ!アヤメも今回の報酬がいくらかあるらしい」
「やったあ!……ってそうじゃないってわかるでしょ」
「……ちょっとした冗談なのに」
田舎に家を建てて百年は暮らせるだけの金には誰も興味を示さなかった。
それもそうだろう。なにももう一つの褒章は、それ以上の価値がある。
取り出したのは二つの箱。一つはレイので、もう一つはアルトのものだ。
「おおっ……」
「……レイ、これ、私じゃ解けない」
「やるよ」
何重にも施された封印を一つ一つ解体し、開く。取り出したのは宝剣だ。王家の騎士に与えられる伝説の剣。実用性を阻害しない程度には華美な装飾と、素人でもあっても感じられるほど強く濃密な魔力。
緋色の剣と、紫色の剣。触れるとまだ素材が生きているようにすら感じられる。
「きれー……」
「うん、本当に。これが伝説の剣なの?健国王に仕えた騎士が使ったっていう」
「そうだよ。龍を素材にした武器、緋龍の剣と銀龍の剣、俺たちにくれるって」
「切れ味がよさそうね」
長らく担い手がおらず国宝として宝物殿に眠っていたものだ。いずれ国礎十五柱に入るための内定証のような役目もあると予想している。
「でも、ちょっと長いわね」
「……大人用の剣だからね」
「あと十年もすれば似合うって陛下も言っていたわ。すぐよすぐ」
王都から少し離れた場所に、多くの護衛を付けた豪華な馬車が通っていた。
内部では馬車に負けないくらい華美な服を身に着けた者たちが談笑していた。
「ゲオルグ王も大変だな。遠めに見たあの少年がレイか、できれば話したかった」
「あの灼熱鬼を倒したそうですし、寝込んでいるのも無理はありませんよ」
ララクマ帝国の皇帝、ガロリアス・ララクマ。そして武門十七衆のギルメ・エンギルだ。長い付き合いであるためか気を張った様子がない。
「そうだな……ギルメ、リリアの護衛はお前いくか?」
「なんと、本気ですか?」
「ああ。しばらく大規模な戦争は起こらないだろうしな」
「ふむ……アヤメのこともありますし、それもいいですね」
談笑している皇帝の馬車を遠めに観察しながら、諦めたように遠のいていく影がある。
召喚魔法で襲撃した魔族たちだ。
「あれは無理だな。今回は撤退だ」
「ちっ」
その言葉は残念そうだが、表情は反対に嬉しそうだ。今回の仕事は失敗だったが、予想外の収穫があったからだろう。
「あの小僧はやはり魔王の欠片持ちだったな。依り代になるかもしれない。今後も観察しよう」
「そうだな。生きているのは分かっていたが、召喚系統の欠片とは知らなかった。収穫だ」
その内容に一部誤解があるが、彼らは気づかずに話を続ける。
撤退しながらも、片方がそういえばと口を開いた。
「ゲジジを倒したにしては予想よりも本人は弱かったな」
「確かに。彼は身内に甘い人でしたし、まあ、甥っ子が相手では本気を出せなかったのでしょう」
5章完結です。




