45話 大地返し
アロス国とララクマ帝国を繋ぐ街道の一つ、要人を載せた馬車が走っている。和平会談に参加する者たちの一部だ。今後の平和のために死なれては困る面々が、魔物に襲われていた。
当然護衛も高レベル。国の将来を左右する超重要な案件のため一流の騎士が選出されている。実力以上に信用を重視したため最上級の騎士には劣るが、それでも絶対に安全だと断言できるレベルだ。
そのはずなのに、遠くから馬車を視認したレイたちは焦ったように現場に急行していた。
「なんだあの数!?千は超えてるぞ!!」
「ありえない。私たちがこの距離で気が付かなかったの……っ!?」
大地を埋め尽くす魔物の軍勢。出し惜しみしている場合ではないと聖眼を発動し急いで調べる。
魔物たちが内包する魔力の分布、大きさ、範囲などからおおよその数を算出。聖眼を使っても魔物の数がステータス画面に表示されるわけではないが、概算は分かるのだ。
「千と五百くらいか、恐ろしい密度だな。最低でもレベル10くらい。それにこの規模なら気が付かないはずがないし……」
「召喚魔法だっていうの!?この規模で!?」
「信じがたいがそうとしか考えられない。一体だれが……」
まだレベル1だが、既にレイは強い。生まれ持った膨大な魔力、魔力を適切に肉体に張り巡らせることによる超高倍率な身体強化魔法、修道院で教わった武術に権能、学園で学んだ戦術。まだまだ未熟ではあるが一般的な騎士の水準は大きく超えている。今回の作戦に参加している【木の葉】の面々とも戦え、勝利することすらあるほどだ。
そして何より傍にはアルトがいるのだ。もちろん相手のレベルにもよるが魔物の十や二十程度で苦戦することはない。
しかし千は無理だ。真っ向からは勝てない。一騎当千の英雄は凡庸な兵士が千と一人いれば負ける。戦い方を工夫しなければ。
そして何より、レイの聖眼はどこかにつながる魔力の糸が見えていた。この魔物の軍勢は誰かが召喚したもの。つまりは召喚者がいるのだ。たしか帝国の武門十七衆にも召喚魔法の使い手はいると聞くが、この規模の魔物の軍勢を召喚できるタイプではない。
というか出来るとしてもここで投入してくるはずがない。あくまでここにいる馬車は何組かに分かれた要人グループの一つ。皇帝がいる保証はない。いるという確信があっても仕掛けてくるタイミングとして適切ではない。
一体なぜ。何が起こっているのか。
「ええい!考えるのは後!それより、まずは倒すわよ!【火炎抜刀】!!」
「っ!それもそうだ。帝国の馬車は……ちっ、静観する気か」
アルトが駆け出し強力な火炎を帯びた剣を振るう。アルトの適正属性は火。適正属性以外の魔法も発動は出来るが、適正属性だと魔法の効果が高くなる。燃える斬撃は火炎の壁となり馬車と魔物の軍勢の間にの強力な結界を作った。
土が溶けるほど高温の壁だ。魔物たちも思わず距離を取る。
聖眼で透視し帝国の馬車を見ると、彼らは防御を固めながら逃走していた。助力は期待できないだろう。
これから講和会談を開くのであって、まだアロス国とララクマ帝国は敵国同士なのだ。それに今の段階ではどの程度の友好関係を築くのかも決定しておらず、敵対関係を解消するという程度、アロスの戦力の低下は拒否するほどではない。
アロスの兵士を助けて恩を売るのもよし。だがもしこれが帝国の誰かの起こした襲撃ならむしろアロスの兵士を巻き込んだことになる。
となると、見て見ぬふりをするのが無難な手だ。
千を越える魔物の軍勢に悠長なことだが……レイたちが命がけで削れるだけ削ってもらおうとでも考えているのかもしれない。
連携が取れない以上、距離を取るのは正しいが……正しい判断だがなんとなくむかつく。
意識を切り替えて魔物の群れに向かい合う。多すぎる。それに質も高い。アルトが横向きに燃える斬撃を飛ばすと外周部の魔物が燃えるが……圧倒的な物量に跳ね返された。
すこし、いやかなりまずい。レイをはじめとする秘匿騎士団がこの場所にいるのは秘密なのだ。誰にも知られないうちに、表沙汰にできない案件を処理するのが秘匿騎士団。目立つのはまずい。早々に処理する必要がある。
しかしこの数は絶対に隠し切れない。最悪でも全部レイとアルトが倒しましたと言い張ることも出来るが……その場合はうち漏らしたものが犠牲を出せばそれはレイとアルトの失態になる。
(くそっ!どうする!?逃げるか!?戦うか!?)
任務だけを考えるなら帝国の馬車が逃げた時点で終わりだ。もう逃げてもいい。
しかしこの規模の魔物の群れを見逃すと、間違いなく近くの村、街が壊滅する。事前の情報とは全く違う数と質の敵が出てきたのだから責任は上司にあるといえるが、同時にここで解決すると上司に貸しを作れる。何より間違いなく出る犠牲を防ぐことが出来る。
倒せるなら倒した方がいい。だが、この規模を相手に倒しきる手札がレイにはない。
どうするべきか。考えていると、アルトが叫んだ。
「……仕方ない、レイ!!禁術を使っていいよ!」
「まじ!?よし、分かった!それならやれる!!」
魔力の瞬間燃焼、予想外の言葉に反応して、今までで一番大量の魔力を練り上げる。
使うのは、フアナに禁じられた技だ。
この前、フアナに呼び出されて連携の訓練を受けた時の話だ。
レイは暇があると魔力や権能の新しい使い方を考え、新技を作っている。その一つをフアナに見せたのだ。これだけなら良くある話だ。賢神に仕えるものたちは学者としての性質も持ち、一定期間ごとに神像の前で研究成果を発表しあう文化がある。レイもそれに倣ったのだ。
しかし、新技を見たフアナは珍しく感情が動き、感心したように褒めてくれたが、それだけでは終わらなかった。
「いい技ですね。しかしあまり使わないように」
「?何故ですか?」
「この技はあなたの生まれ持った力に大きく依存しているからです。背の高いものが背の高さを生かし、足の速いものが足の速さを生かすように、魔力に恵まれたあなたが魔力を使うのは良いことです。しかし、これでは成長できません。
鍛錬とは敵に勝つのではなく己に勝つためにあるもの。いずれはあなたの意思で自由に使っていいですが、今はまだ、極力使わないようにしなさい」
「はあい……」
師匠でもあり親分でもあり教育者でもあるフアナが言うなら従う。
しかし理解しつつも、せっかく頑張って開発した新魔法なのにと不満げだ。
フアナが手を伸ばし、頭を撫でてくる。わしゃわしゃと髪を梳き、気持ちがよくてレイも頭を押し付ける。
「ふふ、しかし強力な技なので、必要な時も来るでしょう。使わずに死ぬのもよくない。
アルト、あなたの判断に任せます。レイ、ちゃんと従うように」
「「分かりました!」」
練り上げた魔力を上部に噴出し、仮想の巨人を構築。足は大地に、頭は雲に。レイをそのまま大きくしたような天を衝くほどに大きい半透明な巨人が腕を振り上げる。
理想を言えば全身が望ましいが、現在のレイでは手だけが精一杯。掌を具現化し、掌底を大地に叩き込む。
「【大地返し】!!!!」
魔物の軍勢全てを巻き込むように、街より大きい範囲をぶっ叩く。まるでめんこが裏返るよう。隕石が衝突したような衝撃に魔物の軍勢がぺしゃんこに潰され、宙を舞った。
「「ぎゃあああああ!!!!」」
そして攻撃範囲の近くにいたレイたちもふっとんだ。大技だが範囲が大きすぎる魔法であるため細かい調整が出来ないのだ。もちろん大技過ぎてまだあまり練習できていないというものあるが。
空中を飛ばされていると、途中でゆっくりと空中で減速した。魔力の繭が二人を包んでいる。少しして地上に向けて力が働き、不自然な軌道を描いて着地する。
「無事か?」
そこにいたのは、レイの部下だ。今回ギルバートから貸してもらったメンバーの一人。
正確には同僚だろうか。あくまでレイたちに指揮権があるだけで。
「上出来です。おかげで助かりました。思ったより強く飛ばされたので」
「来てくれたんですね」
「急に魔物の気配が大量に現れたからな。持ち場を離れたのは許してくれ。それより事前に聞いてはいたが……本当に隠密行動が苦手なんだな」
「うぐっ……!」
嫌な点を指摘されたように呻く。まさに正論。いまの大技、【大地返し】は近くの街だけでなく、おそらくアロス国からもララクマ帝国からも見えただろう。秘匿騎士団が秘匿である理由を完全に放棄している。
超膨大な魔力を持つレイが全力を出すということは、すなわち超ド派手な技ということ。隠密に向いていないというのは全くもってその通りだ。
「分かっています、本当は……ギルバートさんみたいに静かにズバッと切り裂くのがいいってことは!しかし今の俺で急な事態に対応するにはこれしか……いや、これはいいわけですね。すみません。次は予想外の魔物の軍勢が相手でも静かに倒せいるようにします!」
「……助けてくれたことには感謝しますが、レイをいじめるなら怒りますよ」
「ああいや、すまない。攻めているわけではないんだ。ただ若いうちに多くのことに挑戦するのはいいことだが、己の向き不向きを考え、早いうちに進む道を決めた方がいいと……すまない。うまく言えなかった」
【大地返し】で出来たクレーターと膨大な土煙を前に、三人は軽口を叩きながらも油断なく息を整える。吹き荒れる魔素で感知が働かないため目視で観察している。裸眼でもうっすらと見え、レイの聖眼ならはっきりとかなりの数が減った光景が視えていた。
残りは百もいない。小型の魔物は巨人の掌底、大地返しの衝撃で圧死、生き残った魔物の上空に打ち上げられ落下の衝撃で落下死。一部の高レベルかつ高耐久の魔物は生き残ったが、重症、死に体だ。あとはレイたちが個別に倒し、馬車が王都に入るのも見送ってから素材を回収すれば完璧だ。
(…………ちっ、俺の全魔力の一割も使ったのにこの程度か)
禁術を使ったにふさわしい大戦果を挙げながらも、レイは不満げだ。レイの魔力量は超膨大だが、膨大すぎて使い切ったことはほとんどなかった。瞬間燃焼の技術を使うと普段は使い切れない分の魔力も使い切れるので損はないのだが、心情的に使いたくなかった。
なぜならステータスに表示される魔力1あたりの破壊規模が小さすぎるからだ。基本的に魔法とは発動に消費する魔力が大きいほど効果も強力に、そして広範囲になる。
しかし今回使った大地返しは魔力効率が非常に低い。初級魔法の火球や光球より低い。レイが使える魔法の中で最も効率の悪い魔法だ。広範囲に強力な破壊を振りまくために巨人の体をとる工程が原因だが、今のレイではこうしないと発動しないため、仕方ないのだ。
レイの魔力の割合で言えば、破格もいいところなのだが。仮にも魔法使いの見習いとしては使いたくなかった。
「レイ、こいつらがどこからきたのか調べる?」
「んー……いや、やめておこう。俺たちの仕事じゃない、一番の目的は護衛、深追いして失敗するわけにはいかない」
「じゃあもう帰るのね……そうだ、レイ、帰ったらユニリンってこと縁を切っておきなさい」
「えっ、なんで。殺されかけたことならうっかりってことで話がついたじゃん」
「つまり陰謀じゃなく、ただただうっかり殺されかけたってことでじょ?危ないわよ」
「………………で、でも友達だから。そういうこともある、よ。たぶん」
「付き合う友達は選びなさいよね。誰にでも優しいのはレイのいいとこだけど、それって関わるべきじゃない人にも関わっちゃっうってことなのよ」
「……よし、姉さん!まだ任務は終わっていないんだから集中しよう!」
「今更真面目ぶっちゃって……話はあとでね」
「俺は持ち場に戻る。また王都でな」
またお説教が始まりそうだ。やめてほしい。
レイとアルトは残党狩りに向かった。
距離を取った帝国の馬車で、要人と護衛が鋭い視線をレイたちに向けていた。
「強いな。あれが報告にあった少年か」
「おそらくは。名前はレイ。ランシュの結界を抜けてリリア皇女を攫ったという。……正直、この眼で見るまでは保身のために大げさな報告をしていると思っていましたが、まだ幼いながら確かな実力の持ち主のようですね」
レイの名前は帝国の上層部の大半が認識していた。敵国の若い世代の神童というだけでも噂になりやすいが、皇女を誘拐したのがあまりにも大きい。
A級冒険者【断絶】ランシュの結界は帝国でも破れるものがほとんどいないほどの強力な魔法使いだ。それをすり抜けるのは通常の強さではなくユニークスキルや魔装のような特異な能力を持つということ。将来性の高さと脅威度が高い。
「しかし、まだ六つだったか。明らかにおかしいな。まだステータスの加護がないならばレベル1と同じ。能力が高すぎると思うが……」
「ですね。早熟で既にステータスの加護があり、レベルも高いという可能性もありますが、それはそれでおかしい。というか魔力が多すぎて人間に見えません。獣人の特徴がなく、魔族の特徴もないので、消去法が人族だと思いますが……今回の会談で聞いてみますか」
「それがいいだろうな」
(仮に魔族だとして……魔族としての強みは持つのに魔族としても弱みは持たない。そんな生き物があり得るのか?)
護衛たちは訝しみながらも、王都への道を進んでいった。
レイたちがいる場所から遠く離れた場所、レイが見えた糸をたどったずっと先にある場所で、ローブを着た二つの影があった。
「皇帝の暗殺は失敗か。残念だ」
「よく言う。今回で決めるつもりもなかっただろうに」
「確かにな。だが帝国の護衛の実力すら見られなかった。残念だ」
片方が悲しそうに顔を伏せる。
もう片方とは対照的だ。
「それより。あの小僧がレイってやつか?」
「おそらくは。こんなとこまで来たかいがあったよ」
顔を伏せていた方は魔力を練り上げる。魔力は糸を通り、レイたちの傍で魔法が発動する。
「おいおい。そいつを使うのか?死んじまうかもしれないぞ?」
「それは見積もりが甘いよ」
召喚魔法を使いながら、確信をもって語る。
「あの少年はゲジジを下した相手だ。魔王様の依り代がどれほど育っているのか、試すとしよう」
ローブから除く顔には、修道院時代にレイを襲った魔族のような特徴があった。




