44話 内なる敵、対立する敵
講和会談に向けての護送作戦の日が来た。
レイとアルトは部下が指示道理に動いたのを見送ると、自分たちの担当の場所についた。
あと数時間で馬車が通るだろう。その前に怪しい現象、怪しい魔物、怪しい下郎がいれば対応するのが仕事だ。何事もなければいいが、何かあった時の備え、つまり護衛である。
今のところ何も起きていない。まだ時間が速いというのもあるが、もしかしたらみなレイが派遣した飛行船に気を取られているのかもしれない。地面を土魔法で調整し、ピクニックのようにのんびりした時間が流れている。
そんな中、アルトは不満そうな顔をしていた。
「アルト姉、そろそろ機嫌直して」
「……」
アルトはむすっとした顔で、怖くて眠れない日にぬいぐるみに抱きつくようにレイに抱きついている。顎を頭に乗せて胴体で捕食しているようだ。
「私は間違ってないもん……」
「そうだね。姉さんは俺が殺されたと思った暴れたんだよね。分かってるよ」
「でも、レイ、怒ってる……」
「怒ってないよ」
本当に怒っていない。
善意の結果、うっかり殺されたくらいで起こらない。レイより読心がうまいのだから、アルトも分かっているはずだ。
それなのに抱きついてきてるのは、甘えているということなのだろうか。
「だいたい……だいたい、レイは自分が王家の傘下にいるってことを気にしていなすぎなのよ。今回の飛行船もオーレリユ家の娘を関わらせるとか何考えてるの。私は反対したでしょ?アロスとララクマの講和会談なんて歴史に残る大事件の屈指の貢献人をオーレリユ家の娘にするなんて、王家の敵に貸しを作るってことなのよ?あなたは王家の一員なのよ?」
「いやその理屈はおかしい。俺はただの王家の居候だよ」
アルトが突然語りだしたものの見方にレイは異を唱える。
レイはただの居候だ。陛下の参加にいるが、王家の一員という言い方は明確に間違いだ。
そのはずだ。
「そんな風に思ってるのはあなたくらいよ。社交界に陛下と姫様たちと一緒に入場してたじゃない」
「俺は従者だし」
「おバカ。そんな建前はどうでもいいの。王族としての身分はなくても王族と同じ教育を受けているのが事実なの。この前の演奏会でも姫様たちと一緒に演奏してたじゃない。椅子を三つ並べて」
「……ほら、まだ俺たちは子供だから。人成の儀もまだだし」
「王族としても身分はなくてもね、陛下に連れられて社交界に参加して、陛下の指示で姫様達と一緒に学ばされる、ならあなたは臣下と主人の関係より一歩近い、事実上の陛下の子供なの。分かる?だから王家の敵に利するようなことはしちゃいけないの。分かる?出来なかったら見限られちゃうわよ。親のいない私たちはどうなると思う?分からないの?フアナさんだって庇ってくれないわよ?」
「……で、でもユニリンは大切な友達だから……」
「ていやぁ!」
首が閉まる。頭部を抱きしめていた両腕がそのままスライドし首を締め上げる。苦しい。
「うごご……い、いや待って欲しいんだ姉さん、俺は仲の悪い両家を取り持とうとしているだけで、向こうの家に寝返るつもりはないんだ」
「側から見たら違いなんてわからないわよ!」
柔術で上空に投げ飛ばされる。落下地点に合わせ、誤魔化すように、話を煙に巻こうとするレイの顔面に拳が突き刺される。
とても痛い、陥没しそうだ。
「付き合う相手は選びなさい!おばか!死にたいの!?陛下だってどこまで見逃してくれるか分からないのよ!?ていうか、どこまでレイの言葉をを信じてくれるか分からいないのよ!?言い訳って一蹴されるかもしれないのよ!?」
「いーじゃんかよー!そりゃ俺も陛下の意思は分かるけど、言葉にされたわけじゃないんだから無視してもいいじゃんかよ!言われたらなんとかするから!」
「ばか!ばか!ばか!」
怒りが収まらないのか頭をぐりぐりしてきた。
これはあまりいたくない。
「今回の任務だってそうよ!私たちに期待してる人なんていないんだから、もらった部下に指示を出していればいいのにこんなに前線まできて!失敗したらどうするの!木の葉の中じゃ、私たちはまだまだ訓練生なんだから出しゃばらなくていいの!」
「えーでも手柄を立てても俺のさらに上の功績なるし、指示された以上の俺の功績を出さないと生きてる意味ないじゃん。無茶に挑むことそのものが意味になるんだよ。せっかく大きな裁量を貰ったんだしさ。それにユニリンにリリア様に姫様達に頑張ってきますと言っちゃったからいいとこ見せないと」
「知らないわよそんなの!うまくいったらあなたの功績になるしうまくいなかったらあなたの責任にならないの!分かるでしょ!」
「でもなんかズルしてる感じでヤダ……」
今のレイは非常に贔屓されている。後継者とまでは言わないが、たぶん姫様が玉座についた時に補佐する重要なポストをレイで埋めたいのだろうと思う。そのために何が起きてもレイに都合がいい報告者が作られるのだと思う。
しかし、なんか嫌なのだ。なんとなく、おそらくはプライドと呼ばれるものが否定の声をあげている。
正直に伝えると、アルトの表情が抜け落ちた。まずい。
ガチギレ寸前だ。なんとか言い訳しないと。話を逸らすんだ。
「そ、それに!ここ一年側で見て思ったけど、やっぱり王妃様は陛下に謀殺されたわけじゃなさそうなんだよ!たぶん本当に事故!今回のユニリンの功績でオーレリユ公爵を王都に呼んで、ちゃんと話し合って貰えば和解できるんじゃなかなって……」
「ぜいヤァ!」
正拳突きが付きささり、めり込む。
顔面が割れる。割れた。
「レイ、あなたは見通しが甘い!失敗したらどうするの!それにそもそも王家とオーレリユ家の不仲とか私たちが請け負うことじゃないって分かるでしょ!?」
「いやでも俺だって急いでるんだよ。最近はアイビー公爵も俺もうっとうしがっているし、早く功績を上げないと」
「大人しく頭を下げておけばいいじゃない。上下関係を決められるだけで殺されることはないわよ」
「やだ。儀礼的なものだろうと俺の意思以外で頭を下げたくない」
「ぐっ……このっ……」
アロス国はもともと五つの勢力があった。
王家派、最も権威があり力が強かった勢力。
アイビー公爵家派、アロス国の西を預かり、酪農と漁業、経済に秀で、最も豊かで平和な領地を持つ勢力。
アストラ公爵家派、アロス国の南を預かり、政治に秀で王家と反対の立場をとることで、王家に不満・反意を持つ者たちを束ねた勢力。
コンボロス公爵家派、アロス国の東を預かり、武力とタカ派的な思考で有名だが、最も精強な軍事力を持つ勢力。
オーレリユ公爵家派、アロス国の北を預かり、魔法文化に秀で、最も先進的な技術を持つ勢力。
この四つの公爵家の勢力が争い、王家が間を取り持つことでバランスを取っていた。
しかし近年このバランスを崩れつつある。いや、もう崩れているといってもいい。
最大の分岐点はレイがアストラ公爵を暗殺したことだ。アストラ公爵家は潰され、領地と勢力はそのまま王家派に吸収された。コンボロス公爵もその強引な手腕に考えを改め対立をやめた。アイビー公爵家派も王家と蜜月の中だったので、合わせて五分の四が一つの勢力になった。
オーレリユ公爵家は愛娘を王妃の座に据えたとこまでは良好な仲だったがの、事故死したなどという王家に怒り見限った。ここ五年は没交渉だ。アロス国という枠組みにおける勢力争いだったのに、もはや同じ国とは言えなくなりつつある。
今は亡きアストラ公爵の護衛としてコンボロス領に訪れていた【静謐】のヤバーニなどの立場が宙に浮いた反王家派の面々も吸収し勢力を増している。もはやアロス国の内部に反アロス国王勢力とでもいうべき危険な勢力を抱えている状態だ。きわめてまずい。
つまるところ、今のアロス国は、アロス王家とアイビー公爵家派とアストラ公爵家派とコンボロス公爵家派が一つになった新・王家派と、オーレリユ公爵家派の二つの勢力があるわけだ。
勢力差は圧倒的だが、もし全面衝突でもすればアロス国が大きく荒れるだろう。なんとか平和的に仲直りさせようと政治家たちが苦心している。
それに加えて、王室派も一枚岩ではない。内部では対立してる。特に、既存に貴族たちにとってはレイが邪魔だ。陛下が息子か後継者のように可愛がっているのはもはや周知の事実だが、役職に就くのだ現実的になってきた以上は排除対象になった。家無しだとか孤児だとかいうのはどうでもいい。ただ、自分たちが代々獲得していた役職を奪われ、その影響で間違いなく予想以上の権力が奪われるのが問題なのだ。
特にアイビー公爵がレイを嫌っている。娘を姫様たちの姉妹のように仲の良い幼馴染の位置に置けたのはいいことだが、突然現れたレイとのつながりが全く持てていない。ならば、もうレイを役職に就けないように陛下を説得するのがいいのかというと、それは極めて難しい。もとよりレイは既存の貴族の影響を排するために拾ってきた孤児だ。レイに役職を与えることで既存の貴族たちの影響力が減るのは、陛下にとって望ましい。アイビー公爵の訴えは届かないだろう。
さらにレイはアイビー公爵の影響力の乏しい軍や騎士団と仲が良いとなれば、将来的にも仲が良くなる可能性は乏しいだろう。
もう、暗殺するかしかない。
そう考えるのもおかしなことではないだろう。
「ついでにララクマ帝国のお嬢様のアヤメを同時に消せれば万々歳だからね。てっきりオーレリユ公爵と手を組んでアヤメとレイを同時に始末する策かと思ったわ……誤解だったみたいだけど」
「そんな事態になっていたらさすがに気が付くって。最近はユニリンも親からの手紙を受け取ってたから見せてもらったけど、暗号もなかったよ。大丈夫大丈夫」
「そう……でもぜんっぜん安心できないわ。今回は誤解だっただけど、暗殺者は間違いなく来る。妨害工作だけじゃすまない。絶対に」
アルトは怖がるような顔でレイに訴える。
しかし届かなかった。
「姉さんは心配性だなあ」
「レイが楽観的すぎるのよ!!!!」
「えーでも失敗しない人生はないからどんどん失敗しなさい。一つ失敗するたびにあなたは成長するのですってフアナ院長も言ってたし……」
「失敗した時の損害が大きすぎるのよ!!!最悪国が割れるのよ!?」
「なんとかなるなんとかなる。なんとかならなかったらなんとかするから」
「また軽率にそういうことを言って……っ!!!」
しばらくゴロゴロとほっぺたを擦り付けてきて、首に噛みついてくる。甘噛みだ。
なすがままの状態でしばらくいると、落ち着いた頃にレイが口を開く。
「今回の話は陛下にも話は通してあるよ」
「試験かもしれないでしょ。試し行動ってのがあるの。泳がされてるのかもしれないの。常識的に考えて、陛下が許可したとしても、せめてオーレリユ公爵家以外の誰かを主導的な立場に加えるとかさ…………うぅ、やっぱり今からでも逃げた方が……迷宮連合都市なら私たちみたいな子供でも目立たないし……」
「よしよし。いい子いい子」
恐らくこれはストレスが溜まっている状態なのだろう。
抱きしめ返す。ここまで距離の近いスキンシップは久々で懐かしい。
「う……うううぅっ、そ、そうだ、アヤメのこともよ!あいつ、レイを殺しかけたのって二度目でしょ!?そばに置いておくなんておかしいわ!」
「大丈夫だよ。俺は全身黒焦げにされたことなんて気にしないし、あいつ頭悪いから、たぶん戦場で戦って俺に誘拐されたことも忘れてんじゃない?俺も忘れてたし」
「むぬぬぬぬ!それはそうだろうけども!けども!!」
まだ暴れそうだ。さらに強く抱きしめる。
次に備えて精神鎮静効果のある魔法を作った方がよさそうだ。
ユニリンに頼めば何とかしてくれないかな。
「レイ、いい!?今回は誤解だったのは良かったけど、暗殺者を送られるようなことをしてるのよ!?少しは目立たず、周りに溶け込むように立ち回ること!分かった!?じゃないと殺されるのよ!?」
「いや今回はアヤメだから油断しただけだから」
「殺されてんじゃん!」
ぷんぷんだ。アルトがここまで感情的になるのは初めて見る。
いや、そういえば権能は感情を消費して発動するため使い手は全員感情豊かと聞く。アルトも権能使いだから、単に今までレイが知らなかっただけなのだろうか。
「帰ったらユニリンってのは殺すから。レイに危ない魔法を喰らわせた報復よ。いいわね」
「え、いや、そこまでしなくても……」
「けじめよ。私がユニリンを殺して、アヤメもユニリンを殺して、最後にアヤメが私を殺す。その後に生き返られせてね」
「ええー」
そこまでしなくていいのに。アルトの目は本気だ。
(まあ、知らない場所でやられるよりはいいか、な?)
もうしばらくだべっていると、遠方で爆音が鳴り響いた。
炎と雷の魔法、重く硬いものがぶつかり合う音、戦闘音だ。
「レイ!」
「ちっ、やっぱ何事もなく、とはいかないか」
あの方向はルートの一つ。急いで駆けつけた。




