43話 旧皇帝派の思惑と突然の死
帝国の首都にある皇帝が住む城、通称帝国城。質実剛健を形にしたような武骨な城は、誰よりも戦場をかけ誰よりも多くの戦果を挙げ誰よりも強いものこそ君主にふさわしいという信念をその姿で主張しているようだ。
見ただけで感じる威圧感は帝国建国初期は要塞として使われていたという伝説に現実味を感じさせるほど。正面にある城門から堂々と入れるものはそれだけで一目置かれるだろう。
そんな帝国上の城門前に、メイド服に身を包んだ女性が大ジャンプで着弾、仁王立ちをし、大声を上げた。
「頼もう!アロス国より手紙を持ってまいった!!」
薄い青色の長髪に赤い瞳、神秘的なオーラを放つ豪快な十代後半ほどの女性。フィニス・ララクマ。
面識がなくとも帝国の民ならばこの特徴的な項目ですぐに誰なのかを理解し、門番すら目をそらす。帝国城の高層の窓から飛び出し大急ぎで駆けつけてきた高位の武官たちの姿に誰もが安堵した。
「……まさか、こんなに早く戻ってくるとは思わなかったぞ」
「……それも、アロス国の使者としてくるとは、な。帝国の皇族だったものとしての誇りはないのか」
「ふっ、私の忠誠はリリア様に向いている。リリア様がいる場所こそ私の守るべき場所。何を恥じることがあるのか」
本当になんら自分に恥じることはないという態度。リリアのそばに侍女服を着ているだけの置物だった時とは違い、人を惹きつけるカリスマまで放っている。
武官たちは呆れ果てた。
「……そうか、まあお前のリリア皇女に向ける忠誠心に疑いはない。リリア皇女も快適に過ごしているのだろう」
「……皇帝陛下のもとへ案内する。早く要件を済ませてくれ」
「もちろんだ」
武官たちに連行されるようにフィニスは帝国城に入っていった。
その姿を、少し離れた位置にある屋敷から見ている視線があった。
「あれはフィニス殿だな。ふん、アロス国の者が使者ならば殺してやったものを」
「使者を殺し、講和を止める絶好の機会だと思っていたのだが、隙を見せてくれんか」
「帝国のものである以上、殺しても内輪揉めにしかならん。フィニス殿は頭が悪いが、英雄的な活躍を何度もしているだけあって人気も高い。ちっ、相手も馬鹿ではないか」
屋敷には中年の貴族たちが集まっている。
旧皇帝派と呼ばれるものたちだ。
帝国は実力主義だ。武力を持って周辺諸国を征服し、従えてきたため武力を尊ぶ文化があり、皇帝も生まれた順番や血の濃さ、特殊能力は考慮せず実力で決める。貴族も皇帝に引っ張られるように武力を鍛えるので国力も上がる。そうしてこの国は大きくなった。
しかし、いくら実力とは武力に限らず知力や指揮能力、他の能力も考慮するといっても、武力以外は軽んじられるのは確かだ。特に、財力は個人の能力として見られず、軽んじられる。
この部屋に集まった旧皇帝派はそういうものたちだ。今の新しい簒奪皇帝は理想が高く潔癖の気があり、先代のように財力に秀でたものを優遇しない。賄賂さえ受け取ってくれないなんて困ると先代皇帝の遺児たちを擁立し、帝位を旧皇族の元に戻そうとしている。
今回のアロス国とララクマ帝国との会談を潰すのは、計画の大きな前進となる、はずだった。
「またレイという小僧か。リリア様を誘拐したやつだな」
「だが飛行船を持ち出していくるとは予想外だ。そこまでして、本当に我が国と興和するつもりなのか?」
今回の会談は半年ほど前から計画されており、普通に考えて今更ルートを変えるはずがない。だが飛行船なら話は別だ。この航空戦力がほとんどない世界において、空路はごくまれに魔物の襲撃などがあるが……基本的には絶対といっていいほど安全な道。一考の価値があり、手札を見せられるだけでリソースを割かれる。
旧皇帝派にも航空戦力はあるが、極めて貴重であり、使えばすぐに身元が分かる。今はまだまずい。こんな急には使えない。
これはレイの……というより、レイに権利を与えたゲオルグ・アロス国王の妙手だろう。権力を一か所に集中させることで多くの承認作業を削減し、半年かけた作戦への介入すらあっさりとできるようになった。失敗のリスクも大きいが、現にレイが割り込ませた飛行船という手札の速さにに追いつけるものは誰もいない。
貴族たちは舌打ちをし、苛立ちを紛らわせるようにテーブルに置かれた甘い菓子を放り込んだ。
「それより、もっとマシな情報はないのか?レイという小僧の裏にいるのは陛下か?それともコンボロス公爵か?不仲と聞いていたがいつ手を組んだんだ?」
「それは……まだ不明です。現状だとレイが個人の意思で動いているとしか結論が出せず……」
「ふんっ。アロス国の諜報もなかなか優秀だな。上司と命令系統を増やすことで真意を隠すとは」
そして、常識的な貴族である彼らは飛行船を含めて全てレイが自分の意思でやっているとは全く思っていなかった。
家同士の関係でいう「親」にあたるゲオルグ王か、それとも部下という名目でレイの補佐についていながら実質的な軍における上司のコンボロス公爵か、それともアロスの秘匿騎士団か。それとも、まさかフアナなのか。
表向きはレイが主導しているだけで、多くの上司の誰かが命令を出している。
そういう風に、常識的に判断していた。
「オーレリユ家の娘と親しいという情報もある。王家を裏切るための布石なのでは?」
「ふむ……王家を裏切る理由は見当たらないが……ここまで何も分からないと、その言葉も一考の価値が上あるか」
レイは王家とオーレリユ家の間を取り持つためにユニリンに接触した。
しかし、その行動を「王家を裏切り、オーレリユ家に取り入るつもりなのでは?」と疑うものもそれなりにいた。どれだけ探っても王家からの命令が見つからないのだし。
……レイの独断なので、見つかるはずがないが。
そしてレイが当初の目的を忘れてユニリンと仲良くなっているのも誤解されている理由の一つだ。その発想と技術力、向上心に惚れ込み、アロスの王女たちといる時より楽しそうだと囁く噂好きの侍女もいる。誤解は深まるばかりだ。
おそらく、王家を裏切りオーレリユ家に寝返るつもりなのだろう
このような誤解が広まるのも、必然だった。
「まて、もしや裏にいるのはゴボスではないか?もとよりアストラ公爵暗殺事件には不審な点も多い。実の弟であるゴボス殿が協力していると考えれば幾つかの疑問が解決するだろう」
「ふむ、いち早く後継者争いから降りたと思ったら、二十年かけて当主になったわけか」
「十分にありえる話ですな。王家のものになったといっても、今までの統治機構をそのまま引き継いだから何も変わっていない」
会議は紛糾するが、一向に結論は出ない。
情報が少なすぎる上に、数少ない情報も精査しても真意が分からない。総じていえば、不明瞭な点が多く、行動するにはリスクが大きすぎる。
「今回の会談を失敗させて現皇帝の権威を失墜させる。そして我ら旧皇帝派が復権する……と言うのが目的だったが、飛行船を使われては追えない。無駄に終わる可能性が高い。
……仕方がない、今回の襲撃計画は取りやめだ」
旧皇帝派の貴族たちは落ち込み、目に怒りを灯す。
次こそは、と。そして、今回邪魔をしたレイと、その裏にいるものをいち早く探るべきだ、と。
「残念ですね、あの情報が正しいならまず間違いなく今回の会談には皇帝も参加すると言うのに」
「あの情報がただしいという保証もないのだ。だがまあ、おそらくは参加するだろうな。ならば会談は諦めて帝国内での勢力拡大に注力しよう。皇帝がいなくなるなら今は好機だ」
「確かに、いないという前提で動き、もし帝国内にいるとしてもこっちには気を割けないでしょうからな」
邪悪な笑みを浮かべながら次の予定を組み始める。
お開きといったところで、一人がふと声を上げる
「そういえば、今回協力を持ちかけてきたあいつらはどうしますか?」
「……?ああ、あの怪しい奴らか」
今回の会議に集まって旧皇帝派の中のリーダーの頭に浮かぶのは、半年前に接触してきた謎の奴らだ。
ローブを被り、身分も不明。だが何故か採用され、いつの間にか襲撃の重要な役割を任せた奴らだ。なんでもテイマーらしく、無数の魔物を従え、アロス国の騎士団を一つなら余裕で潰せると豪語していた覚えがある。
「割り振る役割がなくなってしまったな。」
「しかし、前払いで報酬金を払った以上、何もさせないのも問題ですな。もし失敗すれば警戒されますが……必要のない癒着の疑惑を臣下たちに抱かれるのもよくない」
「ふむ……」
アロス国とララクマ帝国の間の地図を広げる。皇帝の王国へ向かうルート、ダミーを含めてかなりの数あるが、三つまでは絞れている。
少し迷ってから、適当にサイコロを転がした
「よし、あいつらは全員このルートの妨害を命じろ。絞りきれなかったから分担だ、とでもいってな。浮いた戦力も全てだ。もし当たれば儲け物だろう。では、解散だ」
そのルートは、偶然にもレイが担当する正解のルートを引き当てていた。
飛行艇で迎えに行く偽装工作の件を了承したという皇帝からの手紙を持って帰ってきたフィニスとともに飛行艇の出発を見送ると、レイもアルトとアヤメを連れて予定の場所に向かった。帝国の要人達は複数の馬車に分かれてこちらに来る。レイもルートをいくつか教えられ警護することになったのだ。
厳密には、ルートの安全確保が仕事だ。馬車そのものは帝国の護衛が守るので、魔物や夜盗、そしてどこかの組織が放った刺客を撃退する。今日は下見だ。
本番は明日、最後の休憩に入る。
「退屈だった……」
「いいことじゃないか」
「何も起こらないのも逆に疲れるわね」
近場の宿で三人はぐったりと寝そべっている。
気を張っていたレイは服を脱ぎ、着てきた鎖帷子を外す。一応はアロス国の騎士団に所属しているレイの装備は国から支給される。国が抱え、国が保証する装備だ。その性能は高い。
しかし、レイたちはまだ子供である。子供用の鎧はないのだ。武器は何とかなるが防具はサイズが合わないと装備できない。そのため孤児を使って作った子供用の鎖帷子を持ってきたのだ。それなりに役立つだろう。
レイたちの担当の場所は帝国との国境にある山だ。ルートのうち四つが近場にあり、異変を察知したら現場に急行する。この数は難易度の高さの証だが、同時にレイたちを信頼している証でもあるのだろう。
ギルバートからもらった部下も連れてきている。和平会談の護衛の任務を命ぜられるだけあってみな優秀で命令をよく聞くベテランだ。経歴で比較すれば新米のレイより優秀な者しかいない。適切な場所に配置すれば適切に働いてくれるだろう。
なのでレイも安心して自分の担当の場所を視察したのだが……特に何もなかった。普通の山、普通の森、普通の岩と普通の土。土地柄で多少の違いはあるが、特筆するべきことは何もない。
アヤメは重要な仕事だと気合を入れていたせいで何も起こらす人一倍疲れてしまったようだ。レイとアルトとは違って初仕事、それもよそ者として参加しているからというものあるのだろうか。
(天気屋の爺さんがいっていた平原に近いから、何かあると思っていたけど……時期が違うのかな?)
レイが内心で首をかしげていると、アヤメがゾンビのように起き上がり提案してきた。
「そうだ。レイ、ユニリンから精神回復魔法術式の試作品が出来たから、試してほしいって言われていたんだった」
「精神の回復魔法?」
「そうそう。ストレスがたまっていてもすぐにリラックスできるらしいわ。でもまだ実際に使って事がないからデータが欲しいんだって。使うね?」
「いいよ」
カバンから取り出したメダル型のマジックアイテムをレイの額に押し当て、魔力を込める。
「待って!危な――」
アルトの声が聞こえた。
そう認識するより早く、レイの自我は消滅した。
(…………)
レイの精神はおそらく宇宙か海に浮かんでいる。その姿は漂白された墨汁のよう。
傍から見れば何も変わっていない。宿の一室の床にぺたりと座っている。
音は聞こえる。感触も感じる。目の前でアルトがアヤメをぶん殴っているのが見える。首を掴んでがくがくと揺らしているのも感じる。
しかし、何も感じない。何とも思わない。無我の境地とはこういうものかもしれない。理解し情報を受け取っているのに、何も思わない。生と死に価値を感じない。感情が揺れない。
全身から力が抜ける。体と心を支える力が抜ける。ただありのままのレイがそこにいた。ぼんやりとした表情は、目を開けたまま死んでいるようにも見える。
『レイ!起きなさい!そのままじゃ死んじゃうよ!!』
外からの干渉に何も感じなかったレイに、内側から声がかかる。精神世界の脳、おそらく心か魂と呼ばれるなのにが揺さぶられ、正気に戻る。
意識を視界に集中すると、視界の中にはシーがいた。
『よかったぁ。油断しすぎだよ!もっと用心して、自分を大切に――きゃあ』
奇妙な光景だ。本当に視界に映っているのだろうか。レイにしか見えていない。まるで眼球の中、もしくは脳の内側に住み着かれたようだ。
最近はレイが声をかけるまで大人しくしてくれているのに、ピンチを察してきてくれたのだろうか。生死と世界の狭間に住んでいるのにいつの間にかレイの中に引っ越してきていた森の精霊は、またもや鳥の使い魔に連れられて消えた。おそらく裏世界に戻ったのだろう。
「レイ!起きたの!?大丈夫!?体は!?心は!?逃げる準備は!?」
「だいじょうぶだよ。アルト姉さん……て、逃げる?」
「あれ。殺しちゃった」
泣きそうな顔で心配してくるアルトの指差す方を見ると、鼻を中心に顔面が陥没し、首をへし折られたアヤメの死体があった。
「……えっ!!!???ちょ、今助ける!」
急いで傍により慈愛の権能を全力で発動する。並行して魔力を使って触診。まだ死んでから五分と経っていない。リンはすぐに声をかけてくれたのだろう。たしか人が死んでから魂が肉体から離れるまで三十分、まだ間に合う。
今のレイでは反動が抑えきれないが、躊躇なく術を行使する。
その寸前で腕を掴まれた。
「待ちなさい。そいつはあなたを殺しかけたのよ。最近はオーレリユ家の娘とも仲がいいと聞くし、あなたとを殺すための攻撃とみるべきよ。こいつもきっとグル、そうでもなくても殺して責任を押し付けて――」
「ユニリンもアヤメもはそんなことはしない。姉さんでも怒るよ」
レイの本気の怒気が混ざった声に怯えたように怯む。その隙を逃さない。
「第十翼【目に見えずとも愛は届く】」
権能は感情を消費して発動する特異な術。人の身を破滅させ、狂わせるほどの大きな感情を維持することは普通は出来ない。もし権能を普段使いするものがいれば、それは未来を捨てた復習者か、狂気のような信仰の持ち主。
もしくは、大きな感情も均される平穏な日常にいながらも常に何かに怒り、慈しみ、悲観し、希望を抱くような特異な精神性の持ち主だろう。
レイは後者だ。実の親は謎の追って殺される寸前にもレイだけでもと逃がした。スラムに流れ着いたあとも拾ってくれた新しい親たちは、縁も所縁も義務もないのに、最後までレイのことを思っていた。二度も親を失い孤独になったレイを、理由もなくアヤメは家族になってくれた。アヤメのほうも天涯孤独の身らしいが、そういう偶然を含めて、この世には愛があると信じている。生まれてからの六年間で十分に知った。
尽きることのない無限の愛は、慈愛の権能の最奥を開く。
「【死者蘇生】」
神々しい光に包まれ、まるで世界の全てが記された本の情報が書き換わるように、生者が残った。
「う~ん……あれ、確かに私は殴り殺されたはずじゃ……」
「アヤメ!よかった!」
「きゃ!」
権能は効果を発揮し、生き返った。レイは珍しく泣きそうな顔でアヤメに抱き着く。
【死者蘇生】は神話に領域の術であり、成功例はカイガキくらいしか記録されていない。前例がほぼないため少しだけ不安だったのだ。うまくいってよかった。
「……レイ、私は謝らない。そいつがレイを殺したのは事実よ」
「……はっ!そうだった!レイごめん!なんかわかんないけど、私が使って術で殺しちゃったんでしょ?ごめんね知らなかったの。あとでユニリンは殺……半ごろ……謝せるから許して?」
全く気を緩めていないアルトと、あんまり状況がぴんと来ていない様子のアヤメの言葉に、レイは焦ったように言葉を返す。
「待って待って二人とも。ただの事故だよ。ユニリンはたぶん……三日徹夜させた後に追加で七日ほど徹夜させたから怒っちゃったんだよ。たぶん」
「?十日徹夜させたってだけでしょ?なんでその程度で怒るのよ」
「姉さんそれは俺たちの認識がおかしいんだ。ユニリンは俺たちと違って体が弱いんだよ。普通は三日も徹夜すれば限界なんだよ」
「ほんとに?嘘つかれてない?修道院じゃ……いや、そういえば、侍女仲間の子たちもトラブルが起きたときはすぐに倒れていたわね。あれはさぼりの演技じゃなかったってこと……?」
「あんたねぇ……飛行船の調整とかよく分からないから離れていたけど、次があれば同行するわね」
「そうして。あと、リラックス効果のマジックアイテムだけど、一億倍くらいに弱くすれば実用的ってユニリンには伝えておいて」
「分かったわ。……ごめんね、本当に」
「いいって」
今日死んでもいい。そのつもりで生きなさい。
そんな精神で生きているレイにとって、事故で殺されかけたことはまったく気にしていなかったが、アルトとアヤメの様子を見て、考えを少しだけ調整することにしたのだった。
なお、アルトがどうしても気を許すことが出来ないと主張したため、アヤメはギルバートの部下たちの班に混ぜることにした。
そういえばアルトはアヤメともユニリンとも共に過ごしたことがなかったので、偏見が取り除けていないのかもしれないなとレイは反省した。




