42話 試運転飛行
護送任務が通達された翌日、計画書を提出したレイの姿は孤児院にあった。
「あつっ!」
「レイ、手が燃えちゃいそうだよう」
「鉄ってすごく温めるとこんな風になるんだ」
「次はお前たちがやるんだからちゃんと集中して見るんだぞ」
孤児院の一角は土魔法で作られた厚い壁に覆われ、その中には小さい煙突のような新しい溶炉があった。
レイの魔法とユニリンに作ってもらったマジックアイテムを使って作られたこの溶炉は地味な見た目に反してかなり高度だ。
「これを運べばいいのね」
「穴の設置も終わったよ!」
「鎖帷子っていうんだっけ。鉄が余ったら俺たちも欲しい!」
「いいぞ。一着でも完成すれば向こう一年は食うに困らないくらいの値段になるからな。売るのは俺がやるから素材の余りは好きにしろ」
「やったあ!」
「全員分作れるかな!?」
「それはレイに甘えすぎよ」
「胸とは頭とか、ちょっとなら出来るかも?」
「ていうか服は止めてこっちを作ろうよ!」
「こらこら、力がない奴のことも考えろ。お前たちの服が解れたら縫ってくれるやつがいるんだぞ」
ここには子供たちが二十人ほどいる。戦闘訓練を施したが、適性がなかったものたちだ。
戦いとは相手を傷つけるもの。魔物であれ人であれ敵対すれば傷つける。
しかし、どうしても相手を傷つけることが苦手な者たちがいる。踏み込み最後の一歩に力を入れられず、有利な状況でも勝てない。
武術の才能の有無ではなく、武力を運用するのが向いていない、これを適性がないという。
そういうものが実戦形式の戦闘訓練をさせたら二十人ほどいたのだ。
レイにとっては驚愕の事実だ。最初の剣を持ったのはスラムの親が殺されたとき、怒りのままに剣を取り切り殺した。そこにはためらいなど一切なかったし、そのあとの戦闘訓練も実践も躊躇ったことは一度もない。
そのため相手を傷つけられないというのは信じがたいことだったが、レイには子供たちが本心から言っているとわかった。それでも極限状態に追い込めば戦えるようになるとレイは考えているが……そこまでしなくてもいいだろう。これは向き不向きの話だ。孤児たちの職業は生きるためのものであって、血みどろの戦いの道しかないわけではない。
「俺は早くダンジョンに潜りたいな」
「俺も俺も!魔境も行きたい!戦場も行ってみたい!」
「鍛錬が先だよ。戦場に行っても身につくのは心構えだけ、能力を上げるなら鍛錬あるのみだ」
血気盛んで大変喜ばしい。
だが鍛錬が先だ。ゲーム風に言えば、一般人が1〜10のダメージを出せるとすると、鍛錬をすると出せるダメージを5〜15に固定でき、戦場に行けば度胸を鍛え、怯み攻撃できないような場合を減らせる、と言ったところか。
道場で鍛えた実践経験のない高レベルスキルの保持者が格上との戦いに慣れた低レベルに負けたという話はよく聞く話だ。しかしそんな戦闘巧者と遭遇する可能性は低い。普通に生きて行くだけなら道場で鍛えて死ぬ目を減らしてから戦場に行った方がいい。
まあ、この世界では魔物や人間を殺せば経験値が入りレベルが上がり、ひいては能力値も上がるので、戦場で生き残り続ければ強くなれるというのも間違いではないが。
いろいろな考え、流派があるがレイは安全も考慮して先に鍛錬をするべし派である。
そも無理をして冒険者や傭兵になる必要はない。たいていの孤児は信用がないため冒険者か傭兵か犯罪組織の下っ端くらいしか道がないが、レイならば他の道を示せるのだから他の道に進めばいい。
レイが運び込んだ溶炉による冶金はその一つだ。鉄を溶かし、形を整え、防具にする。特に鎖帷子は村でもたまに作っているくらい簡単なものだ。鉄を溶かして棒状にし、細く細く、さらに細く。刃物で切れるくらいに細くなった鉄棒を棒に巻きつけ小分けに切り、小さな丸を大量に作る。つなぎ合わせれば完成だ。高く売れる。
布製品よりも金属製品の方が高い。軍需製品は高い。なんなら冒険者として稼ぐよりも高い収入になる。鍛冶師にならずとも、この試みがうまくいけば国にこの溶炉を売り込むこともできる。
長い時間をかけて技術を磨いている本職には劣るが、本職の七割程度の完成度の品を簡単に作れるならかなりの儲けになる。うまくいけば城の騎士団……は無理だろうが、兵団にはおろせるかもしれない。
試作品として孤児に与えれば弱めの魔物を相手の生存率も上がるだろう。レイのように手足がちぎれても即座に回復魔法で治せるものは少ないのだ。レイだって魔力は無限にも思えるほど多いだけで実際は有限なので鎧くらいはつける。
(まてよ、城の兵団に卸すなら既存の鍛冶師たちのお得意先と争うことになるか。んー……傭兵か冒険者あたりがいいかな。木の葉は冒険者ギルドにも繋がりがあるらしいし、今度聞いてみよう)
「できた。この砂時計の砂が落ちきるころに冷めるから、そうなったらこのくらいの長さに切って、円形に整えてくれ」
「分かった!」
孤児に鍛冶を任せた翌日、王都の上空に飛行船が浮かんでいた。
「でっかいなあ。帝国にお偉いさんを迎えに行くんだっけ?」
「ずっと戦争をしていたのに、本当に平和になるのか?」
「噂ほどギスギスしてたわけじゃないって聞いたことがある。うまくいくといいな」
「半年ぶりだっけ?」
「アストラ公爵から分捕ったときのお披露目以来だから……そのくらいか」
「まさに神工物、迷宮の大宝具。そうとうな宝のはず」
「襲撃されれば壊れるかもしれないのに、今回の会談にそこまで力を入れているのか」
「和平会談だと……どうせ何かの間違いだろ」
「何人死んだと思っているんだ」
今朝、突然布告があった。帝国の要人をこの王都に招き、アロス国とララクマ帝国の今後を決める会談を行う。その迎えに飛行船を帝国に送る、と。
民衆たちは活気だった。二百年も戦争をしていた帝国との融和などうまくいくのか。うまくいくとして有利な条件にできるのか。両者が本当に前向きに考えていたとして、何事もなく終わるのか。うまくいくだろうか。うまくいってほしい。
もちろん期待ではなく反感を抱くものもいた。だらだらと続いた国境線上の戦場は死傷者こそ少なかったが二百年も続ければそれなりの数になり、死傷者の数だけ恨みが募る。うまくいかないことを望み、ささやかながら呪い屋に足を運ぶものもいた。
しかし、停滞していた歴史を動かす大きなことが起きるのではという思いは共通していた。
「レイ!ちゃんと見てるんでしょうね!」
「ちゃんと【見て】るよ。やっぱりユニリンに任せてよかった」
「ふっ、もっと称えなさい」
王都の上空、船の上。空に浮かぶ巨大な飛行船の甲板にある制御室にレイの姿があった。
この船は帝国に向かい、皇帝を拾って王国に帰還するという非常に重要な役目がある。
今やっているのは試運転だ。
マジックアイテムの中でも迷宮から獲れるものは宝具と呼ばれ、未知の、もしくは賢神が地上にいたころの失われた太古の技術で作られている。その性能は非常に高く、自己修復機能が付いていることも多い。
この飛行船にも自己修復、自己保存の術式が刻まれている。飛ぶだけなら何の問題もない。
しかしその巨大さゆえに、剣や馬車型の宝具では問題にならない誤差が人間には致命的なミスにつながることもある。多くの要人を載せておいてうっかりミスで死なせては……いや多少の予想外の失礼が起きても首をいくつ飛ばしても足りない。
だからこそ人の手で調整する必要がある。王宮に仕える魔導士たちを多く投入し、雲の高さまで浮かせても安心だというお墨付きをいただくのだ。
「ユニリン殿、下部の増幅回路の効率が平常時より僅かに低いですが、いかがなさいますか?」
「んーそれ以外に問題があるか、現状でも帝国まで飛べるかを計算しておいて」
「大臣の一人から通信が。ユニリン殿かレイ殿に話があると」
「どうする?」
「忙しいって言っておいて。重要な話なら他の人経由でもう一度話が来るから」
背後でユニリンが仕事をしている。長年に渡り王宮に仕える高名かつ高齢な賢人が年齢一桁の少女に頭を下げ伺いを立てている光景はなかなか奇妙だが、類を見ないほど速いだけで伝統的には間違っていない。経験豊富で有能なものより無能でも血筋の良いものがトップに立つことはよくあることだ。
今回はまだ幼いながらも魔道具に理解が深く、余計な口出しをしてこないため、いつもよりやりやすいと楽そうだ。しいていえば王家と非常に仲の悪いオーレリユ公爵家の娘だという点が引っかかって言うようだが、王家の後ろ盾を持つレイが傍にいることで解決だ。今回の会談に向けて万全の準備を整えている。
「でもいいの?本当に?」
魔導士たちの列が途切れた隙に、周りに人がいないことを確認しユニリンが伺うように効いてくる。
事前に話していたが、こちらに気を使っているのだろうか。
「ああ。この船は囮だ。最悪落ちてもいい」
そう、この船は囮である。実際に皇帝どころか帝国の要人は一人も乗らない。
「もったいないね。せっかくアストラ公爵から分捕ったんでしょ?いいの?」
「カードは切るためにあるんだよ。もとより希少なもので獲れそうだから獲っただけ。惜しいけど……とっても惜しいけど、もう【見て】覚えたから、いつかは再現できる。そしていつかの未来より目先の課題が優先だよ」
レイの目、この世界の最小単位すら見える、史上最高の性能の目。その真価は戦闘ではなく観測装置として運用したさいに最も発揮される。
たとえ賢神の時代に作られた宝具だろうと、壊すことなく内部構造を視認し覚えることなぞ造作もない。
……最も、素材と技術力の問題から再現できないので、できれば壊れてほしくないというのも本音だが。
しかし今のレイが今回の会談に介入できるとしたらここしかない。レイが知らなかっただけで今回の会談は戦場が吹き飛んだ半年前から計画が進んでいた。もう変更できない。使用するルートも護衛の選定も住んでいる。
だがそのうえで、飛行船を使うというのは計画の変更したという偽装情報に十分な信憑性を持たせるだけの力がある。この世界に飛行能力を持つものは少なく、ダンジョンで獲れた飛行船の数は片手で数えられるほど。その一つを使い雲の高さと飛ぶともなれば絶対に襲撃は起こらない(はず)だ。急な提案であっても帝国が受け入れたと考えるのはおかしなことではない。
(陛下にもそこまでしなくていいって怒られたけど、だからこそ囮としての価値がある)
まさかダンジョンでとれた大宝具、賢神の遺産が陽動だとは思うまい。
不安点といえば浮いたリソースを王都で起こすであろう騒ぎに注がれることだが……大国同士の会談を妨害するなんて大それたこと、長い時間をかけた緻密な計算が必要だ。大したことは出来ないだろう。
それでも起こるのは王都の警備隊の仕事だ。レイに責任は及ばない。
「姫様たちはもう乗せたし。でもまあ多分何も起こらないだろう。当日はアロス国とララクマ帝国が保有する希少な飛行戦力も護衛に着けるんだし」
「……あいつらの話はしないで」
「ごめん」
まだ仲が悪いのか。
直接何かをされたわけでもないから、仲直りしてほしいものだ。
誤字報告ありがとうございます。




