41話 護送任務
今日の姫様たちの相手が終わり自室に戻ると、手紙が届いていた。差出人はギルバート。アロス国秘匿騎士団、通称【木の葉】の団長だ。主に諜報や暗殺など表沙汰にできない問題を担当している。
たまにレイにも話が回ってくるのだ。この部隊は秘匿性が極めて高く実在していると知っているものは多くない、公には存在しない部隊。実力はもちろんだが信用はより重視され、メンバーの半分は孤児院や修道院で育成されたらしい。レイも裏切ったりしないと信用されているのだろう。
いつものように派手で目立つ鎧姿ではなく、高価で仕立ての良く、柔らかい印象を与える一般的な貴族の子弟が身に纏う衣服を着こんで城に向かう。
着いた場所は城の一階の談話室、城に入れる人間ならば誰でも利用でき、普段は貴族や貴族の子弟、役職を持つ文官たちが使用している個室の一つだ。その中でも奥まって人気の低い、裏を返せば注目度の低いものたちが使用する目立たない部屋に入った。
「来たか」
「レイ君、遅いですよ」
「ギルバートさん、お待たせしました。アルト姉もいたんだね」
中にいたのは引き締まった強靭な肉体を秘めた精悍な顔つきをした三十代半ばくらいの男性、ギルバート・ライン。もう一人は侍女の服に身を包んだアルトだ。
目線で促されソファーに座る。アルトの横だ。抱き着こうと思ったが、アルトは余所行きの顔をしている。怒られそうだからや止めておこう。
意識を切り替えてシャキッとすると、待っていたのかギルバートが口を開いた。
「早速だがお前たちに指令を出す。もうじきララクマ帝国から秘密裏に要人が来る。彼らが確実にこの城に来れるように道中の安全の確保と護衛をせよ。これはゲオルグ国王陛下およびリーレウス外交官長、ハリトン国防大将軍、そしてヘニーリアス宰相からの要請である」
「……なんと」
「陛下と外交官長と国防将軍に宰相の共同での要請とは、それほどの人物が乗っているのですか?」
「ああ、ララクマ帝国の皇帝だ」
ありえない名前に二人は絶句する。
「要件はリリア皇女について。この前レイが武門十七衆の一人を相手に交渉して、リリア皇女の身柄を抑えておくことに成功しただろ?あれから手紙を通じて交渉し、来年度から正式にアロス国の学園に留学という形で置いておくことになったが、その前にララクマ帝国の要人たちが直接こっちに着て話すんだ。
その中に紛れて皇帝もこっそり来ることになった」
「なるほど……一応お聞きします。なぜですか?」
「秘密だ。知る必要はない」
「気になります」
「……俺も知らん。私見だが、五大大国の中でもアロス国とララクマ帝国は比較的仲がいい。予言のこともあるし、だらだらと続いていた戦争も終わったことだし、好機と判断し友好的な関係を築きたいのだろう。王の意思は国の意思。国のトップ同士が決めればそれは絶対。顔を合わせるのは誠意の証だ」
「なるほど……」
「レイ、お前も質問はあるか?」
「特には……そうだ。エンギル家の誰かも来ますか?アヤメには仕事を任せていて、今帰られるのは少し困ります」
「捕虜に何をさせているんだお前は……エンギル家については何も聞いていない。おそらくは来ないだろう」
「ふむふむ……そういえば、ヒルゼさんがいうには、帝国は少しごたついているとのことです。皇帝がこっちに着ても問題はないのですか?留守の間に反乱とか起こされませんか?」
「問題は大ありだ。だから秘密裏なんだ。これを知っているのは先ほど述べた四人と俺たちだけ。漏らせばお前でも処刑されるだろう。気を付けろよ」
「分かりました」
その後も幾つか言葉を交わし、レイは内心でいぶかしむ。
(この話、どこまでが本当なんだ?内心が全く読めない)
レイの読心術は技能だ。相手の心の仮面を十枚ほど貫通してその先の本心を読む。
しかしその性質上、格上にはめっぽう弱い。
十枚の仮面を貫通したが、その先にある本心も実はフェイクでした。という欺瞞が格上にはやられてしまう。
レイもフアナや陛下の内心は隠されると読めない。何なら読めた部分もわざと読ませられたフェイクとなのではといぶかしんでしまう。
ギルバートもそうだ。仕事がら述べられた事実は信じていいのだろうが、私見はどこまで信じていいのやら。
(もしかして、「俺たちしか知らない」ってのが嘘か?
実は矢面に立つのが俺たちってだけで、ほかのメンバーが周りにいるとか……あり得るな)
もしそうなら、この考えも読まれているのだが。
「話は終わりだ。いつも通りお前たちの主導で動け。作戦の立案と予算と人手の申請書が出来たらカリリ―たちに提出しろ。明日の昼までだ」
ギルバートは退室し、アルトが寄りかかってくる。
「疲れたー」
「俺も……いつもながら緊張するね」
緊張していたらしい。ほぐすように手を揉んであげる。ずいぶんと凝っているが、今日の侍女としての仕事は荷物運びだったのだろうか。表の顔というのも大変そうだ。
少し休むとむくりと起き上がり、真剣な顔で指令をこなすための作戦を考え始める。
「今回はアヤメを参加させるつもりだ」
「いいの?この国の人じゃないでしょ?」
「もう本人もあまり気にしていないからね。それに今後は友好国になるなら、身内に引き込んでおくのもいいんじゃないから」
「ふうん?……まあダメならギルバートさんが止めるだろうし、いっか。そうしましょう。じゃあ具体的に見回りをする場所だけど……」
護送ルートを整理しその日は解散となった。
「やるやる!もちろんやるわ!こんな光栄なチャンスそうそうないもの!私に任せなさい!」
「心強いよ。でも強敵と戦うに行くわけじゃないからね。極秘作戦がうまくいって襲撃がないって場合もあるんだからね」
「分かったわ!」
話を持ち掛けるとアヤメは大はしゃぎで了承してくれた。アヤメは信用できる戦力の一つ。帝国の貴族の娘なのでこの作戦に参加してくれるだけでも意義があるが、強力な広範囲攻撃手段が増えることは部隊の生存率を飛躍的に上昇させる。大変ありがたい。
しいていえば、これが極秘作戦であり戦闘も出来るだけ派手なものは避けた方がいいという点が不安だが……多分大丈夫だろう。アホな一面も確かにあるがアヤメは帝国でも屈指の名家の娘、かなり高度な教育を受けているのだ。たぶん大丈夫だ。
作戦に不安要素は付き纏うもの。多少の失敗は許容しよう。
続いて部屋の反対側にあるふわふわもこもこしてファンシーな見た目の大きなベッドに向かう。
「そうですか、お父様が来るのですね」
「面会できる時間があるのかは聞いていませんが、たぶん向こうも希望するでしょうから、記憶にとどめておいてください。あとご希望のものがあればなんでもおっしゃってください。姫様がお元気にやっているかどうかも多少は会談の成功を左右するでしょう」
「そう。責任重大ね」
「責任を負わせるつもりはございません。ただ我が国としてはリリア様の意思に反する行為はしていないつもりであり、今日までわが国でどのようにお過ごしになってきたかを感じるままに述べていただければそれだけでも極めて大きなお力だと考えております」
「なら、いい加減この部屋から出たいわ」
「我が身の力不足、誠に痛感しております。しかしどうかご容赦を。まだリリア皇女の身を狙うものもおり、御身の安全のためにももうしばらく辛抱ください。そうだ、皇帝陛下に何人か護衛を希望してはいかがでしょうか。フィニス殿のおかげで状況は改善しましたが、リリア様の身の安全を任されたものとしては、もう何人か信用できるものが……皇帝陛下のお墨付きをいただける護衛がいればより一層の自由な外出に賛同できるのですが」
「そう。ではそれを聞いてみましょう」
言葉を尽くしてリリア・ララクマ皇女を説得する。感触は予想よりも好調だ。
だが護衛を引き出せるかはあまり良い期待が出来ない。帝国は現在非常に不安定だ。もとより帝国は武力で周辺国を征服し領土を広げ、昔からそこにいた者たちを貴族にしさらに上から力で押さえつけ、不満や武力は外部に向けることで形を保ってきた。
しかし同じ大国のアロス国と領土を接したことで拡大が止まったので二百年前、不満を外に発散できず内部で大きな問題が起きた。人心は荒廃し、飢えるものも多く、苛烈な圧制は酷さを増すばかり。そんな中で当時の皇帝から帝位を現皇帝、ガロリアス・ララクマが簒奪した。これによって国全体の状況が多少は改善したが、血筋が入れ替わったためそれまでの皇族と今の皇族の間で大きな軋轢が生じ混乱が起きてる。
この状況では隣国と戦争をしている場合ではないのでだらだらと続いた戦争をやめることが出来たのは帝国にとっても良いことだが、余裕があるわけではない。皇帝は愛娘のリリア皇女を愛しているのはおそらく事実だが、信用するほどの人物をこちらに寄こすだろうか。
できれば寄こしてほしい。皇帝が信用するほどの人物なら、リリア皇女の護衛を押し付けることが出来る。もし襲われて誘拐、負傷、最悪死んでもレイの責任は非常に軽くなるのだから。
そしてもし人材をくれなかったら、何かあっても帝国側が人材を出し渋ったことを理由に逆に糾弾することが出来る。どちらに転んでもよい。
できれば生きている方がいいから人材が欲しいが。
レイもあまり伝手が多いわけではないのだ。王家の後ろ盾は強力だが内側に引き込む人物は慎重に選ばなければ。やらかしたら王家の後ろ盾はすぐに自分への鉾になる。たぶん。
いまだに陛下の真意は分からないし、もし本当に姫様たちを誘拐犯から救ったことへの感謝の証で後ろ盾になってくれているのだとしても、恩に甘え、恩を仇で返せばレイは今の立場から転落する。後ろ盾は一つしかないのだ。
(何考えているのか分かんないんだよな、この人)
ただもう一つの問題がある。リリアの心が読めないことだ。レイの読心術は人間を相手にした技能。例えば獣や魔物、異文化の人間を相手にすると精度が落ちる。
そして、レイの目にはリリアの肉体が半分以上は人間ではないものに映っていた。おそらく感性も違うだろう。
「……そう難しい顔をしないで頂戴。あなたが私のために尽力しているのは知っています。お父様へは良く言っておきましょう」
「……感謝します」
リリアの言葉を信じることにしたレイは一礼しその場を離れた。最後にもう一人お願いをしないといけない相手がいるのだ。
「ユニリン」
「……なに」
「お願いがあるんだけど」
ユニリン。ユニリン・オーレリユ。レイの最初の友人で今でも仲が良く技術者の見習いとしても話が合うのだが、嗜好が合わず少し喧嘩中だ。気まずい。
レイはそこそこの性能の武器を千人に渡して戦わせるべきだと思うのだが、ユニリンは千人分の資材と資金を一つの道具に注ぎ込み、一騎当千の英雄が一人で戦場に向かうべきだと考えている。
貧民街で育った平民のレイとしては戦いたくないものでも生きるため武器を取りそうできないなら己の不幸を嘆きながら死ねと思う。そのためなら一般人をたきつけ武器を渡し戦場に連れて行くのも全然あり。軍を率いるものとしては正しい考えだ。
しかし貴族の中でも最上位の公爵家で育ったユニリンはいわゆる高貴なるものの義務という考えを持ってるのか、たとえ力があっても平民は戦うべきではなく、戦場に行くのは、つまり危険なことを請け負うのは貴族の義務と考え、全てのリソースを貴族に集中し、あらゆる危険に立ち向かうべきだと考えているようだ。
どちらの考えも極端だしどちらかの考えが正しいわけでもないが、個人的な心情として微妙にそりが合わないのだ。
そのうえで友人だし、レイがいないと資金も場所も確保できないのは分かっている程度にはユニリンも賢しいし、ユニリンがいないとレイもやりたいことが出来ないのは理解しているのだが、やはりお互いにまだ子供であり態度に出しぶー垂れて空気が悪い。
お互いに嘘をつきたくないのだ。
「私、レイのお願いをいっぱい聞いてあげてるけど、いまいっぱい案件を抱えているんだけど、まだ何かお願いがあるの?」
「……うん、緊急で。今のは後回しにしてもいいから」
「してもいい?」
「いや、後回しにしてください。迷惑をかけます。急ぎなんです。経費とは別でお金も出します」
「当たり前でしょ。それにお金の問題じゃないの。忙しいの」
視線が厳しい。もしかしたら困ったことがあれば大体は頼りにしているのも問題なのかもしれない。
今お願いしているのは新しい魔法の開発が二十個と困難な課題を解決するための魔法を使ったアプローチが十個くらいだったか。雑談のつもりで話を振っただけだし無理ならいいんだけどとつけたがいつも引き受けてくれる。
アヤメとは別の意味で年相応な少女だが、アヤメとは違いレイにできないことが出来るのでついつい頼りにしてしまうのだ。
「落ち着いたら生物のマジックアイテム化の開発を手伝うから。お願い」
「……はぁ。まあいいよ。で、何をしてほしいの?」
拝み倒したら承諾してくれた。非常に嬉しい。
「今度の護送任務の陽動で飛行船を飛ばすから、調整をお願いしたい。三日で」
「死ね。出来るわけないでしょ」
「国から人手を借りられるから!宮廷魔導士クラスも!」
「それなら……………ギリギリ、何とかなる、かな?」
「ありがとう!飛行船をもらったのはいいけど、管理できなくて困っていたんだ!主導する立場にはよその派閥の人は置けないし、陛下の部下は忙しそうだし、そもそも魔法使いは少ないし、ユニリンだけが頼りなんだよ!本当にありがとう!大好き!」
「仕方ないわねえ!!でもいい加減に私以外にも頼れる人を引き入れて!分かった!?」
「分かった!考えておくね」
「断言しなさいよ!ていうか管理できないなら誰かにあげなさいよ!言ってくれればうちの家が買い取るし、嫌だけどなんなら王家に寄付すればいいでしょ!?」
「でもせっかく俺のものになったし……飛ばすのは難しいけど置いておくだけでも人寄せと宣伝になるし……」
「私にもできないことはあるの!迷宮産の宝具なんて全く分からないのよ!ていうかアストラ公爵家の技術者も引き抜いたんでしょ!?なんでそっちに要請しないの!?」
「ユニリン、確かに熟練の人手はたくさんいるけど普段は俺の部下じゃないし、なにより全体を統括するのは信用できる人じゃないといけないんだ。あの人たちは信用できない。仲良くない知らない人だから」
「ばか!」
もしも今のレイの影響範囲を組織で例えるなら、信用できる幹部が少ないことが課題だ。
兵士は増えたが指揮官は増えていないので、全ての負担がユニリンに集中していた。本当に頭が上がらない。




