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40話 境界の孤児院

 アロス国の王都とスラムの境目に建てられた名もなき孤児院。そこが今回のレイの仕事場だった。


 レイが名前だけは所属しているらしい組織の一つ、創星教会。そのルーツはこの第三世界が創造されたときまでさかのぼる。神々を滅ぼした暴虐竜と勇者たちの戦いで世界が荒廃し、現状からの再興は不可能だと判断した賢神が世界を丸ごと作り直した。これにより世界は終わりを乗り越えた。

 しかし世界も無傷ではなく、大きく衰退した。これに対して賢神は人々を束ね導き、世界を再興に向けて尽力した。この時に賢神に仕え手となり足となり、言葉を運び、賢神がこの世を去った後もその意思を受け継いだものたちが創神教会である。


 その方針は賢神の教えを広め、賢神が創造したこの世界をよりよく知り、また賢神が愛したこの世界を維持することにある。転じて世界を学ぶ余裕すらないものへの支援、恵まれないものへの支援も活動の一環だ。


 レイはそのように教わっている。


「お前たち、パンが欲しければちゃんと手を動かしなさい」


「はーい」

「針仕事、難しい」

「ご飯がもらえるから頑張ろうよ」

「かんたん、かんたん」


 なのでこの孤児院では手に職をつけさせることにした。

 孤児院の庭にシートを引いて、大量のボロボロの布と仕事道具を持ってきた。


「すまないねえ。最近では日々の生活で手いっぱいだったから、助かるよ」

「そう思うなら子供を拾ってくるのをやめればいいと思いますよ。見るに見かねて死にかけの子を拾うのは良いことだけど、今までの子供まで飢えさせたら本末転倒だって」

「そうだねぇ……そうなんだけどねぇ……」


 困ったように老婆は笑う。本当に困っているようだが、長いこと見返りもないのに子供たちの面倒を見ている優しい人だから、本人も止めることが出来ない性分なのだろう。

 ならば創星教会に属すればいいと思うのだが、そうすると今度は教会からの命令に逆らえなくなり、自由さが減るのが嫌なのだろうか。


(まあなんでもいいか。俺は言われた通りに子供たちの世話をすればいいだけだ)


 レイはまだ幼く経験も乏しいため相手の思考を全て読めるわけではない。目の前の課題を一つ一つこなすしかないのだ。


「レイ、レイ、ほら見なさいよ!出来たわ!早いでしょ!」

「ん?――本当だ。早い早い」

「えへん!!!」

「でもこことここが甘いね。雑すぎてすぐ壊れるよ。やり直し」

「ほえ?……ほ、ほんとうだわ……」


 今教えているのは裁縫、針子仕事だ。針に糸を通し、針を布に通し、糸で破れた布を補修する。仕立て屋の見習いがするような仕事だ。実情としては内職に近い。大した金にならないうえ、たいていの女性は出来る。

 しかし服飾品の補修という人間社会では必ず必要な仕事であるため、最低限、喰うに困ることはない。後ろ盾がない孤児が身に着ける技能としては無難だ。


「本当に助かるねぇ。私は子供たちを生かすことしかできないから」

「……まあ、放っておいたら間違いなく死ぬような状態だったし、喰わせてあげてるだけでも立派だと思いますよ」


 この孤児院を一人で運営している老婆は非常に心優しい人物だが、お世辞にも賢い人物ではなかった。持っているのはその日を生きる技能であり遠い未来のために日々努力させることは苦手なようだ。レイが来なければいつまでこの孤児院も持ったことか。

 もしかしたら、レイがこの孤児院に派遣されたのはこの状況を改善するためだろうか。この孤児院の子供の数は百人近く、丸ごと死なれるのは気分が悪いし、多少生き残って街で夜盗もどきになっても困る。直接的な関係はなくとも介入するのはおかしなことではない。


 何らかの陰謀かと思っていたが、考えすぎだろうか。

 いや、それとも今までが軍事的な指令が多すぎただけで、街の治安維持のためというのは十分にちゃんとした仕事なのだろうか。


「レイ!もう休憩は終わりでいいぞ!」

「次は一本とってやる!」


「よしきた。一本取れたらパンとスープだけじゃなくて肉もやろう」


 レイの言葉に疲労で潰れていた子供たちが沸き上がる。

 針仕事を教えている半分とは別のもう半分には剣を教えていた。


 孤児が進める道はそう多くない。身寄りがないため信用がなく、信用がないから丁稚としてすら働けない。親という庇護者が……万が一問題を起こした時に責任を取ってくれる人がいなければ、まともな仕事に就けないのだ。

 そのため就ける職は商品を持ち逃げされても店の損害が少なく、また顧客と直接的には関わらないものになる。例えばお針子であり、運び屋であり、土建屋などである。続けるうちに信用され大きな仕事を回されれば成功といえるのだろう。


 そしてもう一つの道は、街の外に出ること。仕事の過程には関与せず、結果で判断されるもの。具体的には冒険者や傭兵だ。

 もとより街の外を主な活動場所にする者たちは脛に傷を持つものが多い。安定した道ではなくロマンを求めるもの、ロマンという名の一発逆転にすがるもの。ただ実力だけが求められる、孤児が大成できる唯一といってもいい道だ。現に孤児でありながら天賦の才や特別魔力が強いもの、魔装の使い手やユニークスキルの持ち主が大成したという話はそれなりに聞く話だ。


 最も、孤児だと冒険者ギルドの研修も街の武術道場にも行けないため、大成できるものはほとんどおらず大半は野垂れ死ぬらしいが……それでも、街の大半の人間と同程度の収入を得て生きていくことは出来る。魔物による被害も未踏領域もまだまだ圧倒的に多いのだ。


「てやあ!」

「そりゃあ!」


「よしよし、筋はいいぞー。あとたしか……ちゃんと剣を握って脇を絞めろー。斬るより前に当てることを覚えろ。剣が当たればたいていの魔物は倒せるから。派手なことはせず基礎だけしっかりしていれば食っていくことは出来るからー」


 レイは一年以上も前にレムレスティ修道院で教わったことを思い出しながら言語化し稽古をつける。子供たちは英雄になりたいのではない……わけではないのだが、レイとしては頼まれた「孤児院の世話をする」が果たせればそれでいい。

 高位の冒険者や傭兵が戦うような並みの剣では歯が立たないような敵もいるが、たいていの冒険者が戦う下級の魔物なら技術がない剣を当てるだけでも血が流れる。最低限それだけできればいい。


「やだ!必殺技を覚えたい!」

「前に見せてくれたやつ!」


「おーおー、一本取れたら教えてやるぞー。魔力や闘気の使い方も教えるぞ」

「「やったー!……ぎゃああ!!!」」


 しかし技術を身に着けられるならその方が大成できる可能性も生存確率も上がる。


 もしかしたらこの中から王家やフアナ達が関与しない協力者が得られるかもしれないのだし、レイは真面目に稽古をつけた。





 約一月の時間が流れた。その間も学園で講義を受けロベリアと訓練を積みユニリンと無茶を言い合い姫様たちに世話をし、今日は学園が休みなので孤児院の日だ。


「レイ、見てみて!切れ端を繋いで服っぽいものを作ったわ!」

「すごいすごい……うん、いつもの店に持っていけば、需要がないから売り物にはならないけど真摯さと技術を買ってくれそう。よく頑張ったね」

「えっへん!!!……あれ、私、褒められたのよね?」

「褒めてるよ」

「えへん!」


 一週間ぶりに食料を持ってきたが、今回の子供たちは食料ではなくレイに集まってきた。

 稽古とは自分との闘い。毎日少しづつ強くなり、一週間ごとに成果を見る形式を取っているが、毎週みんな強くなっているから楽しくなってきたのだろうか。嬉しい話である。


「レイ!レイ!空中回転斬りができるようになったよ!見てて!」

「俺は闘気っぽいものが使えるようになった!」

「すごいすご……え、まじか」


 子供たちのうち何人かはレイの予想を超える速さで成長していた。下手をするとその速さはレイ以上だ。


 少し自信を無くす。自分が天才だと思ったことはないし、五十人くらいを鍛えるとその中には適才の差で早く上達する者がいるもの予想していたが、それにしたって早い。レイのように特殊能力を持っているわけでもないのに。


(俺、教官としては初心者だし、それでもこんなに早いのは自信を無くすなー……いやいや、俺が聖眼で適切に状況を把握して最適なトレーニングを施しているからだと思おう)


「レイ、私も私も!必殺技を考えてみたの!」

「俺も言われたことが出来るようになった!」


 わらわらと子供たちが集まってきて、レイに纏わりついてくる。なすがまま、懐かれたものである。

 子供といっても大半がレイより年上だが。


「あーはいはい一旦離れて。今日はステータスを更新するから」

「ついに!?」

「やったあ!」

「順番な順番。俺も実際にやるのは初めてだから」


 レイの言葉に子供たちが一列に並ぶ。子供たちは全員がレイに殴り飛ばされ上下関係を理解しているため従順だ。


 先頭の子の額に掌を向け、魔力を集中させる。するとレイの頭の中にモニターのようなものが出現し、そこにはステータスが表示された。

 神官の技能の一つ、ステータスの更新だ。


 この世界にはステータスが存在する。神話によると賢神が世界を再構築した際に、弱い人間たちが荒廃した世界でも生きていけるように与えた加護の一種だという。

 様々な行動で経験値を獲得しレベルが上がる。これは意識せずとも臓器や代謝が勝手に働くように自動的に更新されるが、手動で更新すれば多少は人為的に成長を操作できる。


 代表的なものが【ジョブ】であり、例えば【戦士】が【料理人】に生き方を変えてもジョブが変わるには長い時間をかけないとステータスが最適化しないが、神官に頼めば一瞬で解決する。


 ちなみちこのステータス更新の秘術、通称【調律魔法】は創星教会の秘術に当たり、勝手に使い方を部外者に教えると謎の暗殺者が派遣されるという噂もある。

 馬鹿げた話だ。世界をよりよく知るのが方針であればいかなる技術であろうとも公開するべきなのに。


 最も、修道院で神官たちの魔法を勝手にみて勝手に習得したため仕方なく教えてもらったレイがこうして生きているのだから、噂は噂に過ぎないのかもしれないが。


(俺も早く七歳にならないかなーそうすればレベルが上げられるのに……まてよ?六歳でステータスがある人もいるって聞いたこともあるし、俺ももういけるのでは?

 ……いや、フアナ院長の言いつけだし守るか。どのみち俺ももうすぐだ)


 魂が肉体に定着するとステータスが表示されレベルがあげられるようになる。

 個人差があるがそれは大体七歳くらいであり、春が来る頃、その年の子供たちがそろって大きな街の教会に行きステータスを見てもらうのが習わしだ。特に急ぎの予定はないし、そもそもまだ魂が定着しておらず無駄骨の可能性もある。


 それにアルトが一年くらい平気よ!レイと一緒に受ける!と言って待っていてくれているし、さすがに破れない。あとでいいか。


「ふむ……」

「どう!?どう!?ユニークスキルとかない!?」

「何もないな」

「がーん!」

「それにそもそもステータスの更新ができるほどの経験値もない。まあこれは素振りだけじゃほとんど経験値が入らないらしいし、総じていえば普通だな」

「しょんなぁ……」

「まあまあ、でもスキルは習得しているみたいだよ。【剣術】スキル。よかったね」

「本当に!?早く言ってよー!!やったー!!!」


 その後もステータスを見ていったが、そもそも更新できないものが大半だった。まあ普通の話だ。一区切りの証として見ているが、だいたい成人する十五歳くらいでレベル2か3になるのが一般的。レイよりは年上だがみんな十歳にもなっていないので、レベルは1のままでも普通だ。

 スキルを習得できただけも立派だろう。


 ちなみにこの経験値の入手のしやすさ、次のレベルまでの必要経験値量は個人差があり、これが優れた人間を指して天才という考え方もある。


(……特殊な才能がありそうな子も何人かいたな)


 通常、調律魔法で見えるステータスの詳細さは神官の力量に応じて変化するが、レイはただでさえ魔法の力量が高いのに加えて聖眼を併用することでさらに詳細に見えていた。

 そしてその結果、まだはっきりとはしていないが、ユニークスキルを持っているかもしれない子が何人かいることが分かった。まだレベルが1未満の発現する前の状態だが、これもまた『才能』と呼ばれるものなのだろうか。


(いや、これはユニークスキルじゃなくて強力な魔装か?……報告は…………しなくていいか。一度引き取ったらもし才能が開花しなくても面倒を見ないといけないし、まだ本人にも黙っていよう。俺が言うのもなんだけど特別な力があると増長するし)


 ただ珍しいというだけで己を特別な人間だと思いあがり、身の丈以上の自己評価をし無茶をするのは人間の習性の一つだ。レイも聖眼が発言したときや成長の速さを褒められたときは調子に乗って、修道院の人たちにぼこぼこにされたものである。

 それにもし本当に特別な才能があってもまだ卵であるうえ、後ろ盾のない孤児であることには変わらない。言わない方がいいだろう。


(……待てよ?もしかしてフアナ院長はこれを知って……?いやいやいや、確かにフアナ院長はすごい人だし国にも俺が知らない技術や能力があるだろうけど、この眼は見たことがないほど優れているとフアナ院長が言っていた。疑念で何でもかんでも出来る全能の人だと予想するのは危ない。

 兵法書にも書いてあった。百の敗北の道があろうとも、負けるときはそのうちの一つ、相手も百通りの策を実現できるわけでないのだと。今回は偶然だろう)


 レイが内心で考え事をしていると、少女が近づいてきた。


「レイ」

「どうした?」

「裁縫に飽きた」

「……」


 しょうもない言葉にレイは思わず真顔になってしまう。

 一般的に子供は飽きっぽいものだが、レイはゴールの見えない鍛錬を平気でやれる人間なので、その辺は理解できないことの一つなのだった。


「じゃあ、気分転換に魔力操作を覚えてみる?」

「やる!」


 こうして時間は過ぎていき、春の足音が聞こえてくる少し前、レイの軍方面の上司の一人、ギルバートから護衛の仕事が回ってきた。

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