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38話 再びの修道院

 季節は過ぎ去り、一年が終わる時期、新年を祝う再誕祭が開かれた。

 国を巻き込んだアストラ公爵暗殺から続くララクマ帝国国境侵犯と立て続けに起こった大騒ぎも収束し、穏やかな空気が戻ってきた今が好機と誰もが判断したのだろう。今年の厄を落としきると神官たちがはりきって儀式を行い、賢神が再構築したこの世界に感謝をささげ、民衆たちも歌って踊りお祝いをした。


 そんなお祭りが終わって数日後、レイはゲオルグ陛下に呼び出された。


「レイ、アルト。久しいな。祭りは楽しかったか?学業に励みローレンティアたちの世話もよくやってくれていると聞く」


「はい、祭りだけでなく学園も楽しいですよ。半年前の騒動に比べたら退屈ですが」

「楽しいですけど、お仕事が多くてレイと一緒にいられてないのが不満です」


 少し緊張した様子の二人にゲオルグは穏やかにほほ笑んだが、すぐに真面目な顔を作った。


「そうか。早速だが、お前たちに命令だ。レムレスティ修道院に行け。なに、週末の間に事は済むそうだ」


「なんと。フアナ院長から呼び出しですか?」

「嫌な予感がする……」


 レムレスティ修道院。姫様たちを救ったレイが修行のためにぶち込まれた場所。

 大変勉強になったし今のレイの強さと賢さはあの場所のおかげだが、怖いからあまり近づきたくない場所だ。アルトの言うように嫌な予感がする。


「そう不安がるな。確かにあの時は、お前に不審な点があれば一生あそこに幽閉するつもりだったが、もうお前を信用している。安心しろ」


「……ありがとうございます」


 全く知らなかった裏の事情に動揺が隠せない。

 審査的なものに落ちていたら一生幽閉されていたのかよ。


 よくよく考えてみると、確かにあの時のレイはかなり不審な点が多かったから仕方のないことなのかもしれないが……そういえば怪しい雰囲気の人が多かった気がする。そういうものかと思ったが、本当に怪しい人だったのだろうか。

 今さらながら背筋が震える。そういえば大きな失態を侵した貴族は外聞が悪いから牢屋の代わりに修道院に入れられると聞いたことがあるが、あのうちの何人かはそういう人だったのかもしれない。


「ま、過ぎたことだ。早速向かってくれ。ローレンティアたちには私から言っておく」


「「承知しました」」


 承諾の言葉を述べてから気が付いたのだが、姫様たちに事後承諾ということは、事前に伝えたら断られるような要件なのだろうか。





 城を出て王都を出て、平原を抜け、湖に向かう。この道も久しぶりだ。


「たった半年ぶりなのになんだか懐かしいね」

「そうだねー……いろいろあったからねー」


 修道院を出てからは本当にいろいろあった。学園で姫様たちの世話をして、戦場でリリア皇女を攫って、コンボロス領では超強力な魔物と戦いアストラ公爵を暗殺し、後片付けでララクマ帝国の戦士団と交渉しフィニスに強襲された。

 そのあとも学園で生まれの身分差を笠に着た変な子供に絡まれたり現役の騎士との交流試合で勝利したりユニリンと大喧嘩したりといろいろあったが、土産話としては十分だろうか。


 湖畔をぐるりと歩く。以前はここに道が出来た場所だ。


「あの時はここで時間まで稽古つけてもらったっけ」

「また鍛えてあげよっか?」

「今回はいいよ。フアナ院長にしごかれる気がするし」

「そうだねー」


 以前は時間を待って水中に道ができるのを待ったが、今回は必要ない。


「レイ、出来そう」

「らくしょー。白紙の紙に絵を描くんじゃなくて、線をなぞるだけみたいなもんだから……これかな」


 地面に手を当て回路を探ると、聞いていた通りの場所に手ごたえがあった。

 一定周期で門を開くカギを魔力操作で調整。すると水が割れた。


「すごいすごい!成長したね!」

「へへん!」


 胸を張って声援に応えながら道を進む。

 湖の中心にある島に近づくにつれ口数が減り、到着するころには表情を完全に殺し心を凪ぐ。


「お邪魔します。フアナ院長」

「お久しぶりです。院長」


「おかえりなさい、二人とも」


 久々に会ったフアナ院長は以前会った時と何も変わらなかった。

 物腰柔らかな空気を纏った優しそうな女性。穏やかにほほ笑み聖女のよう。一見しただけではこの国で一番強いと見抜くのは出来ないだろう。

 しかし今はレイでもわかるくらい嬉しそうだ。レイの観察眼が磨かれたのだろうか。それともフアナがレイでもわかるくらい喜んでいるのだろうか。


「子供たちとの再会を喜びたいところですが、あなたたちはすぐに学園に帰る身。長々と話さず新しい技を伝授しましょう」


「おおっ」

「新技」


 大声を出したい心の躍動を気力でねじ伏せる。表情と声の調子で漏れてしまっているがまあいいだろう。

 一体どんな無茶ぶりをされるのかと不安だったが、これは嬉しい誤算だ。


 無言で進むフアナの後ろをついていく。この修道院では普通のことだ。会話は最小限、目は隠し空気の振動と気配だけで日々を過ごす。

 暮らしているだけで強くなれる場所だ。暮らしているだけで発狂しそうになるが。


 案内されたのは訓練場だった。事前に通達されていたのか一か所だけ無人で、周囲は修道士たちが視線は向けていないが気配で様子を探ろうとしているのがレイにもすぐわかった。

 注目されている。不思議と悪い気はしない。期待されているということだろう。


「二人とも、実力は悪くありません。そのまま力量を上げていけば私にも迫るでしょう、日々の鍛錬と限界への挑戦を続けるように。ですが、今回教えるのは二人で戦う連携技です」


「連携?」

「二人で戦う?」


 理解できないように首をかしげる。基本的にレイたちは個人の力量を高めるように育てられてきた。この世界では高レベルの剣士は山を穿ち海を切り裂く。一人で戦うときにこそ最大の力を発揮できるからだ。


「これは舞や踊りのように至近距離で呼吸を合わせて剣を振るうという面もありますが、それだけではなく、二人で山を削るように一つの目的に向けて邪魔をし合わないという意味もあります。どれだけ個人の力が大きくても力を合わせることが出来るのですよ」


「なるほど。分かりました」

「院長がそういうなら。頑張ろうね、レイ」

「ああ」


 二人ともフアナの理解し、連携の訓練を始めた。

 しかし、レイだけは内心で冷や汗をかいていた。


(……もしかして、協調性を身につけなさいって言われているのか?身に覚えがありすぎるな)


 修道院を出てからの半年でいろいろなことがあった。実はフアナの国における役職をよく知らないのだが、山飛びの戦場にいたのが国からの正式な要望だったならば結構高い位置にいるのだろう。土産話を聞くまでもなく、レイの動向の全てを知っていてもおかしくない。


 皇女の誘拐も、アストラ公爵の暗殺も、ララクマ帝国との交渉も全て独断で事後承諾だ。陛下は功績と相殺で許してくれたが、思えば国中を振り回したのは事実。その振り回した中にはアルトもいるし、もしかしたらフアナもいるのかもしれない。



――これが続くようなら被害が大きくなるでしょう。騒ぎを起こすなら、全てをコントロールできるようになりなさい。


 

 フアナの声が聞こえた気がした。幻聴だろうか。いや、確かに聞こえた。



――【連携】とは他者に合わせるだけではありません。他者を思い通りに動かすことにも通じるのですよ。



「レイ?どうしたの?」

「……なんでもない、よ!」


 位置を調整しながらアルトと呼吸を合わせ、フアナの斬撃をやり過ごす。

 どうやら、今の自分はかなり高度な技術を叩き込まれているらしい。





 貴族や有力者の間では常に何らかの噂が蔓延してる。

 どこかの騎士が武功を立てた、あそこの学者が面白い学説を発表した、こっちの魔法使いは精強だ、今はこの歌とファッションが流行っている、次は何が起こりそうだ、向こうの冒険者がダンジョンを発見した。などなど多岐にわたる。


 その中でも今なお噂されているのは、レイの噂だ。


 姫たちを救い出し王の目に留まり、一年の時を経て学園に入学、その後は試験で一番の成績を残し、かと思えば六歳という幼すぎる歳で長年の確執があるララクマ帝国から皇女を攫い、公爵家の謀反を事前に防ぎ、国境を侵した帝国軍を話術で追い返した。

 いくらか事実と異なる点はあるが、大体は正しい。そのインパクトは半年も経過した今でもまだ語られているほどだ。


 しかし、その中で必ず、不満げに言われる言葉がある。


『あれは油断しただけだ』


 レイは優秀だ。幼さゆえに評価が甘くなることもあるが、事実として常人にはできないことができる。

 同時に、その幼さゆえに誰もが油断したのも事実だ。王様があれだけ権力を与え寵愛を注ぎしまいには公爵すら部下に与えた。その期待の大きさを思えばいずれは将軍か、もしくは実質的な後継者にしたいのだという噂にすら信憑性が生まれる。


 しかしそのうえで、事が起きるのはまだ先のことだと誰もが思っていた。

 いくら何でも幼すぎる。常識的に考えて、早くて十年後、神童もただの人になるというし二十年後と考えるものもいた。


 それゆえに誰もが初速で後れ、その差を埋めることなくレイは爆速で決着をつけることで功績を立て続けた。


『次があれば、好きにはさせない』


 どれだけ優秀でも王家に養子に入ったわけでもないただの平民、プライドにかけて、次こそはと怒りと決意を燃やしていた。貴族たちも優秀だ。次があればレイも独断で何かをしても後れを取るだろう。


「レイ!来るぞ!」

「任せろ!ロベリアも遊撃よろしく!」


 しかしそのような思惑はレイの知ったことではなく、今日も遊んでいた。


 学園の授業の一つ、兵法鍛錬。実態としては体育の授業だ。

 講義を受ける生徒たちを半分ずつに分け、兵法書に書かれたと事例の通りに兵を動かし、理解を含める。個人の力が重要だが多少の差は戦術でひっくり返すことができる、転じて兵士同士のチームワークや連携の大切さを教える授業だ。


「この配置なら……ロベリア、体格が大きい人を三人くらい向こう移せない?」

「?それでなにを……いや分かった。今日は君が指揮官だ、従おう」


 そしてある程度の時間が過ぎ教科書通りの動きが出来なくなると、各々のチームは好き勝手に動いてよくなる。この時間に生徒たちは窮屈な時間から解放されたとばかりに思いっきり練兵というなの遊びに興じるのだ。


「そうだロベリア、魔装について教えてほしんだけど」

「魔装?そういや君はまだ使えなんだったな。ふっふっふ!任せろ!」


 意気揚々と右手を掲げると、その先に剣が出現した。 


 ロベリア・ブルースター。以前決闘した彼は、既に魔装が使える、レイとは違う方向の天才だった。

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