37話 一件不時着
調印の日、当初の予定と異なり、ヒルゼたち帝国軍はアストラ家にやってきた。
「以上が我らとアストラ家の文官たちが交わした契約だ。書面にも書いてある。確認してくれ」
「――うん、ざっと見た感じ問題なし。聞いてた通りですね。あなたたちとアストラ家の文官たちを信用しましょう」
「……」
流し読みしたレイに対して、具体的な交渉を丸投げされたアストラ家の文官たちは信じられないようなものを見る目を向けてくる。
しかし何も問題ない。いや、問題が起きれば困るのは文官たちの方だ。この一件の責任者はレイだが同時にアストラ家の……取り潰しになった元アストラ家に仕えていた者たちの今後も左右するのだ。手を抜くわけがないし、次の雇用主探しために全力だ。
最も、レイのせいで潰れたし、当主が殺された件もレイが下手人なので恨まれていてもおかしくないが……見たところそういった様子はなかった。文官である彼らは国からの正式な取り潰しの書簡を見ているし、生き残った最後のアストラ家の血を引く者たちが自分たちに関心を寄せていなかったのも大きいのだろう。
ゴボスはとっくの昔に家を捨てたし、最も若く正統後継者だったジュリファーはスペアのスペアとして扱われていたためかアストラ家に帰属意識がない。当然家臣領民文官武官使用人文化財マジックアイテムその他全ての面倒を見るつもりもない。何なら彼らの態度を見て絶望したようだ。忠誠心も有限である。
プライドを捨てて陛下から全権を与えられたレイに自分たちの有能さをアピールするのが最も効果的な次につながる生きる目なのだ。
「確かに。これで話は終わりだ。我らは速やかにアロス国から撤退し、ゴボス・アストラ殿を通じて賠償金を送ろう。……では最後に、リリア皇女についてだ」
「?今回は返還しないという話では?」
「そうだ。だが……入ってこい」
俯きながら入ってきたのはこの間の襲撃してきた謎メイド。
思わず戦闘態勢を取る。
「待ってくれ。危険はない」
その言葉の通りなのかよく見ると戦意がない。
こちらに近づき頭を下げた。
「私の名はフィニスと申します。先日の蛮行、誠に申し訳ない。頭に血が上っていました」
「彼女はリリア皇女の専属侍女だったのだ。錯乱し襲撃した件について、我々では結論が出せなかった。なので君の意見を聞きたい、それに従おう」
「……なんと。処遇を私に一任すると?」
「ああ。君は今、アロス王より任を命ぜられているのだ。ならばその遂行を妨害するなど王に対する反抗に他ならない。死罪を言い渡されても文句はないよ」
「……」
予想していなかった提案に少し困る。レイからすればフィニスの処遇はどうでもいいことだ。敵対しているのは勢力であって個人ではないし、せっかく生き残ったなら生きていてほしい。
強襲には驚いたし痛かったが、驚き痛かっただけで恨んでいるわけではないし、個人的な留飲を下げるために捕虜を殺すような真似は避けたい。アルトとアヤメも同じ考えだろう。
幼少期をスラムで過ごし(まだ幼少)人の悪意と無関心さをよく知っているが、同時に拾ってくれた新しい親たちやアルトや修道院の人たちから人の優しさも教えてもらい、そして陛下や貴族たちともかかわりを持ちその視点を知ったレイにとって『死人の数は少ないほうが良い、その方が次の計画の資源になるから』という考えを持つに至ったのは当然の帰結だ。
更生が難しかったり殺すしかないなら積極的に殺しに行くが……レイの見立てでは、目の前の女性は本当に反省しているように見えた。
「たぶん死ぬけど、いいの?」
「…………リリア様に迷惑をかけた。立場を悪くした。合わせる顔がない生きていけない。命を持って償う」
驚いたことに、その言葉には偽りがなかった。もしヒルゼから人身御供にされているなら哀れだと思ったが、そういうことはないようだ。驚いた。
……いや、もしかしたら、この女性は直情型というかあまり頭がいいように見えないし、ヒルゼに騙されている可能性もある。弁舌を得意とする貴族を相手にするならどれだけ警戒してもしすぎということはない。
だがもしそうだとして、なんだというのか。罠か?殺すとまわりまわってレイの失態になるのか?
思えば少し不自然だ。死罪が妥当なら首だけにして持ってくればいいのに、どうしてレイに最終的な結論を下させようとしているのだろうか。
レイの機嫌を損ねないため?本当に契約の内容を詰めるのに忙しくて時間がなかった?それともリリアの専属侍女ということは結構いいとこの血筋だろうし、フィニスの実家の戦力を削ぎたいのか?そうだと言われれば納得するが、何も言われないからすべてが疑わしい。
(……何か質問をするか?いやでも相手は歴戦の貴族、腹の探り合いで勝てるとは思えないんだよな。十分に功績は立てたし、危ない橋は渡らないほうがいいか)
隠された事実にはたどり着けなかったが、どうやら彼女は本当に反省しているというのはよくわかった。ならば。リリアの知り合いに死罪と判決を出すのは嫌だし。
「じゃあ引き取ります。刑務作業代わりに家で働いてください」
「なに?」
「実はリリア皇女の世話をする人が欲しかったんです」
フィニスに近づき腹部に手を当てる。刻むのは阻害の術式。
「【術式契約・動不和】」
以前ランシュに刻んだ負の術式は【無】。無駄に容量を取るだけで何にも使えない術式だった。魔法使いの力を封じるには魔法を使えなくするのが一番効果的だからだ。
しかしフィニスは純粋にレベルが高い前衛。なので今回は動きが鈍くなる術式を刻んだのだ。これで上の許可を待たずに高レベルの戦士を勝手に連れ帰ることにした言い訳が立つ。
「これは……体が思うように動かない?」
「こちらの安全のためです。我慢してください。我慢するならリリア様の傍にいることを許します」
「なんと!!!!……あなた様のことを誤解してたようです。謝罪しよう。よく見ると将来はイケメンになる顔立ちをしているな。その寛大な御心に感謝とともに忠誠をささげよう。月に一度なら命令を聞いてもいい」
「……………………話は纏まりました、ヒルゼ殿、この人は連れ帰ります。これによって王命を妨害した罪は許しましょう」
「……そうか、君が納得するなら、私も口は挟まない」
初めて見るタイプの人間に感情を凍結して乗り切っているレイに同情気味の視線を向けてくるヒルゼ。その内心は呆れと関心が混ざっていた。
(処分してくれるかは賭けだったが、失敗したか。子供ゆえの……いや、ここは素直に器が大きいと称賛しておこう)
フィニスのフルネームはフィニス・ララクマ。現皇帝に帝位を簒奪され殺された先代皇帝の娘の一人にして、今なおララクマ帝国内で復権を狙っている先代皇帝派の旗印の一人なのだ。たとえ自我と我欲が強すぎて手に負えず放置されているとしても、旗印を殺されたとなればレイを敵と認定すると予想していた。
まあ勝手に特攻して死んだと報告するか卑劣かつ名誉を汚す手段に晒されたと報告するかでまだ悩んでいたが、死なないならどちらの手段も取れなくなってしまった。
では手段を変えよう。
「レイ君、後日、リリア皇女は留学という名目にできないか皇帝に働きかけてみるつもりだ」
「留学、ですか?たしか皇帝陛下から連れ帰るようにと命令を受けていると聞いていましたが?」
「それはリリア皇女の身を案じているがゆえのことだ、偶然だが、フィニスが傍にいるならば皇帝陛下の錯乱もおさまるだろう。そしてリリア皇女の身柄は非常に重要だが、実は帝国内でも少々ごたつきがあってな……皇帝の参謀たちの中には、アロス国の王都にいるならそちらの方がむしろ安全だろうというものもいる。今後はアロス国とララクマ帝国は良好な関係を築くため、リリア皇女と君はその懸け橋になってほしいのだ」
「ふうん?……まあ分かりました。上に伝えておきましょう」
レイは軽い調子で了承した。ヒルゼの考えは読めなかったが、どのみちしばらくはリリア皇女の身がアロスにある以上は生活させる必要があり、ならば学園にでも通わせてようとレイも考えていたのだ。
恩を感じて宿題を手伝ってくれるといいな。
こうして濃密な五日が終わり、アロス国王都に帰還した。
アロス王に報告を終えたレイはいつものように姫様たちの部屋に向かった。
「――ということがあったんだ。いやあ大変だった」
自慢気に話すレイに姫様たちは呆れた目を向けてくる。
まだまだ幼い姫様たちであってもレイの雑談という名の報告の内容が常識はずれだというのが分かるからだ。
純粋にレベルの高低や職業による適性の違いではない、暗殺の後すぐに敵国の軍との交渉に向かい味方の最高戦力の襲撃を受け謎の帝国の強者に襲撃され、全てを乗り越えうまく契約を締結させるなど、どれだけ能力が高くてもやらない。やろうとは思わない。難易度ではなく無軌道さから挑むことができないからだ。
だが、成果を見れば称賛に値するものばかりだ。
「本当に大変だったのね。お疲れ様」
「陛下も大変お喜びになるでしょう。ゆっくりお休みになってください」
「すぐに来てくれたのは嬉しいけど、全然休めてないんじゃない?」
「お気遣いなく。俺は元気が取り得だから。それにとってもいいお知らせもあるんだ」
カバンの中から一枚のカードを取り出す。漆黒のカードは姫様たちも見たことのない材質なうえ、不思議な力を感じさせた。
レイはにやりと笑い、数十秒の時が流れた。
「早く言いなさいよ。自慢したいのは分かったから」
「レイ?悪いけど私たちはこのカードだけじゃ価値が分からないの。早く言って」
「……このカードは、飛空艇の最上位権限者の証だよ」
「あらほんと?すごいじゃない」
「たしかアストラ公爵家が持っていたものですね。取り潰しになったことで所有権が宙に浮いたのをレイが確保したと。お見事です」
「……あっ!つもり空を飛べるってこと!?ありがとうレイ!」
「えっへん!」
ようやくほしかった反応がもらえてレイは胸を張り満面の笑みを浮かべる。
飛空艇。アストラ公爵家が二百年かけてダンジョンから交換した宝具。アロス国に一つしかない大型の飛空艇はアストラ公爵家の切り札にして最重要アイテム、空を飛べる大型輸送船であるという以上に多くの支持を得るための重要な権威の象徴だ。
レイも欲しかったのだが、ポイントを貯めるのが面倒だった。アストラ公爵家は武力が低めの家というのもあるが、よそに情報が漏れないように高レベルの騎士を送れなかった事情があるため二百年もかかった。もし同じことをするにしても陛下に嘆願しうまくやればもっと短い時間で入手できるろうが……面倒なので遺産を引き取ることができてよかった。
欲しいものは奪うのが最適解なのかもしれない。レイは素朴にそう思った。
「まだ王都に飛行場がないからアストラ領に置きっぱなしだけど、そのうち王都に持ってくる。一緒に遊覧飛行というものをしよう」
空を飛ぶのは高レベルの魔法使いか飛行型の従魔使いでもないと不可能。遊覧飛行をなんてレイが出来る中でも最も自信のあるプレゼントだ。
「……どうする?」
「……どうしましょう」
自信満々でお褒めの言葉を待っていたレイの耳に、なんだが困ってような声が届く。
これでもレイは相手の気持ちを読み取る技能に長けている。
最近は格上が多すぎて自信を失ってしまったが、目の前の姫様たちが何か不安そうにしていることくらいはわかる。
何か、失敗しただろうか。
予想と違う反応にどうしたものかと頭をフル回転させていると、姫様たちは自信なさげに小包を差し出してきた。
「これをどうぞ」
「私からも」
「これは……?」
「イヤリングよ。あなたの黒い髪に似合うでしょ?」
「モノクルというものです。あなたの赤色の目を引き立てるでしょう」
「この国のためにいっぱい尽くしてくれたらしいから、なにかご褒美を上げようと思ったのよ」
「飛空艇に乗れるなんてものに比べたら、地味ですね。ごめんなさい、まだ私たちにできることは少なくて」
「――ありがとう、ございます。ローレンティア様、アンリム様」
まさか贈り物をもらえるなんて思っていなかった。踊りだしたいくらい嬉しい。
贈り物といえば実用性か希少な体験だろうと考えてたレイにとって、全く予想していなかった。
珍しく思考が止まり呆然としてしまう。
「喜んでもらえたようで嬉しいわ、レイ」
「でもここで踊るのはやめてね」
夏休みが終わり。もうすぐ新学期だ。
姫様たちにもらった贈り物を早速身に着けたレイは、その日の夕方にユニリンの研究棟にいた。
「――ということがあったんだよ。褒めて」
「すごいねえ」
ユニリンは大型犬の相手をするように頭をなでる。この前、戦場に行って武功を立ててきたばかりだというのに今度は視察に行ったかと思えば公爵を暗殺し帝国軍を話術で追い返したのだという。
友人として大変誇らしい。
「……二人とも、子供っぽいわよ」
「嬉しいんだもん」
「私も嬉しいよ。よしよし」
「……わ、私も頑張ったわ。撫でなさいよ」
「「よしよし」」
一足先にこの部屋に帰ってきていたアヤメも混ざってきた。褒められるのが嬉しいのか頭を撫でられるのが嬉しいのか満面の笑みだ。
とても最初にこの部屋に来たときは「いつか出し抜いて脱出してやる!」と擦れた殺意の目をしてたとは思えない。仲良くなるのが速いものだ。
「リリア様リリア様リリア様リリア様リリア様リリア様よくぞご無事でえええええええ!!!!!」
「……何度も聞いた。いい加減うるさいわよ」
少し離れたところでリリア皇女がフィニスに抱き着かれていた。
あの様子からしてずっとうわごとのようにしゃべりながら抱き着いているのだろうか。何時間?
「レイ、フィニスを連れてきてくれてありがとう。この国の使用人たちは帝国のとは少し勝手が違っていて不便だったの、感謝するわ。帝国軍のことも。あのマイン・ヒルゼを相手に交渉を乗り切るとは大したものね。留学の件も承知したわ」
「当然のことをしたまでです。俺が攫ったんですから、快適な暮らしを努力しますとも」
「……」
なんだか不満げだ。フィニスがずっと張り付いているかだろうか。
もしかしたらリリアからはあまりよく思っていないのだろうか。ごめん許して。
しかし、と周囲を見て思う。
(おかしいな、全く身軽にならねぇ……ユニリンに押し付けられないかな。あと姫様)
当初の予定では人生の目標を達成したので重荷であるアヤメとリリアを帝国に変換しようと計画していたが、個人目標がぜんぜん達成できていない。
陛下の指先としての目標はおおよそ完璧に達成できたのにえらい違いだ。
「ま、目的は一つ達成したからいいか」
そういうとレイは裏空間から小包を取り出した。
「ユニリン、解析をお願いしてもいい?マジックアイテムの研究の合間でいいから」
「?いいけど、何それ?」
「物質化した魔装と血液だよ。欲しかったんだ」
小包を開くと、中には一本の杖が入っていた。
「【星繋ぎ】。アストラが保有する神装だ。他の勢力にとられる前に確保できてよかった。使いたいから俺でも使えるようにしてほしいんだ」
「ええぇ……できるわけないでしょ」
「いいや。今まで誰も研究してこなかっただけだよ。やってみて。できなかったらそれはそれでいいから」
「……わかった。やれるだけのことはするね」
呆れたように杖を受け取るユニリン。
十年くらいで使えるようになるといいな。
これにて四章は終了です
書きたいことがどんどん出てくる。暴走しないように気を付けながらこれからも書き続けます。




