36話 強襲の謎メイド
やることがなくなったので暇になった。何をして時間をつぶそうか。そんなことを考えていたら誰かが特攻をかましてきた。
一直線に突き進んできたと思えばレイの居場所を探知し急カーブ、城壁を粉砕した勢いを落とさずレイがいる場所の壁までぶち抜いた恐るべき怪物は、今まさに飛びかかってこようとしている。
「……誰!?」
「不審者で侵入者だろ!ぼさっとするな!」
「アヤメちゃんはみんなを避難させて!」
手足にちぎれた枷を付け衣服はボロボロの侍女。まるで牢屋から脱出してきたようだ。森も川も構わず突っ切ってきたように衣服は水浸し。およそまともな人間ではない。辛うじて侍女っぽいとしか分からない。
しかし、言動と行動から考えるに間違いなく敵だ。
「大人しくつかまれ!お前と引き換えにリリア様を取り返す!」
謎の侍女はレイの首に向かって手を伸ばす。その速度は目にも止まらず、動作が追いつかない。勢いは首をへし折らんばかりで死を予見させるほど。闘気も魔力も使っていないのに必殺と呼んでいい一撃、そうとうレベルが高いのだろう。
「そんなわけにいくかよ!リリアを様呼びってことは帝国の者だろう!?攫われてたまるものか!何をされるか分かったもんじゃない!」
「それはこちらのセリフです!リリア様を誘拐した下郎の分際でいけしゃあしゃあと!」
物理的な肉体動作の速さでは追いつけない。だが魔力操作は別だ。
魔力障壁を展開し首を保護。万力の如き握力とゴムのような抵抗が拮抗する。
「私の弟に手ぇ出してんじゃない!」
闘気で強化された足が赤く輝き、蹴りが謎の侍女の脇腹にぶち当たる。部屋の壁をぶち抜いて庭まで吹き飛ばした。
「屋敷が持たない!外に出るぞ!――あれ、もういない!?」
既に外に出ていたアルトは追撃する。街の外から帰ってきたばかりのため腰に下げていた剣を抜き躊躇なく振るう。レイと同じく対人戦の実践経験は乏しいが訓練は積んでいるのだ、その軌道は狂いなく首に迫る。
レイも併せて攻撃を仕掛ける。無手だが剣が手元にないくらいで戦えなくなるような鍛え方はされていない、抜き手に魔力を纏わせて腹部に狙いを定める。
どちらも大抵の兵士であれば殺せる攻撃だ。騎士でも通用しないこともない。多少謎なだけの侍女がこれで死なないはずがない。
しかし、大きな金属音を立てて受け止められる。見ると手足の枷を盾に見立てて防がれていた。
防がれるだけならまだ理解できる。しかし微動だにしないのに驚愕だ。いくらレイたちがまだ子供で体重が軽いとはいえ、勢いのあるタックルで一ミリも動かせないのは信じがたい。
(後のことを気にしてる場合じゃない!聖眼を使う!)
赤い瞳を神々しい銀色に輝かせて魔力を流し込む。眼球を通して取得できる情報量が桁違いに膨れ上がる。もしレイに正しい知識があればステータスがこの世界の常識を遥かに超える精度で読み取れただろう。
そうでなくとも相手の魔力量、おおよその能力値、体調、意識の方向、次の行動などが視える。世界の流れではなく個人に対象を絞れば全ての情報が丸裸といっていい。
すると、一つの興味深いことが分かった。
目の前の女性は、とても疲れている。
というか死にかけている。
(そうだ疲れているんだ!かなりの強者のようだが、見た感じ周囲に帝国の兵士はいない。まさか帝都からじゃないだろうが、かなりの距離を休みなく走ってきたんだろう。無茶が過ぎる。死んでもおかしくない。死にかけるほど全力ダッシュを維持する精神力には感嘆するが、今は目の前の怪物が死に体だということだけ分かればいい)
思えば服装からしておかしい。どうして侍女の服を着ているのだこいつは。
戦闘能力の高さを隠していないのだから、わざわざ情報のかく乱のために侍女の服を着ているわけではないのだろう。となると本当に侍女なのだろう。とてつもなく高い戦闘能力を持っているだけで職業は侍女なのだろう。
『リリア様』の前に『可愛い可愛い』とつけているのだからおそらくこの女が個人的にそう思っているのだろう。ちぎれた枷もブラフではなく本物の枷。レイがリリアを誘拐したせいで錯乱し幽閉、脱出し走ってここまで来たのだろう。
馬鹿げているが、たぶんあっている。目の前の女はあまり頭がいいようには見えない、感情に任せて直情的にまっすぐ走ってきたのだろう。
レイも同じタイプなので、この推測は確信に近い。
もっとも、この推測にあまり意味はない。目の前の怪物が弱っているということだけが重要だ。
しかし、そのうえでなお強すぎる。
「ふっ!」
侍女が一歩踏み込み、二歩目も踏み出そうと足を上げた、ところまでが見え気が付いたから十歩の距離が一瞬で詰められた。おそらくレイの知らない特殊な歩法だろう。
通常なら目が追いつかない。しかし今は聖眼を使っているのだ。完璧に移動ルートを見定め魔力の足場を置いて転ばせるよう試みる。
しかし踏みつぶされてしまった。大地を割る踏み込みを前方向に変換し正拳が迫りくる。打つ手なし。衝撃に備える。
「させないっての!」
寸前でアルトの剣が侍女の拳を切りつける。そこそこ値が張る剣をそれなりに腕の立つ剣士が振るったのにも関わらず、驚いたことに拳の皮膚は切れていない。鈍い音を立てそれただけだ。
侍女は構わずレイを気絶させようと迫り、レイが抵抗している間にアルトが妨害に入る。一見すると均衡が成り立っていた。
(パンチ一発で障壁が三枚削られるんだけど本当に弱ってんのか?握られると七枚は一気に取られるし)
「強い……フアナ院長ほどじゃないけど、あの修道院の人たち並みよ」
「やっぱそのくらいはあるか……」
しかしレイもアルトも理解していた。このままでは負ける、と。
目の前の謎の侍女が大きく弱っているが、その理由の大半は睡眠不足だ。血筋的に強力な能力を有していても軍事行動の経験はない彼女にとって徹夜は縁が無いもの。怒りの赴くままに走ってきたが実のところいつ寝落ちしてもおかしくなかった。
そして疲労も弱っている理由の一つだが、こちらはあまり期待できない。侍女が強すぎてレイたちが先に死ぬ。一撃一撃の重さが桁違いだ。相手がレイを人質にしてリリアを取り返そうとしているからまだ戦えるが、もし気が変わって王城に乗り込もうと考え直したらすぐに殺されるかもしれない。
見逃してくれるかもしれないが。見逃してくれないかもしれない。
(くそぉ……投げたサイコロの目が自分の望ましくないものかもとは覚悟してたけど!こんな化け物がどこからともなく飛んでくるのは予想してないって!姫を攫ったことでここまででかい影響があるなんて!軽率に誘拐するんじゃ無かった!)
実際、軽率ではある。アロス国に並ぶ大国であるララクマ帝国皇帝の一人娘。帝位を簒奪する際に殺害した先代皇帝の子供たちがまだまだ帝国中に潜伏しているなかで消息不明になるのは非常にまずい事態だ。皇帝は一人娘を愛しているため、帝国の未来とリリアの命を天秤にかけたらどちらに傾くか分からない。多くの勢力に狙われる身だ。
最も、この侍女は国の意向とか完全に無視した独断で襲ってきたのだが。
災害だ。
(くそーうまくいかないことが多すぎる!いや前向きに考えよう!こんな化け物が飛んでくるほどのカードが手元にあるのだと!作戦を練り直す!そのためにも生き残る!)
瞬き一つの時間で四発の拳が迫り、屈む回避行動で重い膝蹴りを喰らい、反撃の手刀は枷で防がれた。
それだけの時間稼ぎでアルトがようやく一発叩き込める。確かに聞いている。しかしどうして刃物が直撃しているのに皮膚が斬れないんだ。
(原理は分かるけど経緯が分かんない!どうやってあんなに頑丈な皮膚にしたんだよ!?)
魔力や闘気を纏うことで素手でも刃物と渡り合う方法はある。しかしそれでも人は人。人族ならレベル100くらいあれば子供が振り回した包丁では傷つかないこともあるだろうが、アルトの剣を防げるほどではない。そしてレベルも100もあるようには見えない。
となると、本当に皮膚が頑丈なのだ。なぜだ。
考察に思考を割いていると、不意に城壁を切り裂きながら蹴りが迫る。
誘拐に来たはずだか睡眠不足と疲労で思考能力が落ちているのだろうか。当たれば即死だ。よけられない。アルトも間に合いそうにない。死んだかも。頭部と心臓だけでも守れるかな。
しかし直前で爆破の衝撃が軌道を逸らした。
「アヤメか!助かった!屋敷の人たちは!?」
「みんな避難させたわ!もう派手にやっても大丈夫!」
「上出来だ!」
アヤメの能力で糸を爆破させ、体ごと宙に浮かせたようだ。
岩を砕く剛力の持ち主でも体重自体は常識の範囲から逸脱しない。有効な手だ。
「む、足場が」
地面に干渉して広範囲を泥のように変質、足場を崩して歩法を封じた。純粋な武術比べだと負けるが、戦いの勝ち負けとは最後に生きていた方が勝ち。武術だけにこだわる必要はない。
同時に炎魔法と雷魔法で空気中の構成物質を分解し毒素を発生させる。見えない水流で防御手段を増やすのも忘れない。
アルトも同様に本気になったようだ。天使の権能の内【慈愛】と【正義】を同時発動。二対四枚の白い翼が輝き仲間の傷が癒え、反対に侍女は全身に溶かされるようなダメージが入り始めた。
これ以上は命の火が消える。全員がそれを理解した。今まで以上に空気が張り詰め殺意の圧力が高まっていく。
「そこまで!!!!」
目の前の敵に集中していたレイの意識の外から雷が降り注ぐ。命を刈り取る魔術の奔流が過ぎ去るとぼろぼろの侍女と、それを取り囲む人形たちがいた。
「ギリギリで間に合ったか。遅くなって本当に申し訳ない」
「…………やはり、ヒルゼ殿でしたか」
「ああ。異変を察知して急いで来た。本当に申し訳ない。あの女はリリア皇女の専属の侍女だ。リリア皇女が誘拐されたとき暴走し幽閉されたと聞いたが、脱獄したのだろう。すまない。完全にこちらの失態だ。謝って済む問題ではないだろうが、詳しい話はまた後で。ひとまず君たちは休んでくれ。話はあちらとしておく」
指差す方を見ると、侍女を持ち上げた人形たちが移動し一か所に集まる。そこには一人の老人がいた。
歳は八十程度だろうか。杖を持った魔法使い然とした優しそうな老人。アロス国の宮廷魔導士のローブを身に着けた姿はまさに賢人だ。
レイの目にはそれすら人形だと分かっているが、それ以上に聖眼で見えた相手の力量の高さに驚いた。
「……国礎十五柱の一人、【魔道旅団】のユージーン・ユーン」
「これ、様を付けんか、小僧」
こちらへの嫌悪を隠そうともしない老人にレイは無視してアルトを抑える。
貴族主義で平民を嫌っているという噂は本当のようだ。
「と、ともかく!この女が起こした問題はこちらに対応させてほしい!よろしいだろうか?」
「ん……そうですね。ひとまず私たちは休むので、ええと……」
ヒルゼが非常に焦ったように言葉を重ねてくる。
少し疑問に思ったが、よくよく考えると何もおかしな反応ではない。今のレイはアロス国の国王からの使者なのだから、その立場は一時的に国王に準ずる。それを自国の兵士が勝手に襲撃したのだから血の気が引いたなんてもんじゃないんだろう。
命の危機が去ったことで気が抜けてしまい頭が回らない。困っていると避難所からゴボスが駆けつけてきてくれた。
「私がこの地の今の管理人だ。相手をしよう。レイ君、アルト君、それにアヤメ君だった。君たちは下がっていい。よくやってくれた。休んでくれ」
「助かります」
「ようやく寝れる……あ、西の街に反乱組織が……」
「こちらで対応しよう」
「助かります……」
「二人とも待ってよ~……」
その後三日ほど気絶するように眠りにつき、調印の日がやってきた。




