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35話 交渉の合間

 帝国軍との交渉を終えたレイたちはその足で馬車よりも早く走り元アストラ公爵の居城にたどり着いた。レイは国王より臨時総指揮官の地位を預かりその立場は一時的に国王に準じるほどに高いが、だからと言って何もせずとも周囲が意のままに動いてくれるわけではない。

 ちゃんとこちらの意思を伝える必要があるし、全力ダッシュで走り回るのが一番早いのだ。


「というわけです。三日後に調印させるので詳しく契約を詰めておいてください。強気な内容でお金を搾り取ってほしいのです、そこそこ話が通じそうな人だったので撤退時の安全は保障するのがいいと思いました。まだ略奪は起こっていなかったので街の住人も祭りでもすれば大人しくなるでしょう」

「分かった。分からないから部下に投げておく」

「……」

「そんな顔をするな。戦場暮らしが長い私に政治の話が通じるはずがないと、君は知っているだろう」


 体面に座るのは元アストラ公爵家当主の弟、ゴボス・アストラ。現在この元アストラ公爵領の管理人を王家から任された人だ。

 レイが初めて会ったのはカイガキに連れられ帝国の姫を誘拐した時の戦場だ。継承権を放棄し王国軍の指揮官を務めていたが、最も血縁関係が近いので臨時で責任者の席に座ってもらっているのだ。


 今はアロス国王家臨時直轄領アストラ領代理管理人の肩書を持っている。


「ジュリファー様もそれでよろしいでしょうか」

「えっ?あっ、はい。母さんと妹が無事なら何でも。レイさんに全部お任せします」


 ゴボスの隣に座っているのはジュリファー・アストラ。元アストラ公爵家当主の四男で、元アストラ公爵家次期当主の少年だ。ついこの前、妹の病気を治してほしいとレイに押しかけてきたのは記憶に新しい。

 もっとも、アストラ家は内乱を起こそうとした罪で取り潰しになったので、今は平民に過ぎないが。


「あっ、でもこの家の使用人の安全は欲しいです」

「分かっていますよ。当然です」

「えっ、本当にいいんですよ」


 疑うジュリファーに笑顔で答える。


「当然ですよ。食い扶持を失う人は少ないほうがいい。秩序だった状態は貴重なんです」


 レイは笑顔で疑問に回答する。

 本心だ。この領地はアロス国王家の直轄領になったが、アストラ公爵家の屋敷や使用人、人脈をそのまま使っていて、頂点に立つのが公爵家から王家に変わった以外は表面上はそのままである。

 公爵家が生み出す利益がそのまま王家に流れているのだから、極力現状から変えたくないのだ。


 しかしそのあたりのことは分からないジュリファーは慈悲だと受け取ったのかレイに聖人を見るような目を向けてくる。

 好都合だからまあいいか。


(あの時は思い付きで皇女を誘拐しようと言い出したように見えたが、実は既にこの絵を描いていたのか?全くわからなかった。

 ……まだ話題には出されていないが、こいつが帝国の姫を攫ったときの総指揮官は私だ。何らかの責任を取らされてはたまったものではない。こういう時は全ての権利を相手に投げておくに限る。私は騙しあいが苦手だから戦場を選んだのだ)


 そしてゴボスはレイの思惑を測り違えていたがもとより公爵家の継承権を放棄するほどには政治的な闘争に興味がなかったので、全く抵抗なく全権を差し出してくれた。





 ゴボス・アストラに、正確にはアストラ家が長年にわたって蓄え続けた政治的な交渉のノウハウを持った文官たちに書類を投げた時点でレイの仕事は終わりだ。もとよりまだ六歳のレイに政治的な実務能力は求められていないし、持っていない。責任者が真っ先に現場に入って相手と交渉を始めたことに意味がある。あとは上がってきた書類を持って帝国軍の陣地で印鑑を押して契約を成立させ、帝国に帰還するのを見守れば王城に帰れる。

 そしてこの地の住民たちの不満や物流の滞りはレイの関与することではない。というかアストラ家の文官たちは全員優秀なので、レイが口出しできる隙がない、うまくやるだろう。


「ねーもう帰っていい?ユニちゃんが実験の続きがしたいって騒いでたから早く帰りたいの」

「お前帝国の実家はいいのかよ」

「別にー。父様も心配してないでしょうし、しばらくこっちにいるわ」

「えー……」


 アヤメは一応誘拐されてきたわけだが、全く自分の身を心配している様子がない。親のことも気にしていないようだ。

 レイに親はもういないから分からないが、そういうものなのだろうか。


「レイ!大変よ!西の街で反乱軍が蜂起したわ!」

「もう?」

「アルトさん、窓から入ってくるのは行儀悪いですよ」


 廊下を歩いているとアルトが声をかけてきた。


 アルトは本来は学生兼出張侍女として働いているが、レイが帝国軍と一戦交えると聞いてついてきたのだ。誤解が溶けた後も供回りとして情報収集を任されてくれたのである。


「ていうかもう反乱組織ができたの?はやいな」

「私たちが来たから纏まったらしいわ。危機感ね。私が全滅させてきましょうか?反乱軍は帝国軍を追い返そうって方針らしいけど、今戦いが起こるとまずいんでしょう?」

「んー……そうだね。俺の作戦が成功して帝国軍を追い返したってことにしたいから。民衆が自分たちで解決しちゃうと後々言うことを聞かなくなりそう。まあ追い返せないだろうけど」

「そうね。私一人でもなんとかなりそうなくらい弱いわ。リーダーを殴り飛ばして時間を稼ぐ?あと三日くらいでいいのよね?」

「そうだね。でもここの文官たちにも話を通しておこう」

「いいの?手柄奪われない?」

「ここはもとより軍が弱いから心配いらないよ。邪魔されても陛下の名前を出せばいけるいける。じゃあ任せ――」


「待った!私も行くわ!」


 迅速に話がまとまっていたが、待ったがかかった。


「アヤメ?いやアヤメは帝国軍との交渉にいてほしいから、あんまり危ないことはしてほしくないんだ」

「でも!今回の私ってただいるだけじゃない!活躍したいの!」

「えー……」


 どうやらお飾りなのが不満らしい。武家に生まれた者としてそういう意識があるのは理解できるが、少し困る。


「ほら、今回の私ってレイの言うとおりに動いてるだけで、強いだけのバカみたいじゃない。父様みたいになりたくないの。ね、赤雷将軍との交渉は終わったならもう自由にしていいでしょ?お願い!」


 アヤメはずっと父親の言うとおりに生きていてが、レイの異常なまでの行動力に感化され成長したようだ。言われたことをしているだけなのを嫌がり、自分にできることを探し始めたらしい。

 王様が求めていたこと。王様が求めていた人物ではないが。


(んーどうしよう。実際、初対面の時に一緒にいてくれたからもう十分なんだけど)


 今回の責任者はレイであり、アヤメを連れてきたのもレイだ。全てのはレイの責任だからやめてほしい。あくまで帝国軍との交渉の補佐として連れてきたのだ。


(まあいいか。まかせちゃえ。一般人だしアヤメでどうとでもなるだろう)


 だが実のところ、レイにとってはどうでもいい話だった。

 既に一生をかけてでも殺してやろうと思っていた親の仇の首は取れたので、今後の人生の目標がない。姫様や陛下の命令をこなしながらユニリンと実験ができれば満足だ。ここで失態が一つ増え今後の権力が減っても、まあ受け入れられる。


 それにアヤメをついでにと誘拐したのはレイだ。エンギル家との交渉に役立ってもらう日までストレスの少ない日々を過ごしてほしい。


「んー……レイ、私は賛成よ。実は山賊が増えてるらしいから、ついでに山賊退治もすればんじゃないからしら」

「いい考えだね。そうしよう。アヤメ、帝国軍との交渉は俺がやるから行ってきていいよ。アルト姉のいうことをよく聞くようにね」

「やった!二人とも大好き!」


 これで話はまとまった。


「ん?」


 しかし突然、何か壁を突き破ってきた。





 一日前、帝国城の隠し牢の中で、一人の侍女が怒りに燃えていた。必ず、悪逆なるアロス国のレイなる人物を殺してやろうと。

 本当は今頃既に殺せていたはずだ。しかし「既に密偵は放っている!無事なのは確認済みだ!」「余計なことをするな!話がこじれるだけだ!」と意味不明で自分本位な言葉とともに飛んできた拳に殴り飛ばされ、牢に入れられてしまった。


 しかし、諦めることはない。必ずや脱出し、姫を取り返す。一人だろうとやって見せる。リリア皇女が泣いているのではないかと思うと胸が張り裂けそうだ。今なら頭が固く話の分からない皇帝とも協力できるかもしれない。

 それとも自分が先代の皇帝の血を引くから警戒されているのだろうか。ばかばかしい。リリア皇女を愛する気持ちに嘘偽りなどないというのに。


「ねえ聞いた?アロス国で公爵家が一つ潰されたって!」

「聞いた聞いた。やったのはあのレイって子でしょ?やっぱり神装が使えるのかな」

「いやいや。私は龍の生まれ変わりで精霊の先祖返りだと思うわ。なんかすっごいユニークスキルを使ってって聞いたわ」


 聞き逃せない単語。おそらく近くで侍女がさぼっているのだろう。頼りない情報源だが今はありがたい。


「武門十七衆の当主の一人が混乱に乗じてリリア様を取り返しに行ったって聞いたけど、本当かしら」

「それは本当よ。他のメイドも言ってたわ」

「まあ!じゃあ本当なのね」

「ええ……でも問題があってね。あの赤雷将軍らしいのよ」

「え”……不安だわ……取り戻せるでしょうけど、この城には帰ってこないんじゃ……」


 聞き逃してはならない音に、牢のメイドは鎖を引きちぎり壁を破壊した。

 響く金属音、轟く破壊音。侍女たちは腰を抜かす。


「フィ、フィニア様……?」

「ひ、秘密の牢屋って、こんなところにあったんですね……ひぃ!?」

「詳しいですね。そのレイという少年の特徴は?」

「はっ、はぃいいいいい――」


 牢の侍女ことフィニアは噂をしていた侍女から聞きたいことを聞き終わると方角を調整し、、帝国の城を爆破する勢いで踏み込み飛び出した。





 半日前。


「ん?いまなんかすごい風が吹いたな」


 国境突破。





 現在、アストラ城。


 風よりも早く、追手よりも早く走り抜け、脚撃は城壁を粉砕した。


「あなたが可愛い可愛いリリア様を攫った下郎か!さあ、リリア様を返してもらおう!!」


 次の行動に移ろうとしていたレイたちの前に、謎のメイドが襲い掛かってきた。

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