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34話 崩れる策略

「ヒルゼ殿、ご無事でしたか」

「レイ殿、アヤメ殿、あなたたちこそ。災難でしたな」


 帝国軍の野営地に行くと、見るも無残な惨状だった。

 突然の敵襲、突然の爆撃の如き破壊攻撃に陣地が吹っ飛んでいる。


「犠牲者はいないようですね」

「帝国の兵士はそんな柔な鍛え方してないわよ」

「ええ、幸いなことに。ですが負傷者は多数。レイ殿、治療師と聞いているが助力を頼んでも?」

「無論です」


 アヤメを伴い野営地の奥に向かう。

 急造で建てられた治療室、土魔法で壁と屋根を置いただけの掘っ立て小屋。ぱっと見で五十人ほどだろうか。総勢約百名の兵士の内半数が使い物にならなくなっている。死んではいないが、死んではいないだけだ。

 あれほどの攻撃を急にされても死傷者がいないのは驚きだ。レイのように特殊なスキルがあるわけでもないのに、察するに複数名、おそらく数十名が技を合わせて防いだのだろう。練度の高さに驚愕する。


「うっ……」

「下がってていいよ。慣れてないでしょ」

「へ、平気よ。エンギル家の者として、この程度の血と臭いで引くなんてありえないわ」

「ならいいけど、無理そうなら言ってね。かっこ悪いことじゃないから」


 治療室に無残な光景が広がっていた。レイの予想よりも強力な攻撃だったのだろう。それとも逃げた後の追撃がそれほど強力だったのだろうか。衝撃で肉体が破壊され、肉体から漏れ出した血の臭いが漂っている。炎と雷に巻き込まれたのか肉が焼ける臭いも強烈だ。

 レイも実は少しきつい。治療師として仕事をしているとそれなりに慣れるらしいが、まだそこまでではないのだ。


 見栄を張りながら部屋に入り、一人一人に治癒の魔法を施す。


「痛くはありませんか?」

「痛いに決まって……いや、少しマシになった。感謝する」


「やけどがひどいですね。一気に治します。痛いですので気絶していいですよ」

「……へっ、王国のガキが何を言って――ぎゃ」


 治療を終え部屋を出ると、こちらに気が付いたヒルゼが近づいてきた。合図をして離れていったのは副官だろうか。


「感謝する。噂以上の腕だな」

「どうも。死者が出て困るのは我々も同じです。助けられてよかった」

「そう謙遜するな。治療師は貴重だ、我々だけでは何人か死んでいただろう。感謝するよ。さ、中へ」


 指令室の天幕に通された。


「では、あれはオーレリユ公爵家のものだと?」

「あくまで予想ですが」

「いえ、私も同じように予想しました。こんな時に襲撃してくるバカ者など限られますからな」

「……」

「……」


 指令室でお互いの情報を交換し合うと、無言の時間が流れた。


(さっきの雷ってこの人のだよな。さすがは武門十七衆の一人、見た目に反してかなり強い。この人が居なかったら俺たちの方に攻撃されて危なかったかも。……でも暗殺者が襲ってくる前、この人も俺もを殺そうとしていたような気がするんだけど、どうしよう。見なかったことにできないかな)

(私の部下たちが負傷する中でいち早く撤退し、かつあれほど離れた場所に攻撃を行えるとは、大したものだな。同時に脅威でもある。やはり将来のためにも殺しておくべきか?いや、リスクと天秤にかければ友好的な関係を築いた方がいいか?……ちっ、時間が足りない。普通の貴族を寄こせよ)


 お互いの心にあるのは警戒心だ。この会談は混乱に乗じて国境を越えてきた帝国軍に何とか穏便に帰ってもらいたい王国側と、逃げ切れなくなる前に最大限の利益を上げたいマイン側の思惑がぶつかっている。当初はその場のノリで誘拐した皇女を変換することで手打ちにするつもりだったが、先ほどの暗殺者が流れを変えた。

 レイもマインもあの暗殺者について分かっていることはほぼない。おそらくオーレリユ公爵家の者だろうという確信に近い予想はあるものの、断言はできない。裏を取りたい、だが時間がない。


 マインは焦っている。このままでは軍を動かしたのに利益がないまま撤退することになる、それは避けたい。

 レイもそれは理解している。進展がないと相手が強硬策に出る可能性が高い。だが交渉の経験に乏しいレイにはいいアイデアがない。コンボロス公爵にもらったアドバイスはあったが、先ほどの暗殺者に流れを変えれてしまい使えそうな手がなくなった。


((こんなはずでは……))


 一触即発の空気が流れ、無言の殺意がぶつかる。


「ねえ、疲れたから私だけでも先に帰っていい??」

「……馬鹿」


 静寂を破ったのはアヤメだった。


 先ほどは緊張していたが、ひと暴れしたら気楽になったのか足をふらふらさせて遊びながらこそっと囁いてきた。

 年相応といえばそれまでだが、自分は真剣に考えているのにお気楽なとぺしぺしと腹を叩く。


 それを見てマインは思う。


(……そうだ、思えば最初からおかしい。なぜこの二人は仲良くしているのだ?ギルメの娘との仲が良いように見えるが、誘拐されたんだよな?もしや私の知らないと事で話がついているのか?子供だからすぐ友達になれたのか?いやいやそんな単純なはずがない。あの武力と引き換えに知性を失った馬鹿にそんな頭があるとは聞いていないが……私が欺かれたのか?不明瞭な点が多すぎる。ここは強硬策に出るべきではない。ならば――)


「レイ殿、お互いに一度話を持ち帰りましょう。思わぬ襲撃でお互いに消耗している。冷静な会話は不可能です。また後日、お時間をいただきたい」

「……なんと」


 とても都合のいい提案にレイはとっさに言葉が返せなかった。

 マインたちは勝手に国境線を侵し王国内に不法占拠している集団だ。国王に今回の対応を委任されたレイが犠牲を極力抑える方針を取っているため王国側の形勢が不利に見えるが、実際は違う。


 武門十七衆と同格の戦士たち、命礎十五柱を三人以上招集し、周囲の街への被害を考慮せず攻撃。これで解決できるのだ。それをしないのはレイの方針に反しているからコンボロス公爵が抑えているからであり、交渉が長引けば痺れを切らした貴族たちが国王の命令を無視して無理やり武力で解決してくる可能性が高い。

 時間はアロス国の味方であり、マインたちの敵。また後日、などという提案は自分の首を絞めるに等しい。


 だがそれすなわち、不利な条件であっても早急に決着をつけたいという意図なのだろう。

 おそらく。


(あちらも欲しいのは利益だ。ここで争う必要はない。アストラ公爵領の新しい管理者とともに条約を結び、撤退させる。

 ……これだと損失を抑えるだけだからもう一つ何か欲しいけど……欲をかきすぎて失敗しそう。姉さんの出番はなさそうだな)


 頭の中で考えを纏めマインに向き合う。


「分かりました。ではまた三日後に伺います。それまではこの地に陣を張ることを許しましょう」


 約束を取り付けレイたちは元アストラ公爵の屋敷に向かった。





 去っていくレイたちを見送ると、緊張が解けたようにマインたちはふらつき、倒れるように椅子に深く座りなおした。


 先に副官が立ち直り、顔をしかめて問いかける。


「気味の悪い少年でしたね。これでよろしいのですか?先ほどの襲撃は彼らのことも殺すつもりだったと思われますが、それも含めて策略の内という可能性も考えられます。もとよりあのような幼子が臨時総指揮官など常識的に考えてありえません。彼は囮なのでは?」

「私とて納得はしておらん。だが今回はこれでいい、アヤメ姫の様子を見るにギルメの策略まで浮かび上がったのだ。下手なリスクはとれん。それにお前も見ただろう、彼の治療師としての腕前を。捨て駒ではないのは間違いない」

「それは、確かにそうですが……」

「……アロス王にしてやられたな。十代にもなっていないガキの考えなんて獣の思考よりも読めん。かといって王権を後ろ盾にされている以上は強硬策も取れん。罠にかかったのは私たちのようだ。

 この混乱に乗じてリリア姫の身柄を抑え陛下を相手に有利な交渉をと考えていたが、無理そうだな。今回は損失を抑えられればいい」


 少し休むと、彼らは立ち上げり部下たちに指示を出しに行った。

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