33話 不和の刺客
「お父様!また勝手にレイを動かしたんですって!?」
「レイさんは私たちの使用人ですよね。陛下といえど、勝手に動かす権利はないはずです」
アロス国王城、国王の執務室にお姫様たちが乗り込んできた。まだ幼いながら淑女としての教育を受け始めているというのに、勉強成果を忘れ去ったかのように大股でドアを蹴破り、怒りの形相だ。
コンボロス領への視察団への同行、および視察の緊急停止による緊急帰宅という強行軍のせいで疲れて寝ているはずだが、いつまでもレイが帰ってこないことに気が付いてしまったようだ。
部下と共に会議をしていたゲオルグ・アロス国王は内心の後ろめたさを隠しながら厳格な顔を作る。
「ローレンティア、アンリム。見ての通り今は忙しい。帝国軍が国境を越えてきたのだ。お前たちは部屋に戻っていなさい」
「お断りよ。ならレイを返して!視察の時も途中で離れるなんて聞いてなかったのに!」
「レイさんが最近重要な功績を立てたのは知っています。でもまだ私たちと同じで六歳、そのくらいでも働くと人もいると聞きますが、敵国の軍との交渉を任せるなんておかしいです」
「むっ……」
珍しく自分の言葉にも怯まない娘たちに頬が緩みそうになるが、なおも厳格な顔を続ける。ここで甘やかすわけにはいかない。本来は、通常は、平時なら、娘たちの言い分が正しい。しかし普段通りの行動をしていてはいけない非常時があり、それが今起こっているのだ。
そもそもレイがもうアストラ公爵まで行ってしまったので、連れ戻せないという事情もあるが。
「学園が夏休みの内はレイを使うが、その後は王都から動かす予定はない。しばらくは返せない。それよりお前たち、今日は音楽の教師を呼んでいるはずだろう。部屋に戻りなさい」
「……分かったわ」
「……わかりました」
これ以上言っても何も変わらないと悟り、姫様たちは不満げに退室した。
「陛下も人が悪い。陛下の命令より優先されるものなど、この国にはありますまい。仕方のないことでしょう」
「うむ……しかし、私を言いくるめるくらいの能力があれば前言を撤回してもよいと考えているよ」
「極めて難しいですな」
王様の無茶な言葉に執務室にいる文官たちは困ったように笑う。
国は王の私物であり貴族たちは王から土地の管理を任されているにすぎずあらゆる決定権は王にある、というのが建前だが、実際は違う。王一人で全ての陳情と問題を把握することなど出来ないので多くの文官たちの助力あってのものだ。王の正式な言葉と決断は多くの文官や学者、貴族たちとの議論の末に出したもの、すなわち王の言葉を言いくるめるとは多くの人が時間をかけて出した結論をひっくり返すことに他ならない。
無茶、というか無理である。
「難しいのは分かるが、レイはやってみせた」
「それは……レイが特別なだけでしょう。貴族でないものにも天才はいるものです」
文官の言葉にゲオルグは難しそうな顔で頷いた。
「貴族は優秀だ、百人に一人は天才がいる。しかし平民も万人に一人は天才がいる。十万人に一人なら貴族を超え、億人に一人、百年に一人の天才は貴族や王族を優に超える。いや、そういうものが王になるというのが正しいのだろう。
レイがそれだ。いい拾い物をしたよ」
多くの貴族が聞けば怒りそうな発言だが、この部屋の文官たちは全員が理解しているように無言で頷いた。多くの場合、魔力や能力、体質や知性は遺伝すると言われている。貴族と平民を比較する実験を行うと必ず貴族の方が優秀という結果が出る。
しかしそれは平民が無能しかいないというわけではない。上級冒険者や魔術師などの貴族並みに優れた人材は人口当たりの割合が低いだけでそれなりにいるのだ。これはもともとの総人口が平民の方が多いことも関係しているだろう。
そしてさらに上、S級冒険者や歴史上の健国王、武術の開祖のように、貴族の先祖に匹敵するものたちもごく稀に現れるのだ。
「レイが異常なだけで、姫様たちも十分に天才といわれる程度はありますよ」
「そうだな。この件が落ち着けば、しばらくレイはローレンティアたちのそばに置く。レイに引き上げられるようにあの子たちも育ってくれるだろう」
「今回の興和はうまくいきますかね」
「ああ。帝国もこの前フアナに斬りつけられ多くの人材を失ったせいで余力がない。今すぐ戦争を始めたくないのはあちらも同じだ。帝国の姫も本来は手に入るものではなかったから手放しても計画に支障はない。レイはまだ政治の経験が皆無に等しいが、コンボロス公たちを補佐に着けたのだから、大きな問題なく良い結果に落ち着くだろう。
では本題に戻ろう」
会議は続く。
この少し後、レイが全ての事務作業をコンボロス公爵に押し付けてさっさと帝国軍の野営地に向かったと報告が入った。
立ち込める爆炎、轟く悲鳴、荒れ狂う破壊の衝撃、国境を越えてきた帝国の軍と王国の王からの使者の会談のテントは消滅した。
「――――――ななななななにごと!?」
「襲撃だろ!ほらお前の武器!」
爆心地から二百メートルほど離れた場所にレイとアヤメが潜空から浮上した。まだ混乱しているらしいアヤメを支えながらレイは考察する。
(いったい誰が!?俺にしろ帝国側にしろ、死者が出たら戦争まで待ったなしだぞ!?てかどうやってこんなに早く暗殺者を寄こしたんだ!?俺はコンボロス公爵に事務作業を押し付けて、手続きを陛下の後ろ盾で簡略化させてまでして最速で来たぞ!?なのに追いつけるの!?)
レイの驚愕は非常に正しい。軍隊にしろ強力な騎士にしろ、派兵するのは非常に大変なことだ。特に今回のように他国が絡む話は判断が難しい。誰を送るのか、どの経路で送るのか、どの程度何をさせるのか、そもそも介入してよいのか。送ったとして成果が上がる保証はなく、無駄骨になる可能性の方が高い。
鮮度の高い情報なら仕入れることができるだろう、だがここまで派手に暗殺してくるなど常識的に考えてありえない。
(いや、そうだ、これはありえないこと、という視点から考えよう。下手をすれば王国と帝国で戦争が起こる、戦争が起こっても問題ない、戦争が起こってほしい。そしてたった二日で派兵してくるなら他国は考えづらい。
となると、オーレリユ公爵家。あの家は確か国礎十五柱の何人かを輩出してるって噂があったな。そのうちの誰かを動かしたのか?あの規模と破壊の仕方ならたぶん――)
レイの考察を待つこともなく再び帝国軍の野営地に第二の矢が撃ち込まれた。方角は北の山。昼の空を夕暮れのように赤く染め上げる流星のような矢。
帝国軍もまだ生きているようだ。反撃に地上から雷が迸り空中で衝突する。大気を燃やす膨大な熱と破壊の衝撃、そして毒臭がレイたちの場所にも届いた。
「ちっ!どのみち俺たちじゃ勝てないな。アヤメ!逃げる前にでかいのぶち込むぞ!地面全部を全方位にやってくれ、俺が制御する!」
「――っ、失敗するんじゃないわよ!」
アヤメは地面に手を当てユニークスキル【万物爆破】を発動。この効果は万物を爆破させるのではなく、万物に起爆性を付与すること。その効果範囲は使い手の力量に左右されるが制御を放棄すれば半径五十メートルまで広がり、木端微塵に爆破する。通常の矢でも爆破すればレベル10のゴブリン程度なら確殺できるほどの威力を有するが、今回ほどの規模では使ったことがなく威力も不明だ。
しかし、今使える最大の威力なのは間違いない。
そしてレイは周囲の地面を泥のように柔らかくして次から次へとかき集め、起爆性を付与された地面を空中に浮かべて球体に加工する。これにより起爆物の質量を増加させ威力をさらに高める。
「そろそろ無理!あと二十秒!」
「よし後は任せろ!」
強力な魔法で加工した起爆性のある粘土。あくまで起爆性があるだけなのでアヤメが意図的に爆破させない限りはなかなか爆発しないのだ。しかし爆破するのが自然なので抑え込める時間にも限りがある。【万物爆破】、一度発動すれば必ず爆破させるユニークスキル。
だがあと二十秒は確実に爆発しないのだから十分だ。
レイは右足を引き、腰をひねって勢いをつける。狙いは球体の粘土。
「【剛脚砲】!」
体術スキルの武技、【剛蹴砲】。サッカーボールを蹴り飛ばすように粘土を蹴り飛ばし、暗殺者がいるのであろう山の頂に着弾させる。
しかし暗殺者の力量はレイたちの予想よりも高いようだ。帝国軍を狙っていた攻撃を急停止し、粘土にぶち当ててきた。
約八割ほど進んで地点で粘土爆弾と赤い矢が衝突、爆破。もう一つの太陽と錯覚するような焔の塊が出現、山の上三割ほどを飲み込み熱気は土を焦げついた大地が残った。
「殺ったかしら」
「んー無理。なんでか分からないけど焔が避けてる。なんだありゃ」
隠している場合ではないので発動した聖眼の機能の一つで遠見をしているレイの目には、ほとんどダメージを受けていないのが分かった。
「でも足場は崩したからか逃げてくれるみたいだね」
「あーよかった」
レイたちの周囲にはくり抜かれたように窪んだ地面とその中心に柱のようにそびえる柱が残っていた。そのうえでレイたちは一息つき、再び帝国軍の方に向かっていった。
良いお年を




