32話 暗殺事件の後始末
国王に反旗を翻そうと計画していた逆賊、アストラ公爵を打ち取り内乱を回避したということになったレイは、褒章会の二日後にアストラ公爵領にいた。
場所は大きく分けてアロス国の南東で、アストラ公爵領の中で最もララクマ帝国との国境が近い街である。準備を含めて急いだが二日もかかってしまったが、まだ状況は動いていないようだ。
二日前、ララクマ帝国の軍が国境を越えてきたと報告が王都に届いた。これに対して国王は対策本部を設置し、一番上の役職を任されたレイは書類仕事の全てを上から二番目の役職を任されたコンボロス公爵に丸投げし、現地に直行したのだ。
これで既に事が起きていれば手に負えなかったかもしれないが、今回はレイが賭けに勝ったようだ。
「トップ死んだのに、街はあんまり荒れてないんだな」
「当然よ。多くの人にとって、貴族なんて関わりがないもの。公爵ともなれば生きてても死んでいても大して変わらないわ。ま、あくまでまだ、荒れてないってだけでしょうけどね」
「そりゃ僥倖だ。これはチャンスだと一揆でも起きていたら物騒なことをするとこだった」
「……あんたじゃないんだから、みんながみんなそんな猛スピードで生きてるわけじゃないわよ」
言葉を交わすのは帝国軍と交渉するためのカードである皇女……ではなく、成り行きで一緒に誘拐した弓使いのアヤメだ。最も強力で切り札でもある皇女はまだ切るタイミングではないとコンボロス公爵から助言を受けたので、急遽予定を変更しアヤメに同行してもらっているのだ。
レイがいない間にユニリンと仲良くなったらしく離れ離れになるのも研究が中断するのも不満そうだったが、事の重大さを理解してくれたのか了承してくれた。やはり駒の数が多いほうが多様な策を打てるものらしい。
街を通り過ぎて目指すは帝国軍の野営地。国境を警備していた第二騎士団である鬼土騎士団と交戦し突破したあと、交通の要衝であるアストラ公爵領都にいつでも襲撃を仕掛けられる位置で停止。周辺の貴族たちは避難し行く末を見守っているらしい。
その情報はある程度正しかったようで、現地では鬼土騎士団も帰ってきておりアストラ公爵領首を守っている。
「いたいた。帝国にしては珍しく略奪してないってのは本当らしいな」
「うちが野蛮で乱暴だって言いたいわけ?略奪程度普通よ普通よ。それより、本当に行くの?たぶん罠よ?あの旗は武門十七衆第十二席の【赤雷将軍】のマイン・ヒルゼのもの。皇帝陛下から『チャンスだから娘を取り返せ』って命令されてるんだと思うけど、あのおじさんはかなりあくどいって父様が言ってたわ」
「心配ありがとう。確かに珍しく大人しいのは、今回は交渉のために来たってことのアピールだろう。まあそれはいいんだ。公爵が暗殺されたなんて国を揺るがすほどの大事件で大きな隙を作ってしまっているけど、運良く手に入れた皇女様を手放すことで介入を阻止できるなら損失は許容範囲だよ」
「…………ど、どの口で言ってんの?」
国を揺るがすほどの大事件を引き起こした張本人の物言いとは思えない図々しい言葉に絶句しながらも、足を止めずに野原を進んだ。
帝国軍の野営地に近づくと門の兵士たちもこちらに気が付いたらしい。槍を向け、少し遅れて子供だと気が付き困惑したように少しだけ穂先を下げた。
「ゲオルグ・アロス国王陛下より臨時総指揮官の役職を任されました、レイと申します。マイン・ヒルゼ殿はいらっしゃいますか?」
「エンギル家のアヤメよ。リリア・ララクマ姫の代わりにここにいるわ」
二人の名乗りに門番たちは硬直し、七度ほど足から頭を見、無言でテントの中にカッ飛んでいった。
すぐに厳つい顔の男性が出てきた。歳は四十くらいだろうか。ギルメほどではないがとても強そうな将軍だ。
「想像していたよりも小さいな……失礼。話は聞かせていただいた。私はこの軍を率いる武門十七衆の一人、ヒルゼ家のマインだ。こちらへ」
無言でテントに入り後をついていく。ちらりとアヤメを見ると不安そうな顔をしていた。
帝国の事情はよく知らないが、確か武門十七衆同士の仲はあまり良くないと聞く。父親と同格のよく知らない人を前に緊張しているのだろうか。
見かねてそっと手を繋ぎ囁く。
「俺が話すから、心配しないで。俺が話を振った時だけ話してくれればいいし、無理なら黙っててもいいよ」
「……余計なお世話よ」
手を繋いだまま進み、軍議に使うのであろう部屋に案内され、促されるまま椅子に座った。
「最初に確認したい。レイ殿、あなたが今回の我々の行動への対応する集団の全権をゲオルグ・アロス陛下より任された、と?」
「はい。この指輪が証明です。確認しますか?」
「不要だ、疑いはしない。貴殿の噂は聞いている。ギルメ殿とカイガキ殿が戦う戦場を単独で生き延び、リリア皇女を攫うほどの腕を持つ神童だと」
「ええ。まだまだ若輩の身ですが、それなりにやれると自負しています」
「そうだろうな。それでそちらが……」
目線がレイの隣で縮こまっているアヤメに向く。あまり優しさのない目だ。
レイは遮るように話を進める。
「マイン殿。今回の急な侵略行為に陛下は大層心を痛めています。全軍を撤退させ、後ほど謝罪を賠償を求めます」
「ほお、ゲオルグ陛下はずいぶんと甘い心構えのようだ。アロス国とララクマ帝国は二百年もの間戦争を続けている。確かにここ五年ほどは戦場は一か所しかなかったが、無くなった以上は新しい戦場が生まれるのは当然でしょう」
「そちらが能動的に起こしたことを責任のない自然現象のように主張するのは理が通りません。それに戦争は事前に通達するものでしょう。そちらが慣例を破るならばこちらも慣例を守らず襲撃し、お互いに必要でない犠牲を出すことになります。今回、そちらに一方的な非があるの明らかです」
「非の話をするならこの前リリア皇女を攫われた話をしなければなりませんな。リリア皇女は偉大なる皇帝陛下の血を引いておりいずれは間違いなく大成するお方ですが、まだ幼い。寂しくて泣いていないかと皇帝陛下はずっと発狂していらっしゃる」
「御冗談を。そして心配は無用ですよ。リリア様はアヤメ殿と一緒に私の研究室で日夜勉学に励んでいます。何ら怖い思いはしておりません。な?」
「へ?え、ええ。リリア姫と私は元気にやっているわ」
「それならよいのですが、残念ながら皇帝陛下の方は冗談ではないのですよ」
冗談ではなく本当にずっと発狂しているとレイは知らないため、疑心を深めながら話を聞く。
「皇帝陛下はリリア皇女を攫われて以来、ずっと泣き叫んで暴れているのです。私も同じ思いです。敵国の姫が攫われて元気にやっているなど、信じられるものではない。忠臣としてお救いいたすつもりで軍を動かしたのです」
(すげー白々しく嘘つくなこの人)
あくどいと聞いていたが、おそらく腹黒爺なのだろう。相手の感情を読み取る技能を持つレイの目には、マインが全くリリア皇女の心配なんてしていないと見抜いていた。
(……だがだとしても、目的が分からない。不安だな。この程度の兵力では荒らすことは出来ても王都までは間違いなくたどり着けないし、何しに来たんだ?心配はしていないけどリリア皇女を連れ戻したいのは本当、とか?んー……聖眼でも使うか?でも銀色に光っちゃうから一発でばれるんだよな、どうしよう……)
頭の中で情報を整理しているレイに対し、マインは少し目を細め、さらに情報を投げてくる。
「皇女様の身を案じ、皇帝陛下は心を痛めています。それと、私はアストラ公爵とは知らない仲ではない。暗殺されたのは彼が弱かったからなので何とも思いませんが、代々領地が隣なこともあって交流も多かった。これから訪れる暗い未来を思うと私の心も同じように痛めてしまいます」
(あっ!……アストラ公爵領を平定してから来いってことか?たしか領地が隣だし、荒れると山賊も発生する。その辺の不安の解消がこの人の目的か?リリア皇女の救出は可能であれば、くらいかな?)
ポーカーフェイスを保ちながら新しい情報をかみ砕いて飲み込む。
この男の目的は自領の安全と利益、そして可能であればリリア皇女を連れ帰り皇帝陛下の覚えをよくしたい。おそらくはこれで間違いないだろう。
「なるほど、そちらのお話は分かりました。あなたたちは騎士団との交戦しかしておらず、民草を直接的には傷つけてはいない、ある程度は話を信じましょう」
「それは喜ばしいですな」
「ですがそちらが事前の通達なしに国境を侵したのも事実。一度話を持ち帰り、副官とも話を纏め、三日後を目安にまた来ます」
そう言ってレイたちは立ち上げり、退室しようとする。
そんなレイにマインは、レイでも分からないほど巧みなポーカーフェイスで感情を偽装しながら冷徹な思考をする。
(敵の本陣に乗り込んでくるとは、肝が据わっている。……聞いていた通り魔力の量は極めて多く、身のこなしもそこそこ。にわかには信じられんが、この歳で国王から全権を預けられるとは、過去に例がない。将来有望だな。いずれは国一番の英雄になるかもしれん。
殺しておくか)
レイは相手の感情や思考を読み取る技能を習得しているが、これはユニークスキルの類ではなくあくまで技能だ。相手の目線や身振り素振り、呼吸の乱れや声の調子で分析している。そのため情報源を全て偽装できれば理論上は相手を欺くことが可能だ。
そしてマイン・ヒルゼはそんなレイよりも上の使い手だった。
レイが警戒できないほど自然な動作で右手を上げる。
合図に気が付いた兵士が剣に手を当てる。
テントが爆発した。
「え?」
「へ?」
「は?」
弾ける外壁、吹き飛ぶ物資、風を燃やす灼熱と体がばらばらにされるような衝撃。
外からの攻撃だ。それだけは分かった。
「!!!」
その場にいた全員が驚愕し、とっさに防御を固める。
「ひゃっ――」
緊張していて全く反応できなかったアヤメを連れ、レイはその場から一目散に潜空し逃げだした。




