29話 暗殺完了
「ま、待て!なぜだ!?陛下の命令か!?いいやそれには前兆がなさすぎる!誰の命令だ!?話せばわかる!」
全く想定してなかった展開にアストラ公爵は慌てふためくも、何とか生き残る目を掴もうとする。
レイは経緯と事情が極めて特殊だが、最終的な表の肩書は【王家の食客】だ。居候と言い換えてもいい。王は娘を救った小さな英雄へのお礼に金と機会を与え、そのチャンスをものにした少年は王家の庇護のもと学生をやっている。
しかしあのリムレスティ修道院で鍛え、アロス国にこの人ありと謡われる高名な【打撃治療師】のカイガキの助手として戦場に向かい、今では最も不仲な公爵家への視察団に姫様たちの従者兼護衛として派遣されている。その常識はずれで異様な経歴から、おそらくは国が抱える暗部が品種配合を重ねて生み出した人造英傑なのだろうと予想をつけていた。
恐らくこの予想は外れたようだが……王家の食客であることは間違いない。おそらくは陛下から密命を受けているのだろうとも思う。
だがおかしい。ありえない。最も政治力に長けたアストラ公爵家の当主たる自分が、暗殺計画を全く察知できないなどありえない。
(いった何時から嵌められたんだ!?まずいぞ、護衛が誰もいない!くそっ、他家の屋敷で暗殺を仕掛けるなんてありえな――まさか、コンボロスも共犯か!?)
では誰の意図で。どうして自分は殺されそうになっているのか。
「誰の命令でもありません、俺の独断ですよ。姫様たちをさらった犯人だと白状した時には決めていました。実行可能な奴は公爵くらいじゃないといないし、その中でも一番やりそうなのはあなたでした。あっさり自白してくれて助かりましたよ」
「姫…………?一年前の誘拐のことか!?いや待て待て、あんなことで殺されてはたまったものではない。あれは王家の力を削ぐのが目的だ。よくある話だ。日が暮れる前には発見されるように手配していた。陛下も理解しているはずだ。そんな理由で私を殺すなど愚かが過ぎる。陛下も君を庇えないぞ。冷静になれ」
アストラ公爵は言いくるめようと言葉を並べる。普段の冷静さ、年期と経験に基づいた落ち着きも今は見られない。最初から自分を殺す目的だったのならば、いった何時から自分は嵌められたのか。そして誰の命令なのか。本当に独断なのか。だとしたらなぜ。必死に頭を回転させる。
もし本当に姫様たちを誘拐した件を理由に独断で殺しに来たならば、言いくるめることができる。できるはずだ。そんな些細な事で公爵たる自分を殺すなどありえないと、貴族なら大抵の人間が同意する理論で自分を納得させる。
「姫様たちなんてどうでもいいんだよ」
しかしレイは怒りをにじませて睨みつける。
今までの幼いながらに礼儀正しく接していた仮面をかなぐり捨て、抑えてなお抑えきれない憎悪と怒りがこびりついた憤怒の形相。まるで親を殺された復讐者のようだ。
「なっ……それではなぜ……?」
「ゴル、スオイ、オチバ、セティア。この名前を知っているか」
「…………?いや、だれだ?」
煽りでも挑発でもなく、本当に分からないと眉を顰める。貴族として最も重要な仕事は人づきあいだ。それにはあらゆる相手の顔と名前、趣味や性格などを覚えておく必要がある。王家を除けば最も格の高い公爵家の当主ともなれば一度会った人はもちろん、名前を聞いただけの人物でも多少は覚えている。
そんな彼にとっても、本当に知らない名前だった。
「姫様たちが誘拐されたとき、巻き添えで死んだスラムの人たち。俺の育ての親だよ」
「はっ……はあ!?」
淡々と吐かれた言葉に愕然とする。
まさかそんな。目の前の少年の動機は、敵討ち。それも、スラムの住人なんていう税を払わない害虫共なんぞの仇で、国家の重鎮である自分を殺しに来たのだ、と、アストラ公爵はようやく理解した。
そして話を聞いているうちにほんの少しだけ思い出した。
姫様たちを誘拐したとき、手違いでサブプランも動かしてしまいスラムの運び屋に依頼を出し、子飼いの暗殺者が回収に向かった、という報告を。
結果、スラムの運び屋たちは死に、暗殺者は少年に殺された。
その時の少年が、目の前の殺意の塊だと。
「ほ、本気で言っているのか……?スラムの住人?君は捨て子と聞いている。姫様たちを救う前、スラムにいたときに世話になったものたちなのだな。それは分かった。
だが、本当にそんな理由で私を殺しに来たのか?そんな私情で?君はすでに陛下からの仕事を任され、治療師として騎士たちからの信用も厚い。いずれは姫の護衛として、もしくは陛下の騎士として名を馳せるだろう。だというのに、輝かしい未来を捨ててでも、殺すと?」
「そうだ」
損得を説くアストラ公爵を前にして、レイの怒りは揺らぎを見せない。淡々とした口調だが、心は怒りで一色になっている。
これはただの通告だ。殺す相手への最後の決意。実行に時間を要すれど変わることはない。話し合いの余地はない。
「誰かいないか!!!!ここに曲者がいるぞ!!!!」
突如としてアストラ公爵が叫んだ。助けを呼ぶ。戦う力のないものがとる行為としては最も正しい行為だ。救助が来る前に殺される可能性が高いが、最後の無駄なあがきとしては正しい。
「……やはり、誰も来ないか」
「当然だ。遮音結界は張っている。もとより、戦えるものはみな出払っている」
「だろうな。岩投げは総力を持って対抗するべき災厄。まともなものは全員街の外だ」
もう逃げられない。打てる手はない。ここがアストラ公爵の領地なら逆転の手段があるのだが、この地では使えない。
「……私を殺したならば、隠すことは出来ないだろう。コンボロス公が協力しても、陛下の部下が必ず見抜く。そして君は罰を受けるだろう。理解しているか?」
「思ってもいないことを言うなよ。隠さないさ。もとより、岩投げにはオーベム様に協力してもらった。昨日の今日だからまだ陛下の反応は聞いていないが、まあ命までは取られないだろう」
「なに?……そうか。貴様の陰謀だとすれば岩投げのタイミングが良すぎると思ったが、あの御仁が協力していたのか」
「ああ。そして陛下は近年は王権を強めることに熱心だ。王家と最も敵対的な公爵を暗殺しても、好都合だと思いはしても、困るだけで怒りはしないだろう。俺も人生の目標が今日終わる。おそらく今後は罰として混乱するアストラ公爵領……元アストラ公爵領になる戦場をしばらく放浪するだけだ。大した問題じゃない。ああいや、もしかしたら治療師として幽閉生活か?ま、どうでもいいことだ」
レイの予想は正しい。レイは治療師としても伝令としても兵士としても魔術師としても使い道がある。死罪にはならない。もしくは、実質死罪と扱われる戦場送りか迷宮送りにされ、何年か隔離したあとに呼び戻すだろう。
あの陛下ならそうすると、長年敵対しつつも同じ目線で相手をしていたアストラ公爵は理解していた。
「正気じゃないな。君の推測は正しいが、万が一というものがある。スラムの孤児から陛下の飼い犬に成りあがったのに、今の地位を失うのかもしれんのだぞ。そんなリスクを負ってでも、私を殺すのか?」
「ああ。そして一つ訂正だ。俺は孤児じゃない。みんなクズの破落戸だったが、確かに俺の親だった」
「そうか。慈悲深いのだな」
レイの全く考えを変えないらしい様子に、老いた公爵は諦めたように笑う。
「……家と私のために多くのものに手を伸ばした。多くの恨みを買った。凶刃に倒れるやもと考えたことはあったが、まさかスラムの住人の恨みとは、考えたこともなかったな」
レイは背負った剣を握り直し、殺した。
「シヨン様!」
シヨン・アストラ公爵の腹心の一人、【静謐】のヤバーニが部屋に飛び込んできた。
「――、何かがおかしいと駆けつけてみれば、遅かったか」
飛び散った血肉、漂う死臭。怒りのままに刻まれた主君だったもの。
間違いなく事件現場だ、そして、下手人は無言でたたずむ少年。
「殺す前に問うぞ、お前がやったのか」
「……」
レイは答えない。何も考えてないような顔でじっと人だったものを見つめている。
「答えろ!!」
「うるさいぞ。ここは私の屋敷だ」
後ろから現れたのはコンボロス公爵。殴りかかろうとしてヤバーニの肩を掴む。
「きさっ……ぐあああああああ!!!!!」
「公爵家当主であるこの私に貴様とは、主の程度が知れるな」
そのまま骨ごと握りつぶして床に投げ捨てたコンボロス公爵は、長い付き合いの他人の死体を少しだけ見つめ、気を取り直してレイに目を向けた。
「やってくれたな。これで私も共犯者だ」
「俺の詐術が神がかっていただけのことです。心配はいりません。陛下にはそう伝えます」
「馬鹿を言うな。まだ六つの幼子に、歴戦の大貴族がやり込められたました、とでも言いふらす気か?我が家の恥になるわ」
「……たしかに」
全く気が付かなかった、とでもいいたげなレイ。
そんな素朴な驚愕した顔に呆れながら、パンパンと手をたたくと兵士たちが入ってきて、レイの両腕を拘束するようにつかんだ。
「岩投げは解決した。お前が戦場を去ってすぐにオーベム殿が援軍に来てくれたからな。すぐに王家から使いが来るだろう。それまでは牢に入っていてもらう」
「はい」
「それと使節団は半数はこっちに来るが、姫様たちを含めてもう半分は王都に帰還するそうだ。残念だったな」
「はい」
「……以上だ。運べ」
「「はっ!」」
兵士たちに両腕を掴まれたレイはてててててと小走りに去っていった。
こういうシーンを書きたいなー、と筆を執ったきっかけのシーンにたどり着けて作者は満足しています。
あと二話くらいで完成。そのあとはこれの続きか、もしくは新しいのを書く。多分続きかな。




