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28話 勝利の確信

 突如として襲ってきた七体の魔物の対応に、コンボロス家の屋敷では二人の公爵が作戦本部で頭を突き合わせえ議論を交わしていた。


「報告します!蟹型の魔物の討伐を確認しました!打ち取ったのはタブララサ将軍率いる第一騎士団!」

「第四騎士団が壊滅的被害を被っています!獅子型の魔物の前に歯が立ちません!」

「望遠部隊より報告!ヤバーニ様が獅子型の魔物を一人で足止めしています!拮抗状態!」

「よし!順調だ!引き続き現場本部へ物資を送れるだけ送れ。無駄になってもいい」

「領民の混乱も比較的少ない。当時を知る老人たちが秩序的に避難誘導してくれているらしい。このままなら歴代の岩投げの中で最も被害が少なく済むかもしれん」


 街の近くに高レベルな魔物が突如現れるのはこの世界では稀によくある話だが、当人たちからしてみれば一世一代の一大事だ。今まで先祖代々築き上げてきたものがなど冗談ではない。これは平民だけでなく貴族にしても同じ話。

 愛する家族、親しい友人、慣れた仕事、日々の安らぎ。全てがこの町にある。失いたくないし捨てたくもない。


 領主ともなれば街を統治するうえで非常な決断を下すことはある。非道なことをすることもある。だがそれは入念な準備の上で行うのだ。

 突発的な災害で滅ぼされてはたまらない。それはこの町に住む全ての住人の相違だった。


 吉報の連続に喜んでいるとまたもや異変が起こった。


「なっ、何だあれは!?」

「壁!?――いや、結界だ!一体だれが……」


 岩投げの戦場の方角に、超巨大な結界が出現した。誰も通さず、誰も逃がさない絶対的な壁。街と戦場とを隔離するかのように構築された結界は神々しさすら感じるほどに圧倒的に輝き飛び立とうとした鳥の魔物を地に落とした。


「あれほど高度な結界ともなれば…………そういえばレイ殿が【断絶】のランシュ殿を呼び寄せたという報告があったが、まさかこれを予期していたのか……?」

「ほう。それは初耳ですな」

「冒険者は風来坊ばかりのため動向などいちいち貴族間で共有するものでもありませんからな。しかし、だとすると陛下はこの事態を予期していたと……?」

「考えられない話ではありませんな。王都にある学園は研究施設も兼ね王家からの要請も多いとのこと。ほかの地域でも岩投げに相当する現象は多いので、秘かに研究を進め予期できたという可能性も考えられますが……」


 目の前で起こっている事実から逆算するように推理を進めるが、アストラ公爵は脳筋なりに頭を悩ませているコンボロス公に話を合わせながら内心でいぶかしむ。


(だがそうなると、陛下はこの事態を予期していながら小僧一人しか派遣しなかった?なぜだ?神童と呼べるほどに優秀で将来性はあるが、現時点では絶対的な強者とはいえない。功績をあげさせたかったのか?何かを読み違えた?

 いや、そもそも今回は視察団の一員という名目でこの地に来たのだったな。となると本命は陛下の懐刀たるレグルス殿で、あの小僧はただの先鋒。岩投げの時期が想定よりも早かった、というところだろう。ランシュ殿を呼び寄せたというのはわからんが……山飛びの戦場でなにか契約でも結んだのか?そしてあの小僧が手柄を立てるために個人的に呼び寄せた、と?)


 頭の中で状況を整理する。突如起こった岩投げ、レイの不審な行動、今回王家が主導した使節団。あまりにも多くの出来事は起こっており、予想で空白を埋めながら推理する。


(……だとすると、あの小僧はなぜ亡命などと言い出したんだ?ヤバーニの予想通りに幼稚さゆえの飛躍した行動か?だが……いや、これ以上は無理だな。岩投げも終わっていないのだから、今考えることでもない。少しでも多くコンボロス家から功績を奪えるよう盤面を動かさねば)


 それでもわからないことも多いが、ひとまずはこれで良しと推理を停止させる。


「ほっ、報告です!レイ殿が帰還しました!」

「は?」

「なに?」


 レイが帰還した。なぜその報告をここに持ってくるのか。そう疑問に思ったが、あの小僧は王家からの後ろ盾を持った治療師でもあるのだと思い出した。おそらく兵士たちは対応に困ったのだろう、と。

 そして一瞬遅れて、報告がそもそもおかしいことに気が付いた。


「待て。そもそもどこから帰還したのだ。あの小僧は治療師として後方に下がっているように伝えたはずだが」

「分かりません!ですが、岩投げの戦場のほうから魔物の死骸を担いで戻ってきました!俺が仕留めたとのことです」

「…………そうか。そんなに手柄が欲しかったのか」


 二人の公爵はレイの常識外れな行動に首を傾げ、訝しんだが、数秒の思考の末に不満と疑問を飲み込んだ。


 もとよりレイは王家の傘下にあり、公爵家の当主といえど絶対的な命令権があるわけではない。貴族というのは局所的な軍事司令官の権限も有しているので命令されていれば別だが、治療師なのだから後方にいて「よい」、というレイの自主性に任せた言い方だったため、自主的な判断で戦場の最前線に飛び込むことも規則上は問題はない。

 まず間違いなく後日誰かしらからお叱りを受けるだろうし、公爵たちも呆れこそすれ怒ってはいない。勝手な行動を不愉快に思うが、事実として七体の高レベルな魔物の内一体を仕留めている功績と相殺で苦情を入れないでもいいだろう。


(理解出来ん。言動の頭の良さと行動の馬鹿さ加減がめちゃくちゃだ。何のために何をしているのだあの僧は)


 その上で、やはり考えは理解できないが。

 アストラ公爵の頭の中では、「あの小僧には狡猾な貴族のような深い考えがあるのだろう」と「多少頭がいいが見た目通りの子供で的外れな行動をしているだけ」という二つの結論が超高速で点滅していた。


「それと、別室でアストラ公爵と報酬の話がしたいとのことです」

「なに?私にか?」

「はっ、確かにそうおっしゃっていました」


 伝令兵の言葉に公爵たちは訝しむ。功績をあげたから報酬が欲しい。それは当然の話だ。

 しかし今する話ではないし、ここはコンボロス領なのだから、たまたま居合わせたから協力しているだけのアストラ公爵に求めるのも変な話だ。


 またも理解できない。不愉快だ。

 こんな小僧に権限を与え後ろ盾をしている国王陛下にも不満を持つほどに不愉快だ。


「……まあいい。アストラ公爵、行ってやるといい」

「なに?本気か?まだ手が足りないのではないか?」

「基本的には文官である貴殿は知らないだろうが、これは傭兵や冒険者がよくやる手だ。決着がつく前に成功報酬を釣り上げる。当然だがこれは勝てなければ意味がないものだ。つまりは――」

「――勝てる確信があるから交渉に来た、ということか。なるほど、ならばひとまずは退室させてもらおう。ちょうど、少し疲れていたところだ」

「だろうな。同じ机仕事でも内務と戦では勝手が違う。自領に戻る前にしっかり休むといい。

 私は、関与しない」

「?そうか。感謝する」


 少し言い回しが気になったが、典型的な文官貴族であるアストラ公爵にとって戦の机仕事は慣れておらず疲れてしまったのも確かだ。気にせず退室した。


「お疲れ。魔物を仕留めたそうだな。大したものだ」

「当然のことをしたまでです。それで、ひとまずこちらへ」


 ドアの前にいたレイについていく。


(ふぅっ……やれやれ、脱走したジュリファーをダシにしてうまくコンボロス公爵家に介入するつもりだったが、こんなことになるとは。この歳になっても世の中思い通りにはいかないものだな。

 この小僧にしてもそうだ。何を考えているのか分からん。自分を魔族と思い込むほど精神が異常をきたしているものの、文武に長け、礼儀作法もすでに身に着け、将来有望と聞く。何故か陛下に気に入られていることや神童という言葉でも足りぬほどの傑物だ、これほどの人材がスラムにいたなど胡散臭い情報も多いが……ここは私が貧乏くじを引いておくべきか)


「つきました。どうぞ」

「ああ。ありがとう」


 どうやら目的地に着いたらしく、扉を開けられたので先に入室する。


 部屋は普通の応接室。何の異常も見受けられない。

 強いて言えば、ここが他家の応接室で従者が一人もいないのが珍しいことだ。密談はよくやるがその場合は己の領地、己の屋敷で入念の準備の下で行い、護衛を必ずつけている。いろいろ不測の事態が重なったため、護衛も従者もなしで、己の手が及ばない土地で誰かと二人きりになるのはここ三十年で初めてかもしれない。


「それで報酬だったね、亡命なら――」

「亡命は嘘です」

「は?」


 耳に届いた音が一瞬理解できず、振り返る。


「欲しかったのはこの瞬間、あなたに護衛がいなくなり、邪魔が入らない時間です」


 振り返ると、そこには死が立っていた。

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