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27話 岩投げ

 この世界には瘴気と呼ばれる負の汚染エネルギーが存在している。もとはこの世界になかった瘴気は一説によると異世界の魔王が持ち込んだものとも邪悪な実験の結果とも言われているが真偽は定かではない。

 確かなのは、魔物を創造する性質を持つということだ。


 かつて瘴気はこの世界全土に蔓延していたが、古の賢者が奇跡の力で全ての瘴気を地下に封印。さらに瘴気を加工しダンジョンと呼ばれる地下迷宮を作り出し、世界に平和が訪れたという。

 しかし瘴気は万物に纏わりつく性質を持つため、ダンジョンの中と外とを行き来するものたちにつられて少しずつ漏れ出し、長い時間をかけて再び世界に広がってしまった。瘴気は魔物を創り、魔物たちは生態系の一つとしてこの世界を侵し、魔物の群れは瘴気の汚染の連鎖を呼び、やがてさらに大きな魔物の群れを作る。

 それが小さなダンジョンであり、魔境であり、最上位に位置する異界を聖領とよぶ。


 重度に瘴気に汚染された場所は物理法則すら歪む悪夢の世界。内部では常識には当てはまらない出来事が日常的に起こっている。

 その一つが『岩投げ』だ。理由は不明だが巨石が飛んできて一緒に魔物も飛んでくる。この魔物は個体差はあるものの概ね上層より深い場所に生息している魔物で、平均してレベルは五十前後。過去にはレベル七十の個体が町のそばに飛んできたこともあるという。


 つまりは急に訪れる街の存亡の危機だ。


「おーやってるやってる。さすがは武勇に秀でた公爵家の騎士団、質が高いな」


 レイがいくつもの巨石が着弾して出来上がった岩石地帯の高い場所に到着すると、すでに陣形を組んだ第一騎士団が魔物を相手に戦っていた。およそ二百の騎士が二つに分かれ、左右同時に襲い掛かっている。相手は巨大な蟹のような魔物。甲羅は見た目通り固いのか騎士たちの槍では歯が立たず、魔術すらはじいている。

 左右に分かれた陣形の間を立派な装備を身にまとった四十程度の歳だろう騎士が槍を構えて走り抜ける。よく見るとその騎士はかなりの大柄で、槍も大槍と呼ぶにふさわしい。肩に構え解き放った大槍は蟹の魔物に口内に吸い込まれるように轟音とともに突き刺さった。


 蟹の魔物はギューギューと悲鳴を上げのたうち回る。さらに騎士たちが刺さった槍に魔術を当てると蟹の口の中から火や雷がほとばしった。


(あの槍、当てられた魔術を吸収して先端から放っているのか?かなり強力だな)


 甲羅の頑丈さに反して体内は脆いのか徐々に蟹の魔物は動きが鈍くなってきた。騎士たちでも十分に対応できると判断したのか大柄の騎士は半数の騎士を引き連れもう一つの陣形を組み始めた。


 こっちに注目してくれればいいだけなので死なないのは望ましいが、それにしても予想以上に強い。


「あれが噂のタブララサ将軍。噂に相違ない、なかなか強さね」

「武勇に秀でた公爵家の第一騎士団の団長ですからね。この国でも最上位に強いらしいですよ……あれランシュさん、よく来てくれましたね」

「そりゃあこんな緊急事態ですもの。まだ町にいたほうがよかったらしら?」

「いえいえ。こっちでも構いません。隙を見て――」


 要望を伝えると、表情が凍り付いた。 


「…………本気?」

「はい。お仕事なので断らないでくださいね」

「断らないわよ。驚いただけ」

「感謝します。じゃ、俺も一体は倒しておかないと後々もっと大変になるので頑張ってきますね」

「いってらっしゃい」


 そういってレイは裏空間に入り走りだした。

 蟹の魔物は先鋒。標的の総数は七。まだまだ脅威は去っていないのだ。





 急造で作られた作戦本部につくと、そこは熱気で熱を出しそうなほど盛り上がっていた。


「第六騎士団が壊滅しました!奥の岩から双頭の蛇の魔物が出現!毒の息を放ち【状態異常耐性】レベル2を持つ騎士以外は瀕死の重体です!」

「獅子の魔物を確認!粘性の火炎を吐き鎧を溶かされました!騎士たちは逃げることもままなりません!」

「第八騎士団が全滅!敵は不明!タブララサ将軍曰く影を操る魔物だそうです!」

「一番大きい岩から豹型の魔物を確認しました!鑑定結果は不明!レベルは六十五より上と推測されます!」

「ぐっ、強敵ばかりだな……負傷兵は治療師たちに押し付けろ!まだ動ける騎士たちは一か所に集まって待機!第二騎士団と第三騎士団はタブララサ将軍の指揮に入り魔物の撃退にあたれ!伝令兵は公爵閣下との連絡のため中継地点で待機!」


 荒野にポツンと建てられたテントは大変見晴らしがよく魔物からも見つかりやすい。おそらくは視覚以外から情報を得ている魔物すら欺くよりも味方からの情報伝達の速さを優先したのだろう。

 現に情報を共有していない味方もすぐに位置に気が付いてやってきたようだ。


「邪魔するぞ。【静謐】のヤバーニ、アストラ公爵より命を受け参った」

「同じく【知将】ドミニツ。これよりあなた方の傘下に入らせてくれ」

「なんと!アストラ家に属しながら戦場で名を馳せたお二人が来てくれるとは心強い!よし、ドミニツ殿は負傷したがまだ動ける騎士たちを使ってくれ。ヤバーニ殿もドミニツ殿の傘下に。魔物のうち一体でも足止めしてくれれば十分だ」

「妥当な判断だろう。足止めは負傷兵を使って成功させる、ヤバーニ、有効打を与えられるのはお前くらいだ、信用しているぞ」

「任せておけ。俺の槍で息の根を止めてやるさ」


「では私も一つ引き受けましょう」


 突如として現れた声に騎士たちは即座に抜刀。この距離で、この気配の薄さ。人間には警戒していなかったことを考慮しても異常な事態に即座に戦闘態勢に移る。

 そしてレイだと気が付いて剣を収めた。


「レイ殿か……なぜここに?治療師として増援に来た、というわけではないようですな」

「ええ。独断で来ました。この事態に後方にいられるほどの余裕はないでしょう。私は一体は確実に仕留められますよ」


 本音を言えば増援は誰であれ何であれありがたいし、本当に倒してくれるなら儲けもので、死んでもよそ者だから罪悪感もさほどわかない。

 問題なのはレイがまだ子供でさすがに罪悪感が湧くことと、背後に王家がいることだ。もとよりコンボロス家の将軍は武闘派……というより武力至上主義な面があり政治的な考えは苦手だ。早々に考えを放棄しドミニツに視線で助けを求めた。


「……今突然現れたのが、ゴボス様の言っていた空間移動術か。末恐ろしいな」

「私は賛成です。今は少しでも戦力が欲しい。七つも岩が飛んでくるという前代未聞の事態ですし、無茶を重ねても問題になりにくいでしょう。それよりも魔物を倒しきれないほうがまずい。倒せるのなら行ってもいいでしょう。

 レベル補正どころかステータス補正もなしにどうやって戦うのか分かりませんが」

「感謝します。では倒してきますね」


 許可が下りたのでレイは再び裏空間に入り駆け出した。





「いたいた、あいつなら何とかできる」


 聖眼を使って魔物たちの魔力量を指標に強さを分析したレイは、さらに分析し魔物ごとの性質も見抜き、倒せそうなやつを見つけ出した。


「きゅろりょりょりょ」

「影浮虎。隠密と速さ特化の魔物。お前だけは今の俺でも倒せる」


 岩石地帯の中でも特に岩が重なって影が多い場所にその魔物はいた。全長は七メートル程度だろうか。墨汁を固めたように黒一色。瞳はなくまるで黒色の紙から虎の形を切り出したように光を反射しない光沢をしており、耳やひげの輪郭から辛うじて虎だとわかる。

 宙に浮かびながら捕獲した騎士を鎧ごとバリバリと捕食し、血とゴミがもそもそと黒に消えてゆく。どうやら前進真っ黒で見えにくいだけで口の普通にあるようだ。


 すべて見えている通りだ。


「さっさと倒すか。第四天【堅牢な砦は時に羽より軽い】」

「きゅりゅ」


 レイは大きな音を出して注意を惹く。権能を使ってなお、事実としてレイは弱いため相手にとっては簡単に倒せる相手であり、ストレスを与えればすぐに襲ってくる。狙いはカウンターだ。聖眼で一秒後に未来視を行いタイミングを見計らう。


「きゅ」

(見えねぇ)


 影浮虎は猫のようなしなやかさで滑らかにしゃがみ、空気をつかみ、目にもとまらぬ速さでレイに接近。放置すれば街一つ消されるほど強いという評判にたがわぬ力でレイを粉砕……できなかった。適切な位置に噛みついたはずの牙は空を切った。


「りゅゆ!!??」

「お前は見えないけど、一秒後の自分がどこに攻撃されて死ぬのかは見えるんだよ」


 力は薪ならば、術は炎。薪の数カ所に炎を灯すように、力のタンクに二か所以上の穴を開けて放出。膨大な魔力と生命力と一瞬で使い尽くつように一気に賦活させる。

 レイが編み出したこの技がある一族では【生命瞬間燃焼】と呼ばれる禁術の一つだということは知らなかったが、その効果は魔力も使っている分より強力だ。


「【聖流斬】!!!」


 一刀両断。聖気を帯びた剣で瘴気を浄化された影浮虎は絶命した。


 死亡を確認したレイはようやく力を抜いて倒れこむ、格上の魔物との戦闘はいつも緊張する。避けきったのに風圧で切り裂かれた胴体を修復し、本部に戻った。


「なんと!?本当に倒したのか!?」

「はっはっはもちろんですとも、ただもう動けないから休ませてください」

「もちろんだ!英気を養ってくれ!」


 こうしてレイは誰にも怪しまれずに屋敷に戻った。

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