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26話 魔物隕石

 アストラ公爵に亡命を希望した日の夕方、レイの姿は冒険者ギルドにあった。


「まさか一日で帰って来るなんて、どんな手を使ったんですか」

「特別な理由はない。夜通しで走っただけだよ、楽勝だ」

「お見事です。報酬はギルドから受け取ってくださいね」

「ああ。また縁が会ったら依頼してくれ」


 昨日依頼をしたばかりなのにもう依頼を達成してくれた【神速】のシューベルトを見送ると、今度は面白がっている女性に向き直る。


「お久しぶり、という程ではありませんね。こんばんは、ランシュさん」

「ええこんばんは、レイ君。こんなに早く優先依頼権を使ってくるとは驚きました。それで早速ですが……この呪いを解いてください」

「そうだった。【術式契約・解除】」


 この前、今では山飛びの戦場と呼ばれる戦争で知り合ったA級冒険者【断絶】のランシュ。命を見逃す代わりにどんな依頼でも優先的かつ無料で引き受けてくれる契約を結んだため、早速行使して呼び寄せたのだ。


 手のひらを起点に無の術式契約を解除するとランシュは不思議そうに自分の魔力を精査している。


「知らない場所で魔法は進んでいるのね……で、私は何をすればいいの?」

「とりあえず待機していてください。何か起これば戦って、何も起こらなければそのまま帰っていただいて結構です」

「あら、本当に?私、これでもA級冒険者だから相場通りに依頼するなら金貨百枚を貰うけど、本当にそんなことで消費しちゃっていいの?」

「はい。損をしているとは思いません。俺の好ましい通りに事態が動けば、レベル70くらいの魔物と戦ってもらうことになるので」

「え”っ……」


 信じられない言葉に聞き間違いか?と眉を顰めて見返すが、どうやら本気で言っているらしいと理解した。


「まだちっちゃいのに、お貴族様ねぇ。何を企んでいるのかしら」

「俺はただの貧民で学生で治療師ですよ。貴族ではありません。あと補足ですが一人で戦ってもらうわけではありません。この街の戦士たちが総出で迎え撃つと思うので、極力犠牲が出ないように頑張ってください」

「それならいいけど……君、相当無理してない?その眼、ずっと使っているんでしょ?」

「……よく分かりましたね」

「充血しているからね。それに、魔力が見える人には太陽のように光って見えるわ。負担の大きさは考えたくもないわね」

「少ししか無理をしていないので心配には及びません。それに――!!??」


 突如として、ほんの少しだけ空間が揺らぐのが見えた。

 咄嗟に視線をそちらに向ける。聖眼を使っているレイにも少ししか分からない微かな揺らぎだったが、少し遅れて空間魔法の達人であるランシュも同じ方向を向いた。


「早すぎる……スパイでもいたのか……?」

「ちょっと。私を変なことに巻き込まないでよね」

「分かっています。それに博打要素を一つ潰せるかも……行ってきます!」


 冒険者ギルドの会議室を飛び出したレイは一目散に空間の揺らぎが起こった山に急いで向かった。





 コンボロス公爵領の主都を囲う山の一つ、常人なら入らない場所に急行。今のレイを突き動かしているものの一つはチャンスを逃したくないという思い。

 そしてもう一つは、死への恐怖。殺されるかもしれないという恐怖だ。


「安心したよ。素直に来たということは、裏切ったわけではないのだな」

「ええもちろんですよ、オーベム様」


 そこにいたのは頭まで覆うフードと分厚いローブで体を覆う典型的な魔術師然として姿の老人。ただの老魔術師といわれれば信じてしまう程には覇気に欠けるが、その素性を知る者や魔力が見える者ならあまりの恐ろしさに首を垂れるほどの怪物。

 今回の視察団の隊長を任されたレグルスと同じく、アロス国国王ゲオルグの側近の一人、空間魔法の達人のオーベムだ。


 国王の後ろ盾で行動しているレイよりも明確に上位の人物であり、普段はゲオルグの護衛として傍にいる彼がこの場に来たことが、今回のレイの行動の不味さをそのまま表している。


「亡命を希望したと聞いたが、事実か?」

「はっ!」


 首を垂れ端的に返答する。なぜ知っているのか。この短時間でどうやって知ったのか。聞きたいことは多いが、今は聞くことは出来ない。聖眼を使っていてもほとんど前兆が見えない彼の空間魔法は攻撃に使われると必殺なのだ。


「本気か?」

「いいえ!」

「そうか、ならば真意は?」

「言えません!」


 返答が不服だったようで纏っている魔力を強くした。


「なぜだ?」

「まだ、言えません」


 空間当たりの魔力量がさらに強くなる。結界を張っていなければコンボロス領がなにごとかとパニックになる程の強さだ。それを一心に向けられるレイに掛かる重圧も見た目以上に大きい。


「……レイ。陛下はお主を目にかけ、非常に期待している。姫様たちもお主に懐いている。これを裏切ることは臣下として見過ごせぬ。理解しておるな?」

「ははっ!」

「では話せ。アストラ公爵家に亡命を希望したのはなぜだ」

「まだ、話したくありません。ですが、陛下の意に反する結果にはなりません」


 オーベムの眼差しが細まり、空気が重く張り詰める。殺気。何度も感じたこともある気配がレイに忍び寄り、恐怖で体が硬くなる。

 僅かな時間の硬直、先に力を抜いたのはオーベムだ。


 呆れたように笑い、いつもの好々爺然とした顔を見せてくれた。


「はぁ……なら良い。思うがまま動くと良い」

「?よろしいのですか?」

「よろしいも何も、陛下から手を出さず、好きにやらせるよう命を受けておる。お主を止める権利は儂にはないのだ。

 それでも裏切ったなら連れ戻すつもりだったが……杞憂に済んでよかったわい」


 からからと笑う彼にレイは心の中で安堵する。もし力づくで来られたら、計画は間違いなく破綻しただろう。


「では儂はこれで帰るとしよう。陛下には問題なしと伝えておく」

「お待ちください。せっかくなので手伝ってほしいことが」

「なんじゃ?儂は手を出さないように命じられているが」

「それはオーベムさんたちからのことだってくらいは理解しています。私からの要請で、手伝ってほしいのです」

「ふむ、しっかり分かっておるな。ならいいじゃろう。で、頼みとは」


 レイは今回の計画と目的を伝えた。


 するとオーベムは哀れむように眉を顰めた。


「……理解した。確かに陛下の意に沿うものじゃが…………お主の利はどこにあるのだ。陛下の忠臣として立派な心掛けじゃが、その歳でするようなことではないぞ」

「全て終わればお話しします」


 真意を探ろうとしばし見つめたが、リムレスティ修道院で情報を取得と伝達を身に着けたレイの表情からは何も読み取れないことは理解し、諦めてくれた。


「はぁ。まあいい。お主の意思と行動が陛下とこの国に害をなすものでない限り、我らはお主からの協力要請は受けるようにも陛下より命じられている。

 吉報は出さぬ、周囲の情報から理解するがよい」


 そういってオーベムは空間魔法でどこかに消えてしまった。


 しばらくしてレイは力が抜けて様に倒れ込んだ。


「…………ふぅ。何とかなった。だがこれで博打要素は九割がた勝ったな。問題はその後だ。思う通りに動いてくれますように」





 翌日、レイはコンボロス家の屋敷で朝食をとっていた。


「これ美味しいですね」

「そうだろうそうだろう。裏のダンジョンに生息している高レベルの騎士でもなければ返り討ちにされるような魔物の肉だ。この街の名産の一つだよ」

「確かに美味しいな。我が領でも食せるが、この違いは新鮮さだろうか」


 同じ食卓を囲むのはコンボロス公爵とアストラ公爵。この国に四つしかない公爵家の当主。大貴族のうち二人が同じテーブルを囲っている。レイは緊張を表に出さずに美味しそうに、素直に食べているが、周囲の使用人たちは張り詰めた顔を隠せていない。

 しかし無理のない話だ。王家と敵対的という共通点はあるが、特に仲が言い訳でもないのだ。武力を重視する家と外交を始めとした政治力を重視する家。利害以外にも相性が悪く、使用人たちはこの急に決まった食事会で仲が深まって欲しいと願い、同時に無理だろうとも理解していた。


「大変です!聖領から岩が飛んできました!」

「「なんだと!?」」


 しかし誰もが予想外の方向から食事会は終了した。


「数はいくつだ!?」

「な、七つです!既にタブララサ将軍が第一騎士団を率いて出陣しました!」

「上出来だ!アストラ公爵、申し訳ないが急用が出来てしまった。話の続きはまた後日。あなたは避難を」

「いや、私の部下も出陣させよう。戦力はいくらあっても困らないはずだ」

「それは……いや、その通りですな。領地が消滅する可能性は減らしたい。レイ殿、貴方は治療師だ。下がっていてよい」

「分かりました」


 公爵たちは臨時作戦室を立ち上げるべく急いで退室していった。使用人たちもあわただしそうに動いている。


(「分かった」としか言ってないしー)


 そんな中でレイは内心で言い訳しながら岩が飛んできた場所に向かった。

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