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24話 即興の策略

「頭をお上げください。まずは説明を。あなたはアストラ公爵家の次期後継者のはず、なぜここに居らっしゃるのですか?それに保護者の方は?まだ十歳のあなたが妹様とお二人で旅をしてきたとは思えません」


 隣でコンボロス公爵が「まだ六つのお前が言う事か?」とでも言いたげな顔をしているが、ひとまず無視だ。

 レイに促されるとジュリファーは語りだした。


「はい……十日ほど前、兄たちが死に、私はアストラ公爵家の次期後継者として指名されました。四男という遠い関係だったため父様とはあまり会ったことは無かったので驚きましたが、大変光栄なことだと思っています。ただ……」

「ただ?」

「……私の妹、ルヒナだけが心配でした。その、ルヒナは体が弱く、いつも床に伏せています。私が父様とあまり親しくないのもあって、引き離そうとする計画があったようなのです……」

「その話は誰から?」

「屋敷の使用人からです。私は妹と母上と一緒に離れに住んでいるのですが、何人か仲良くしてくれている人がいます。今回私たちをここまで連れて来てくれた御者もその一人です」

「素晴らしいですね。使用人たちに好かれるのは上に立つ者として最上の素質です」

「へ?あ、ありがとう」


 褒められたことに嬉しそうに微笑むジュリファー。だがレイの心は邪悪に微笑む。


(つまり公爵とは仲が悪くて、今は家出中ってことか。だがアストラ公爵家には他に後継者がいない以上、この人を手放せない。価値が高いな。どうするか)


 黙って計算していると、順番と捉えたのかコンボロス公爵が口を開いた。


「ジュリファー殿。まず、君は自分の身分と立場をどのようなものだと認識しているのかね。上の三人が死亡したのは聞いているが、君がアストラ公爵家の次期当主だという正式な知らせは通達されていない以上、君はまだ、ただの公爵家の四男だ。君の要望を聞く理由が私たちには無い。言っていることは分かるかい?」

「ぁ……で、ですが……ええと――」


 厳しい言葉にまだ幼い少年ははっとしたように焦りだす。恐らくはあまり深く考えていなかったのだろう。離れに住んでいたらしいし、政治的なことは教わってこなかったのだろう。それとも妹を守りたいという自分の思いが他者にも通じる論理性を吹き飛ばしたのか。

 希望を失ったかのように顔を青くして呆然としている。頭を回転させているが、中身のある言葉は出てこない。


 もしくは、公爵家次期当主という肩書が、もしくは公爵という地位が彼の中でそれほどまでに高いのか。きっと全てだろう。


「だが、アストラ公爵領からここまでの旅。ご苦労だった。御者を味方につけたとはいえ父親から重大な知らせを受け、即座に家を飛び出した度胸も我が家では高く評価する。ルヒナ殿共々我が城での滞在を許そう」

「……ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!!」


 掌を返した公爵に少年は感謝の言葉を述べる。それが本心からの感謝であるとレイには分かった。

 もとより正式に通達されていないだけで事実上の後継者の以上、無下な扱いは出来ない。恩着せがましい言い方だがこの辺りが落としどころだろう。


「それでルヒナ殿の治療だが……レイ殿。出来るかね?」

「ええ、もちろん。私に治せない病なぞありません」

「本当ですか!?それじゃあ――」

「ですが!条件があります」


 強い言葉にたじろぐ。怖がらせてしまい少しし申し訳なく思うが、レイも利益が欲しいのだ。


「ルヒナ殿の治療は、次期アストラ公爵家当主として依頼だと正式に認知すること。そしてこの件を現アストラ公爵に正式に通達していただきたい」

「なっ!?」


 無茶な条件にジュリファーは仰け反るように後ずさった。だが引くわけにはいかない。


「驚かれるのは理解できます。しかし、こちらの立場もご理解いただきたい。私は国王陛下からの王命を受けこの地を訪れています。失敗は出来ないのです。並行して他の方も治療するなら、それすなわち王命をおろそかにするということ。弱っている少女を助けたい気持ちはありますし、私の実力ならば二人同時でも可能です。しかしそのうえで勝手なことは出来ないのです。

 どうかこの件は、アロス国を支える四つの公爵家、そのうち一つの次期公爵から正式なものとして扱わせていただきたい。それであれば陛下にも胸を張って報告できます」

「それは……」


 少し考え込む。国王陛下、その名前は、公爵家の跡取りといえど四男に過ぎず最近まで離れに住まわさる程度には冷遇されていた少年にとってもかなり重く天上の存在だ。その名前を出されれば、断ることは出来ない。

 それに、とっくに胸は決まっていたようだ。


「分かりました。元より私に家への愛情はありません。大切な母と妹が無事なら、父様と揉めることは許容できます。正式な要請書と、父様への手紙を書きましょう」

「感謝します。コンボロス公、せっかくここに居ますし、保証人になっていただくことは可能ですか?」

「もちろんだとも。治療場所も提供しよう」


 こうしてアストラ公爵家の次期当主に対し、一つ借りを作ることが出来た。


「確かに。一つは我が家に保管し、一つはレイ殿が、もう一つはジュリファー殿が保管してくれ。手紙も運ばせよう」

「では早速治療します」





 一日で治療を終わらせたレイは翌日の朝一に街に繰り出した


「さすがはコンボロス公爵領。武門の家と名高いだけあって、冒険者ギルドもデカい」


 王都はアロス国の中心だが、本場や最も活躍できる場所も王都というわけではない。本社があるのは王都だが、最も活発な支社は別の場所にある、とでも言うべきか。コンボロス公爵領都の冒険者ギルドは近くにダンジョンと魔境があるだけあって王都のものより大きかった。

 足を踏み入れると依頼を受ける前の冒険者たちが大勢集まっており、まるで魚市場のような熱気があった。最も良い依頼を受けるために張り出される直前の時間に集まっているのだ。そのようなしっかりした考えの者たちが集まるだけあって、実力者揃いだ。


「通りまーす」


 そんな中に隠れもせず堂々と入ってきたレイには少し注目が集まる。冒険者にはなれないほど幼い見た目、このような朝早い時間。奇妙だ、だがありえないという程ではない。朝早いと言っても家によってはもう子供にも仕事をさせる時間だし、職員の身内に忘れ物でも届けに来たのかもしれない。

 そうして魔力を感知できないものは興味を無くし視線を外す。魔力を感知できる者はひっくり返るほどに驚き言葉を失う。


 人混みを通り抜けてたどり着いたのは冒険者ギルドの受付、その中でも依頼を申し込む受付だ。


「おはようございます。今いいですかー」

「あら。ぼく君、朝早いのに偉いわね。依頼かしら?」

「はい。手紙の配達の依頼です」

「分かったわ。じゃあ文字は書ける?宛先と日程を教えてね」


 受付のお姉さんは家の手伝いと思ったのか、親身な声で応じてくれた。


 けれどレイは答えず、すこし体をずらし、ジャラジャラと小銭入れを派手に鳴らし始めた。

 その音の重さと数に、冒険者たちはぎょっと視線を寄越してしまう。


「ここに金貨が百枚あります。遅くても三日で帝国にいる【断絶】のランシュをこの街に寄越してください。レイからの要請だと伝えれば彼女は従います」


 レイの言葉に冒険者たちは色めき立つ。


「金貨百枚!?何者だあの餓鬼!?」

「レイ……聞いたことがあるな。たしかこの前の山飛びの戦場で活躍したと」

「おい俺たちが受けようぜ!三日なら往復できる!」

「馬鹿!往復出来るだけだろ。どうやって連れて来るんだよ。背負うってか?」

「他のパーティーと組めば行けるか……?十人で等分しても十年は暮らせるぞ……?」


 受付のテーブルに輝く金色の高価をぶちまけると盛り上がりは最高潮に達し、レイが目を付けていた人が前に出てきた。


「俺が受けよう」

「あっ、あんたは!」

「シューベルト!?もう帰ってきてたのか!」


 三十路ほどの青年がレイの前に立つ。見た目は軽装の冒険者よりさらに軽装。武器も鎧も何もない、陸上選手のように手ぶらだ。

 しかし、レイの聖眼は彼が空間魔法の使い手で、かつ高レベルなことを見抜いていた。


「A級冒険者、【神速】のシューベルトだ。その依頼を受けたい」

「感謝します。お姉さん。依頼書を作ってくれますか?」

「――は!はい!ただいま!」


 円満に依頼を出し、シューベルトの出立を確認したレイはすぐに街の外に出た。

 向かうは岩石地帯。定期的に聖領から岩が降る場所だ。


 岩を調査し、聖領の方を向き、聖眼を全力で起動させる。

 万物には流れがあり、より根元にあるものをより詳細に見ることが出来れば現在から過去と未来を見ることが出来る。一般的には『過去視の魔眼』や『未来視の魔眼』と呼ばれるものだが、魔眼の最上位に位置する聖眼にも同じ機能がある。


 まだレイには使いこなせないが、解像度と視認性を下げることで未来の光景をノイズ交じりに視認する。岩が飛び、魔物が溢れ、人々が戦っている。

 少し岩石地帯に細工をすると光景が少しづつ変化していく。


「いてっ」


 脳が激痛が走り光景が強制的に中断される。だが目的の光景は見れた。聖眼を停止させ自己治療を始める。


(これで打てる手は打った。俺が自由に使える金と力は全部使ったんだ。あとは待つだけ。うまくいけばいいけど……失敗したらさすがに陛下に殺されるかな。成功しても殺されるかもだけど)


 さらに翌日。飛空艇に乗ってアストラ公爵家がやって来た。

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